12話 君のヨスガ

朝、目が覚めるとカーテンが開いていた。

最近、閉めていたはずのカーテンが目覚めた時に開いていることが多い。


気付かぬうちに母さんが開けているのか、はたまた無意識に自分が開けているのか。

それは分からない。


何にせよ、開いている事実は変わらない。

そのせいで、光と共に外から響く朝の音が嫌でも気になってしまう。



「ん、んー……」



こうして、設定したアラームよりも早く起きてしまうのが最近の悩みであった。



「ん、んんー……!ふぁ~あ……あー眠い…」


『 ーー…… 』


「あ……おはようございます」


『 (こくり……) 』



重い瞼を擦りながらゆっくりと起き上がると、隣に座る《 女の子 》へと欠伸を噛み殺しながら挨拶する。


応えるように頷いた《 女の子 》は僕の制服の前に立つと、手を挙げて手を招いた。


『急いで着替えよう』ということらしい。


時計を見れば、ユウが迎えに来るまで大分時間があるようだった。



「まぁ、そうだね。ユウが来る前に先に準備しちゃおうかな」


『 ーー…… 』



誘われるまま、制服に着替えると窓の外に視線を移す。



「あ、隣のおじさんだ。おはようございます」


「 …… 」



窓の外で、おじさんを見かけたので挨拶をすると、こちらに気付いたおじさんが、ぺこりと軽い会釈を返す。


ふと、おじさんは空を指さしてみせた。



「空?空がどうしました?」


「 …… 」



両手で何かを持つような仕草をみせるとそのまま視界の外へとゆっくりと歩いて行った。


朝の散歩の続きに戻ったのだろう。


おじさんは食道癌で喉の手術をしてから、なかなか声が出せなくなったらしい。


『また値上げだってさ。最近、喉の調子も悪いし、タバコを辞めなきゃいけないねー……』なんて冗談めかして言っていた矢先の出来事だったので、本人もご家族も当時は相当に沈んでいたっけ。



