第11話 知識深いギャルさん
町営図書館へとやってきた僕らは、早速、過去の新聞が保管されている場所を探すことにした。
しかし、新聞の数は当然ながら膨大だ。
どこらか手をつけていいやら分からない。
司書さんに聞いてみても、日付から調べることはできるが中の文章となると難しいとこと。
せめて日付が分かればと、後ろで佇んでいた《 お手上げちゃん 》に……そもそも、お手上げちゃんでいいのか?失礼じゃないかな?
『 ーー……? 』
まぁ、今だけ。今だけね。
とりあえず、《 お手上げちゃん 》に日付を覚えているか聞いてみたが、申し訳なさそうに首を振り返されてしまうだけだった。
「困ったな。肝心の日付が分からなきゃ、調べようがない」
「手当り次第に探すしかないんじゃない?とりあえず、五年前っていうのは分かってるし。ケンちゃんはこっちのパソコンで探してみて。私と《 お手上げちゃん 》は実際の新聞を見てみるよ」
司書さんが新聞を閲覧できる場所まで案内してくれたパソコンを指し示す。
自身は奥にあるという新聞保管室を調べできてくれるらしい。
「ありがとう。見つけたら、ここに集合で」
「うん。《 お手上げちゃん 》も行こう」
『 ーー……! 』
こくりと頷くと、ユウの後に続いて奥にある新聞保管室へと向かっていった。
パソコンのトップにあるフォルダの中にスキャンされた新聞が入っているらしい。
試しに開いてみると、全国、地方と分けてあり、さらに開いてみれば中には年度別に区分されていた。
「やっぱり、多いなー。五年前でも軽くみて一月から十二月まであるんだろ?途方もなさすぎるって……。何かヒントないのか?」
「なに探してんのー?」
「うわぁ!?……んぐっ!?」
突然かけられた声に驚き、思わず声をあげるとヒタリ…と口元を手で抑えられる。
また、『 人ならざるもの 』から干渉されたのかと思い、ゆっくりと振り返ると肩越しにサラリと明るく長い髪が揺れた。
あ、《 女性 》だ。と思った瞬間、ゆっくりと肩口から顔が覗き込んできた。
「はは…!すごい顔。驚かせてごめんね?でも、しーぃ……。静かにしないと。ここ、図書館だから、ね?」
「…………ふぅ」
こくりと頷くのを確認した女性はまた軽く笑うと、手を離して向き合う。
フワリと花のような香水の香りが鼻腔をくすぐる。
本の香りが掻き消えた。まるでそこに色とりどりの花が飾られた瓶が置かれたように、女性を中心に香りが広がり包まれた。
まっすぐと、ぱっちりと開かれた瞳が見つめ返してくる。
同い年なのは間違いないが見覚えがない。
それもそのはず。
目の前の女の子は今は珍しいとされるギャルだ…。
昔でいう〈ギャル〉ほどゴテゴテに盛られているわけではないが、軽く崩した服装や染められた髪、バッチリメイクは十分にギャルに分類される方だろう。
太陽の如き眩しいオーラに包まれた、まさに陽キャオブ陽キャ。
完全に僕の交友関係の外にいる人種。
こんな、眩しい知り合いいたっけ?
いや、いるわけない。
だって僕、陰キャだもん!
眩しいから、きっと知り合ったら眩しさで目が潰れちゃう!
「え、えっと……」
「なーに、人の顔みて百面相してんの?あー、もしかして私のこと分からないとか?悲しいなぁーなんて。私、同中の真木。真木 生明(マキ アザミ)。三年間、同じクラスだったから名前くらいは覚えてるでしょ?」
「あ、あぁ!真木さん?久しぶり。二年ぶり……だね」
「だねー。ていっても、こっちは卒業後も何回か見かけてるんだけどね。ちょくちょく、店とかで会ってるんだよ?」
「え、えぇ?そうなの?ごめん、気付かなかった」
「はは……!謝んないの。見かけても声かけてない私が悪いし。てか、気付かなかった理由は断然コレでしょ?」
大きな髪飾りで横に縛られた髪を指先で梳き流しながら真木さんは苦笑を浮かべた。
そう。彼女の言う通り、僕が気付かなかった理由は間違いなくその髪と服装だろう。
「うん。なんか、雰囲気が変わったね……というか、別人みたい?別人じゃないの?」
「あははー!マジ失礼ですね、大林賢治コノヤロー。ぶっ飛ばしていい?」
ちゃんと本人ですよー、とムクれながら“丸メガネ”を学生鞄から取り出し手馴れた様子でかけてみせる。
髪色や髪型は違うが、馴染み深い姿がそこにはあった。
そう!この向こうも見えるか分からないほどの“瓶底メガネ”!
紛うことなき、〈 真木 生明 (マキ アザミ) 〉ご本人さまだ!
惜しむべきは、あの美しかった黒髪のポニーテールと校則を遵守した制服ではなくなったことか。
「あ、真木さんだ。久しぶりだねー。懐かしいなぁ……」
「おー。急に調子が変わったね。メガネが〈 私 〉みたいになってんじゃん。本当、一発殴っていい?」
メガネを取ると拳を握り締めてにこりと微笑む真木さん。
ギャルというより、ヤンキーになられましたか?
