18話 変わりゆく日常
朝を迎えた。昨日はあれから、こってりと母さんに絞られ数日の夜外出禁止命令が下されてしまった。
まぁ、目先のことに囚われて母さんに何も告げずに飛び出した僕が悪いので、今回は深く反省している。
後で父さんには臨時収入の上乗せを要求しよう。
「さて、朝から部屋の掃除もしたし大丈夫かな?これでユウを迎えられると思うけど。女の子的にどう?《 古城先生 》のご意見を賜りたいね?」
『ーー·····!(オッケー!)』
比較的綺麗になった部屋を見回して、隣りに立つ《 古城さん 》に問いかけると〈 おー・けー 〉とジェスチャーで答えてくれた。
これで、女の子視点からでも大丈夫っと。
いやー。ユウが部屋にくるなんて何年ぶりだろう。
小学生以来じゃないかな?
子供の頃は部屋でもよく一緒に遊んだが、最近はめっぽう外で遊ぶ機会の方が多くなったので、改めて部屋に招くとなると緊張する。
僕は時計を確認すると、間もなくユウが来る頃だ。
今日観る予定のドラマをポチポチとリモコンを弄りながら探す。
ソワソワとしているのは気のせいではない。
なんなら、昨日の寝る前からこんな感じだった......。
「ケンちゃーん。来たよー」
「お、時間ピッタリ。さすが、ユウだね」
少し空いた窓からユウの声が聞こえる。
僕は何となしに姿見で最終確認すると、階段を降りて玄関へと向かった。
いつもなら、そんなに気を揉むことはないのに。
ましてや、ユウは幼なじみ。
気を使う関係でもないのだが、やっぱり“異性を部屋に招く”ということで不思議と意識してしまっているのだろう。
「らしくないぞ、賢治。平常心、平常心だ。相手はユウだ。いつもと同じ。いつもと同じ」
僕は胸に手を当て二三度深呼吸をすると、ドアを開いた。
外では小さな手提げカバンと、いつもとは全然違う雰囲気の服に袖を通した祐奈が立っていた。
着ている私服はとても可愛らしく、女の子らしい格好だ。
見慣れないながらも、とてもよく似合っていた。
うっすらと化粧もしているのか、とても清潔感があって好ましい。
全体的に、うん。素敵だった。
まさか...こんなに変わるとは。
いつもの元気なユウもいいけど、こっちの女の子らしさに重きを置いたスタイルもとても似合っていた。
「いつもと違うんだね...。とっても、似合ってるよ......」
「え?えへへ...。そうかな?お母さんが買っててくれたの。今日はお呼ばれされたんだもん。柄にもなく、気合い入っちゃった!ふふ!」
いつもの“幼なじみ”はそこにはいなかった。
もはや別人、完全に初見のお相手だ。
ふいに見せられたユウの笑顔にドキドキと胸が弾む。
「...うん。すごく、うん。似合ってる。可愛い」
「え?本当?あはは。ケンちゃんにはあんまり、そんなこと言われ慣れてないから、すっごく照れるー」
ポリポリと頬をかいてユウはほんのりと頬を染めると、照れたようにはにかんでみせた。
『がんばってよかった...』とポソりと聞こえてきて、再び胸が強く鼓動を打つ。
「(ちょっと待って、ちょっと待って...めちゃくちゃ可愛い...。頑張ってくれたんですか?今日のために?あー、やばい。嬉しさもあるけど、変に意識しちゃうぞ、これ)」
僕はドキドキとうるさくなる胸に手を当て、ユウの姿から思わず顔を背ける。
さすがにこれ以上、見てたら失礼だろ。うん。
立ち話もなんだし、早く中へ通さないと。
「さ、さぁ、中にどうぞ」
「ふふ!なんか緊張しちゃうね!」
「あはは、緊張してるのは僕の方だよ」
「あー、人を家にあげるのって緊張するよねー」
「あーうん。それは間違いないね」
もちろん、それだけじゃないけど。
二人で笑い合うと、部屋へと案内する。
そういえば、部屋に人を入れたのって本当、小学生以来じゃないか?
「お邪魔します。わ!懐かしい。けど、ところどころ変わってるね」
「まぁ、最後に来たのは小学生の時だからね。それから趣味嗜好も大分変わったから」
「ふふ!でも、〈 バケモン 〉のポスターはそのままだね」
「今ではプレミア物だよ?」
「本当、ゲーム好きだよねー」
なにかに熱中できるって、いいねとユウは微笑むとカーペットに腰を下ろした。
小さなテーブルの上には何も無い...。
あ、本当に何も無い!!?
「す、すぐ、飲み物持ってくるよ」
「はは...ありがとう。慌てて、転けないようにね」
ユウを部屋に残して一階へ。
ユウが来ることを事前に伝えていたおかげか、我らが母上様がケーキと飲み物を御用してくださっていた。
「母上様!ありがとう!」
あれ??そういえば、母さんどこいった?
