16話 カフェオレとオレンジとコーヒー
明日は久しぶりの休みだ!
なんか今週は色々とあって疲れた。
ほんと長かったな……。
ベッドに横になると疲れた身体がじんわりと癒されていくのを感じる。
お布団……素晴らしすー……。
「ふぁ~……」
少し、眠気が出てきたので、掛け時計に目をやると十九時を指していた。
いくらなんでも、早過ぎないか?僕の身体よ。
でも、それだけ今週は気を張ることが多かったのだと思うと妙に納得がいった。
月曜から金曜日まで、沢山の《 人ならざるもの 》たちと関わったもん。
部屋のテレビに釘付けの《 古城さん 》に目を向けると、僕は苦笑を浮かべる。
〈 いい縁 〉にも恵まれた。
「《 古城さん 》色々ありがとうね……」
『 ーー…(にこり…) 』
名前を呼ばれ、振り返った《 女の子 》は小さく微笑むと、再びテレビに目を向ける。
実はそこそこテレビっ子なのだろうか?
いったい、どんなテレビ番組が好きなのか気になったが、今は集中の邪魔するのも気が引けるのでまたの機会にする。
「あ、そういえば、録り溜めしたドラマを観ないと……って、そうだった」
そこでふと思い出す。ユウとの約束があったんだ。
というか、ユウと放課後に別れてから何も連絡のないままに今に至る。
最後の顔はとても心配そうだったよな。
今も心配しているのだろうか……。
ユウはあれでいて、僕のこととなると心配性だからな。
「連絡しとくか……」
僕はスマホを取り出し、アドレス帳を開いた瞬間だった。
ー ピリリ…!ピリリ…!
画面が着信画面に変わる。
着信は【 父 】からのものだった。
「はーい。もしもし、どうしたの?」
ー もしもし。賢治?急で悪いんだけど、今からマスターの所に行ってくれないか?
「えー……。今日、ちょっと疲れたから早めに寝ようと思ってたのに……」
ー 母さんに内緒でお小遣いあげるから
「ほうほう?ゲーム買えるくらいですか?」
ー はは……。あぁ、わかった。仕事から戻ったら机に入れとくよ。その代わり、マスターの件を頼むよ?
「合点承知!」
ー 変わり身の早さは天下一だな。父さんと同じで将来安心だな。はは……。さて、お客さんが来たみたいだ。それじゃあ、また。
「うん!また!」
ー ピッ!
「よっしゃ!臨時収入ゲットだぜ~!〈 バケモン 〉の新作が買えるー!」
僕は手早く掛けてあった上着を取ると、マスターの店へ向かおうと意気揚々と扉へ向かう。
ー ギュムッ!
「へ?」
突如、上着を捕まれ動きを静止される。
振り返ると《 白い女の子の手 》が服を掴んでいた。
誰の手など問う必要もない。
紛うことなき、《 古城さん 》の手だった……。
「え?《 古城さん 》?」
『 ーー…… 』
僕の服をしっかりと掴みながら、視線はテレビへと釘付けになっている。
テレビが気になるのだろうか。
画面を見れば、連続ドラマのヒロインが同級生の男子に告白をするシーンだった……。
「(うわぁ……。僕、こういうの苦手なんだよねー…)」
ヒロインが入学した学校のイケメン〈 五反田 担五郎 〉と出会い、タンゴ部を設立。
学校や地域の人々にタンゴの素晴らしさを伝えるために日々奮闘する中で互いの魅力に惹かれ…そして二人は次第に距離を縮めて…。
というようなストーリーだったか。
たしか、題名は【 情熱に恋して♡ 】
なんとも、在り来りな題名だ…。
「(でも、タンゴって……。みんな共感できるのかな ?)」
『 ーー…… 』
いや、幽霊女子の眼差しは釘付けだ。
ということは、少なくとも目の前の《 幽霊女子 》には刺さってる様子。
これは、まだ解放まで時間がかかりそうだ。
「ふぅ……仕方ない……。よいしょ…」
『 ーー…… 』
掴まれたままでは、なにも出来ないのでそのまま《 青春ドラマに釘付けの女の子 》の横に腰を下ろす。
座った拍子にそっと触れた肩が……とても、ヒンヤリとしていた……。
ーーー
ーー
ー
「なんだよぉー!ヒロイン、めっちゃ可哀想じゃんかー!告白したら断られた上に、男はワルツ部に入部したし!今まで二人で手を取り合って頑張ってたじゃないか!そんなのってないだろー!あまりに酷すぎるー!」
『ーー~……!ーー……!』
二人でドラマを見始めてしばらく。
気がつけば、その切ない青春を描いたストーリーにどハマりしていた。
主人公ヒロインの純粋さに始終ドキドキしっぱなし。
そして、突然のイケメンの裏切り。
タンゴからワルツへ鞍替えした彼の真意とは!?
二人を繋ぐタンゴ青春ストーリー。
全てはヒロインへの想いが鍵となって、この青春劇はタンゴのように情熱的な愛が盛り上がりを見せ……次回に続く!!
