20話 消えた幼なじみ
……ピッピー!……ピッピー……!
「ん……んん……。朝か…」
ホイッスルの音が外から聞こえた僕は、ゆっくりと夢から覚醒する。
また、外を《 兵隊さん達 》が行進しているのだろう。
うっすらと目を開けると、窓の外から差し込む朝日が眠る僕を照らしていた。
眠りが浅かったのだろう。
身体にまだ残る疲れを感じながら、のっそりと起き上がる。
「あ...身体が動く...」
起き上がり、手を動かしてみると難なく動いた。
昨日の金縛りが嘘のようだ。
布団の上を見てみると、昨夜、金縛りをかけてきた《 女の子 》はいなくなっていた。
どうやら僕が眠っている間に移動したようだ。
「どこに行ったんだろ。また、クローゼット中とかじゃないよね?」
身支度をしようとベッドから立ち上がると、視界の隅に何か見えて動きを止める。
布団がなだらかに盛り上がっていた。
そういえば、クッションを脇に置いていたような気がする。
別にそこにあったからといって問題はないのだが、なんとなしに布団を剥ぐと......
『 ーー...... 』
《 古城さん 》が寝ていた。
ところどころ制服が捲れて、霰のない姿になっている。
「..............................。」
そっと布団を戻し、僕は静かに部屋を後にする。
今見た事は忘れよう...。なぜ布団に居たかを考えることもやめよう。
本人の名誉のためにも...。
静かに扉を閉めると、音を殺して洗面台へと向かう。
昨日は色々とあって風呂に入っていなかったことを思い出し、さっさとシャワーを済ませることにした。
軽い支度を終え、部屋に戻ると布団の膨らみが変化していた。
こんもり!という感じで、明らかに人ひとりが丸まっているフォルムが布団の上からでも分かった。
『~~~~......!!』
さらに膨らみは小刻みに震えている。
どうやら起きているらしいが、出てくる様子はない。
「はは...。おはよう、古城さん。よく眠れた?」
『(ビクッ!?)』
僕の呼び掛けに、僅かに掛け布団が跳ね上がる。
そんなに驚かなくてもいいのに...。
「今日は学校が終わったら、ユウを探そうと思うんだ。僕に憑いて来てくれるかい?」
『 ーー...... 』
もそもそと布団から顔を出した《 古城さん 》は僕の顔を見つめると、コクン...と静かに頷いた。
まるで亀のようだと、小さく笑うと外から視線を感じて目を向ける。
窓からひょっこりと顔を出し、《 近所の霊たち 》が部屋を覗き込んでいた。
「え、あーえっと...おはよう、ございます?」
『『ーーー...!』』
ー ピーッ!ピピピピーー...!!
ー ドタドタドタドタ...!バタバタバタバタ...!
僕らの視線に気付いた《 隣のおじさんと、兵隊さんたち、子供たち 》が赤面しながら騒がしげに逃げ去っていった...。
「あ、あはは...みんな、慌ててどうしたんだろうね?」
『~~~......!!』
「え?えっ!?古城さん!?」
不思議に思い、首を傾げて《 古城さん 》に向き直ると、目が合った《 古城さん 》も前髪越しに分かるほどに目を丸めて布団の中に潜ってしまった。
それから母さんに急かされて家を出るまで、古城さんは布団から出てくることはなかった...。
何が何やら...最後まで僕には皆の行動の意味が分からないままだった。
ーーー
ーー
ー
いつもよりも、静かな通学路を一人で歩く。
今日は隣にユウはいない。
両肩に乗った《 古城さん 》がいるだけだ。
「なんか、ユウがいないだけで寂しい通学路に感じちゃうな」
『 ーー......(コクリ) 』
頭の上でコクリと頷いた《 古城さん 》は静かに辺りを見回す。
つられて僕も見回すが、やはりどこにもユウの姿はない。
「結局、朝は誰も事情を聞いてくることはなかったね。ユウのご両親も、警察も」
今は捜索に手一杯なのだろうか。それとも、母さんは僕と直前まで一緒だったことを伏せて話したりしたのだろうか...。
「まさかそんなことはないだろうけど...もしもそうだとしたら...」
それだと、〈 ユウにそっくりな女の子 〉の話も伝わっているか分からない。
ユウが消えた理由に誰も辿り着けないんじゃないだろうか?
