21話 探す幼なじみ

それからの僕は茫然自失という言葉通り、真っ白な頭でユウの痕跡を求めて校内の様々な場所を見て回った。


ユウの机は消えていた。


先生の出席簿を覗いた。瀬田祐奈の名はなかった。


靴箱を見てみた。ユウの使っていた靴箱には、ホコリがうっすらとつもり使われた痕跡が一度としてなかった。


そもそも、靴箱に触れる仕草を見たことはあるが、靴を履き替えている瞬間を見たことがあっただろうか。


そうだ。いつも、隣に並んでいた。


それが当たり前の風景となっていたから、違和感どころか考えもしなかった。



「みんな、瀬田祐奈を知らないんだね…」


「……うん。俺もその〈 瀬田さん 〉って、見たことないよ」


「そっか…。つまり、僕だけにユウの姿は見えていたってことなんだね」


「あの時、咄嗟に誤魔化すようなこと言ってごめん。でも、あぁしないと…」


「分かってる。クラスにいない人を、“ずっと今までいたじゃないか”と、大勢の前で騒ぎ立てれば明らかに変人、最悪、鉄格子付きの白い部屋行きだった。錦野くんが咄嗟に機転を利かせてくれたおかげで、ユウは〈 病気で入院でもした他校の幼なじみ 〉ってことで丸く収まったんだ…。ありがとう、錦野くん」



昼休み、僕と錦野、美咲野くんと久しぶりに教室で向かい合いながら、昼食をとっていた。


沈んだ僕を見兼ねて、錦野くんが声をかけてくれた。

本当に君は優しい…。



「それで?これから、どうするんだ?大林」



購買で購入したパンをかじりながら、美咲野くんが問いかける。

話を黙って聞いていた美咲野くんは、時々首を傾げていた。

やはり、美咲野くんにも見えていなかったようだ。



「探すよ。たとえ、霊だとしても大切な幼なじみに変わりないんだ」


「ふむ。んんん…」



パンの欠片を口に頬張ると、もぐもぐと噛み締めながら視線をキョロキョロとさ迷わせる美咲野くん。

ゆっくりと噛み締め飲み込むと、深く頷き顔をあげた。



「俺らには《 霊 》の姿は視えない。今も〈 古城 〉の姿は見えないし、父さんの姿も見えない。だけど、協力できることはするぞ。ダチの痛みは俺たちの痛みだからな。手伝わせろよ」


「美咲野くん…」



ちょっとかっこいい…。

思わず、口に手を当て声に出しそうになるのを抑える。

これが、イケメンの破壊力。

こんなん言われたら、誰だって惚れてしまうやろ。


なんて、思いながら隣を見ると人懐っこい笑みを浮かべて錦野くんが頷いていた。



「俺も同じ気持ちだよ、大林くん。一緒に見つけよう。霊は見えないけど、なにか協力はできると思うから」


「錦野くん…」



友達っていいな…と、しみじみ感じながら涙を流すと、背中を優しくさする感覚がした。


振り返ると《 古城さん 》も、微笑みを浮かべて立っていた。



『 ーー…… 』


「《 古城さん… 》」



本当に僕は恵まれている。

何度も感謝の言葉を告げながら僕は涙を拭った…。


「俺たちは俺たちで、〈 瀬田祐奈 〉について、知ってる人間を探してみるよ」


「そうだな。あと、お前のこともな、大林」


「僕?」


「あぁ…。俺たちが知ってるのは、高校入学後の大林だ。〈 瀬田祐奈 〉を調べる上で、幼なじみである大林の話もくっついてくる可能性が高い。まぁ、それだけ、二人は仲がいいって証だが、中には嫌なことも出てくると思う。お前が聞かれたくないような嫌なこともな。だから、先に謝っとく。悪い。だけど、全部お前のためだと理解してくれ」