「めっちゃくちゃ、気になるところで終わるしー!来週までこのモヤモヤを引きづらなきゃいけないのかよ~!あー!気になるわー!」
『ーー……!』
二人で肩を寄せ合い、あーだこーだといいながら、ドラマの感想に花を咲かせる。
時計に目を向ければ、二十時を指していた。
「そういえば……なんか忘れているような。あれ?なんで、上着なんて着て…………って!しまったーっ!?」
『 ーー…!?(ビクッ!?)』
「父さんに頼まれてたこと、すっかり忘れてた!」
『 ーー…! 』
《 古城さん 》の手を取ると、部屋から家、そして外へと飛び出した。
ーーーー
ーーー
ー
何とか、店へと到着。
電話を受けてからさらに二十分が経過していた。
たしか喫茶店は二十時には閉まるんだよね。
それで、店の中には未だに灯りが着いているということは、マスターが僕を待っていたという何よりの証だよね。
「お、怒ってるかな?」
『 ーー…… 』
二人で顔を見合せると恐る恐る、“CLOSE”の看板のかかったガラス扉から中を覗く。
「……あれ?誰もいない?」
「なーにしてんの!ケンちゃん!」
「え?あぁ、ユウか。奇遇だね」
中をよく観察するために覗き込んでいると、明るい声と共に急に肩を叩かれた。
驚いて振り返ると、そこには制服姿の祐奈が立っていた。
「本当にねー」
「僕はマスターに呼ばれて。ユウこそ、こんなところで何してるの?」
「私?私……えーっと、夜の散歩。最近、運動始めたんだよ。ケンちゃんと一緒だと、“色々”あるから体力つけようと思って」
フン!と力こぶを作ってみせるユウ。
ちなみに全然、変化はない。
細くて白い、女の子らしい綺麗な腕だ。
『 (フン……!) 』
ユウの動作を真似てか、同じように力こぶを作ってみせる《 古城さん 》。こちらもまた、変化は見られなかった。
「にしても、制服で運動?ジャージに着替えればよかったのに」
「ジャージは可愛くないし」
「そっかー……」
『運動に可愛さはいらないのでは?』とかいうと、怒るのだよ。この子の場合。
女の子は常に見られてる意識してるのだとかなんとか。
女の子のこだわりは、男の僕にはよく分からない。
「それより、ほんとこんな時間に二人とも何してるの?」
「二人……?」
「ケンちゃんいるところに、《 古城ちゃん 》ありなんでしょ?私には見えないけど、いるのを居ないって言われるとなんか悲しいかなって……」
『ーー……(キラキラ……)』
「はは……優しいな。そう言われて《 古城さん 》も嬉しそうにしてるよ」
存在を肯定されたことで、よほど嬉しかったのかキラキラとした笑顔でユウに抱き着く《 古城さん 》。
本当、仲いいな。《 古城さん 》が生きていたら二人は結構仲のいい友人になっていたかもしれない。
「いつか、お話できるといいね、《 古城ちゃん 》!そしたら、色々な場所行けるよ!」
『 ーー……(キラキラ…三割増!) 』
「是非っ!ってさ」
僕は苦笑を浮かべて再び店内に目を向ける。
するとそこには……
「 おそいよおぉぉ~けんじくぅ~ん~~ 」
「あ、あはは……すみません……」
待ち侘び過ぎて疲れた顔のマスターが窓に張り付いて僕を見ていた……。
「待ってたよ、賢治くん!」
「おじゃましまーす。ユウも時間あるなら、寄ってかないか?」
「え?いいの?やった!ふふ~♪」
「おや?今日はご機嫌だね?」
マスターは席に僕らを案内しながら首を傾げる。
前回、来た時は《 古城さん 》の時で、ユウも沈んでたしね。
みんな、辛気臭い雰囲気してたから今日は明るく見えて当然だろう。
「一緒♪一緒~♪ケンちゃんと一緒~~♪」
「あぁー。賢治くんと一緒なのが嬉しいのか…。青春だねー」
ご機嫌に椅子へと座るユウ。
機嫌のいい理由を聞いて、茶化すようにマスターは笑うとカウンターへと戻って行った。
「そんなんじゃないですよ」
「そうそう!ケンちゃんはいつも私を心配させるからね。こうして目の前で見てないと安心できないんだもん」
「誰が走り回る子供だ、失礼な!もう子供じゃないんだぞ!」
「んー…そうだねー。いっつも、私の胸を見てくるもんね…。そういう知識だけは大人だもんねー? 」
「はんっ!そうだな……もっと見応えがある大きさになるといいな!」
「っ~~死ねっ!女の敵め!!」
ー ドゴッ!
「かはっ!?」
ほんのり膨らんだ胸元を手で隠して品をつくるユウへ、鼻で笑って答えると手に持った鞄を全力で投げつけられた……。
鼻頭にクリーヒット。机に突っ伏して、僕は激痛に悶え苦しむ。
「うおぉー!?バックに何を入れてんだ! ?すごい衝撃だったんだけど!」
「ふん!お塩だよ。備えあれば憂いなしってね」
開かれたバックから出てきたのは、教科書やノートと共に三キロはありそうな袋に詰められた塩だった。
そんなでかい塩を持ち歩いて何してんの!?
梅干しでも漬ける気か!?
