19話 二重の影

ユウと自宅デート(本人が断固として言い続けるので)を切り上げて、公園デートへと向かう。


その最中、僕はユウと歩きながら他愛のない話を続けていた。


学校の進路の話が出たのはそんな時だった。



「それで?ケンちゃんは将来はどうするの?」


「そうだなー。“悠々自適な生活”って言いたいところだけど、最近は変わってきたかな?ここひと月の間に、〈 未練 〉をよく視てきたことで考えが変わったのかも。なんだろう。この〈 視える 〉ことをもっと多くの人のために使いたいなって...」


「へぇー......。ケンちゃんの口からそんな言葉が出るなんてねー」


「はは。やっぱり、らしくないよね?」


「うんうん。そんなことないよ。とても優しくて、ケンちゃんらしいと思う」



一瞬驚いたように、ユウは目を丸めると僕の顔を見つめ返す。


だが、その顔には嘲笑などは浮かんでおらず、むしろそんな選択をした僕を優しく見守るような微笑みを浮かべていた。



「そっか...」



とだけ、僕は答えユウの隣を歩く。


しばらくして公園に、ついた僕らは目を丸める。

誰もいない。休日だというのに、人っ子一人見当たらない。


お昼頃なので、昼食でも食べに帰ったのだろうか。



「近くに、大きな公園できたの知ってる?遊具も豊富で、敷地内にはランニング用の道があったり芝生があったり。結構、みんなはそっちに移動してるみたいだよ?」


「あー、なるほどね。ここも遊具はある方だと思うけど、やっぱり人の多い多い方に人は流れちゃうか...」


「安全面でも、そっちの方がいいよね。子供を見守る大人の目が沢山ある方が安全に感じるだろうし」


「そうだね。この公園に慣れ親しんだ僕らはこっちの方がいいかな」


「そうだろうと思って、こっちにしたんだー。今の私たちには大分、小さくなったけど昔一緒に遊んだ思い出は感じられると思うから」


「はは...。ありがとう。たしかにこっちの方がいいよ」



昔を懐かしむように、ひとつひとつ確認しながら砂場やブランコ、シーソーやすべり台などを一通り遊び倒した。



「はー...。疲れた...」


「ふふ!ケンちゃんてば、夢中だったね!」


「爺ちゃんが言ってた。遊び上手は仕事上手ってね。だから、遊びは本気でやることにしてるんだよ」


「そのやる気が、いつになったら勉強に発揮されるのか楽しみで仕方ないよ...」



ちなみに、勉強は常に中くらい。未だに発揮された試しはない...。



ー フワリ......



ジャングルジムの上に上り、二人で涼しい風を感じる。


そうだった...。大抵遊び疲れたら、ジャングルジムの上で小休憩してたっけ。


ここは見晴らしがよく、公園中を見渡すこともできたし高所だから風も心地よく感じられて気持ちがよかったことを思い出す...。


ユウとまたこうしてここで一緒に居られるなんて、本当、幼なじみっていいなぁ...。



「ケンちゃん、なんか嬉しそうだね?」


「ふふ...。風が気持ちいいからじゃないか?」



ー フワリ...



