13話 隠れる女性

《 ーー……! 》


ー サー……


廊下を子供が笑顔で走り回り、窓の外では兵隊さんたちが行進している。


そして僕の横には、あわあわと何やら困惑している《 お手上げ幽霊改、目隠れ幽霊アイナさん 》が立ち、そして、幼なじみがまた後頭部の髪をむしり取らんばかりに引っ張るのだ。



ーグイィッ!プチ!



「いたっ!?」


「大林ー。うるさいから、静かにしてくれー」


「す、すみません……」



椅子に座りなおし、恨みを込めて睨み付けるとユウがにっこりと笑っていた。



「(だから、人の頭を!ていうか、今日はちぎれた感覚があったよ!?プチッて!プチッていったんだ!)」


「(それより、ケンちゃん。ちょっと気になる噂があってね?一緒に確認してくれない?)」


「(人の毛を毟りとっておいて、それより!?お願いだって……?この幼なじみはどこまで図々し)」


「(お願い!この通り!)」


「(ぐむむ……ふぅ……)」



あまりに平謝りするユウに、僕は思わず言葉を詰まらせる。

こんなに下手(したて)にでる彼女は珍しい。

いつもの“買い物に付き合う”流れではなく“噂の確認”というものも気になる言い回しだ。


何か事情がありそうだな。



「(わかったよ。放課後な)」


「(ケンちゃん、ありがとうー)」



素直に感謝まで。


今日は雨でも降りそうだ、と窓の外を見てハタと気付いて一言。



「あぁ、だから雨が降ったのか……」



《 ーー……! 》

ードシャッ!


……雨どころか今日は《 女の人 》が空から降ってきた。


放課後……

皆が昇降口で立ち往生している中、僕とユウは傘を差して悠々と雨の中へと踏み出す。


天気予報は大ハズレ。

やはり持つべきは、超能力クラスの感を持つ隣のおじさんだ。



「さすが、おじさん」


「だね!」



グーッ!とグッドサインを天に向けると、おじさんが雨雲の向こうで笑った気がした。



「さて、それじゃいこうか。〈 未練 〉を晴らしに」


「うん」



僕たちはユウの聞いた噂を聞きながら、目的の場所まで歩みを進める。



「公園がね?団地の方にあるじゃん?」


「あぁ、あるね。あそこ、苦手なんだよ。」


「小さい頃から言ってるよね?遊びに行くことになっても、絶対に行こうとしなかったもんね」


「うん。あそこはねー。“いらっしゃる”から」



時期になるとツツジの花が四万本も咲き誇る公園で、年に数回、催し物も開催される大きな公園だ。

県外から来る観光客も多く、この町が誇る有数の観光スポットといえるだろう。



「なら、やめとこうか?今回の目的地はそこだし」


「いや、せっかくできた〈 縁 〉なら手繰ろう。きっと、意味があることだよ」



僕は気持ちを入れ直すと、ユウに頷き公園へと足を向けた。



ーーー

ーー



雨がシトシトと降り頻る中、ツツジの株が並ぶ公園の入口へとやってきた。



「ユウ。噂って?」


「うん。ここって、子供たちがよく遊ぶでしょ?団地が近いこともあるし、たくさんの花に囲まれて綺麗だからだろうね」



公園の中を二人で歩く。

子供たちが集う遊具広場が見えた。

ユウは広場の真ん中で立ち止まると、ゆっくりと振り返る。

その口元には笑みが浮かんでいた。



「ケンちゃん!隠れんぼしよう!」


「隠れんぼ?突然なに?」


「いいからー!私を信じて!……ね?」


「はぁ……。いつだって信じてはいるよ。だけど、あんまりに突発的過ぎない?」


「いいから、いいからー」



突拍子のない言葉に僕は思わず首を傾げる。

ユウの声はどこか弾んでいた。


「それじゃいくよー!いーち、にーい!」


「待て待て待って。いきなり始めないで。範囲は?制限時間はどうするの?」


「んー、適当でいいんじゃない?……例え世界の果てに隠れたとしても、幼なじみの勘で絶対に見つけられる自信あるし」


「わーぉ、カッケー……じゃなくて、ルールは決めとこう。夜も迫ってるし、天気も悪いしね。長居は危いよ」


「まぁうん。そうだね、わかった」


「範囲はこの遊具広場と周りのツツジ庭園だけにすること。向こうの駐車場や貸出施設には行かない。見つかってなければ、移動も可。制限時間は三十分。ユウが数え始めると同時にアラームをスタートするね。アラームが鳴ったら僕の勝ちだ。それまでに見つけられれば、ユウの勝ちだ」