「ん…?どうしたんだい?机に突っ伏して。疲れた?」
苦笑を浮かべながらマスターは帰ってくると、飲み物を並べてくれた。
カフェオレとオレンジが二つ。
あれ?……オレンジが“二つ”だ。
「あれ?」
「ユウちゃんは分かるけど、あと一人が分からなくてね。とりあえず、オレンジにしたけど大丈夫かな?」
『 ーー……!(ぶわっ!) 』
「あ、なんか泣き始めたんで、それで大丈夫みたいです」
マスターの優しさに感激したのか、滝のように涙を流して《 古城さん 》はオレンジのグラスに手を添えた。さすがに、霊は飲めないので『お気持ちだけ』ということだろう。
「マスターさん、優しいねよねー。そういうとこ、素敵だと思うなー。ケンちゃんも見習いなよ。このさり気ない優しさは色男の基本だよ?」
「どうせ僕は陰キャですよーだ」
「はは……。喜んでくれたみたいでよかったよ」
マスターはカウンターの椅子を引っ張ってくると、僕らの座るテーブルの前へと腰を下ろした。
「それで、マスター?父さんに言われて来たんですけど、事情は聞いてなくて。何かあったんですか?」
「あぁ。実は人探し、というより《 霊探し 》をして欲しいんだ」
「《 霊探し 》?」
「……うん。賢治くんは視たことないかな?この店にいつもいた《 子供の霊 》なんだけど」
「「 《 子供の霊 》……? 」」
僕と共に皆で首を捻る。ここに来た時を思い出すために、過去の記憶を探る。
「いや、気付かなかったです。子供の霊いました?」
「アレ?視えてない?おかしいな……。たしかに《 子供の足音と笑い声 》が聴こえてたんだけど。それじゃあ、気の所為だったのかな?」
カウンターを振り返りながら、マスターは小首を傾げた。
マスターに“聴こえていた”なら、間違いなくいると思うけど、僕には子供の霊を視た記憶はない。
お客さんにたまに憑いてるのは知っているけど、知らない人に憑いている《 霊 》にはほぼ関わらないようにしている。
色々と面倒だからだ。それに相手だって嫌だろう?
知らない人から『あなた、霊が憑いてますよ?』なんて言われたら恐怖しかないよ。二重の意味で。
最悪、警察沙汰のあとに病院行きだ。
「うーん……」
マスターの眺めているカウンターを一緒に眺めていると突然、ユウは立ち上がりカウンターを覗き込んだ。
「あ、ユウ!勝手に見ちゃダメだろ?」
「いいよ。何か分かるなら自由に見てもらっていいから。あ、だけど什器には触らないで欲しいかな。割れたら大変だ」
「はーい」
ユウはカウンター越しに中を覗いて首を傾げる。
顎に手を当て、少し思案すると何かを思いついたように振り返った。
「ユウ?」
「んー…ちょっと待ってね?」
僕やカウンター、他の席を交互に見ながら、ユウは一歩一歩後退りして、入口まで歩いて行く。
次はお会計の場所。
どうやら、この店で僕が歩いたであろう動線を辿っているらしい。
「あー、なるほど。ケンちゃん!わかったよ」
「え?何が?」
「ケンちゃんって、霊の姿は視えても“声までは聞こえない”でしょ?」
「あー、うん。そうだね。霊の声は聴こえないな」
「でね?このカウンターの裏はね、当然ながらお客さんの完全に死角になってるんだよ。どこから見ても見えないようにね。ここなら、ケンちゃんも見たことないんじゃない?」
「あー…なるほどね」
つまり、死角になっていた、あそこ、〈 カウンター裏 〉にいつも《 子供の霊 》は潜んでいたってことになる。
それなら、気付かなくても仕方ないか。
「マスター。声や音って、カウンター裏からしてました?」
「え?あ、あぁ、よく分かったね。そうだよ。いつも、足元からしてた」
マスターはカウンターへと向かうと、カウンターの中を指さす。
子供って言ってたし、カウンターの高さから考えて保育園児か小学校低学年くらいかな?
でも、なんでそんなところにいたんだろう?
話を聞く限り、カウンターの中に執着しているが、店内の様子には全く関心がないようだし。
何か気になる物があったのだろか?
「珍しいですね?マスターはなんでその《 子供 》を探してるんですか?いつもなら、“いつの間にか居なくなってるなー”程度で済ませてたじゃないですか」
「えーっと……こういうと誤解されちゃうかもしれないけど、実は《 子供の霊 》が側にいると色々と調子がいいんだ」
「……ま、まさか、マスターって…ロリコ」
「違うよ?」
「え?」
「違うよ?」
急に真顔に変わるとマスターは少し低い声で、僕を見つめ返す。しかも、念を押すように二回も言われた。
大人って、怖ぁ……。
「あ、あはは…冗談ですよー!やだなー!」
「冗談は嫌いだよ?」
「す、すみませんでした!」
最後に見せた笑顔が本当に怖かった……。
裏で〈 殺し屋 〉とかしてるんじゃないか?