「でも、あの動きはなんだったんだろ……?」


『ーー……』



おじさんのやっていた動作を反芻するように、自分自身でも真似してみた。


しばらくやってみたが、分からなかったので諦めようとしたところで《 女の子 》の姿が消えたことに気付く。



「ん?あれ?どこいったの?」



返事どころか姿も視せない。

外では学生たちの声が増えてきた。

そろそろ、ユウが来る頃合か。



「んー……仕方ない。とりあえず、玄関に向かって」


「ケンちゃーん、迎えに来たよー。おはようございまーす。」


「あ、来た」



窓の向こうからユウの声がする。少し早く到着したようだ。


鞄を手に階段を降りると、食事の片付けをしていた母親に弁当を手渡された。



「賢治さん、はい」


「ありがとう、母さん」


「はい。ちゃんと噛んで食べてくださいね?最近、急いで食べてるでしょう?」


「うん。よくご存知で」


「母はなんでも分かるんですよ~……なんて」



母さんは口に手を当て小さく笑うと、玄関に目を向ける。

そこには居なくなっていた《女の子》が立っていた。

どうやら、先回りしていたようだ。



「今日も気をつけて。無事に帰って来てくださいね」


「うん。行ってきます」



廊下の先で手を振る母さんに別れを告げてドアノブに手をかけると、目の前に《 女の子 》が立ちはだかる。



「ん?どうしたの?」


『 ーー…… 』


「ん?」



《 女の子 》はおじさんがやっていた動作を流れるように行い、最後に傘立てを指さした。

そこでようやく、二人の伝えたいことを理解する。


天を指さしたのは空模様を表し、何かを持つような仕草は、ジェスチャーだったんだ。


なるほど。『天気が崩れそうだよ』とおじさんは伝えたかったのか。


傘を手に一人納得する。



「なるほどね」


「あら?傘なんて持って、どうしたんです?今日は雨が降るって、天気予報で言ってましたっけ?」


「うんん。おじさんが教えてくれたんだ」


「あら、お隣の?なら、今日は乾燥機に頼ることになりそうですね……はぁ」



頬に手を当て、小さく息を吐くと残念そうに呟いて洗濯機へと向かっていく。


まぁ、外干した方がカラッと乾いて気持ちはいいよね。

太陽の匂いもするし。


見るからに残念そうな母さんに苦笑を浮かべると、僕はドアノブに手をかける。



「いってきます」


「いってらっしゃい、賢治さん。気をつけて」


「はい」



中からかかる声に応えて、外で待っているユウと合流する。


彼女の手には傘があった。



「なんか、降るかと思ってね」


「お、すごいね。隣のおじさんも言ってたんだよ」


「そうなんだ。なら、間違いないね」


「うん、だね」



先ゆく人たちが、傘を持つ僕らを不思議そうに見ていた。

こんな晴れた日に傘を持って歩いているのは、僕ら二人くらいなもんだろう。


傘を持っているのは僕ら二人だけ。

『私たち、ペアルックみたいだね』なんて、ユウは学校に着くまで、とてもご機嫌だった。


昼過ぎには天気が崩れはじめ、阿鼻叫喚の声が木霊する教室でユウと僕は笑い窓の外の曇天を見る。


に感謝の気持ちを送ると、ぽつりぽつりと雨が降り始めるのだった……。


雨が降り始めたことで皆は食堂や体育館、はたまた空き教室など思い思いの場所で昼食をとっていた。


僕も類に漏れず、教室でご飯を食べようと思っていたら、案の定……。


隣の席の錦野くんと別クラスの美咲野くんが当然のように僕の机に机をくっつけてきた。



「それで?昨日は血相変えて飛び出して帰ってたけど、何かあった?」


「ん?昨日?あぁ、〈 オカ研 〉が接触しようと試みてるみたいでね。逃げ回ってるところなんだよ」


「〈 オカルト研究部 〉?あれって、非公式の部活だろ?実在すんのか?」


「するんだよ。僕の中学時代の同級生が陰で立ち上げたみたいでさ。メンバーもそこそこいるみたい。ほんと迷惑極まりないよ」


「同級生?名前は?」


「灰塚 望桃( ハイヅカ モモ )。大のオカルトマニアで、この眼がバレてからは事ある毎に接触しようと周りを彷徨いてるんだよ」


「な、なんか、ストーカーみたいだね……」


「紛うことなき、ストーカーだよ」


「大変だね……見えると」


「大変なんだよ、視えると」


「あっははっ!モテるな、大林!」


「あっははっ!ダメだな、この万年お花畑は!」


「なにをー?そんなこというと、こうだぞ!」



僕の置かれた状況を察して同情してくれる小動物イケメン錦野くん。

それに比べて、見当違いの答えを導き出した残念イケメン美咲野くん。


オマケに人の弁当のおかずを流れるように奪い去っていく。


しかも、素手!ほんとコイツ、どんな教育受けてんの!?