「三十分ね。よーし、わかった。それじゃ行くよ!いーち、にーい、さーん!」



しゃがんで目を閉じているのだろう。数を数えているユウの姿はすっぽりと傘に隠れてしまう。


ユウのお願いで〈 何らかの噂 〉を調べるためにここに来たというのに、突然こんな遊びが始まるとは思ってもみなかった。


とりあえず適当に付き合っておくかと、近くの遊具の影に隠れた。

あまり離れて、ユウが変な奴に絡まれては心配だ。

すぐに助けにいけるようにしておこう。



「なーなー……ちなみに見つかったら、〈 デラックスウルトラメガ盛りイチゴチョコバケツパフェ 〉、即奢ってもらいます」


『ーー……!?』


「えっ!?うおっ!?」



〈 デラックスうんたらパフェ 〉が景品と聞いて、背後で大人しく憑いて来ていた《 古城 藍菜(コジョウ アイナ) 》がズシリ!と乗っかってくる。



「お、重いよ!《 古城さん》!」


『ーー……!』



〈 キズナ 〉が繋がってから益々自己主張が激しくなり、人間味が出てきた《 手を挙げる女の子 》は僕の背中に事ある毎に乗っかるようになっていた。


名前を知ってから呼ぶようになったが、声がハッキリと聞こえる時もあれば聞こえない時もある。


どうやら、僕と《 彼女 》の間にも波長のような、チャンネルのようなものがあるらしく、 ピッタリとそれが合わない限りは、“ハッキリとした声”が聞こえることはないようだった。


前回、ハッキリ聞こえたのも〈 名前を知れた喜び 〉と〈 名前を呼んでもらえた喜び 〉が重なりあったからだと思われる。


今では前通りに戻っているような感じだ。



『ーー……!!』


ー ずしりっ!ギュッ!ギューーッ!



「ぐ、ぐるじ……くび、首締まってる!」



いや、姿はよりクリーンに実態感も明確に感じられるので〈 キズナ 〉は確かに繋がっているのだけども……。



「興奮し過ぎだ!パフェくらいで!」


『ーー……(ピタ……)』



『パフェくらいで』と聞いて、興奮状態だった《 古城さん 》がピタリと動きを止める。



ー ズ……ズズズ……!



抱きついた肩越しにゆっくりと僕の顔を覗き込んでくる目はそれはそれはもう、恐ろしい目をしていた。

まるで、〈 ジャパニーズホラー映画の代表の女性 〉のようにギョロリした目で僕を見ていた。



「ひっ!?」


『ーー……』



『パフェくらいで……?一体何を言っているんですか?』とまるで恨み辛みがそこに凝縮しているかのような視線で僕の顔を覗き込んでいる。


声も出せずに固まっていると、《 女の子 》はニタリ……と笑い、後ろを向いて数を数える少女を見た。



「ま、まさか……裏切るのか?僕を?嘘だろ……?」


『ーー……』



僕からスッ……と離れた《 古城さん 》はユウの側に立って、僕の隠れている場所を指さす。


完全に鞍替えしていた。


たぶん、ユウに取り憑いて〈 感 〉の部分に働きかけて無意識下で誘導するつもりだろう……。


そうだ。《 人ならざるものたち 》の最大の恐ろしさはこれだ。〈 この世のモノ 〉に干渉することはできなくても、〈 魂 〉には干渉することができる。

〈 想いの塊 〉である彼らはそれができるのだ。


お、恐ろしい……。

やっぱり〈 霊 〉は恐ろしい存在なんだ……。


背中に冷たいものがツー……と流れた瞬間……



『「もーいーかーい?」』


「っ!?」



と、ユウの明るい声が響く。

その声に《 女の子 》の怒りの籠った声も重なっていた。

完全に取り憑いている!


僕は咄嗟にその場で立ち上がると、「まーだだよ!」と叫び、その場を駆け出した。



「見つかったらダメだ!あの目は本気だった!本気で僕に〈 パフェ 〉を奢らせる気だ!僕の財布を空にするつもりなんだ!」


僕のお小遣いは残金三千円。

〈 デラックスうんたらパフェ 〉は二千円近く。


とてもじゃないが、今月を乗り切れる気がしない!