ケーキにメモがくっついていたので、見てみてると......
『 母は友達と遊びに行ってくるなり。夕方には戻り候...。追伸、清いお付き合いを願いたし 』
と書かれていた。
「ええぇ!?母さん、いないの!?」
『 ーー...っ!? 』
ケーキを手に驚いて小さく叫びをあげると、隣で見ていた《 古城さん 》が口に手を当て同じく飛び上がる。
つまり、夕方まで家には僕らしかいないということになる......。
「こ、これはさすがに...まずくない?」
《 スーー... 》
ねぇ?と《 古城さん 》に振り返ると、ヒラヒラとハンカチを振って......そのまま消えた......。
消えたっっっ!!?
「ふ、古城さーーん!?」
全てを察した《 思春期幽霊・古城さん 》もまた、気を使ったのか、側から離れてしまった。
いくら探せど、呼びかけど、《 古城さん 》の姿はない。
本当の意味で、この家には僕とユウしかいなくなってしまったらしい...。
「うわぁ......マジですか?」
僕はケーキと飲みものを持つと、ゆっくりと階段を登っていく。
どう過ごせばいいのか、頭で何度も想定するもユウのいつもと雰囲気にその全てが頭の外へと押しやられてしまう。
「ユウと二人きりか...」
「え?私たち二人きりなの?」
「え?あれ?」
「まぁ、そっか。それも...あり?だよね」
「あり、なのかな?」
「うん。ありだよ」
「ありなのか...」
気が付けば部屋に入っていたらしく、つい出てしまった言葉にユウが反応した。
驚いているが、どこか覚悟を決めたような顔で僕を見つめている。
幼なじみ...という言葉はその時、完全に頭の外へと飛んで行ってしまった。
今日の目的を果たそうとお菓子とお茶を置いて、テレビの前に腰を下ろす。
ベッドに背を預け、二人で並んでドラマ鑑賞を始めることにした。
ユウはこのドラマはまだ観たことがなかったようで、興味深げに観ていた。
ちなみに内容は何処にでもあるミステリーものだ。
犯人なんて、散りばめられたヒントを拾い集めれば素人でも分かるような簡単なミステリー。
だけど、複雑すぎない内容だからこそ、世にウケたのか今ではクラスでも話題になっている。
「むむむ......。今回はちょっと難しくないか?」
「そう?私はもう犯人が分かったよ?」
「えー...?誰なの?」
「隣の山田さんでしょ。被害者の部屋に大きなスピーカーがあったし、騒音が原因で揉み合いになったんじゃないかな?」
「えー...?それだと、安直というか。探偵の助手に浮気を疑われてた彼女の鈴木さんの方が犯人としてしっくりくるよ?」
二人で推理を展開しながら、あーでもないこーでもないも話していると幾分か緊張も和らぎ、いつも通りの二人に戻っていた。
「あー!やっぱり、山田かー!なんで、わかったの!?」
「いや、探偵が証拠っぽいものを見つけた時に、キョドってたし。途中で自供紛いな発言してたしね。俳優さん、上手だったね」
「は、犯人に嵌められたのかもしれないじゃん!」
「いや、だったらその場で『嵌められたんだ!』くらいいうでしょ。ケンちゃんは考えすぎなんだよ」
「なっ!?そんな簡単なミステリーはミステリーじゃないだろ!」
「でも、今人気なんだよねー。何が流行るか分からないから面白いよね、ブームって」
「うん...まぁたしかに...。ストーリーは好きだけど...それでもー!」
「はいはい!それじゃあ、次の話で決着つけようか!」
「お、おーよし!望むところよぅ!」
なんて、気が付けばヒートアップしてすっかりと魅入ってしまっていた。
軽く四話ほどを見終えてしまったところで、時計を見る。
四時間、ぶっ続けだった...。
「あははは!全勝全勝!アタマ固いんだから、ケンちゃんはー」
「くぅ~っ!だからもっと、動機とかトリックとかを拘ってさ!」
「伏線が多すぎても、観てる人も飽きるよ絶対」
「むぅ......」
たしかに、頭を使い過ぎれば観る方も疲れるか。
もっと、シンプルな方がスっと入ってきていいのかもしれない。
「でもー、難しいストーリーの方が解けた時の爽快があるんだよー!」
「ほどほどでいいんだよ。だって、犯罪を犯すのは人間だもん。人間の気持ちも、そこから生まれる行動も意外と、ね?答えはシンプルなもんなんだよ」
『ケンちゃんみたいにねー』と、ユウは笑うと少し伸びをして外を見た。
「だ、だれが単細胞か。僕はこれでも色々考えてるんだよ?」
「知ってるよ。考え過ぎて、結局、最後の答えは最初の答えに戻ってきちゃうだけ、だもんね?」
「それはただ時間を無駄にしてるだけ...って、余計にたちが悪いわ!」
「あはは!だから、ケンちゃんは色々考えず、心のままに動いた方がいいんだよ。それで救われる人はたくさんいると思うからさ。心のままに、ね?」
ユウはにっこりと微笑むと、軽く伸びをして窓の外を見る。
日はすっかりと昇り、昼頃になっていた。
「気がついたら、日がすっかり昇ってるね。そうだ。近くの公園行かない?」
「え?外暑くなってない?」
「日は昇ってるけど、涼しい風が吹いてるよ」
ほらっと、窓の外を指さすと木々がそよそよと風に吹かれて揺れていた。
枝と一緒に《 木から垂れ下がったロープと男性 》も揺れている。
その下では、《 古城さん 》が睨みつけるように《 首吊りの男性 》を見上げいた。
『ーー...!!』
ー ドスッ!ドスッ!ドドドッ...!
