第10話 常に騒がしい

美咲野くんの一件から一夜が過ぎた。

また、平和な日常が戻るのかと肩の荷も降りた気持ちでいたが、どうやらそんなことはないらしい。



『 ーー……!(やぁ!) 』


「ぎゃっ!?」



僕にとっての日常は結局のところ、この心臓に悪い日々のことを指すのだと、朝も早くから教えられるのだった。



「朝から布団に潜り込むの禁止っていったけど、クローゼットの中に隠れるのものやめなさい!開けて人が入ってたら普通にびっくりするから!」


『 ーー…… 』



少しシュンとした様子で《 女の子 》はこくりと頷くと、僕の隣に座り顔を覗き込んでくる。


さらりと揺れた前髪から、くりくりとした綺麗な瞳が僕を見上げていた。



「まぁ、うん。とりあえず、おはようございます。今日も一日お願いしますね」


『 ーー…… 』



ニコリと微笑んだ女の子は深く頷くと、軽く胸を張ってみせた。


『私にお任せください』そう言っているようにも視える。


頼もしい限りだけど、いつまでも“キミ”とか《 女の子 》と呼ぶのものなんだか申し訳ない。


どうやら、《女の子》は僕の〈 守護霊 〉になってくれたことは間違いないだろう。


昨夜も側でずっと《 異形ら 》を睨み付けていたように見えていた。


せっかくこうして〈 縁 〉ができたのなら、しっかりと名を知って呼んであげたい、存在を認めてあげたいと思った。


「〈 守護霊 〉になってくれた子の名前か……。そういえば、昨日は言い淀んで終わってたな。て言っても、名前まで俺も知らないんだよな。錦野、知ってる?」


「俺も知らないね。五年前の地元の新聞に載ってるんじゃないかな?町の図書館に過去の資料として残ってると思うよ」


「やっぱり、これから人生の相棒になるっていうなら呼んであげた方がいいだろな。名前って、それだけでとても大切なものだもんな」


「爺ちゃんが昔言ってたんだけど、霊の名前を呼ぶと魂のキズナみたいのが生まれるらしいよ。だから、逆に気をつけないと……よくないモノだった時は護ってくれるどころか引っ張られるらしい」



『霊の前で名前は安易に呼ぶな』と爺ちゃんが言ってた。特に氏名の“名”には、強い〈 念 〉が篭っているらしい。



「名前って、親が最初にくれる宝物だもんな。一生懸命意味を込めたり、画数に気をつけてくれたりしてさ。本当に自分のことだけを考えてくれたモノだから、大切にしたいよな」


「そうだねー……」



うんうんと美咲野くんの言葉に同意するように、僕らは頷く。隣で腰を下ろしている《 女の子 》も、俯きながらも話に共感するように頷いていた。



ー ギィ……ギィ……ギィ……


『 …… 』


頭の上から見てる《 首吊り自殺の霊 》も、頷いていた。



「ていうかなんで、外でご飯食べてんの!?教室でいいじゃん!」


「ダメだ!ダメだダメだ!こんなに天気がいいのに、部屋の中にいたらモヤシになるぞ!」


「モヤシでいいよー……変な奴と相席するくらいなら、そっちの方がよっぽど健全だよー……」


『 …… 』


ー ギィ……ギィ……ギィ……



ニタリと笑って、木の上から下がった男が僕らを見下ろす。時折、思い出したように身体を揺さぶり、自分の存在を知らしめようと激しく動いているのが視界の隅に入って気分が悪い。



「大林くん……お、音……音してるよね……」


「うん。存在アピールが露骨になってきた。そろそろ、視えなくても憑いてきそうだ。もうここには、来ないようにした方がいいだろうね」


「そうと決まれば、早いところ食べ終えて教室に戻ろう!はっ!もぐもぐ……!」


「同意……もぐもぐ……!」


「おいおい、急にどうした?そんなに急に食べたら喉に引っ掛けるぞ?」


「「うっ!?」」



急に急いで食べ始めた僕らへ、美咲野くんが心配するように眉を寄せる。

瞬間、喉にご飯が詰まり二人して喉を押さえ悶え苦しむ。



「「っ!?」」



それ見た事かと、苦笑を浮かべると僕らへ飲み物を差し出す美咲野くん。

どうやら、事前に飲み物を買ってきていたらしい。



「昨日付き合ってもらったお礼だ。ありがとうな、二人とも」


「「ごくごく……ぷはぁ!」」


ー どんどん!