それ即ち、彼女たちの願いを叶えれば死を意味する!



「ま、負けるわけにはいかない!」


「もう……じゃあ、もう一回ね。いーち、にーい!」



ユウの声を背中に聞きながら、僕はツツジ庭園の中を駆け回る。

何処かに身を隠せる場所がないかと色々と探して走り回るが、〈 ユウの安全を見守れる場所 〉であり、尚且つ〈 向こうから気付かれ辛い場所 〉となるとその範囲は限られたものとなっていく。



「くっ!どうしたら……」



キョロキョロとツツジ庭園の中を見回していると、ふと、視界の済でヒラヒラと揺れるものがあった。


雨がぱらぱらと傘を叩く中、その揺れるモノへと目を凝らす。



ー ヒラヒラ……



“手”だ。


白く細い手が木の陰で揺れていた。

ヒラヒラと、まるで僕を誘うように手招いていた。



「……なんだ?」



傘もささずに濡れることも厭わず、その手の持ち主は木の向こうで手を振り招いている。



「も、もしかして、ユウたちが……いや、違う」


「ろーく!なーなー!」



耳をすませば、少し離れたところでユウの数える声が響いている。


ということは、視線の先で揺れる手は別の人物のものということになる。


姿勢を低くし、庭園の中を進むと木の前へとたどり着く。恐る恐る、勇気を振り絞って木の向こう側への人物へと声をかけた。



「あ、あの……そんなところで何してるんですか?」



招いていた手がピタリと止まると、ゆっくりと木の向こうから手の持ち主が顔を出す。


その顔を見てわかった。

この人は“生きている人間ではない”。

亡くなっている人だ。



「(悪い霊には視えないけど……なんだろう、何か違和感を感じる)」


『(にこり……)』



女性は小さく微笑むと、木の幹に隠れるように半身だけ出して僕を見つめ再び手招きをはじめる。


最初は驚いたが、特別何かをしてくる様子はない。

ただ、側に来てほしい。そんな様子にみえた。



「わかった、そこに行くよ。行くけど〈 取り殺す 〉とか無しだよ?」


『 ーー……?ーー…… !』



取り殺すと聞いて、目を丸めた女性は少しの間のあと、口元に指を添えて心底可笑しそうに笑った。

そんなつもりは毛頭ないと、いっているようだった。

そんなに笑わなくても……。



「もーいーかーい!」



そうこうしていると、少し離れたところでユウの声がする。

ここで返事をしてもいいが、声からおおよその位置を特定されても面倒だ。


僕は返事を返すことなく、《 隠れる女性 》へと振り返った。



「僕は時間まで、から隠れ切らなきゃいけない。そこなら、見つからないかな?」


『ーー……(こくり)』


「わかった。君を信じるよ」



頷く《 女性 》に僕は頷き返すと女性の指し示す場所に身を隠した。


「どーこーかーなー?ケーンちゃーん?どーこーかーなー?」


《 ーーー……? 》



遊具周辺を探し終えたユウと《 業突く張りのお手上げ妖怪(ひどい言われよう) 》は次に庭園方面へとあたりをつけて足を踏み入れる。


庭園の中に入ってきたユウは、垣根をかさりかさりと掻き分けながら僕を探している。



『「〈 デラックスウルトラメガ盛りイチゴチョコバケツパフェ 〉はどーこーだぁー?」』


「 (欲がだだ漏れ!隠れんぼなのに隠そうともしてない!) 」



僕は木の影に身を隠し、息を殺して二人が通り過ぎるのを待つ。


まるで、獲物を探す狩人のような形相に思わず身の毛がよだつ。



「こっちかなー?」


「(ち、近い……!)」



垣根を越え、木の近くまで足音が近付いてくる。

僕との距離はすぐそこ。

木を挟んで向かい側に、がいる!



「(頼む!気づかないでくれ!気づかないでくれぇー!)」



目を閉じ、手を合わせると二人に気付かれないように天に向かって拝み倒す。



「あ……しまった……」



天を仰いで気がついた。

自分の犯した過ちに気がついてしまった。

天候は雨。濡れたくないと、自然とやっていた行動が明らかな間違いを生んでいた。


ー パラ……パラパラ……



「(傘さしたまんまだった……)」



明らかな過ち。こんなの、向こうからすれば見つけてくださいというようなもの。


男一人が収まるほどの大きな傘をさしておきながら、相手に気付かれないわけがない。


こんな、木の裏に隠れた程度で見落とすわけがない。


どんなに必死に身をかがめたって、意味などあるわけが……!