「う、うん…」



聞かれたくない過去…そう言われ、嫌でも思い起こされるのは〈 霊のことが視えることを知られた小学生の頃の記憶〉だ。


クラスメイトや近所から奇異の目に晒され、「ウソツキ」だの「目立ちたがり屋」だの「化け物」だのと、虐められていた過去。



「まぁ、大体の予想はできるから、そう身構えんな。〈 瀬田祐奈 〉を知るために、今の大林賢治ができあがった足跡を辿るだけだよ。」



美咲野くんはカラカラと笑うと、僕の背中を叩いて弁当のオカズを…取っときのだし巻き玉子を奪取した。

過去を探られ、更に玉子焼きまで…。

このままじゃ、イケメンに何もかも取られてしまいそうだ。



「あー!?また!?」


「ん。だし巻き玉子か。これも美味いけど、俺は甘めが好きだ。次は甘めを作ってもらってくれ」


「そんなの知らないよー…」



空になった弁当箱を泣く泣く閉めると、深くため息を吐いて片付けを始める。



「そうと決まれば、この学校にいる同中を探すかな」


「そうだね。一人は確実に分かるんだけど」


「灰塚のこと?確かにずっと同じだったけど、よく話すようになったのは最近だからな…」


「これを機に決着つけてもいいかもな。腹くくれよ、大林」


「何を?」


「そりゃー…もちろん」


「「誰が大林賢治のパートナーか、だろ?(でしょ?)」」


「えぇー…?」



二人は僕を覗き込むようにまじまじと見つめ返すと声を揃えてそんなことを言ってくる。


パートナーって、どういうこと?

相棒ってこと?それとも、別の……まさか恋人とか?



「それって、どういう」


ー キーンコーンカーンコーン…



意味かと聞こうとした瞬間、間が悪く昼休み終了を告げる鐘が鳴り響く。


話し込んでいる内に、気がつけば時間が経っていたようだ。



「よし!それじゃあ、俺と錦野は過去の聞き込みだな」


「はは…。まるで、刑事さんみたいだね…」


「あれ、言ってなかったか?俺の父さん、刑事だったんだぜ?」


「あ、あぁー…そうなんだ」



ビシッ!と敬礼をしてみせる美咲野くんの横に、同じく敬礼をしてみせる《 美咲野父 》の姿がそこにはあった……。


《 お父さん 》が私服だったから、全然気が付かなった…。



「てことで、こっちの聞き取りは任せろ。大林は今わかっている〈 瀬田祐奈と接点がある人間 〉を洗いざらい調べるんだ」


「え?そんな人いるの!?ユウの姿は誰にも見えないのに!?」


「何言ってんだ?姿が見えないからこそ、大林と接点があった人間の中に必ず不審な点があった人間がいたはずだ。〈 姿が見えない、声が聞こえない相手 〉なのに、瀬田祐奈は今の今まで、大林に気付かれずここまで“憑いてきた”ってことだろ?なら、少なからず瀬田の協力者がいたはずだ。それが意図的なものかは置いておいて、手助けをしていた人物が居たなら、ソイツはきっと【 瀬田祐奈失踪 】に関わる何かを知っているはずだ」



……なるほど。ユウがドッペルゲンガーに消されたのではなく、元から《 霊 》だった可能性を視野に考えると、そこで新たな矛盾が出てくる。


それを見つけ出して、そこから状況を打開しろってことか。



「さすが、刑事の息子…」


「へへ…。母さんから聞かされた父さんはカッコよかったってさ。そこに惚れたんだと。そんなカッコイイ父さんは俺の誇りだよ」


『ーー……!』



鼻をさすって照れてみせる美咲野くんの横で、《 美咲野刑事 》が目頭を抑えて泣いていた…。



ー 放課後。


僕は二人に別れを告げ、《 古城さん 》と共に灰塚がいる教室と足を向ける。



途中ですれ違う生徒たちの視線が僅かに痛く感じるのは、気のせいではない。

どうやら、朝の件は広く学校中に広まってしまっているようだ。


朝の件とはもちろん一緒に登校したことだろう…。



「あら、賢治?どうしたの?」


「迎えに来た。少し、帰りに話さないか?」


「う、うぅ……!賢治から帰りに誘われる日が来るなんて。私、今日が命日でもいいわ…」



口に手を当て、視線を逸らすように泣きだす。

泣き真似とは分かっているが、何分、場所が悪い。

クラスのど真ん中でそれをやるのは反則だ。


おかげで…


ー ヒソヒソ…!