また風が抜けた瞬間、何処から懐かしい香りがした。


何処で嗅いだ香りかと記憶を探れば、そう昔の話ではないことを思い出す。


〈 白檀 〉の香りだ。


それ同時に、父の顰め面を思い出した。

別段、僕は嫌な香りではないのだが、父は特にこの香りを嫌っており何故かこの匂いのする方から離れるように歩いていたことを思い出す。


今ではお香屋さんも珍しくなくなり、この特有の匂いは若者にも人気とかで、たまに町中でも香って来た時は父は困った顔をして笑っていたっけ。



「白檀の香りだね...。私、あんまり好みじゃないんだよね...」


「ユウにも苦手なものがあったのか。うちの父さんもなんだよね。この前なんて、蚊取線香の香りの方が全然良いってたよ」


「あはは...。まさに田舎の香りって感じだよね...。私も好きかな、その香り」



ユウはジャングルジムから香りの元を探してキョロキョロとしていた。どうにも気になるらしい。

かく言う僕も気になっていた。

刻一刻と、香りが強くなっている気がしたからだ。



「え......?きゃっ!?」



僕も一緒に探るように周りを見渡していると、突然、隣で小さな悲鳴があがる。


見ると、ユウが口元に手を当て青ざめた顔で背後を振り返っていた。



「え?ユウ?」


「あ、あれ......うそ?」



何事かと思い、そちらに視線を移すと......ジャングルジムの下から〈 女の子 〉は無表情で僕らを見上げていた。


その姿に僕は言葉を失う。


ユウは震える指で〈 女の子 〉を指さし、絞り出すような声で一言......『 なんで、私がいるの? 』と呟くのだった......。


僕らを見上げていた〈 ユウによく似た女の子 〉は僕を見ると、小さく鼻を鳴らして腕を組む。



「その瞳、“オハヤシ”の者なのか。名は?」


「“オハヤシ”?」


「 名を聞いている... 」


「お、大林賢治ですけど...」



聞きなれない言葉に首を傾げた瞬間、眉間に皺を寄せた〈 女の子 〉は唸るような低い声でもう一度問い質す。


顔はユウと同じなのに、纏っている雰囲気は別人だ。

服装も今のユウのように女の子らしいものではなく、薄い着物を一枚羽織ったような格好だった。

まるで、時代劇から抜け出してきたような格好に思わず魅入ってしまう。


とても、よく似合っていたからだ。



「オオバヤシ......ケンジ...。あぁ、そういえば、オサムが姓を変えたと言っていたな」



はたと何かに思い至ったように、〈 ユウによく似た女の子 〉は深く頷くと袖に手を入れ踵を返す。



「なるほど、なるほど...。そうか。お前がオサムの孫......。ならば、これからその眼を“育まねば”なるまい」



ユウよりも遥かに長い後ろ髪を高めに結んだ後ろ姿が、そろりそろりと公園から出ていく。


一体何者だったのか...。正体は分からなかったが...〈 彼女 〉の纏う雰囲気はとても人のそれとは逸脱した気配をしていた。


人の見た目をしていながら、その中に潜む者は得体の知れない...まるで“あの箱”に感じた《 怨念 》のようなものが渦巻いていたのだ。



「はぁはぁ...!」


「っ...ユウ!?」



じっとりと嫌な汗が吹き出していたことに気付き、袖で汗を拭うと隣のユウが姿の見えなくなった〈 女の子 〉の背中を見つめて息を荒らげていることに気付く。



「なんで?なんで、“私”がいるの?おかしいよ!だって私はここにいて...」


「お、落ち着けよ、ユウ。あれは他人の空似だろ?」


「違う...違うよ。あれは私だった...私が...。そんなはずは......っ!確認しないと!」



目に見えて混乱している様子のユウはしばし頭を抱えると、僕の言葉を無視してジャングルジムを飛び降り一目散に〈 女の子 〉の消えた先へと走り始めた。


僕も慌ててその後を追うためにジャングルジムから降りると、ユウの後を追って駆け出す。


だけど不思議なことに一向に追いつける様子はない。



「ユウ!ユウ!頼む、止まってくれ、祐奈!」



胸騒ぎがする。今一度、〈 あの女の子 〉とユウを会わせてはいけない。そう感じているのに、懸命に足を動かしても一向に追いつく気配はない。


それどころか!