「あっ……ふふ!」



どこだーどこだーと目を凝らして、辺りを探っていた彼女の声がはたと止まる。

声は小さな含み笑いに変わると、ユウはとびきりの明るい声で叫んだ。



『「みーつけたー!あはは……!」』


「(……っ!?)」



彼女たちの声に、僕は思わず肩を震わせる。

見つかった……。せっかく、《 女性 》が教えてくれたのに。僕の凡ミスのせいで。


僕は泣く泣く、財布の入ったバックに手を入れると立ち上がりゆっくりと振り返る。



『 ーー……』


「え?」



木の影から出ようとした瞬間、僕は強い力で腕を捕まれ後ろへと引き戻された。


引き戻したのは他でもない。僕を此処へと誘った《 女性 》だ。



『 ーー……? 』



見れば、不思議そうな顔で僕を見ている。

相変わらずの木の影に半身を隠した姿で、僕を見ている。



「え、どうしたの?見つかったんだから出ていかないと。隠れんぼは成立しないよ?」


『 ーー…… 』



コテン?と見るからに首を傾げると《 女性 》は僕の背後、ユウたちの待っているだろう場所を指さす。



「え?あれ?」


ー シン……



気付けばそこには二人の姿はなかった。



「あれ?見つけたって言ってたよね……?」


辺りを見渡せば、少し離れたところを探っているようだった。


ユウの愛用している朱色の傘の向こうで、こっくり?と首を傾げている姿が見える。


どうやら、遠くにみえた何かが隠れている僕に見えたようで、意気揚々とそこに向かってみたが勘違いだった……ということらしい。


つまりは今現在、僕の姿は見つかっていないということになる。



「び、びっくりした……見つかったかと思ったよ」



ホッと胸を撫で下ろし、《 女性 》に振り返ると可笑しそうに笑ってまた手招きした。

元の位置に戻れということらしい。



「ありがとう。もうしばらく、お世話になるよ」


『(こくり……)』



《 隠れた女性 》は頷くと、手招きからゆっくり案内するような動きをとる。

大人しく、女性の案内する場所に腰を下ろすと女性が隣にしゃがみこんだ。


格好から察するにOLさんだろう。歳は僕より少し上。二十代くらいに視える。


自分ばかり傘に入って雨を凌いでは心苦しいので、女性も入るように少し差し出すと、素直に《 女性 》は側に寄り添い傘に入ってくれた。


《 霊 》に雨などは関係ないだろうけど、僕を匿ってくれた感謝の気持ちだけはね……伝えたかったんだ。



『 ーー…… 』



よく見れば、その手に指輪がはまっていた。


右手薬指の指輪。


左手は視えてないが、たぶん左手には指輪はないと思う。両手薬指に指輪をはめる人は珍しいからね。


ということはきっと、この人にも恋人がいたのだろう。



「よくこんな場所見つけたね。隠れんぼは得意なの?」


『 ーー…… 』



僕の問いに少し考えたあと、困ったような顔で小さく微笑むとゆっくりと“首を横に振る”のだった……。



「ケンちゃん、どーこーだー?っていうか、ほんとどこ!?ねーぇー!全然見つからないんだけど!まさか、帰ったりしてないよね!?うわーん!いじわるだー!いじわるしてるー!ケンちゃん、キラーイ!ウソ、好きー!大好きー!」


「(はぁ……何言ってんの、あの子。置いて帰るわけないだろ?ユウじゃないんだから)」



垣根の向こうでユウのさす傘が揺れている。

先程から何度も近くを通っているが、見つかる気配はない。


《 女性 》と共有しているため傘も閉じていないが、依然として見つかる気配がない。

もしや、僕自身が神隠しにでもあっているのだろうか?と不安に思うほどに、まったく気付かれない。


そうこうしている間に時間は刻一刻と過ぎ、間もなく手元の時計は開始から三十分が経過しようとしていた。



「そろそろかな?」


ー ピピピ……!