いや、もしかしたら〈 その女の子 〉自体、僕の幻覚として扱われてる可能性もある。
「まいったな...。これじゃ、僕がおかしくなったみたいだ」
いや、〈 霊が視えている 〉という点では、普通の人からすれば十分に逸脱しているという自覚はある。
いよいよ、幻覚と《 霊 》さえ区別がつかなくなったとしたら...僕は病院に行くべきかもしれない。
「いやいや。それをいうなら、〈 霊 と幻覚 〉の境界線なんてもっと曖昧だろう。視えない人からしたら、どちらも同じようなものなんだから」
僕は人知れず、深いため息を吐く。
昨夜は『借りられる手はいくらでも借りて、必ず見つけてみせる!』なんて、一人で息巻いていたがそもそも、こんな内容だ。普通の人に相談した時点で病院を紹介されかねない。
「はぁ......。最近、普通が特に難しく感じるよ、爺ちゃん」
『ーー...?』
本当、どうやって爺ちゃんがこの世界を生きてたのか根掘り葉掘り聞けるなら、聞かせてもらいたいくらいだ。それも今は叶わない。爺ちゃんは僕が中学を卒業した頃に他界したから。
もっと、爺ちゃんの話をしっかりと聞いておけばよかったと今更ながらに後悔して顔をあげると、校門の前で佇む女の子が見えた。
誰かを待っているのか、ぼーっと校門を通る生徒たちを眺めているようだ。
腰まである長い黒髪。
上から下まで喪服のように黒い制服と黒タイツ。
黒い皮靴と何が入っているか分からない黒い鞄。
そして、衣服とは対称的な陶器のように白い肌と血のように真っ赤な唇。
人の造形を不気味な程に統一した女の子。
遠くからでも目を引く姿に皆が興味深げに見ては、目が合うと恐ろしいものを見たように足早に通り過ぎて行く。
俺なら居心地悪いだろうな、と苦笑を浮かべて近づくと人形のような無表情がこちらへと向く...。
目が合った瞬間、ちょっと泣きそうに見えたのはここだけの話...。
「おはよう、灰塚」
「おはよう、賢治。昨日はよく眠れたかしら?」
僕の足並みに合わせて向き直ると、そのまま灰塚は僕の隣を歩きはじめる。
どうやら、待っていたのは僕だったらしい。
「正直、疲れは取れてないかな」
「あら、録り溜めしていたドラマを観ていたんじゃないの?それとも公園でのリフレッシュがうまくいかなかったのかしら?」
「僕は話してないぞ?怖いくらいに正確な情報だし......一体どこから得た情報だー?」
「ふふ...。私は賢治の未来のフィアンセですもの。なんでも知っているわ」
「当然のように言ってるけど、こっちは初耳なんだがー?なんだよ、フィアンセって」
「今、初めて言ったもの、仕方ないわ。だから、これからよく覚えておいてね?あなたは将来、私の旦那様になるのよ」
「恐ろしい世の中になったもんだね。知らぬ間に未来が決まっているなんて」
「また照れちゃって。運命とは一つ一つの選択から成り立つものよ。偶然なんてない。あるのは必然...って、何処かの誰かが言っていた気がするわ」
「日本人形と夫婦になる未来に繋がる選択なんて、ただのひとつもしたことがないんだが?」
「私とこうして共に歩んでいることも、重大なイベントのひとつよ。おめでとう、賢治。あなたは立派に私を...この〈 灰塚望桃 〉を攻略してきているわ。もう少しよ、頑張って」
胸に手を当て、口角をあげた灰塚は凛と背筋を伸ばして僕の前に立つ。その自信は一体どこから来るのやら。本当に良いキャラをしてる。
陰キャとしては、とても羨ましい限りである。
「はは...。全力でへし折ってやるよ、そんな破滅フラグ」
ポッキリと手折る仕草を見せると、引きつった笑顔で微笑み返し灰塚の横を通り過ぎる。
『まったく、照れ屋さんなんだから』なんて、ふざけた言葉が聞こえた気がしたが、とりあえずスルーしておくことにした。
いちいち反応して、フラグを回収してやることも無い。
僕は今、ユウの行方を考えることに忙しいのだ。
「ところで、今日は本当にどうしたの?元気がないというか、覇気が抜け落ちてる感じだわ」
「見てわかるだろ?僕の大切な相棒がいないんだよ」
「......どちらのことかしら?」
“どちら”とは異なことを聞く。
分かりやすく目に見えて居なくなった方を指して、僕は言っているのだからこの場合、ユウ以外にいないだろうに。
「ユウだよ。瀬田祐奈」
「あら。喧嘩でもしたのかしら?」
「お互い気心の知れた間柄さ。今更、喧嘩なんかするもんか。喧嘩したとしても、その日のうちに解決してるよ」
「じゃあ、なんで居なくなったの?」
「......分からない。突然、いなくなったんだ」
「いなくなった...?」
ー シューッ...!