「ユウ!ユウ!」



ユウとの距離は段々と離れて...そしてついに...。



「見失った...。そんな...ユウ...」



ユウを追って迷い込んだのはただの十字路。

道路の真ん中で四方を見回しても、ユウの姿は見えなかった。



「ユウ!ユーーーウ!」



懸命に呼びかけるも返事は返ってこない。


それから日が落ちるまで辺りを探し回ったが、結局、ユウを見つけることはできなかった。


我武者羅にユウを探し回り、それでも結局見つけることができなかった僕はついに精根尽き果てた。


もしや、公園に帰ってきているのではないかと、淡い期待を抱きつつ元の公園に戻ってきたが、やはりユウの姿はなかった。


僕は一人、ブランコに腰を下ろし頭を抱える。


辺りは夕時のせいか、あんなにキラキラとしていた公園も、今では立ち入るもの倦厭してしてしまうほどに、何処か恐ろしさも感じる程に薄暗くなっていた。



「何処にもいないなんて...。ユウ...どこいっちゃったんだよ......まさか、誘拐されたなんてこと......まさか、そんな...」



ポツリと呟きた声に答えるものはなかったが、ふと、背中に気配を感じ振り返る。



『 ーー...? 』


「っ!?あ、あぁ...なんだ。《 古城さん 》か。びっくりした」



音もなく現れた《 古城さん 》が僕の背中に手を当て、横から覗き込む。


とても心配しているような顔に視えたのは、気のせいではない。

背中に当てられた手が優しく何度もさすられていたからだ。

まるで、泣きじゃくる子供を宥めるようにその手はとても優しかった。



「心配して来てくれたの?ごめんね、今日は朝から気を使わせっぱなしで」


『ーー...(ふるふる...)』



気にしなくていい、というように静かに首を振ると《 古城さん 》は周りを見渡し小首を傾げた。


ユウのことを探しているようだ。



「ユウがいなくなっちゃったんだ。大分前に〈 ユウにそっくりの女の子 〉が突然現れて話しかけてきたんだ。......ユウは真っ青になってて。気が動転してたのか僕が止めるのも聞かずに追いかけていっちゃって...。僕もすぐに追いかけたんだけど、なんでか追いつけなくて...。そのまま、二人とも消えちゃった。まるで白昼夢に襲われた気分だよ」


『 っーー...! 』


「え?《 古城さん 》?」



少し考える仕草を見せた《 古城さん 》は、もう一度、周りを見渡すと僕の手を取り立ち上がるように促す。

少し強めに引かれた手が、切迫した状況を伝えていた。


不思議に思い立ち上がると周りを見渡す。



《 ーーー......?ーーー......!! 》



周りの騒がしさに気づいた僕は、その正体を視て一気に血の気が引いていく。



青い...腕...緑...頭...白い...足...赤い...目玉...紫...口...黒い...髪...。混ぜこぜになった《 たくさんの異形たち 》が公園の至る所で這いつくばり蠢いていた。

さながら簡易の地獄のようだ。


いつの間にか時は過ぎ、夜の気配と共に『人ならざるもの』たちが活発になり始める頃合い。


時は〈 逢魔ヶ刻 〉に差し掛かっていた。


このままここに居ても、なんの収穫もない。

それどころか、『人ならざるもの』たちの恰好の的になってしまう。



『「 ...... 」』


《 ーーー...... 》



僕らは『人ならざるもの』たちがまだ大人しくしている間に、脇をすり抜けて公園を抜け出すと少し早足で帰路についた。


息をすることも忘れて、とはまさにこの事だった...。


帰り道でユウの行方を考える。


ユウは〈 同じ顔の女の子 〉を見て、気が動転していた。

僕が声をかけ続けても、気がつかないほどに...。


そんなに冷静さを欠いたユウは初めてだった。


だけど、その気持ちも落ち着きつつある今の頭なら、容易に理解できた。


自分と同じ顔、同じ声、同じ背格好の人間がそこにいたら誰だって驚くに決まっている。


驚き、恐ろしさを感じ、混乱してしまうだろう...。



「あ、そうか...。ユウの行動に引っかかりを感じていたけど、今分かった。普通なら追いかけたりしないだろ。自分と同じ姿の人間がいたら、誰だって怖くて近付きたくないはずだ。少なくとも、自分はそうだ。《 古城さん 》は?やっぱり、追いかける?」


『ーー...(ふるふる...)』


「そうだよね?普通は追いかけないよね?」



《 古城さん 》も僕と同じ考えなのか、首を振ってみせる。

少なくとも、僕ら二人の考えは〈 君子危うきに近寄らず 〉といったところだろうか。



「まぁ、一概にいえないか。やっぱり、気になる人は、見に行っちゃうもんかもしれない。この話を聞いて、興味の方が先行する人間もいると思うしね」



そういいながらユウの顔を思い返すも、やっぱり違和感は拭えなかった...。


あの顔は興味がある人間の顔じゃなかった。


本当に信じられないものを見たような、さらにはどうしても確認しなくてはいけないという...あれは、焦燥感にも似たものを感じた。



「〈 あの女の子 〉、本当に何者なんだ?ユウと同じ顔で同じ姿なんて...まるで〈 ドッペルゲンガー 〉...」



嫌な言葉が口をついでたことに、自分自身が驚き思わず息を呑む。


僕は今、なんといった?