周りからの視線がより痛くなってしまった。

これは、明日にはもっとひどい噂が流れそうだ…。


嗚呼……。僕の安寧がまた遠のく……。



「な、何言ってんだよ、大袈裟だなー灰塚は。今日が命日なんておかしなこというなよー?未来にはもっと楽しいことあるって」


「そうね。命日はもっとビックイベントにしないとね」


「そ、そうそう。色々楽しいことあるって。命日はずっともっと後の話でしょ」


「えぇ。帰宅デートくらいではダメね。せめて、キスくらいはしないと」


ー っ!?ヒソヒソヒソヒソ…!



周りからの視線に熱がこもり始めた。

これは…明日炎上するな。



「なんで!そっちに行く!」


「あ、キスでは満足できないのね?ごめんなさい、気が利かなくて。お子様ではないものね。キスくらいじゃ、満足できないわよね。分かってる。賢治のいう楽しいことって、初夜のことよね…?」


「ちゃうわい、あほんだらぁー!」



ー キャーー!!



長い黒髪を耳にかけ、イタズラっぽく微笑む灰塚。

周りからの視線は熱く燃えたぎり、黄色い歓声があがる。


これは…炎上どころか、大火災になりかねない勢いだ。


こいつ…!困らせようと、わざとやってるな!?



「も、もういいから帰るぞ!日が暮れる!」


「ふふ……。そうね?それでは皆さん、“一足先に”…ご機嫌よう」


「「ご、ご機嫌よう…」」



“一足先に”と強調して灰塚は鞄を持つと僕の元に駆け寄り腕を組んでくる。


そのまま、僕を引き摺るように教室を出ると、再び『キャ~~ッ!!』と黄色い声が上がった。


炎上、大火災…どころか大噴火だ。


明日は学校、休んだ方がいいかもしれない……。



「はぁ…。灰塚あぁー?」


「ふふふ……!面白いわね、人間って。勝手な憶測に踊らされて簡単に真実を見失う。そうして生まれた誤解を抱えたまま、人は何千年もの歴史を繰り返してきたのよ。ある時はいじめや差別、そして戦争すら引き起こすの。真実を見極めることこそが、生きるために最低限の必要なことだと言うのに、興味関心の前ではいとも簡単に真実への鍵を手放すのよ?人間とは実に滑稽で面白いわ」



足を進めながら、手を重ねるとぎゅっと握りしめてくる。

しかも手を取り合うのではなく、指を絡めるような仕草だ。



「(説法タレるついでが、なんで恋人繋ぎ!?)」



ユウとはまた違った感触に思わず胸が高鳴るのを感じた瞬間、ズシリ……と頭に重みがかかる。


視線だけ上を向けると、ジト目の《 古城さん 》が見下ろしていた。

声など聞かなくても、視線だけで分かる。



『 じとーー……っ 』



完全に僕を軽蔑してる目だ。

今にも〈 守護霊 〉を外れそうなくらいに冷たい目が僕を見下ろしていた。


サーッと流れる冷や汗と共に、ふやけていた正気が元に戻る。



「あ、遊びはここまで!」


「あぁもう…。もっと楽しみたかったわ……」



繋がれた手を解かれ、寂しそうに自身の手を抱きしめると灰塚はもの欲しげに見上げてくる。



「そんな目をしてもダメだからね!」


「もう、いじわるだわ。お話やめちゃおうかしら……」



拗ねるような声色でも、しっかりとその顔は無表情に戻っていた。


いつもの灰塚だ。


何だかんだ、話しは聞いてくれそうなのでほっと胸を撫で下ろした。


「灰塚。気付いたんだ」


「あら、何かしら?もしかして、某大臣の鈴木さんのことかしら?最近、良くないことが頻発するって依頼が来たから祓ったのよ。過去に商業施設建設に絡んで、沢山の人々を泣かせたという情報もあったとかいないとか…。黒い噂が絶えない人ですもの、何か取り憑いてたんでしょうね?」


「急にスキャンダルをぶっ込んで来ないで!この歳で消されたくないんですけど!?」


「ふふ……。私たち〈 灰祓い一族 〉は政界とは密密の“蜜”よ。甘くて危険な香りがする関係なの…。だから、私は簡単には消されないわ。でもこれで、賢治は国家から狙われる立場になったわね?ますます、私から離れられなくなったわよ?ふふふ……!」



目の届くところでは命の危険はない、と含み笑うと昇降口で靴を履き替え僕を待つ。


これって、遠回しだけど確実に外堀から埋められてない?