最近、〈 屋のつくお仕事 〉の人(灰塚)にあったばかりだし、つい勘ぐってしまうな……。
「それは秘密さ…」
しー…と微笑む顔もまた何処か影があって恐ろしい。
でも、人によっては……うん。心臓を撃ち抜かれるかもしれない…。
イケメンって、何してもどうしてもカッコよく見えるからズルいと思うんですよ…。
笑みの真意が分からず、身を震わせていると席にユウが戻ってきた。
「どう?少しは役に立てた?」
「十分。さすが、相棒だよ。ありがとう」
「ふふ…!よかった、役に立てて」
ユウは嬉しそうに微笑むと小さく胸を撫で下ろしていた。
彼女の中で、僕の役に立つことはそれなりに意味があることらしい。
「ユウ……今回も頼っていいか?」
「ん?もちろんだよ!ふふ~!」
ユウは僕にとって、大切な親友であり幼なじみだ。
ユウが側にいるってだけで、それだけで僕はどれだけでも頑張れる。
幼なじみとして、お互いの心根が知れている安心感。
そして目が合うだけで、息をするように気持ちが分かる親近感。
何よりも、二人で何かを成し遂げた時の感動は何ものにも変え難い達成感が得られた。
彼女の存在は僕のよりどころなんだ。
「(あー。ヤキモキしてるのは、私だけなのかな……)」
マスターは一人、苦笑するとテーブルの上に置かれたグラスへと目を向けた。
グラスの氷がカランと音を立て、時の経過を告げていた。
「となると、《 霊 》はやっぱりいるってことになるね。マスターは《 霊 》が何をしていたか分かりますか?」
「んーー…。音だけでは判断が難しいかな。ただ、同じ所で音や声がすることが多かった気がする」
「もしかして……カウンターの裏に何か気になる物でもあるんじゃないかな?」
ここで再び、カウンターへ皆の視線が移る。
あの裏を確認しないと、なにも始まらないな。
「中、見させてもらえますか?」
「あぁ。みんなで見てみよう」
マスターの案内でカウンターの中へと通される。
中は綺麗なもので、ホコリひとつない。
磨かれた什器が喫茶店の落ち着いたライトに照らされて、とても美しく見えた。
まるで、宝石箱だ。
「わー、キラキラがいっぱいだねー」
「確かに。すごく綺麗だね。店内で見る雰囲気と違ってこっちはすごく胸が踊るよ」
ユウが中を見回した瞬間、思わず感動の声をもらす。
「掃除と整理整頓は、父から徹底的に叩き込まれてたからね。今ではくせになってるせいか、散らかってると落ち着かないんだ」
「ユウ。見習うんだ」
「失礼な!私の部屋は綺麗だよ!綺麗なんだよ!」
「なんで、二回言った?」
「大事なことだから二回言ったの!」
『私が先に言おうと思ったのに!』なんて、ぶすくれてながらユウはカウンターの中を隈無くチェックし始める。
「僕らも、気になるところを探そうか」
『 ーー…(こくり…) 』
僕と《 古城さん 》もユウとは反対の方をチェックし始める。
マスターは日頃見慣れているために、もはや風景と化しているので力にはなれないだろうと、カウンターの入口で僕らの質問に答えることにした。
「んー…。子供が興味持ちそうな、めぼしいものはないね?玩具なんて当然ないし」
「そうだね…。あ、逆にもしかして、ここから出ることができなかったとか?」
「え?そんなことあるの?」
「ほら、〈 結界 〉みたいなやつさ。偶然、そこに閉じ込められてしまったって感じ」
最近目にした〈 結界 〉といえば、灰塚の使っていた〈 縄 〉だろう。
まぁ、当然ながらそんな縄や塩などはない。
「盛り塩なら店の入口にあるくらいだよ。あちこちに置いたりしないさ。清めた縄はさすがに置いてないかな。除霊とかしないし。ウチは喫茶店だからね」
「まぁ、そうですよね」
一応聞いてみたが、やはりないようだった。
どうしたもんかと、ユウを見るとカウンターの裏にしゃがみこんで中を覗き込んでいた。
さらりと流れた髪から覗く横顔が、険しい顔をしている。
……それでも可愛い顔をしていると思うのは、身内贔屓ならぬ幼なじみ贔屓だろうか。
「ん?どうしたの?私の顔みて。なんかついてる?」
「目と鼻と口かな?」
「え!?ウソ!眉毛ないの?しまったー。書き忘れたかー」
眉毛を抑えて、慌てて見せるユウ。
そんな返しがあるとは驚きだ。
ボケにボケを被せてくる見事なユウのセンスには脱帽を禁じ得ない。
ちなみに…眉毛はちゃんとある。
「大丈夫。可愛い眉はあるよ」
「ふふ~ん……!やったー!褒められちゃったね~!」
満更でも無い様子で胸を張る姿に苦笑すると、後ろでマスターが小さく息を吐いた。
「 もう結婚しなよ……(ボソッ)」
「ん?どうしました、マスター?」
「なんでもないよ。それより、ユウちゃんは何か気になる場所があるみたいだね?どこか教えてくれるかい?」
「えーっと、ここかなーって」
ユウの気になる場所を探して、皆で覗き込むとそこにはポッカリと空いた空間があった。
「ここ、何かありました?」
「あぁ、二日前に掃除した時に古い木箱が出てきたんだ。中にはなにも入ってなかったから、処分したよ」
「処分ってことは、破棄したんですか?」
「いや、不用品をまとめてたら、なんか欲しがってたお客さんがいたからあげたんだけど……あれ?もしかして、その木箱と《 霊 》が関係してた…?」
「かもしれませんね。《 霊 》はその箱に興味があったのかもしれません」
「うわー…そうだったかー。そりゃ、悪いことしたなぁ」
ポリポリと頬を搔いて、マスターは頭を抱えていた。
ここにいないとすれば、〈 空箱 〉に着いて行った可能性が高いな。
せっかく来たのに、何も成果をあげられないのも申し訳ない。
ダメ元で探してみるか?