「〈 ドッペルゲンガー 〉?馬鹿馬鹿しい...。そんなものいるわけ......」


《 ーーー......! 》


『 ーー...!』


といいつつ隣を見ると、自販機の横に設置されたゴミ箱から《 細い二本の腕 》が出て、《 古城さん 》に手を振っていた。


《 古城さん 》も笑顔で手を振り返している。



“いるわけない”ものたちと日がな一日一緒にいる僕が何を言っても説得力がないなと、自身の境遇に苦笑すると考えを改めることにした。



「仮にあれが、ドッペルゲンガーとしてだ。そうなると、ユウはドッペルゲンガーを追いかけて行ったことになるんだよね?ドッペルゲンガーって、そもそもなに?幽霊の類なの?妖怪?」



うる覚えの知識に肉付けすべく、スマホを開くと〈 ドッペルゲンガー 〉について調べる。



「えーっと...」



【ドッペルゲンガー】とは、自分自身の姿を自分で見る幻覚の一種で、「自己像幻視」とも呼ばれる現象である。自分とそっくりの姿をした分身。第二の自我、生霊の類。同じ人物が同時に別の場所(複数の場合もある)に姿を現す現象を指すこともある(第三者が目撃するのも含む)。超常現象のひとつとして扱われることもある......らしい。



「今回のは、まさにこれか。他に特徴はー...」



【特徴】


・ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と会話をしない。

・本人に関係のある場所に出現する。

・ドアの開け閉めが出来る

・忽然と消える

・ドッペルゲンガーを本人が見ると死ぬ

・ドッペルゲンガーを二回見ると見た人も死ぬ


などがあげられるようだ。



「本人が見たら死ぬって...。ユウのやつ、むしろ追いかけて行っちゃったぞ...?これってかなりマズイ状況なんじゃ...」



ユウは〈 ドッペルゲンガー 〉に出会ったと思って、あんなにも取り乱したのか。


謎の存在に名前がついた瞬間、ユウの行動の謎に僕はなんだか納得できてしまった。


目眩を覚得た僕は頭を抱えると近くの塀に力なく背中を預け、そのままズルズルとしゃがみこむ...。


頭の中は〈 ドッペルゲンガー 〉とユウのことでいっぱいだった...。


正直、僕はそれからの記憶は曖昧だ...。


《 古城さん 》に手を引かれ、気がつけば家に帰っていた。


途中で誰かにぶつかったり、話しかけられたりしたが満足に受け答えもできなかったと思う。


母さんの後ろ姿を見た瞬間、急にポロポロと涙を流れた。


大切な人を見つけることができない自分へ憤りかもしれない。あるいは、大切な人を失ってしまったかもしれない恐怖か。


色んな想いが混ぜこぜになって、何が何やら自分自身でも整理ができていなかった。


驚いた母さんが駆け寄り、僕へ涙の理由を問いかける。


そこで初めて、大人に〈 ユウが消えたことを話した 〉。全てを聞いた母さんは血相を変えてキッチンに戻ると、置いてあったスマホを手に僕へと振り返る。


責められるかと思ったが、そんなことはなく、ただ部屋に戻っているように言い渡された。


階段をあがる最中にリビングから、母さんが何処かに連絡している声が聞こえる。


たぶん、連絡先はユウのご両親か警察だろう。


部屋に入り、また涙が零れた...。


先程までユウと過ごしていた部屋。

ところどころにユウの姿が重なり、胸を締め付ける。

クッションがベッド脇に落ちている。

ユウがドラマを鑑賞している間、ずっと抱きしめていたものだ。



「ユウ......」



クッションを手にベッドに横たわると、天井に向けて大きく息を吐いた。


隣に《 古城さん 》が静かに腰を下ろす。



「......《 古城さん 》はドッペルゲンガーを信じる?」


『 ーー...... 』



反応はない。いや、反応を返そうにもどう返していいか分からないといった感じだ。


そりゃ突然、あなたは地底人を信じますか?と聞かれて即答できる人間もいないだろう。


見たことがないものを、信じるかどうかは結局のところその人の感性に委ねられるということだ。


かくいう僕も、答えは見えない。

“いない”とは、誰も断言はできないのだから。



「唯一、違う点は“ドッペルゲンガーの人物は周囲の人間と話さない”って点だ。ユウは社交的で色んな人の輪に溶け込んでいる姿を何度も見てる。女子たちの輪にも馴染んでいて、こんな僕にもよく話しかけてくれるんだ。《 古城さん 》はどう思う?」


『 ーー... 』



やっぱり、《 古城さん 》は答えない。

ただ僕の寝ているベッドの縁に腰を下ろし、床を見ていた。


もしやと思い、横から覗き込むと驚くことに、“眠っていた”......。



「......霊も寝るんだ」



少しの驚きと共に、〈 霊に疲れはない 〉という固定概念がどこかにあった自分に苦笑する。


結局のところ、自分もまた、〈 固定概念 〉にどっぷりと浸かっている一人だったというわけだ。



「爺ちゃんの言いつけを守るのは、本当に難しいよ...」


〈 畏れるな ・ 目を逸らすな ・ 思考を止めるな 〉


爺ちゃんの言葉を思い返し、僕はクッションで顔を覆い隠す。


時間が経っていたこともあり、ユウの温もりはとうに失われていたが、それでユウがここに居たという証明が欲しかった僕はどうしてもクッションを手放す気にはなれなかった...。


ーーー

ーー


ー ケンちゃん...。ごめんね...