「これで死んだら恨むぞー…」


「ふふ……。死ぬ時は一緒よ?賢治。煉獄の果てまで共に歩みましょうね」


「誘い文句が甘くて重いにもほどがある…」



僕も靴を履き替えると、灰塚の隣に並び話を再開する。



「それで?気付いたって何かしら?」


「ユウのことだよ。」


「あぁ、瀬田さん?瀬田がどうしたの?」


「 ………灰塚は強い霊感がないんだよね? 」


「えぇ。気配を感じる程度よ。祓い屋としては致命的とされるけど、今のところ問題なくやれているわ」


「……〈 瀬田祐奈 〉の姿は見えてないんだね?」


「あぁ…。そういうこと」



僕の質問の意図を理解した灰塚は苦笑を浮かべると、黒髪をかきあげて振り返る。

その顔はどこか、呆れているようにも見える。



「はぁー…。まさかとは思っていたけど…」



いや、完全に呆れてるなこれ。



「え?なに?」


「えぇ、貴方の言う通りよ。私に最近の〈 瀬田さん 〉は見えてなかったわ」


「最近……?最近ってことは!前は普通に見えてたってこと!?」


「えぇ…。当然よ。〈 瀬田祐奈 〉は歴とした人間なんですから」


「そうか……そうか…!やっぱり、ユウは実在したんだ!」



誰にも見えないからと、《 霊 》や《 イマジナリーフレンド 》かもしれないと思っていただけに、この情報は大きな意味があった。


〈 瀬田祐奈 〉が、実在した人物。

そうとなれば、可能性の視野は大きく広がる。

その可能性に、僕の心は幾分か救われた気がした。


そんな僕を、少し物悲しい目で見た灰塚は深く息を吐くと踵を返して歩き出す。



「賢治…。貴方、分かってないわ」


「え?」


「昔は見えた。でも、今は見えない。賢治にだけ視える。この三つが揃うことでどれだけ残酷な事実が横たわっているか」


「……そうか」


「えぇ。“貴方にだけ視える”ということは、〈 瀬田祐奈 〉が《 霊 》であるという確固たる証明になってしまうのよ」


「…そうか。そうだよ」



ユウが実在した存在と聞いて、舞い上がっていた。

何かしら進展した気がした。でも、それは何も変わらないのだ。


〈 瀬田祐奈 〉が《 霊 》であるということに。


じゃあ、いつから僕には視えいたんだろう。

いつからユウを“誤認”していたんだ?



「灰塚。僕はいつからユウを“視てた”?」


「小学生の頃から見守っていたけど、貴方が今のように、〈 見えない瀬田さん 〉と話を始めたのは小学生の時からね」


「小学生…?そんなに前から」


「えぇ。一年生、二年生、三年生までは普通に過ごしていた。でも、小学四年の頃かしら。〈 視えること 〉を理由に先輩達からいじめられるようになったわね?ある日、いじめられていたのを〈 瀬田さん 〉が庇ったの。その次の日から、賢治は〈 見えない瀬田さん 〉と話すようになったわ」