「あぁ!?とっときの卵焼きが!?」


「もぐもぐ……ダシがよく効いてるな。俺は甘めが好きだけど」


「キミの好みなんて知らないよー。ていうか、人のおかずを奪っておいて文句いうとか、どんな神経してんのマジで」



奪い去られて虚しく空いたスペースに、箸をついてがっくりと項垂れる。

ほんと、大好物だっただけに悲しみも三割増だ。



「それより、さっきから教室の外からチラチラこっちを見てる奴らいるけど?もしかして、ソイツらが〈 噂の連中 〉か?なら、俺が近付かないように懲らしめてやろうか」


「いや、あれはイケメンズが陰キャ代表と食事してる姿に度肝抜かれて立ち尽くしてる女子たちだよ」


「あ、本当だ。よく見れば、話しかけてくる子たちばっかりだ」


「あっははー!俺たちに興味あるってことは、この場のお前もモテモテの仲間入りってことだぞ!モテキが来たな大林!」


「完全に嫌味だからなそれ!」



外で見てる女の子たちに手を振る錦野くん。

その瞬間、黄色い歓声が廊下に響く。


モテるなんて奇跡、僕は一生無縁だ。

バレンタインだって、母さんくらいしかもらったことがない。


女の子から貰ったことなんて、ただの一度もないんだ。

まったく、二人が羨ましい限りである。


「それで?〈 守護霊さん 〉の名前は分かったのか?」


「ん?名前?」


「昨日、五年前に事故で亡くなった子の情報を探してるって言ってたろ。早速、放課後に探しに行ったんじゃないか?」


「あぁ、よく分かったね。昨日、情報は見つけたよ。ただ、本当に事故があったのは四年前みたいだけどね」


「あれれ?間違ってたかー。なんかごめんね」


「ん?そうだったけ?」



唯一の情報に誤りがあったことを知らされ、謝罪する錦野くん。美咲野くんも、首を傾げつつ指折り数えて当時のことを思い返して確認していた。



「日付も分からなかったからね。どちらにせよ、しらみ潰しに探すしかなかったよ。でも、二人のおかげで情報がある場所が分かっただけでも助かった。ありがとう」


「まさか、その膨大な資料から探したのか?すごい執念だな」


「あはは……どうしても知りたかったからね。ただ今回はたまたま、事件の記事を覚えてる人がいたから早く見つけるとこができた」


「へぇ。記憶力がいい奴もいるんだなー。名前は分かるか?」



関心しながら笑う美咲野くん。

一応、おさらいしておくけど、美咲野くんは成績優秀、スポーツ万能、高身長イケメンのスーパーマンだ。


恐らく将来は誰もが羨む人生を歩むだろう。


そんな彼と意図していないながらも記憶力勝負で勝ってしまったのだ。

美咲野くんからしたら、真実を導き出した真木さんは気になる面白い相手といえるだろう。



「個人情報ですのでー」


「ちぇっ。世知辛い世の中になったもんだな」


「世の中を語れるほど、僕たちは長生きしてないでしょ」



苦笑を浮かべつつ、食事を終えた僕は机の上に記事のコピーを置いた。


皆で頭を突き合わせて記事を眺める。

突き合わせた首にはもちろん《 女の子 》の姿もあった。



『 ………… 』


「〈 三月七日正午頃。交差点で女子中学生が車にはねられ死亡。“ながらスマホ”が原因とみられる。〉だって。名前は……あ、載ってるね」


「三月七日っていうと……高校の合格発表くらいの日か?」


「名前は古城 藍菜( フルジョウ アイナ ) 。当時、中学生三年生。十五歳だったらしい」


『 ………… 』



新聞の文字を言葉にして皆で読み合せていると、隣で見ていた《 女の子 》の影がユラリと揺れる。


まるで、言葉一つひとつを噛み締めるように、胸に手を当て《 女の子 》は何度も頷いていた。


まるで自分を思い出すように頷き返すと、その色を鮮明に取り戻していった。


汚れた制服も乾いた血の跡も、全てが消えていく。


生前の姿そのままの色と質感を取り戻した《 女の子 》は前髪から覗く目を見開き、大きく息を吸い込んだ……。そうして、一言……



『思い出した……』



と、その口から掠れた声が零れ落ちる。



「…………喋った」


「「え?」」



《 彼女 》が……古城 藍菜(フルジョウ アイナ)が自我を取り戻した瞬間だった。



『賢治さん……私、思い出しました』


「そっか……」