《 ーーーー......!! 》
ー ドシャッ!
そう口から零した時、すぐ真横に《 女性 》が落ちてきた。
この学校でよく見かける《 飛び降り自殺した女性の霊 》だ...。
ビクリッ!と大きく痙攣すると、《 女性の霊 》はスーッと姿を消した...。
大切な人の行方が分からなくなっても、日常と非日常は変わらず僕の元へとやってくる。
そんな僕を嘲笑うかのように消える間際に、《 女性 》の顔は笑みを浮かべていた...。
「はぁ...。(脅かすつもりでくるのは、やめて欲しいんだよね)」
「賢治?いなくなったって、瀬田さんに何があったの?」
「あぁ、その話だったね」
僕は汗を拭うように、ハンカチを取り出すと丹念に顔を拭う。
傍から見たら汗を拭いているように見えるだろうが、実際は違う。
《 飛び降り自殺した霊 》の遺物...を拭い取っているのだ。
遺物...。そう〈 血 〉だ。
僕の頬にベッタリと血が付着してしまっていたのだ。
普通の人の目に見えないので、正確には“血の着いた感覚”になるのだけどね。
でも、僕にははっきりと視えてるわけで...。
お察しの通り、平静を装っているが心ではギャン泣きである。
「いなくなったのは昨日の昼頃のことだよ。〈 ユウにそっくりな女の子 〉が突然、現れて僕らに話しかけてきたんだ。ユウはびっくりして、その後を追い掛けたんだけど、それから行方が分からなくなったんだよ」
「ん……。〈 そっくり 〉って、他人の空似ではないの?」
「僕もそう言ったんだけどね。ユウははっきりと“自分”だと認識してたみたい」
その時のユウは明らかに狼狽していた。
一晩経って冷静に思い返してみると、その時の様子に何か引っかかりを感じて仕方なかった。
しかし、その正体が分からない。
「あの時のユウは明らかに狼狽してた」
「この世に同じ顔の人が三人はいるという話もあるけれど、それとは違うみたいね。どうも話から察するに〈 ドッペルゲンガー 〉のようだわ」
「それは僕も考えたんだ。ユウに何かあったと思うと気が気じゃなくて、昨日は夕暮れまで探したんだよ」
「あまり夜は出歩かないようにね。賢治の場合、危険度が段違いなんだから」
「分かってるよ。《 古城さん 》からも金縛りまでかけられて止められた」
「ふふ…。ナイスプレーね、《 古城さん 》」
『 ーー…!(ぐっ!)』
ほくそ笑む灰塚に、両親指を立てて頷き返す《 古城さん 》。
二人の考えは同じようだ。
もしも、二人が結託し初めたら僕は只では済まない気さえしてくる。
実は灰塚と古城は相性がとてもいいのかもしれないな。
「はぁー…。まぁ、おかげで一晩たって、少し冷静になれたよ」
「そう。よかったわね」
「あぁ。待ってろユウ。ユウが消えた真相を解き明かして、必ず見つけ出してやる」
「……治さんの名にかけて?」
「じっちゃんの名にかけて!………って、それは色んな人から怒られるよ。そういうフリはやめてくださーい。僕はちゃんと別の用意してるので」
【 さぁ、行こう。〈 未練 〉を晴らしに! 】は僕の爺ちゃん、〈 大林 治 〉の頃から使われていたものだ。
それが、今でも耳に残ってて、僕も最近は何か気合いを入れる時には使うようにしている。
スイッチが切り替わるのか、実際に眼の調子もよくなり気づけない些細なことも視えるようになるんだ。
僕からしたら、決めゼリフというよりおまじないのようなものだ。
「ふふ…。知ってるわ。賢治らしくて素敵だと思うわよ」
最近、身にも馴染んでいた決めゼリフを口にして、