「ちなみに、どんな人でした?」
「えーっと……学生さんだったよ。賢治くんと同じ学校の女子生徒だったね」
「同じ高校かー。なら、探せるかも。なにか、特徴はありませんか?」
「そうだねー……。すごく長い黒髪を腰下まで下ろしてて、瞳も黒く目は少し鋭さがあってー……だけど、肌は絹や陶器のように白い…まるでお人形さんがそこにいるような綺麗な子だったよ」
「へー……そんな綺麗な人がうちの学校に……。って、待てよ?その特徴、どこかで見覚えが……」
マスターのいう特徴を一つ一つ頭で当てはめていく。
するとどうだ。とてもよく見知った存在が浮かび上がって来るではないか。
「あ……」
「え!?まさか、知り合い?」
小さく声を上げた僕に、マスターは期待に満ちた視線を送ってくる。
長い黒髪、強気な目と黒い瞳、対して陶器のような白い肌の人形のような人って…学校中探しても、アイツしかいないだろう。
「いえ、知りません」
「え?だって今、すごく思い当たったような素振りだったよ…?」
「いやーだー!こっちからアイツに関わるのは何か負けた気がするー!」
「ケンちゃん…困ってる人がいるんだから、助けてあげようよ。ここは大人になってね?」
「むーー…。ゲーム代だけじゃ割に合わない…」
「今度、特製パフェをサービスするから!お願い!賢治くん!」
『「 ケンちゃん、大人になろう? 」』
マスターの魔法の呪文により、僕の両隣に《 〈 甘味の亡者共 〉 》が召喚されてしまった…。
こうなってはもう抵抗しても無駄だろう。
「うぅ…裏切り者おぉ……」
僕は両側から圧をかけられ、スマホを手に取る。
アドレス帳には今日の昼に(強制的に)交換させられた相手の名前が載っていた。
ー 灰塚桃望 ー
特徴からして、絶対にこの子だろうなー。
あーやだ。ほんとやだ。
変なことになるに決まってる。
そんな確信を持って、僕は灰塚桃望の名前を見ながら深々とため息を吐いた…。
『もしも、〈 祓い屋 〉の力が必要になったらいつでも頼って。賢治が望むなら、飛んでいくわ』と無理やりスマホを奪われて交換させられたが、まさかこんなに早く電話をかけることになるとは…。
これでは相手の思う壷じゃないか。
「そんなことはないと思っていたのに……僕から電話をかけることになるなんでえぇ~~!ぐやじぃ゛ぃぃ~!!」
僕は悔しさで歯噛みすると、画面から目を離して通話ボタンを押した。
ー プルル…
ワンコール…
ー 待っていたわ…賢治
「いやいや、さすがに早すぎじゃない…?」
ー ふふ…こんなに早く電話をかけてくるなんて、余程、私の声が聞きたかったのね。寂しがらせてしまったかしら?それなら、手を繋ぐように二人で朝まで電話しましょうか。
「あ、すみません、間違えましたー」
ー ピッ!
しまった…。あまりに調子にのった文言がつらつらと聞こえてきたので、怒りを堪えることができずに電話を切ってしまった。
傍から見ていた皆は何がなんだかといった様子だ。
「け、ケンちゃん…それは失礼だよぉ……。こっちからかけてるのに」
「ぐぅっ!いやぁ~……わかってるんだけど、この自分に絶対の自信しかない感じが腹立つんだよぉ……」
ー ピリピリ…!
ギリギリと歯ぎしりをしていると、スマホに着信が。
画面を見れば、【 灰塚桃望 】の文字だ。
着拒してやろうかと、画面を睨みつけているとそっとユウが手を重ねて微笑みかけてきた。
「ケンちゃん。ダメだよ?〈 畏れるな・目を逸らすな・思考を止めるな 〉でしょ?ちゃんと向き合って、あげないと《 霊 》だって〈 人 〉だって悲しいよ」
「はぁ……悪かった。これは人助け」
「そうそう、これは人助け…ね!」
僕は二三度深呼吸をすると、ユウに頷いて携帯の通話ボタンをタップした。
「ケンちゃん、えらいえらい!」
「もしもしぃ……」
ー もう、賢治ったらテレちゃって♡
「ちぃぃっ!!」
ー ピッ!ピーーッ!