ハイタッチとは気持ちを分かち合う動作。

その《 女の子 》は挙げていた手をゆっくりと降ろすと、手を前でそっと組み微笑みを浮かべる。


“気持ちを分かち合う”とは即ち“共感”の証明。

共感し、同調し、他者の存在の存在へとトレースする。


手の感覚、音、呼吸、声、表情……その他にある多くの情報から。


相手と自身も同じ情報を発していると自信に誤認させる。

そうして、仮初ながらに“自身”を構築しこの世界に存在していた。


それこそがこの子……《 女の子の霊 》、《 フルジョウ アイナの霊 》の正体だ。



つまり自身の情報を思い出したこの子はまさに《 古城藍菜 》であるといえるだろう。



「大林くん?どうしたの?喋ったってなに?」


「いや、僕って〈 視る 〉ことはできるんだけど、声を〈 聴く 〉ことはできなかったんだ。だけど、目の前の《 女の子 》……《 古城さん 》でいいのかな?彼女の声が聴こえるようになったんだ」


「それって、あれか?前にいってた、〈 魂のキズナ 〉が結ばれたってことか?」


「そうなるね」


『だと思います。今、私は自由に自分をコントロールできますから。自分の身体が、しっかりと自分であると認識して動くんです。これだけ強く、私が感覚を得ることができるのは、私を認識している賢治さんの意識と強く結びついているからでしょう』


『幽霊だから、肉体はないんですけどね?』なんて、ちろりと舌を出して笑うと《 古城さん 》は僕の背後に周り肩に手を置いた。


ポンと乾いた音に、二人が頭を寄せ合っていた二人が驚き目を丸める。



「い、今、音がした……」


「肩を叩いたような音、それに少し大林も動いたよな?反動があったってことだろ?肩に誰か触れたんだよな!?なぁ!?」


「まぁ、そうなるね。今、《 古城さん 》が僕の背中に乗っかってる」


『ふふ……!』



背中から手を回し、他人に意識して触れることができることに喜びを感じて興奮しているようだ。

ふわりふわりと、背中に不思議な感触もある。



「……女の子なんだから、男に無闇矢鱈にくっつくのはやめなさい」


『ご、ごめんなさい、つい嬉しくて……』



指摘されて中々に恥ずかしいことをしていたことに気がついたのか、パッと離れるとモジモジと指遊びをして落ち着くように呼吸を整えていた。


呼吸もまた、生きていた頃の記憶だ。

“死せる者”に呼吸はそもそも必要は無いはずだ。


ということは、自然と僕のイメージを掬いとって自身の存在に肉漬けしているのか?


ふむ……なんとも不思議な。



「モテモテだな!大林!モテキだぞ!」


「美咲野くん。今夜、安眠できると思わないことだよ。そこら辺の浮遊霊をけしかけて遊びに行ってもらうこともできるんだからね?」


「マジか!?」


「嘘だよ」



霊と話もできないのに、けしかけるなんて高度なことできるわけがない。

そもそも、〈 霊 〉が現実世界に干渉することはできない。

海外の心霊研究者の中では物体のエネルギーと霊体エネルギーには大きな差異があって、住まう次元が違うために触れることすら困難だとしている話もある。


つまりは霊は生きてる人間に危害を加えることは、まずもって不可能という答えが出ているわけだ。



「どこまで嘘かわかんねー!」


「さぁ?僕も全てが分かるわけじゃないからね」



だが、こうして僕に触れることができる〈 霊 〉もいる。ということは、今わかっていること全てが正しいとも限らないわけだ。



「とりあえず、今わかっているのは僕の背中には《 古城 藍菜さん 》が憑いてるってことだね」


「なるほど。頼もしい相棒だな。まぁ、俺の《 お父さん 》に負けるけどね?」


「う、うちの《 おばあちゃん 》だって、凄いんだよ?昔は結構、弓道の大会とか出てたらしいし」


「はは……。〈 守護霊さん 〉に強い弱いなんてものはないでしょ。そんなもので比べられるほど、この人たちの想いは軽いもんじゃない。だから、僕たちを見守ってくれてるその気持ちに恥じないように、僕たちこそ頑張らないとね」


「 だな……(だね……) 」



三人で手を合わせ笑い合う。

その背後では、《 三人の霊 》たちが笑いあっていた。

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