手元の時計を確認していると、かけていたアラームが大きく辺りに響き渡る。



「タイムアーップ!僕の勝ちだ!」


『 ーー…… 』



けたたましくアラームの鳴るスマホを手に、ガッツポーズをすると隣でしゃがんでいた《 女性 》は少し悲しそうに俯いていた。



「ありがとう、助かったよ。キミのお陰で見つからなくて済んだ」


『( ここは見つからないから…… )』



移動しようと立ち上がった僕と共に《 女性 》も立ち上がると、少し物悲しそうな顔でそう……口が動いた気がした。



「そうだね。これだけ見つからないのも珍しい。隠れんぼなら、ベストポジションだろうね」


『 ーー…… 』



木から離れてユウたちの姿が見えた場所へ移動する。


先程までこの辺りをウロウロしていたと思ったが、何処に行ったんだろうか。

垣根を挟んで今一度、〈 隠れていた場所 〉を見ると、そこにはもう《 女性 》の姿はなかった。


最後に見せた物悲しそうな顔が不思議と頭に残り、首を傾げていると、突然後ろから衝撃が来る。


驚いて振り返ると、背中にユウが抱きついていた。



「おあぁあ゛~~……!ケンちゃーん!ケンちゃーん!会いたかったよぉー!寂しかったよぉー!置いてかれたかと思ったよー!」


「途中で帰るわけないだろ?ユウじゃないんだから」


「私だって置いてったことないもん」


「あるよ。小学生の時に隠れんぼしてて、先に帰ったことあったでしょ」


「……そんな昔のこと覚えてないよ。ケンちゃんの記憶違いじゃない?」


「いーや、あってるよ。あの日、血相変えた爺ちゃんが迎えに来なかったら、僕はずっとあの神社に取り残されてたんだからね」


「えー……だって、本当に覚えてないもん。たぶん、私じゃないよそれ」


「いーや、ユウだよ。ユウ以外の可能性はないね。そもそも、家の近くに住んでた幼なじみはユウしかいないんだ。他の人なんてありえない」


「んー……でも、覚えてないんだよねー……」



腕を組んでぐるぐると頭を回したユウは、何度も首を捻る。まぁ、この話は当時から何度もしてきたが、その時からユウの反応はこんな感じだ。


今更、何かの拍子に思い出すこともないだろう。


僕自身もはるか昔の記憶なので、だいぶ、細かい点は薄れ始めていた。


まぁ、人間の記憶なんてそんなもんだ。


だから、否定されると分かりつつもこの話を忘れまいと、事ある毎に何度も掘り返すことにしている。



「それでも、僕は覚えとくよ。ユウと遊んだ大切な思い出だからね」


「……うん、そっか。そういうことなら、ありがとう」



ユウは僕に向けて微笑むと手を差し出す。

夜の気配もすぐ背後まで迫っていた。



「帰ろうか。ケンちゃん」


「うん。帰ろう、家に」



僕らは手を取り合うと、子供の頃のように肩を並べてツツジの株と〈 人ならざるものたち 〉がひしめき合う公園に背を向けた時だった。


ふとあることを思い出し、再び公園へと目を向ける。

沢山の気配が蠢く中、僕らが隠れんぼをしていたであろう場所が目に入る。


「それで?結局、ユウの言ってた〈 噂 〉ってなに?」


「私が調べたかったのは、〈 絶対に見つからない隠れ場所の噂 〉だよ」


「〈 絶対に見つからない隠れ場所 〉?」



何とも胡散臭い話だ。


〈 隠れ場所 〉ならまだしも 〈 絶対 〉が付くとなると、さすがに迷信やオカルトばなしの類いになるのではないだろうか。



「何かね?ここで遊んでた子が教えてくれたんだけどね。ここには〈 絶対に見つからない隠れ場所 〉があるんだって。でも、何事も“絶対”なんてありえないじゃん?」


「まぁ、そうだよね」


「でも、その子の目は本気で言ってた。もしもね?本当にそんな場所があったら、危ないじゃない?そこに変な人が隠れてたらとか、そこに連れ込まれたりとかしたらとか考えちゃったら怖くって。ここは始めも言った通り、“子供たちの遊び場”でもあるんだよ?そんなところにそんな〈 危険な場所 〉があったら見つけてどうにかできないかと思ったの」