「あぁ~…もうちょっとだったのに~…」
僕は電源までしっかりと切ると、乱暴にポケットにしまい込む。
「なしなし!もう、灰塚には関わらない!金輪際、絶対!あの日本人形娘には近付かないって決めた!どんなに協力を仰がれようか知ったことか!」
「わー……。こんな怒ってるケンちゃん久しぶりに見たなー。中学の時以来かも」
「当然だ!“僕が霊を視えることを学校中に広めた”のは灰塚なんだぞ!おかげで、小学校は〈 目立ちたがり屋の嘘つきビビり 〉、中学は〈 ビビリ厨二病 〉の汚名襲名だ!バッキャロー!僕がどれだけ苦々しい日々を過ごして来たのか、アイツは!アイツは分かってないんだよぉー!」
『「 あ、あー……それは……なんとも…… 」』
過去のトラウマを思い出し、僕は思わず半狂乱状態に陥る。
そんな僕へ周りはかける言葉も見つからないのか、言葉に詰まっている様子だった。
ー カラン♪カラン♪
「なるほど、そういうことだったのね」
どう接していいものかと、皆が困惑していると静かに喫茶店のドアが開かれる。
そこには、私服姿の灰塚桃望が片手に〈 木箱 〉持って立っていた。
「灰塚!?」
「これ返すわね。良くないモノが憑いてる気がしたから祓っておいたわ」
灰塚はマスターに〈 件の木箱 〉を手渡すと、僕の座っていた席へと腰を下ろして小さく息を吐いた。
「賢治に会いたくて、少し走ったから疲れちゃったわ。肉体労働は得意じゃないのよ」
「え?祓ったって?え、あの灰塚?その前になんでここが…」
「これ貰うわよ?」
「え?あ……えっ?」
『「 っ!? 」』
なんの躊躇もなく、カフェオレに手を伸ばすとそのまま全てを飲み干してしまう。
僕に用意されたはずのカフェオレはすっかりと空になってしまった。
せめてストローは外して…という間もなく、自然な流れで起きた珍事にその場の全員が固まる……。
「はぁ……。ご馳走さま。美味しかったわ」
乾いた喉が潤い、少し体力が戻ったのかいつもの調子で無表情に見回すと小首を傾げる。
皆、唖然としてどうしたのだ?という顔だ。
「い、いやいや!待って待って色々待って!聞きたいことが一気に押し寄せてきて混乱してるんだけど!」
「まずは座ったらどうかしら?話はそれからでもいいでしょう?あと、マスター。お代はお支払いするので、同じ物をおかわりを貰えるかしら。賢治の分も」
「え?あ、はい。ただいま」
マスターは〈 木箱 〉をカウンターに置くと、いそいそとカウンター裏へと引っ込んで行った。
「賢治、座って待ちましょう?」
自身の前を指し示し、柔らかく微笑む灰塚。
「はぁ……。ユウ、席借りるよ」
「え?あ、うん。ていうか、お店だからそもそも誰の席でもないし気にしないで。私はケンちゃんの隣でいいよ」
皆で椅子に腰を下ろす。
元々、四人が座れる席だ。
窓側にユウと《 古城さん 》、廊下側に僕と灰塚が丁度よく座れた。
ユウのグラスにはオレンジは入ったまま。
カフェオレのグラスは灰塚に飲まれて片付けられた。
古城さんのグラスも中身が残っているが、もったいないので僕が頂くことにした。
『気持ち』は頂いたということで、《 古城さん 》は頷いてくれたが、味まで楽しめないのは……少し可哀想だな。こればっかりは仕方ないのかもしれないが、何か方法はないだろうか。
ー トクトク…
男の子一人、昔から一緒に育った幼なじみの女の子、一方的に親しげな謎の女の子、それを見守る《 新参者になる守護霊の女の子 》が同じ席で膝を突き合わせて話し合い…。
そんな様子を見ながら、マスターは思った……
「(嗚呼、父さん……。常連さんが修羅場なんですけど…こんな時、どう対応したらいいか習ってなかったよ)」と……。
「お待たせ。カフェオレ二つです。お茶はサービスね。私のお気に入りで悪いけど」
『(ぶわ…!)』
先程と同じように、マスターがドリンクを置いていく。お茶を《 古城さん 》の前に置くと、再び感涙に咽び泣いた。
「めっちゃ泣くじゃん。脱水になるよ?」
「はは…喜んでくれて何よりだよ。ユウちゃんは変えようか?」
「いえ、お気持ちだけで十分です…。ありがとうございます」
「そっか」
二人に微笑み、マスターはカウンターから椅子を引っ張ってくるとテーブルの前に着座。
さて、役者は揃ったわけだけど、肝心の灰塚はまだ話し始める様子はない。
用意されたカフェオレに軽く口をつけて、灰塚は余裕のある顔で僕に目を向ける。
貴方も飲んだら?といった様子だ。
無表情なのに少しづつ表情が読み取れてきている自分が怖い。
僕もカフェオレに口を付けると、不思議と少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。
「はぁー…。それで?僕に会いたくてって言ってたけど、そもそもなんでここがわかったの?電話では情報なんてなかったでしょ?」
「私はいつも貴方を見守っているの。貴方に危機が訪れたら、いの一番に駆けつけられるように」
「答えになってない……。ていうか、なんでそこまで僕に固執するかね」
「そろそろ、話してもいいでしょう。……私が貴方を守るのは亡き祖父と賢治のお爺様との“約束”があったからよ」
「“約束”?」