灰塚は小さく微笑むと昇降口へと上がる。
「私もできる範囲では協力するわ。〈 祓い屋 〉として、ツテも使ってあげる」
「ありがとう!灰塚!すごく心強いよ」
「でも、そうね?私は〈 祓い屋 〉だから。〈 祓い屋 〉に〈 人探し 〉を依頼するのですもの、タダとはいかないわね」
「……お、おいくらでしょう?」
「マスターのところの、〈 デラックスウルトラメガ盛りイチゴチョコバケツパフェ 〉が妥当ね」
「また、それか……」
一度、食べてみたかったのよね。と口元に笑みを浮かべるとヒラヒラと手を振って灰塚は自分の教室へと向かって行った。
「ヨダレ、出てるよ《 古城さん 》」
『ーー...(じゅるり…)』
残された僕は、隣でヨダレを垂らす《 古城さん 》の脇を小突くと僕も自身への教室へと向かうことにする。
ここに来るまで、やはりユウの姿は見ていない。
ということは、幼なじみの僕に教室中から質問が飛んでくることも安易に予想できた。
一つ一つ、質問を想定し答えを用意しておいた方がいいかもしれないな。
思わず足が止まってしまうほどに、これほど気が重くなったのは高校入学以来久しぶりだった。
教室に入り見回してみるとやはり、ユウは来ていないようだ。
席に腰を下ろすと、隣の錦野くんが声を殺して話しかけてくる。
「おはよ、大林くん。早速だけど大林くんたち、朝から噂になってるよ?」
「噂?」
周りを見渡して見れば、確かにチラチラと視線が合う。
ユウが来ていないことで何か変な憶測でも飛び交っていたのか?とも考えたが、すぐそれは違うと断言できた。
ユウと僕は一緒に教室に入ることが多い。
皆が噂をするなら、“一人の僕と現れないユウ”を確認した後だ。
なら、噂とはなんだ?
考えたが思い当たるが節がない。
「僕も朝見たんだけどさ……」
あぁ、やっぱり朝から一人で登校して来たことについてのことか。
僕はユウのことについて、何を聞かれても答えられるように頭の中に、質疑応答のメモを展開する。
「朝、灰塚さんと登校してたよね?結構仲良さげに見えたけど、もしかして、ストーカーやめて付き合う事になったの?」
「……え?え゛ぇ…?」
ー ビリィーーッ!
瞬間、儚く無惨に散っていく頭の中のメモたち。
まったくの予想外の質問に思わず間の抜けた声で聞き返してしまう。
「ちょっと待って!」
さらに追い打ちをかけるように、僕らの様子に気付いた女子たちが声をあげて駆け寄ってきた。
「今、灰塚さんの話してたよね!?私たちにも聞かせて!」
「え゛っ?」
「俺も聞きたい!俺も!」
「え?ちょ、ちょっと待って…?それより、ユウのことなんだけど…」
「ちょっと!私も入れてよ!」
気が付けば、クラス中の生徒が僕の机の周りに集まってきていた。
皆、好奇心いっぱいの目で僕を見つめている。
想定していた質問云々の前に、想像していた状況とまるで違う。
これはどういうことだ?
皆の雰囲気がおかしい。
「でも、灰塚さんと大林くんって険悪だったんじゃないの?」
気にするのは、そんなことじゃないでしょ?
「それ、間違いみたいだよ?灰塚さんが大林くんのこと異性として好きで追いかけてたみたい」
今、心配するべきは、ここに来てないユウのことじゃないのか?
「うそ!?じゃあ、大林くんを追いかけてたのって、オカルト好きだからじゃなかったんだ!」
みんな、ユウが心配じゃないのか?
「てことは、完全に黒だな!二人とも付き合い始めたんだろ!なぁなぁ!白状しろよー、大林!」
そんな、付き合うとか…そんなんじゃなくて!
気にするべきはそこじゃないだろ!?