「たしかにね。それは危険だよな。…………え?そんな危険な場所で僕らは隠れんぼしたのか?」


「うん」


「変質者が隠れてるかもしれない場所で隠れんぼしてた?正気っ!?」



さすがに後になってそんな話を聞かされては、たまらない。“もしも”を想像して思わず鳥肌が立ってしまう。



「それでも、ほっとけないよ。その話が私の耳に入ったってことはきっと何か〈 縁 〉があったからだと思うから。きっとこれは必要なことなんだよ」


「〈 縁 〉って……。あーもう……」



ユウの強い視線。その目に冗談や悪戯心は一切感じない。

この〈 噂 〉がユウに、そして僕に届いてきたということは何か意味があるはずだと、信じてやまない目だった。



「面倒そうなこと持ちこんで来ないでよ。前から言ってるけど、僕は自分の時間を大切にしたいの」


「知ってるよ。昔から、〈 そうした存在 〉に振り回されてきたケンちゃんだもん。自分の時間を何よりも大切にしたいと思うのも仕方ないと思うよ」


「なら、分かるだろ?今の僕に、〈 見知らぬ誰か 〉を助けようと思えるほどの気持ちの余裕はないんだよ」



僕が自分の時間を大切にするようになったのも、〈 人ならざるものたち 〉が僕の時間を食い潰していくからだ。偶発的に関係を持ってしまって、助けを求めるために追いかけ回されたり、僕の噂を聞いて、興味本位に関わりを持って来る連中もいたり。


僕からすれば、“僕”という存在を無視して己の欲や未練を押し付けてくる存在たちはすべからず〈 人ならざるものたち 〉だ。


そんな、人として当たり前な“人としての想いやり”を忘れたヤツらに付き合う時間なんてあるわけ無い。



「……でも、〈 この子 〉のことは助けたでしょ?」


「 ………… 」


『 ………… 』



ユウは隣に立つ《 古城 藍菜 》へと目を向ける。

《 古城さん 》は出会った初めの頃のように手を挙げて僕を見つめ返す。

前髪から覗く目とユウの真剣な眼差しが、無言の僕へと突き刺さる。


『なぜ助けたのか?』と二人の視線が訴えてくるように突き刺さってくるのだ。



「理由なんて聞くなよ……」


「知ってる。“理由なんてない”んだよね。困ってる人は見捨てられない。感性が鋭いケンちゃんは、人の痛みに敏感なんだ。だから、困ってるひとを放っておけない。その人の痛みが分かってしまうから。わからなくても、可能な限り寄り添おうとしてしまうから」



『だから〈 縁 〉が向こうから来てしまうのだ』と、ユウは小さく息を吐くと傘を畳んで両手を広げてみせる。


雨は未だに降り続いている。


ー パラ……パラパラ……


現に傘を叩く雨音は変わらない。

当然ながら、傘を閉じればユウは雨に濡れてしまう。


何やってるんだ?風邪引くだろう。



「本当に嫌なら無視すればいい。他人は他人だと、自分は自分だと切り捨てればいい。それは決して、悪いことなんかじゃないよ。人には助けられる限界があるの、あたりまえだよ。人のチカラには限界があるんだから、当然のことなんだよ」



とりあえず、傘を差し出そうと一歩踏み出した瞬間、ユウは声を張り上げた。


つまりは、濡れている目の前の自分を無視することもできるのだと、ユウは言っているのだ。


そしてそれは、決して悪いことではないとも。


だけどそんなこと言われて、はい分かりましたと無視なんてできるわけない。



「そんなことできるわけないだろ。僕は人なんだ。良心だってちゃんと持ってる。何より、爺ちゃんから受け継いだ〈 眼と想い 〉があるんだ。困ってる人を見捨てるなんてできるわけない」



分かってたさ、そんなこと。

改めて言われなくたって。


一度止められた足を再び動かす。

自分の意思で力を込めて一歩踏み出す。


濡れる目の前の女の子に、傘を差し出すために。



ー パラ……パラパラ……!