「貴方がその〈 眼 〉で苦労する日が来ることを見越して、賢治のお爺様は手助けできる人の確保を考えていたんでしょう。だから、私はその約束に則って行動をしているだけ。そんなに身構えなくていいわ」
「一体いつから?」
「小学校の時には既に、私のお爺様から〈 祓い屋 〉として貴方を護るように言い渡されていたわ」
「そんな前から…。そんなの倫理的にダメだろ?灰塚にだって、やりたいことがあったはずだ。特に子供のときなんて、そりゃ山のようにあったはずだし、今だって楽しいこといっぱいできたはずだ。“約束”だからって、僕個人に付き合って時間を無駄にしてきたなんて…そんなの間違ってる」
小学校からずっと、僕を見守っていたといった彼女には自由が用意されていたのだろうか。
“家業”は若き日から苦労の連続だという。
その僅かな間も、約束を守るために僕なんかのために時間を犠牲にするなんてそんなの許されるわけが無い。
「間違ってないわ。私にとって、〈 祓い屋 〉はおまけ。私にとって大事なのは貴方を守ることなの。賢治を見ているこの時間は私の一番の幸せよ。だから、そんな私の幸せを否定するような言い方はしないで」
珍しく少しムッとした様子で答える灰塚。
その目は嘘や偽りなく真っ直ぐとしたものだった。
僕の動向を探る理由はわかった。
〈 オカ研 〉が生まれたのも、僕の周囲を探る人間を集めるためなのは前回の件で零れ聞いた。
だけど、どうしても納得いかないこともあるのも確かだ。
「だったら、なんで“僕の安寧”を壊すような真似ばかりするんだ?“学校中に〈 視えること 〉を言いふらす”なんてしなくても…」
「そこは誤解だわ。私は言いふらしたことなんて一度もない。私は真剣に貴方の幸せを願っているし、貴方の周りの人々が少しでも救われる未来を思っているの。お爺様たちに誓って、貴方が不幸になるようなことは、それだけは死んでもしないわ」
真っ直ぐに僕を見つめ、灰塚は語調を強めて告げる。
日頃は無表情なのに、その時の目は真剣そのものだった。
小学生の頃からの約束を一切曲げるつもりなどないと強い意志を感じる。
「じゃあ、誰が…」
「その答えは出てるわ」
そう言って、スー…ッと下ろしていた手をあげた灰塚の指先はおもむろに外を指差してみせた。
「外?」
「えぇ。〈 この場にいる私たちとは無縁の人たち 〉よ」
「えーっと……」
「んー…。あ、わかった。この喫茶店の中の人物と外の人達を区別してるんじゃない?ほら、
今まで黙っていたユウが自分たちを指差しながら、答えていく。
「あ、あぁ……。つまり、霊を信じてる人と信じてない人ってこと?」
「そう……。信じる人はいいわ。でも、信じていない人からすれば、話の種でしかない。面白おかしく騒ぎ立ててネタにする。いよいよ、皆の興味が向き始めたら、次はことの真偽を問い質したくなる。更には〈異端者〉として吊し上げて、石を投げ始めるわ。まるで、〈 魔女狩り 〉ね。ふふ……!」
口元に手を当てクツクツと笑って、すぐに素の表情に戻るのはやめて欲しい。
なんか、日本人形から魔女に見えてくるから。
「そうした人達から発信された噂が学校中に広まっていったわ。噂を広めた犯人を名指すなら、そういう〈 視えない人たちの中でも悪質な者 〉ということになるわね。まぁ、小中学校では主犯は洗い出して教育済よ。今では口の固い私の手足となっているわ」
「お、おー?おぉ……」
“不敬な輩”はもれなく〈 オカ研 〉に強制連行されて、“教育”されたという、怖い裏話は聞かなかったことにしとこう。
今の話を聞く限り、灰塚は……僕のことを守ろうと影で色々と頑張ってくれていたってことなのか。
〈 祓い屋 〉としても、〈 オカ研部長 〉としても僕のことを守っていたということ。
それはつまり……僕が勘違いしていたということ……ー
「ごめん……灰塚」
気付けば、口から出たのはそんな簡単な言葉だった。
簡単だけど、確かな言葉。
今までの環境から想いから関係から、全てをひっくり返す言葉だったんだ。
「誤解してた。君は昔からいつの間にか近くにいて、ずっと僕のことを見ていたから、てっきり、僕が〈 視えること 〉で日々四苦八苦している姿を楽しんでいるんだと思ってた。逆だったんだね。いつも、君は側で見守ってくれてたのか……。知らなかったとはいえ、長い間、冷たい態度をとってごめん」
「いいのよ……。私も瀬田さんみたいに、隣に居たかったけど側に居ると人がいなくなってしまうから」
変わり者が二人も揃っていていたら、マトモな人は近付き難くて仕方なくなるでしょ?と苦笑してみせる。
「そういうことなら、どこかのタイミングで今みたいに話してくれれば……」
今よりも仲良くできたと、言おうと思ったところでやめた。
自分のことながら、“本当に仲良くできた”とは思えなかったんだ。
きっと、荒れてた小中の頃に言われても、 『嘘つくな!』の一言で一蹴していたに違いない。
それだけ、僕は……“人を信じる”ということが怖くなっていたのだ。
今、こうして、灰塚と話ができているのも、耳を傾ける事ができているのも……すべては……“隣にいる幼なじみ”のおかげだ。
長い時間をかけて僕を支えてくれた“瀬田祐奈”のおかげだ。