「ユウが庇ってくれた日、たしか…」



当時の記憶を振り返り思慮に耽る。


あの日もたしか、あの公園にいた。

僕が近所の友達と遊んでいると、学年が上の先輩たちが〈 僕の眼 〉をネタに絡んできたんだ。


一緒に遊んでくれた友達が巻き込まれないように、僕は一人、先輩たちの相手をすることにした。



「散々ウソツキ呼ばわりされて、終いには目立ちたがり屋だ、生意気だと殴られて……」



未だに思うが、あれは子供の喧嘩にしてもやり過ぎだと思う。子供一人に数人がかりで寄ってたかって暴力だ。大人なら、即刻留置所行きだろう。


実際、あの日、僕は気絶して倒れたみたいだし。

心配した母さんが家まで運んでくれて、目が覚めたところは覚えている。


あぁ…ダメだ。記憶がボヤける。



「あの日、賢治が話していたのは“瀬田さんが間に入って助けてくれた”ってことだったわね」


「あぁ…。ボコボコにされて僕が倒れたところに、ユウが止めに入ってくれたんだ。そして、倒しちゃったんだ…と思う。ちょっと、記憶がその辺曖昧なんだ」


「ふふ……。何度聞いても…ふふ…。おかしな話だわ…」


「だろ?…ユウらしいよな」



口元に手を当て、クツクツと笑う灰塚。

確かに、明るく元気なユウらしいといえばらしいエピソードなだけに僕も自ずと苦笑してしまう。



「もう、賢治ったら…………何を言っているの?私はおかしい…“訝しい”という意味で言っているのよ?」


「え?」



しかし、僕の笑みを見た瞬間フッと笑顔の消えた灰塚は無表情で僕を見る。


その目はとてもとても凍えそうになるほど冷たいものだった。


「私が言っているのは、今の話はおかしい、変だ、有り得ない、ってことを言っているのよ。“女の子一人で数人の、しかも上学年の男子を相手に挑んで勝った”なんて、普通に考えてありえないでしょ?」


「い、いや…でも、たしかにユウが目の前に立ち塞がって、次の日には無傷のユウがケロッとして現れてさ。先輩たちも、それ以降に絡んでくることはなかったんだよ?どう考えたって、ユウにコテンパンにされたせいで、ビビって近付かなかったっていう方が……」


「忘れてないかしら?先輩たちは瀬田さんが見えていない。先輩たちは貴方を恐れて、近付かなかったのよ」


「あ……」



そうだ。喧嘩の日以降、〈 瀬田祐奈 〉は姿を消している。それは、目の前の灰塚の証言で分かっている。


なら、灰塚の言うとおり先輩たちは僕の隣で睨んでいた〈 ユウ 〉を恐れていたわけではなく、僕を恐れていたということになるのか。



「その時にちょうど、あだ名が追加されたのよ。〈 化け物 〉って。恐らくは先輩たちから流れてきたあだ名よ」


「……つまり、僕がその時に先輩を怖がらさせる何かをしたってこと?」


「……さぁ?子供の言うことだもの。真に受けることもないと思うわ」



鞄を持ち直すと、足を止めて周りを確認する。

学校を終えて、直ぐに出てきたため帰り道はまだ比較的明るくみえる。

また、不思議なことにここまで一切の《 霊 》とすれ違っていない。


まるで近付いてくる灰塚を見て、姿を隠してしまったように。



「さて、賢治。私が分かるのはここまでよ?あとは、自分で答えを見つけてみなさい?正直、私の結論は昔から変わらないの。〈 大林賢治は視えている 〉。霊も化け物も呪いも全てが視えている。その中に〈 瀬田祐奈 〉がいた。それだけよ」