胸を叩いて、飲み物で流し込むとようやく解放された喉に新鮮な空気が流れこんでくる。



「はぁはぁ!し、死ぬかと思った……」


「あ、ありがとう、助かったよ」



二人して礼を述べると、大袈裟だと美咲野くんは笑ってパンに齧り付いた。

大袈裟なものではない。


この時、僕、大林賢治は視えていたのだ。


《 首吊り男 》がいつの間にか、背後まで降りてきていて両手を伸ばしてきていた。


喉の詰まりに追い討ちをかけようと、僕らの首を抑えようしていたのが視えたんだ。


咄嗟に《 女の子 》と《 お婆さん 》が止めに入らなかったら、今頃、首を抑えられ息が完全に止められていたかもしれない。



守護霊さんたち、本当にありがとうございます。


僕は心で手を合わせると、飲み物を手に騒がしい横を視る。



『ーー……!!』


『ーー……!?ーー……!!』


『ーーー!ーー…!』



そこには《 首吊り男 》を取り囲んで《 女の子 》と《 お婆さん 》、そして《 男性 》が目を釣りあげて睨んでいた。


やがて、シオシオと大人しくなった《 首吊り男 》はスーッと姿を消してしまう。

どうやら、別の場所へと移動したようだ。


ということは、あの霊は〈 地縛霊 〉ではなく〈 浮遊霊 〉の類いだったことか。


また、どこかで鉢合わせしないといいが……。



隣に戻ってきた《 女の子 》の頭を感謝の意味も込めて撫でると、頭を抑えて《 女の子 》は俯いてしまう。

妹がいたらこんな感じだったのかなーなどと考えていると、イケメンズが僕の方を見て首を傾げていた。



「っていうか今、シレッと《 男性の霊 》が来てたね?」


「《 男性の霊 》?」


「《 美咲野くんのお父さん 》だよ。たぶん、〈 未練 〉から解放されて、晴れて〈 守護 〉に集中できるようになったんじゃないかな?」



今は姿は視えないが、恐らくは何処かで見守っているのだろう。もしくは、“お母さん”の方を見守っているとか?