『ー...!?ー...!?』
時折、サンドバッグのように殴りつけているようにも視える。
「(なにしてんの、あの二人......)」
僕は苦笑を浮かべ、二人のいる木々から視線を外す。
《 子供の霊 》が元気に外の道路を駆け回っていた。
《 霊たち 》ですら、こんなに外を元気(?)に駆け回っているのに、生きている自分がいつまでもここでぼんやりとしていていいものか。
いや、よくないよな。
「そうだね。行こうか」
「うん!家にこもってばかりじゃ、体も訛っちゃうよ。怠惰に過ごしたいなら、いつまでもダラダラとできるように“健康”にならなくちゃね!」
「う、うむ......?なんか、おかしい気もするけど...」
「ケンちゃんは考えすぎ!さっ!行こー行こー!」
ユウは手を握り、僕を部屋の外へと連れ出した。
用意したドリンクの氷はすっかりと解け、結露も乾いてしまっていた。
出した時から、まったく減っていないドリンク。
用意したケーキも手付かずのままだ。
それほどまでに、二人はテレビに熱中してしまってたのだと、部屋を出る際に思った。
たしかにこれは健康に悪いな...。
苦笑を浮かべると、ケーキだけでも冷蔵庫に戻すと告げてユウを先に送り出す。
「あ、ごめんね!お母さんには、ありがとうって伝えておいて欲しいな!」
「分かったよ、伝えとく。物はあとで母さんたちに食べてもらおう」
パタンと閉めた冷蔵庫。
『夕方まで帰らない』というメモが、どこか意気地のない僕を責めているようにも感じた。
先に出かける準備を終えたユウが玄関の外に待っていた。
可愛らしいカバンを手に僕を出迎える。
「お家デートのあとは、お外でデートだねー」
「デートなの?」
「男女が一緒にいたら、それは立派なデートだよ」
「......そうなの?」
「そうそう!」
ユウは笑うと僕へと手を差し出す。
「昔から思ってたけど、ユウって手を繋ぐの好きだよね」
「うん!なんか、安心するから。ケンちゃんもでしょ?」
「それは...うん」
違うと照れ隠しに言おうと思った。
いや、いつもの僕なら言っていたと思う。
だけど、この時ばかりは素直に頷いた。
なんだろう。今日の姿のせいかな?
いや、まっすぐに答えてくれた彼女の顔がとっても綺麗だったからだ。その目に応えたくなったんだ。
『僕もそう思うよ』とだけ告げて、差し出された手を取った...。
女の子らしく、小さくも柔らかい手は僕の心をぎゅっと掴んで離さない。
我ながら、随分と考えが変わったもんだと苦笑する。
『僕の時間に割り込み食い散らかす彼女と幼なじみになったことこそ、まさに人生最初にして最大の“悔い”』......なんて、考えていた時もあったけど、今ならはっきり言える。
この時間が大切なんだ。他の何りよりも...“彼女と手を繋いで一緒に歩いていくこと”。
それにどれだけ僕が安心しているか、ようやく僕も“認める余裕”が出てきたということだろう。
いや、違うか。
余裕が出て来たというより、色んな人々の〈 未練 〉を視てきたことで『 今、この瞬間を大切にしなくてはいけない 』という気持ちが強くなったんだ。
だから僕は、余裕というよりも“覚悟に近いもの”を手にしたのかもしれない。
だから、灰原とも腹を割って話せたのだろう。
全ては、そう。
この子、【 瀬田祐奈 】がくれたものだ。
だから僕も、少しで返さなきゃいけない。
彼女に感謝の気持ちを。
「ユウ......」
「ん?どうしたの?」
「ありがとう」
「......ふふ!どういたしまして!......って、急にどうしたの?」
「急に言いたくなったんだ。心のままに、だろ?」
「それにしたって、心のままに過ぎるって!急すぎるよ、あはは...!」
笑う彼女の横顔を見ながら、僕は隣を歩く。
視える僕と見えない彼女の物語が、これからも続くように、〈 心 〉で祈りながら......。
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