「そうよ…。私ではだめなの。同じ立ち位置にいる私では共感はできても、普通の人と繋ぎ止めておくことはできなかった。私は〈 祓い屋 〉だから。つい、幽世のことを考えてしまう。だから、貴方を常世に目を向けさせておける自信がなかった」
『私が居ないことで、常世で色んな出会いができたんだ』と、少し寂しげな顔で灰塚は俯いた。
……ユウが、真木さん、錦野くんや美咲野くんと“引き合せる運命がある場所”に繋ぎとめていてくれたからこそを出会えたのだと。
引き合せる運命の場所とは、今のこの道だ。
もしも、小中学校で腐ってしまっていたら、僕は家から出ることはなかった。
当然、出会いなんてあるわけもなく、きっとあの部屋で一日を潰して終わっていただろう。
僕をあの部屋から連れ出し、いつも色んな人を敵に回してでも僕を守ってくれた幼なじみ……瀬田祐奈。
彼女がいてくれたから、僕がここにいれるんだと改めて感じた。
「でも、そのおかげで貴方の〈 眼 〉は成長することができた。〈 視えること 〉は、生者にとっても死者にとっても救いとなるの。それを肌で感じて欲しかった。そして……〈 自身の運命 〉に向き合って欲しかったから、私の選択は間違ってなかったと今は胸を張って言えるわ」
“自身の運命”という部分を少し強く灰塚は告げた。
〈 視える 〉ということを隠すことは、それ即ち目を逸らすことと同じだ。
目を逸らせば当然、助けられる人々を見捨てることになる。
そんな冷たい人間になってほしくなどなかったのだと、灰塚は続けた。
「〈 同じ感覚 〉を持っているなら、共感して側で支えあげれば良かったじゃん。私はむしろ、〈 霊が見えない 〉からそこら辺が分からなくて、寄り添えきれなくて申し訳なく思うことなんて沢山あったよ」
「……分からなくても、側にいるというだけで人は安心するものだよ、ユウちゃん。君の言う通り、〈 同じ感覚 〉があれば少しは気持ちを汲むことはできる。でも、それも100%理解することなんてできない。むしろ、理解できてしまうことが、足を引っ張ることもある。視えなくても、側にいて、手を取り肩を並べて歩く。それだけで、賢治くんは今日まで何倍も救われたはずだ」
ユウの言葉に、マスターが答える。
その声色はとても優しく、かつて〈 聴こえる 〉自分も同じ道を歩んだのだと教えてくれた。
そういえば、マスターに奥さんいたな。
奥さんもマスターの〈 耳 〉のことは知っているのだろうか。
「うん。救われたよ。僕にとって、ユウは光だ」
「ケンちゃん……」
「そして、キミもだ……灰塚」
「賢治?」
僕の側で支えてくれたのが〈 瀬田祐奈 〉なら、影で僕を守ってくれていたのは〈 灰塚 桃望 〉だ。
どちらが欠けても、今の自分がここにいたとは到底思えなかった。
「灰塚……今までありがとう。でも、これからは影なんかじゃなく、表立って僕の隣に来て欲しい。友達になってくれないか?」
「…………えぇ、分かったわ。賢治が望むなら」
灰塚は少し目尻に涙を溜めると、僕の手を取り深く頷いてみせるのだった。
「お友達からはじめましょう……ということね?」
「え?なにが?」
「大丈夫よ。すぐに追い付いてみせるわ。幼なじみが瀬田さんだけとは思わない事ね。私だって、幼少から賢治のことを見つめてきた一人なんだから。いつまでも、そのポジションがあると思わないことよ?」
「む…むむむ…!?」
涙を拭った灰塚は、ニヤリと挑発的な笑みを浮かべるとユウの座る席を見る。
ユウを見ると、その整った眉を寄せてへの字口で灰塚を見つめ返す。
なんだろう……なぜか冷や汗が止まらない。
「……一触即発って感じだねー。くわばらくわばら」
一人マスターは口元に手を当て小さく笑うと、お茶をもってそそくさとカウンター裏へと引っ込んでいった。
『 ーー…… 』
そんな二人の様子を眺めていた〈 古城藍菜 〉は机の下で小さく拳を握ると、前髪で隠れた視線で窓の外を見た。
窓の外はどっぷりと深い闇が広がっていた。
情け程度にぽつりと点った街灯の下には、騒がしいほどに羽虫が飛び回り僅かな命を燃やしていた。
その下……街灯に照らされた道路に人影が見えた。
人影は街灯に照らされているにも関わらずその姿が“真っ黒”で男なのか女なのかすら分からない。
『 ーー……! 』
黒い影がパクパクと店の中から見ていた《 古城 》に向けて何かを話しかけた瞬間……
ー ゴトン!
『 っ!? 』
その首が突然、地面に転げ落ちて光の輪の外へと消えてしまった……。
突然のことに驚き、視線を外した《 古城 》は視線を戻すとそこにはもう何もいなかった……。
「やばいものがいるね……」
『ーー……!?』
窓の外に釘付けになっていた《 古城さん 》が気になり視線を追っていた僕も同じものが視えていた。
「夜も更けてきたからね。“彼ら”も活発になり始める。そろそろ帰ろうか」
「そうね。続きはまた今度にしましょう。ね?瀬田さん?」
「むむむ……!望むところなりー!」
ニヤリと含み笑った灰塚は、財布を片手に立ち上がるとカウンターと歩き出す。
その後に続いて、僕たちも立ち上がるのだった。
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