そもそも、離れることってできるのだろうか……。



「父さん……やっぱり、側にいたんだ。う、うぅ……!父さーん!」


「ごめんね。まだ立ち直ってないみたいなんだよね。そっとしておいて」


「発作か」



子供のように泣きじゃくる美咲野くんを横目に、最後のご飯を書き込むと、お礼として渡された飲み物を一気に飲み干す。


美咲野くんから視線を外すと、屋上に立つ《 女性 》の姿が視えた。


そろそろ、昼休みも終わりのようだ。


「そうそう、父さんが近くにいる気がしてたんだよ」


「というと?」


「昨日、家に帰った時なんだけどさ……」



美咲野くんの話では、どうやら帰ってすぐに、お母さんが駆け寄ってきたらしい。

しばらくキョロキョロと周りを見渡して、やがて寂しそうな顔を見せると、とぼとぼと台所に戻って夜ご飯の支度を再開したらしい。


その背中が泣いているように見えて、その時は声をかけることもできなかった。


夜ご飯の後、少し落ち着いてから聞いてみると、美咲野くんが帰ってきた時にもう一人の気配を感じたそうだ。


瞬時に《 父さん 》が帰ってきたのだと感じ、出迎えようと頭よりも先に身体が動いていたらしい。


喜びについ足が動いてしまい、慌てて出てきたものの当然ながら《 父さん 》の姿はそこになかった。


『そうだった。あの人はもう……』と我に返り、堪らず涙が溢れ出てしまったそうだ。



「やっぱり、親子よりも夫婦の方が強い絆があるんだろうね。一緒に過ごしてきた年数が長い分だけさ……」


「だろうね。それで、見つけた形見の〈 ミニカー 〉を見せたら、また号泣しちゃってさ。昨日は母さんに渡したんだ。子供みたいに〈 ミニカー 〉を抱きしめて寝てたよ」



ただ、その寝顔はとても穏やかだったと、美咲野くんは付け加える。



「たぶん、夢枕に立ったんじゃないかな?」


「そうか。《 霊 》って、そんなこともできるのか」


「爺ちゃんがいうには、比較的あるらしいけどね。夢と魂は繋がりやすいんだってさ」



僕はそんな経験はないけど。

いや、あったけど忘れてるだけかもしれない。

まぁ、それだけ不確かな方法ということだろう。



「俺も会ってみたいな、父さんに」


「機会があれば、会えるよ。側にいるのは間違いないんだからさ」



僕は頷くと、弁当箱を片付けて立ち上がる。

屋上に再び目を向けると、そこにはもう《 女性 》の姿はなかった。


代わりに三人の男女が、中庭の僕らを眺めていた。

いや、観察していた。


なぜ、はっきりとそういえるのか?



「あれ、オカ研じゃない?」


「うん……?うーん…」



そう、彼らこそ僕の〈 天敵 〉に他ならないからだ。


屋上からくる視線から逃れるように、足早に教室に戻ると女子の輪に混じって談笑しているユウへ手招きする。



「祐奈さーん……!ヘルプミー!」


「ん?どうしたの?」


「ユウ、助けて!マジ助けて!今日、一緒に帰って!」


「おっ、珍しい。ケンちゃんからお誘いなんて。もしかして、また“オバケ”に関すること?」


「いや、〈 オカ研 〉が彷徨いてる」


「なるほどね。いいよ、分かった」


「授業を始めます。席についてください」



ユウの了承と、先生が教室に入ってくるのはほぼ同時だった。



ー 放課後ー! ー



「ありがとうございました」


「したー……」


「ケンちゃん!」


「おうっ!」



終礼が鳴ると同時に、僕とユウは鞄を手に声を掛け合う。

いの一番に飛び出す部活面子に混じって、僕とユウも駆け出した。



「あ、おつかれ!美咲野くん!」


「お?あ、おつかれー…?あれ?アイツ、部活入ってたっけ?」



自身の教室前で錦野くんを待っている美咲野くんとすれ違いざまに挨拶を交わすと、そのまま部活動集団に紛れて昇降口へと向かう。


靴を履き替えると、ユウと共に玄関から飛び出した。


だが、ここで気を抜いてはいけない。

そのまま僕らは足早に自転車置き場を抜けて、校門を抜けるきる。



「はぁはぁ……!結構、駆け足で来たな。ここまで来れば大丈夫だろ」


「あはは……運動不足が露骨に出たねー。やっぱり、体力つけないと将来が不安だなー」


『 ーー……! 』



〈 彼ら 〉は今頃、教室に監視に向かってる頃だろう。今日はうまく、撒いたと思っていいはずだ。


隣ではユウと《 女の子 》が、息も絶え絶えの僕を見て可笑しそうに笑っている。


《 女の子 》は霊だから分かるけど、隣で並走していたコイツが一切息を切らしてないのはどういうわけだ?



「もしかして、ユウって〈 忍び 〉の末裔だったりする?」


「なーにバカ言ってんの。うちは生粋の商売人だよ。ケンちゃんも知ってるでしょ?」


「瀬田商店の一人娘だもんな」


「そそ。あの部落の生命線は家の店が握っているといっても過言ではなーい。なーんてね。冗談は置いといて、何処か行きたいとこない?ないなら、店めぐりに連れ出しちゃおうかなー?」