「だから、ケンちゃんはダメなんだよ」


「なーにーをー?なら、ほっとけって?冗談じゃない」


「時には非情にならないと、いつか〈 与えられた力の宿命 〉に押し潰されちゃうって話だよ」



雨を弾く傘にすっぽりと収まったユウは、呆れたように深く息を吐くと傘を握る手に手を重ね合わせる。



「だから、私が“支える”よ。ケンちゃんが押し潰されたり、倒れたりしないように」


「はぁ……。いや、何をいい感じで締めようとしてるのさ。大体、余計な話を持ってくるの君だからね。今日みたいにさ」


「うん!だから、自分に嘘つかなくてもいいよってこと。私が支えるから。だから、どんどん無茶してごらんよ。もう、“面倒なフリ”しなくてもいいからさ!」


「い、いや、実際に面倒なんだけど……やりたいこと山積みだし」


「私、相棒だから!ケンちゃんの唯一無二の相棒だからね!」



キラキラと期待に満ちた目で僕を見上げるユウ。

背中は自分に任せろと。だから、思う存分に人助けに勤しみなさいといっている。



「はぁ~~。わかったよ、わかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」



僕は大きくため息を吐くと、ユウの手に傘を握らせてやがて暗くなる公園へと目を向ける。


ゆっくりと指さした先には、木の影からこちらを覗く《 女性 》の姿がチラリと視えるのだった。



「ユウの言ってた〈 噂 〉をもっと詳しく話してくれない?」


「えーっとねー……」



僕の隠れていた場所へと皆で向かう道すがら、ユウからより詳しい噂を聞き出す。


〈 絶対に見つからない隠れ場所 〉というのは、この辺りの子供たちの間で噂になっているいわば、都市伝説的な話らしい。


子供数人でこの公園で隠れんぼをしていると、隠れる場所に迷った子供の前に《 半身を隠した女性 》が現れるそうだ。


大人しく、女性の言う場所に隠れると、誰にも見つかることなく勝つことができるという。


感謝を述べようと振り返れば、そこにはもう女性の姿はないという。


それが〈 絶対に見つからない隠れ場所の噂 〉らしい。



「そういうことか……。つまり、同じ状況にして、僕に遭遇させようとしたわけね」



要するに、ユウはこれを都市伝説や変な人の仕業としてではなく〈 人ならざるもの 〉が関係していると考えたわけか。



「そういうこと。結構、自信あったのに全く見つからなかったから、たぶん〈 噂 〉に出会えたのかなとは思ってたよ」


「本当に変な霊だったら、どうするつもりだ」


「大丈夫!ヤバくなったら、叫んでもらえれば駆けつけるよ」


「ほー。〈 絶対に見つからない隠れ場所 〉にどうやって駆けつけると?」


「…………き、気合いで?」



同じ傘の中。肩を並べて歩くユウは、僕の質問に視線をさ迷わせると困ったように苦笑を浮かべてみせた。

コイツ……自分から巻き込んでおいて何も対策は立ててなかったらしい。

行き当たりばったり。ノリと根性で乗り切ろうとしてたな。



「ほー。それはそれは、とても頼りになる“アイボーさん”ですこと……」


「えへへ~!」



とてもじゃないが、この子に背中を任せていては命がいくつあっても足りない。


頼むから次はもっと現実味のある対策を……まぁ無理な話か。



「はぁ……。まぁ、最後は気合いがものをいうのも事実か」


「そうそう!生きてやるっ!て気持ちは大事だよ?九死か一生か。命運を別ける最後の希望は“諦めない心”だよ。うんうん。」


「それも沢山の準備と一つの奇跡の上に成り立つものだということをお忘れなく。今回みたいな無茶は今後しないようにしてください」


「うっ……。はぁーい」



念の為、次は無茶はするなと釘を刺しておく。

これで少しは無鉄砲も収まってくれればいいけど。



「さて、とりあえず。着いたよ」


「え?ここ?」


「うん。間違いないよ」


「えー……?」



先程まで隠れていた場所に辿り着くと、ユウは首を捻りながら木の周りを歩き回る。

言わんとすることは分かる。


人一人が隠れるほどの木陰はあるものの〈 絶対に見つからない隠れ場所 〉というには明らかに違和感があった。


角度を変えれば、簡単に木の裏まで見えてしまうのだ。



「でも、実際に僕は隠れんぼ中、ここから動いていない。ただの一度もね。何度もユウたちはここの近くを歩いていたけど目を向けることすらしなかった」


「…………そういえば。ここだって言われるまで、どうしてだかこの木に“意識が向かなかった”よ。今、初めてじっくり見た気すらしてくるもん」



不思議なこともあるなーと、ユウは首を捻るとじっくりと隠れていた木を見て回る。

何周してるんだ?くるくると回るユウを、僕と《 古城さん 》で眺める。まるで犬のようだ。



「ん……?なんだろこれ」



木の裏。声を上げてユウは足を止めると、その場にしゃがみこむ。


傘がストンとその場にしゃがむと、垣根の向こうで傘の頭しか見えなくなった。



「(しゃがみこめば、垣根の向こうから見えないか。子供同士の隠れんぼなら、死角はもっと増えるよね。意外とこれが〈 絶対に見つからない隠れ場所 〉の正体なのかも……)」