なんて言おうもんなら鼻頭に花の香りの拳が叩きつけられそうだ。
「姿といい、言葉使いといい、雰囲気といい、それに加えて性格すら変わってるのに、そのメガネだけは変わらないから逆に嬉しくってさ」
「し、仕方ないでしょ?この度数のメガネは簡単に作れないんだから。ていうか、このメガネのことは学校では隠してるから誰にも言わないでよ!」
「わ、分かったから。ごめんごめん…」
恥ずかしさから暴れそうになるギャルさんを何とか落ち着かせると、僕はここに来た理由を思い出しチラリと時計をみる。
まだ、時間はあるか。
「それで?大林くんは何しにここに?勉強って感じじゃないけど?」
「ちょっと、探しものをね」
「ふーん……新聞記事?何が知りたいの?」
パソコンの画面に映った画像を観て、真木さんは髪を耳にかけながら僕の肩に顎を乗せる。
フワリと花の香りが強くなった。
香水だけではない。女の子らしい、自然な香りもする。
驚きはしたが、急に跳ね除けて怪我をさせても仕方ない。なかなかに恥ずかしいが、ここは我慢だと心に言い聞かせそっと身を捩る程度に抑える。
「あ、あの……真木さん?さっきから気になってるんだけど、妙に距離が近くない?」
「……そう?私の学校じゃこれが普通だからわかんないなー。まぁ、いいじゃん。それより、お探しの記事はどんな内容なの?まさか……アッチに関する話?」
「アッチ……?や、やだなぁー。誰もそんなヤラシイ記事探してないよー」
「そんな破廉恥な話はしてないでしょ、むっつり賢治。そうじゃなくて、《 霊 》のことかって聞いてるの」
はぐらかすつもりでボケたのだが、難なくぴたりと言い当てられてしまった。
やっぱり、昔からの僕を知ってる人には隠しごとは難しいな。
特に過去にいろいろとあったことを知るこの子なら、当然だろう。
「冗談だよ……」
小さく息を吐くと、興味深げに僕をみる真木さんへここに来た目的を話し始めた。
「五年前に交差点で亡くなった人の名前を知りたいってこと?なら、それは調べない方がいいんじゃない?やっぱり、個人情報もあるだろうし」
「〈 本人 〉の許可はもらってるよ。」
「亡くなった人の許可なんてどうやって……って、あぁ、そうか。そういえば、“視える”んだね。まぁ、〈 本人 〉が良いっていうならいいか」
うんうんと、一人納得したように頷くとカーソルを手に取りフォルダを次々と開いていく。
あっという間に、一枚の記事が現れると印刷ボタンをクリックして出力してしまった。
司書さんがいるカウンターへ向かうと、一枚の用紙を受け取り戻ってくる。
「はい、これがその記事だよ」
「 ………… 」
驚きに言葉も出ない。
受け取った紙を見ると、A4用紙に新聞記事が印刷されていた。
たしかにそこには〈 交差点での事故 〉の記事が載っていた。
場所も間違いない。日付は五年前と聞いていたが、どうやら四年前の記事のようだ。
「五年じゃなくて、四年前だったんだ」
「うん。情報をくれた人が勘違いしてたんじゃないかな?人の記憶なんてそんなものだよ」
と、真木さんは笑いながら用紙を指差す。
「この人、私の知り合いだったんだ。だから、覚えてたの。友達の先輩だった人で、当時はそれはそれは大騒ぎになったんだよ」
「……そうか。年齢でいえば、僕らよりも先輩になるのか」
「まぁ、《 霊 》になっちゃうと、年齢は止まるから。本人からしたら関係ない話だけどね。“例外”もあるけど。……って、やば!バイト行かないと!今日は本返しに来ただけのつもりだったから」
「え?あ、ありがとう、真木さん」
「ふふ!どういたしまして」
ヒラヒラと手を振って、真木さんはカウンターへと歩きだす。手には返すであろう本があった。
その背中に感謝の気持ちを込めて頭を下げると、隣から視線を感じて視線を移す。
隣には音もなく《 手を挙げた女の子 》とユウが並んで立っていた。
「探しててふと思ったんだけど、季節くらいは分からないかなー?って、聞きに来たんだけど……」
「ありがとう。見つかったよ、記事」
「あ、そうなんだ。よかったね」
事故のあった年どころか、月の情報すらない状態。
それを迷いなく、真木さんは引っ張り出してきてたわけか。
いったい、どういうカラクリなんだろ……。
不思議だ。
「じゃあね、賢治くん。〈 縁 〉があったら会おうね」
「あぁ、ありがとう!真木さん!」
再び頭を下げると、真木さんの姿はそこにはなかった。颯爽と去っていく背中はまるで、ヒーローのようだった。
真木さん、かっこいいなー……。
「アザミさんだね。久しぶりに見たなー。確か私立の女子高に行ったんだよね。文学が好きで専門的なことを学びたいからって」
「へぇー……。でもなんで、ギャルになってしまったんだろう。昔の落ち着いた彼女も綺麗だったのに」
「そこは詮索しないの。女の子は色々あるんだから」
『 ………… 』
うんうんと《 女の子 》とユウは二人で頷いていた。
まぁ、確かにいつまでも同じではいられないか。
特に女性はそういうものなのかもしれない。
「三日会わざれば刮目して見るべきは、男ではなく、女性かもな」
「三日どころか、一日で変わるよ。女の子は」
「マジで?」
「うん。女の子はすごいんだからね」
と、小さく笑ってユウは出口へと歩き出す。
その背中は僕の後をいつもついて来ていた、子供ときよりも自信に満ち溢れ堂々としていた。
確かに……と、僕は納得し紙を鞄にしまってユウの後に続いて歩き出した。
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