カラカラと笑い、鞄を抱え直すとユウは腕に抱きついてくる。

ユウとはよく手を繋ぐことが多いが、こうしているのも昔からのことなので、今更照れなどは感じていない。



「今日はちょっと、寄りたいところがあるんだ」


「へぇー!つくづく今日は珍しいね。ケンくんに誘われたのもの久しぶりだし。しかも、目的地も決まってるなんてねー。今日の天気は雨かな?槍かな?台風くるかも?」


「茶化すなって。行きたいのは《 この子 》に関する場所だよ」


「……《 お手上げちゃん 》?」


『 ーー……? 』



隣で《 手を挙げている女の子 》に視線を移すと、ユウと《 女の子 》は二人して首を傾げた。



「お手上げちゃん?」


「いつも、手を挙げてるって話だから」


「あぁ、そういうこと。でも、たまには下ろしてる時もあるんだよ?」


「そうだよね、いつも同じ格好だと疲れちゃうもんね」


「たぶん、《 この子自身 》が長い時間のせいで〈 自分のカタチ 〉を忘れかけてるんだと思う。それを繋ぎ止めるための行動が《 手を挙げる 》って、だけだと思うから。事故の資料でも探して、〈 名前 〉を思い出してもらうことで、しっかりと〈 想いとカタチ 〉を思い出してもらおうと思うんだ。そうすれば、行動の幅も広がるし、もしかしたら成仏の手助けにもなるかもしれない」


『 ーーー…… 』



《 女の子 》の前髪から覗く瞳を見つめながら応えると、口元に笑みを浮かべて頷き返してくる。


余計なお世話かとも思ったが、本人もそれを望んでいるようなので大丈夫だろう。



「んー……難しいことはわかんないから、とりあえず、そこら辺のことは触れないどこう。という顔で、私は苦笑を浮かべて歩き出す!」


「あ、ちょっと!霊の名前を知るって、大事なことなんだぞ?爺ちゃんも言ってたんだ」


「あーうん、はいはい。名前は《 祝いであり呪い 》っていうもんね。大事大事。それより、終わったら喫茶店に行こうよ!喫茶店もちょうど、近いし!」


「聞いてないな!?」


「うっさーい。騒ぐとガソリンスタンドのお兄さんから変な目でみられるよー。静かにしないと、変人扱いされちゃうかもね?」


「んぐわっ!」



僕の腕をとって、テクテクと足を進めるユウがちらりと向けた視線の先には、客待ちをしているガソリンスタンドの店員さんがいた。


騒ぎながら歩く僕らを見て、苦笑を浮かべている。


『アオハル爆死しろ……』とか思われてたらどうしよう……。



「今月の小遣いまだだから、オレンジにしてくれ」


「護衛の駄賃がオレンジ一杯だってー……?やーめーちゃーおーかなー?なんなら、戻って〈 オカ研 〉に突き出しちゃおうかなー? 駄賃に喫茶店のパフェ奢ってもらちゃおうかなー……ふふ…アハハハ……!」


「すみません!祐奈様あぁー!どうかご容赦ください!」



踵を返そうとするユウを必死に引き止めるが、想像以上に力が強い。まるで、大人に引き摺られるようにズルズルと校門まで引き戻されそうになる。


女の子の甘味への執着は〈 地縛霊 〉よりも強いかもしれない。



「小遣いが入ったら奢るからー!」


「やったねー!《 お手上げちゃん 》も一緒に食べようねー!〈 デラックスウルトラメガ盛りイチゴチョコバケツパフェ 〉!」


『 ーー……!(キラキラ……!) 』


ー シュバッッ!!



目を輝かせ、ユウの背中に抱きつくといつもよりも三倍増しくらいで手を挙げる《 お手上げちゃん 》。


手がハイタッチから、ガッツポーズに変わってる……ヨダレ出てるし……怖いくらい大興奮のご様子だ。


《 この子 》まさか、パフェに釣られて鞍替えしてないよね!?


だとしたら、なんて薄情な〈 守護霊 〉だ!?



「さーて!ヤル気も三割増しになったし、ケンちゃんの護衛を頑張ろうかなー!」


『 ーー!!(フンス!フンスー!) 』


「〈 守護霊 〉の影響がもろに出てる……。もはや霊障だぞ、それ」



拳を掲げて歩き出すユウと、その背後に取り憑き同じように拳を天高く突き上げる《 甘味オバケ 》。

その後ろを頭を抱えて歩く僕。



「 (勉強のしすぎで疲れてんだろうな……) 」



そんな僕らの様子をガソリンスタンドのお兄さんが、物悲しい目で見送るのだった……。


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