なんて、ぼんやりと考えていると隣の《 古城さん 》がスッ……と身を寄せてきた。



『 …… 』



その前髪で隠れた顔に、少し緊張が見て取れる。

見渡してみれば空気が少し重い。

夜がすぐそこまで来ているのだ。


これ以上、ここに留まるのは危険かもしれない。



「ユウ。そろそろ、帰ろうか」


「うーん……ケンちゃん。これ、なんだと思う?」


「ん?なんだろ」



呼ばれて近付いてみれば、濡れた地面から何か見えていた。〈 薄いピンク色の革ベルト 〉のようなものだ。


指先に引っ掛けて軽く引いてみると、ズルリ……と地面から引きずり出てきた。



「「なっ!?」」



〈 ショルダーバックの紐 〉だ。なんでこんなところに……?



まだ、地面から出ているのは紐の部分だけ。

力を込めて引いてみれば、予想通りに土の中からバックが出てきた。


雨のせいか、泥水と化した土が全体的に付着している。正直、とても汚い。



「女性物のバックだ……」


「落し物……にしては大きいよね?」


「だな。中身も入ってるみたいだ」



開けてはいないが、重さから中身はそのまま入っているように感じた。


もしかしたら、盗難された物がここに打ち捨てられたのかもしれないな。



「仕方ない。この近くに警察署があったよね」


「あ、うん」


「届けてくるから、ユウは先帰っていいよ」


「大丈夫?」


「大丈夫、大丈夫。警察は知り合い多いから」


「なんか、そこだけ聞くとケンちゃんが“非行少年”みたいに聞こえるよね」


「失礼な!こんな善良な一般市民を捕まえて非行少年だって?僕はただの陰キャだ!」


「どっちにしても、褒められたことじゃないから胸張らないでよ」



薄汚れたバックを手に、呆れた様子のユウを連れて歩き出す。


帰りに公園の水道で、軽くバックを洗おうかと思ったが〈 現状保存 〉が警察は喜ぶだろうと思い、手だけ洗って警察署へと向かった。


明日にでも、何があったか報告することで約束してユウとは警察署の前で別れた……。



ここからは後日談 ー……


端的に話すと隠れんぼで隠れていた場所から〈 女性の遺体 〉が出てきた。


もうすっかりと白骨化していて、死後数ヶ月から一年程度は経っていたようだ。


警察は殺人事件と断定。捜査が開始されたそうだ。


犯人は現在不明だけど、それもしばらくすれば捕まるだろう。


ご遺体と共に、色々と痕跡が埋まっていたらしいし。



「それにしても、不思議なこともあるもんだね。たまたま、隠れた場所が〈 絶対に見つからない隠れ場所 〉で、そこに〈 ご遺体 〉があったなんて」


「たぶん、《 被害者女性 》が自分を見つけてほしくて子供たちを招いていたんだろう」


「〈 絶対に見つからない隠れんぼ 〉を《 女性 》がやってたんだね」


「……それも、もう終わりさ。見つかったんだ。〈鬼は交代するのが、“隠れんぼ”のルール〉だろ」


「次は犯人が隠れる番ってわけだね」


「そういうことさ」



ユウと共に、花を手向けに死体遺棄現場へと訪れた。

規制線の前に花を手向けると、隠れていた木へと目を向ける。



「 見つけたよ…… 」


『 ありがとう……見つけてくれて…… 』



木の横に立った《 女性 》が微笑み、やがて消えていった……。



……現在、年間約八万人――。 この数字は日本全国の警察に届けられる行方不明者の数だ。


警察庁によると、統計が残っている昭和三十一年以降は年間、八万〜十一万件を推移していたが、平成十八年以降は八万件台が続き、直近の令和二年は約七万七千件と最も少なかった。


それでも一日当たり二百件以上の届け出がされている計算だ。



「〈 絶対に見つからない隠れ場所 〉か……。もしかして、全国にもこんな場所があるのかもな」


「一日も早く、見つかるといいね」


「そうだね」



僕はユウの手を取ると公園を後にする。

女性の発見を祝福するように、ツツジの蕾が僅かに咲き始めていた。


ツツジの語源は、花が次々に連なり咲く様子から「続き(つづき)」が語源であるともいわれている。


〈 鬼が変わって、次はキミが逃げる番 〉。


隠れんぼは“続く” よ。見つかるまで……。


そう、花も言っているようだった……。


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