「そうなんだ!おめでとう!大林くん!」
何を呑気に……ユウが大変だって時に……
ー バンッ!!
「「 えっ!? 」」
『ーー……っ!?』
立て続けに周りで繰り広げられる勘違い話に、いよいよ堪忍袋の緒が切れた僕は机を叩いて立ち上がる。
キッ!と自分でもキツいと思うほどに周りを睨みつけた。
「付き合ってない!話し合って、仲直りしただけだよ!」
「お、大林くん…?」
急に声を荒らげて立ち上がった僕に面食らった皆は、先程までのお祭りムードから一変して静まり返った。
心配そうに僕を見上げる錦野くんの顔を見て、まずいと思ったが、一度振り上げた拳はそう簡単には下ろせない。
「灰塚は僕に付き纏ってたんじゃなくて、いつも見守ってくれたんだ。僕の祖父との約束で、僕が腐らないように自分を殺して遠くで見守っててくれたんだよ。それを打ち明けてくれたのは、昨日。誤解が解けて、僕らは和解したんだよ。今では彼女は僕のよき理解者であり、最高の親友なんだ。だから、そんな浮ついた感情と安易に結び付けるのはやめてくれないか?僕らの関係は幼少から続くとても口では簡単に説明できない関係なんだよ」
「な、何よ。そんなに怒らなくても…」
「怒らないわけない!そんな、間違った結論に至るくらいなら、もっと別のことを考えるべきだ!そうだよ、ここにいないユウの心配の声をまずすべきじゃないの!?」
「ユウ?」
「え?ユウ…?優希くんならいるよ?」
「なんだ、大林くん。ボクのこと心配してくれるの?」
集団の中から、クラスメイトの優希くん?(それほど親しくない…)が軽く手を挙げて自分の存在をアピールしてくる。
違う!君じゃない!
僕と君はそもそも、そんなに親しくないだろう!
「優希くんのことは心配してない!」
「えぇ…ひどい!」
「キミの守護霊は強いからね。結構怖めの武士さんが憑いてるから、悪いものは寄ってこない。それより…」
「武士!?ボクにそんな守護霊が!?かっこいい!」
優希くんの守護霊についてクラス中は沸き立つ。
そのお気楽な雰囲気に僕の心は余計に波立ち、ついに“溢れ出て”しまった。
「そんなことどうだっていい……。僕が心配してるのは!」
ぐるりと周りを睨みつけ、僕は強い想いを込めてその名を呼んだ!
「僕が心配しているのは……大切な幼なじみの“瀬田祐奈”だ!」
「瀬田さん……?」
「え?」
いつもと違う雰囲気に息を呑んだ皆は、顔を見合わせた。なんだ、その顔は…。その何も知らないような、とぼけた顔は。
そうして、ある程度がん首揃えて捻り終えたところで、目の前のクラスメイトが小さく、本当に小さく答えた…。
「“せた ゆうな”、って誰?」
「………え?」
その小さくも確かに聞こえた言葉に耳を疑い、思わず聞き返してしまった。
「あ、あぁ……!せたさんって、大林くんの幼なじみさんなんだっけ?もしかして、病気で休んでたりとかしてる?そ、それは心配だよね?」
「え?」
混乱する僕とクラスメイトの空気を読んで、咄嗟に助け舟を出す錦野くん。
「お、俺らもそんな時に浮ついた話なんてしちゃってごめんね?さ、さぁ!みんな!先生がもうそろそろ来るよ!散った散ったぁー!」
「あ……」
しっしっ!と努めて明るく振る舞う錦野くん。
さすがは学年一のカワイイ系イケメン。
カースト上位の彼の言葉には誰も逆らえず、後ろ髪を引かれながらも皆は静々と自身の机へと戻っていった。
「…………」
僕は力なく椅子に腰を下ろすと、伏し目がちにクラスを見回す。
皆、何か気まずい空気になっていたが、中には僕を怖がるような顔もチラホラと見えた。
思考を止めず話の筋を考えていた人間なら、その違和感に気付いているだろう。
「……そして僕もまた」
違和感に気付いた一人というわけか……。
僕はゆっくりと背後を振り返る……。
そこには休日に入るまでにあったはずの〈 瀬田祐奈の机 〉が消えていた………。
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