「...ユウっ!?」



遠くでユウの声が聞こえた気がして飛び起きる。


つけていたはずの部屋の明かりは消えており、水を打ったように部屋は静まり返っていた...。


隣で眠っていた《 古城さん 》の姿はない。


別の場所で眠っているのだろか...。


時計を見ると、針は深夜を回っていた。


どうやら、クッションを被っている間にウトウトとしてそのまま眠ってしまったようだ。


我ながら信じられない。


大切な幼なじみが失踪したかもしれないのに、自分はのうのうと惰眠を貪っているなんて。


僕にとってのユウはそんなもんなのか...。


改めて自身の行動を思い返し、また自己嫌悪に陥った。



「それにしても、ご両親や警察から事情をくらい聞かれるかと思ったのに誰も来なかったのかな?」



不思議に思い、部屋から出ると薄暗い廊下の先から話し声が聞こえる...。


どうやら話し声は父さんと母さんのものらしく、階段下から聞こえているようだった。


僕はなるべく音を立てないように慎重に階段を降りると、ドア越しに中の様子を伺う。



「なるほど...。瀬田さんにはこのことを伝えてあるかい?」


「えぇ。さっき電話しておきました。やっぱり、まだ帰って来てはいないそうです」


「そうか...。私も明るくなったら探してみるとしよう」


「えぇ、お願いします。賢治さんにはどう伝えましょう?」


「......いや。まだ賢治には伝えないでほしい。もっと、情報が必要だ。下手な情報で、賢治を混乱させたくない」



ー ぽん!


「ひっ!?」



『今はそっとしておこう』と父さんの呟きが聞こえた瞬間、何かの手が肩にかかる。

思わず飛び上がると、背後に《 古城さん 》が立っていた。



「(びっくりした!びっくりした!)」


『ーー......(ぺこぺこ)』



申し訳なさそうに何度か頭を下げると、古城さんは二階を指差す。

部屋に戻って休めということらしい。


とりあえず、二人の話ではユウのことは向こうのご両親に伝わったようだ。もしかすると、警察まで話は行っているかもしれない。


とすると、事情を聞かれるのは明日になるのかな?



「分かった。とりあえず戻ろうか。大人も探してくれるなら、きっと明日には見つかるはずさ」



『きっとみつかる』そう自分に言い聞かせるように、もう一度呟くと僕は部屋へと続く階段へ戻る。


《 古城さん 》に背中を押され急かされるように布団へと誘われた。


早く寝ろということらしい。



「わかってるよ。探すにしても、明るくならなきゃ...。僕の方が危ないんだよね?」


『(こくこく!)』



何度も頷く《 女の子 》に苦笑すると、いそいそと布団に入り目を閉じる。



「(最悪、《 古城さん 》がまた眠ったら抜け出すかな。近くを探すくらいできるよね...)」


『 ーー......(イラッ...) 』



ー ズンッ!



「うっ!?(な、なに!?)」



突然、腹に重さを感じて目を開けると、布団に入った僕に跨るように《 古城さん 》が座っていた。


前髪に隠れた目が明らかに怒りに染まっている。

どうやら、僕の密かな企てに勘づいたらしい...。


驚いた。どうやら〈 守護霊 〉は僕らの思考も読めるようだ。



「(じょ、冗談だよ!寝る!寝るから!)」


『(ふるふる...!)』



聞く耳を持ちません、というように首を振ると《 古城さん 》は跨ったまま目を閉じる...。


なんと器用な...。座ったまま寝ている...。


さらに驚いたことに、のしかかられた身体が動かない。

指一本すら動かない...。



「(か、金縛り......)」



まさか、こんな技まで使えるとは。


僕は小さくため息を吐くと目を閉じる。

完全にお手上げだ。


金縛りまでかけて止めてくる彼女の気持ちを無碍にはできない。


動くにしても、全ては明るくなってからだ。

明日は必ず、明るいうちにユウを見つけてみせる。


情けないが借りれる手は誰でも借りよう。


そう心に決めて目を閉じると、自分でも驚くほどにすんなりと眠りに落ちるのだった......。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る