何か分かったら連絡ちょうだいね、とうっすらと笑みを浮かべて、灰塚は一件の家の前に立つ。



「それじゃ、また明日ね。賢治」


「え?あ、うん……。うん?」



そのまま呼び鈴を鳴らすと、住人と二三話して中へと入っていった。



「………え?これって、僕は置いてかれたの?」


『 ーー…… 』



隣を視ると《 古城さん 》もどうしていいか分からないように首を傾げる。



「参った。これからどうするべきか……。とりあえず、煮詰まったらあそこかな?」


『 ーー…!(キラキラ…!) 』



《 古城さん 》に次の目的地を示すと、前髪越しでも分かるほど輝いた目をこちらに向けて何度も頷く。



「はは…。分かった分かった。でも悪いけど、オレンジジュースね。パフェはユウが見つかってからだ」


『ーー!ーー!(フンスッ!フンスッ!)』



パフェに釣られたやる気三割増の〈 守護霊さん 〉を連れて【 喫茶店 】へと向かうことにした。


馴染みの喫茶店へ入ると、中ではマスターが眉間に皺を寄せてテーブルに数枚のパンフレットを広げていた。



「んー…あ、いらっしゃい」


「どうしたんですか?眉間に皺を寄せて」


「いやね?この前の件で、灰塚さんから保険の見直しを勧められたでしょ?だから、色々と資料請求してみたんだ。だけどまぁ、ピンとくるものがなくてねー」


「保険アドバイザーとかいるらしいですよ?母さんが言ってました」


「たしかに、素人が見てもプロの目には到底敵わないか。そうだね。そっちで決めるのもありだね。ありがと、賢治くん」



一旦の区切りをつけたマスターは、テーブルから立ち上がるとカウンターへと向かう。


少しの間の後に、ドリンクを持ってくるとカウンターへと腰を下ろした。


ドリンクは二つ。カフェオレとオレンジだ。

このドリンクは、マスターがいつも用意してくれたものだけど、今思えば違和感でしかない。


ユウが《 霊 》だったということはマスターにもきっと、ユウの姿はきっと見えていないはず…。



「……マスターはいつも、このドリンクを迷いなく出してましたね」


「え?…あ、もしかして、今日は違う気分だった?ごめんね、すぐに作り直すよ」


「いえ、ドリンクはこれがいいんです。でも、一つ気になることがありまして」


「ん?何かあった?カフェオレはいつも通り作ってるつもりだけど…」


「マスターには、ユウが見えてましたか?」


「あ、そっちか……。いやー、僕は〈 霊感 〉がないからね。姿までは見えてなかったね。ただ、《 声や音 》はよく聴こえるから。彼女の存在は知っていたよ」


「そう、ですか。今、ユウの《 声や音 》は聴こえますか?」


「いや?前に紹介された《 古城さん 》だっけ?その子の《 声 》しかしないね」


『 ーー…!(キラキラ!)』


「はは…!存在を認識されて、すごく喜んでるね。声が弾んでる」


「ふむ……」



やはり、マスターにも見えてなかった。

今までマスターはユウを《 霊 》として認識していたようだ。



「昨日から、ユウがいなくなってしまいました」


「そうなんだ。喧嘩したの?破局?えー…残念。結婚報告楽しみにしてたのに」


「茶化さないでくださいよ。ユウは大切な幼なじみだけど、そこまでのことは考えてませんでした。何より、僕とユウじゃ釣り合いがとれません。ユウにはもっと相応しい人がいますよ」


「はぁ……。君は本当に昔から自己肯定感が低いねー。もっと自分に自信を持たないと、大人になったときに苦労するよ?」


「ハハ……。それはちゃんと自覚してます。これでも、前よりは幾分かマシになったと思ってますよ」



カフェオレにシロップを注ぎ、クルリとストローで輪を描くと一口飲んでため息を吐く。


過去に囚われてはいけないとは思いつつも、今の僕は過去ありき。

あの奇異の目に晒される辛かった日々があったから、今の僕があるのだ。


今さら、簡単には変えれない。



「僕はずっと、ユウを人だと思って接してたんです。灰塚から聞いて、小学生の頃からそうなっていると言われました。全然、僕は気づかなかった…。そんなことってあるんでしょうか…」


「まぁ、彼女自身が賢治くんに気付かれないように言葉や行動を選んで接してたしね」


「そうなんですか?」


「彼女自身が《 霊 》であることを隠そうとしてた。それじゃ、気付きにくくなっても仕方ないさ。でも、この話を成立させるのにはもうひとつ、肝心なところが抜け落ちていると、私は思う」


「肝心なところ?」


「そこに気付かなきゃ…。本当の意味で消えた彼女を見つけ出すことは難しいと思うよ」



マスターは小さく肩を竦めると、机の上のパンフレットを片付けながら時計を見た。


あと一時間で逢魔が時か。



「そうだね。もういっそ、“あの人”に会いに行くのが早いかもしれないね」


「あの人?」


「 君のお父上、大林 漱( オオバヤシ ソウ )。本人が気付くまで、黙っておいて欲しいと〈 祐奈ちゃんの件 〉を私に固く口止めししてきた張本人さ」


「口止め!?なんでそんなこと!?」


「君も気付いたんだ。もう、全てを話してくれるだろう。詳しくは、お父さんに聞いてみるといいよ。今なら、まだ職場に居るだろう」


「職場……あ、あそこか」


「……大切な人が《 霊 》だったと分かっても、その落ち着き様なら、今なにを聞かされても大丈夫だろう。未熟な君では受け止められなかった〈 真実 〉にたどり着けることを願っているよ」


「は、はい!」



僕はマスターに促されるままに席を立つと、その足で父さんの職場へと向かった……。


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