第9話 受け取る少年

「さぁ、行こう。〈 未練 〉を晴らしに。時間が無い」


「あ、あぁ…」



僕はビニール袋を大事に両手に持ち、近くの歩道橋へと足を運んだ。


昼間は気配が弱かったが、夜になり〈 人ならざるモノたち 〉の気配が強く漂うなか、やはりその《 霊 》だけは気配が希薄なままにその場に伏せていた。



「とても気配が希薄だ。持って数日だったね」


「そうか…。早く、父さんを〈 未練 〉から解放してあげてくれ」


「うん」



男性の前に座り込むと、ビニール袋を目の前に置いて手を合わせる。



「見つけましたよ」


『 ーー…… 』



《 うつ伏せの男性 》は目の前のビニール袋に手を伸ばすとズリズリと這いずり、まるで抱え込むように袋を抱きしめた。



『 ーーーー……!! 』



長い間、探し続けていた宝物をようやく見つけることができた《 男性 》の喜びに満ちた想いが呼んだのか、ふいに吹いた風が頬と耳を撫でてゆく。


風の中に《 男性 》の咽び泣く声が聞こえた気がした。



「っ……声が…… 」



後ろで見ていた美咲野くんと錦野くんの耳にも届いたのか、驚きと共に息を呑む気配がした。


しかし、二人は状況を瞬時に理解したのだろう。

置かれたビニール袋と手を合わせる僕の姿に《 男性 》の想いを見た二人は自然と手を合わせると目を静かに閉じる。



『 ーー…… 』



すると……《 男性 》はゆっくりと立ち上がり、フラフラとした足取りで美咲野くんの前へと歩み寄った。



『 ………… 』



《 男性 》は静かに手を合わせる美咲野くんの前に立つ。



『 ーー…… 』


「美咲野くん。お父さんがキミの目の前に立ってる。とても悔しそうな、それでいてどこか嬉しそうな表情を浮かべてるよ。きっと何か伝えたいことがあるんだと思う」


「……父さんが?」



《 ーー…… 》



《 男性 》は僕へと振り返ると、パクパクと口を動かす。



「すみません。僕は声までは聞こえないんです。姿が視えるだけで貴方の気持ちを代弁することができない。本当にすみません」


『 …… 』



僕の申し訳なく思う心が伝わったのか、男性は口元に笑みを浮かべるとコクリと頷き、ビニール袋を指さした。


そして、そのままゆっくりと美咲野くんを指さす。


それを二度ほど繰り返し、美咲野くんの前で拳を突き出してみせた。



「……あ、なるほど。“ソレ” はそのために探していたんですね」


ー カサ……



行動の意味にようやく気付いた僕は、徐ろにビニール袋を拾い上げ《 男性 》へと振り返る。


《 男性 》が立つ場所にそのまま僕も重なるように立つと、ビニール袋を困惑する美咲野くんへと差し出した。



「これ、お父さんから。どうしても、美咲野くんに渡したくてコレをずっと探してたみたいだよ。これが、《 お父さん 》の〈 未練 〉の正体で間違いないと思う」


「父さんから……?」



美咲野くんはビニール袋を受け取ると、中をそっと覗き込む。

震える手で、ビニール袋から取り出したのは一つの小さな箱。

長い時の中で年季の入ってしまった〈 ミニカー 〉の箱が入っていた。


美咲野くんが見せてくれた写真に映っていた〈 ミニカー 〉と同じシリーズのものだ。



「こ、こんなの探してここにずっと居たのか?なにしてんだよ、父さん……」


『 ーー…… 』


「それは違うよ。美咲野くん。きっと、お父さんは本当に美咲野くんの笑顔が大好きだったんだと思う。あの写真に映っていたお父さんと美咲野くんの顔はとても幸せそうだった。きっと、カメラを撮っていたお母さんだって同じはずだ。他人から見れば、その〈 ミニカー 〉はただの玩具に過ぎなくても、家族にとってはかけがえのないものだったはずだよ」



ユラユラと揺らめく陽炎のように《 男性 》は揺らめき始める。どうやら、別れの時は近いようだ。



「かけがえのないもの……っ!あぁ、父さん…父さん!」


『 ーー…… 』



〈 ミニカー 〉を胸に抱いて、涙を流す美咲野くんとその姿を優しげな表情で見つめる《 男性 》。

そっと、手を伸ばし優しく抱きしめる。


その姿は、紛れもなく《 父と子 》の姿であった……。



『 ありがとう…… 』



男性は振り返ると深々と頭を下げてスッ……と霞のように消えしまった。


後には子供のように泣きじゃくる美咲野くんと、その背中を撫で続ける錦野くんが取り残される。



死者は死者。生者は生者。

互いに在るべき場所に帰っただけ……。


それがどうしてこんなにも、もの悲しく感じてしまうのか。


死者もまた、遺された者と同じ気持ちなのか。

それは同じ立場にならなければ、一生気づけないことかもしれない。


だけど……きっと、《 彼ら 》も同じ気持ちだと、僕だけは信じてみよう。


〈 彼らの姿が視える僕 〉は、生者と死者の架け橋になり得るはずなのだから。


夜空に輝く星を見上げ、僕は小さく息を吐く。


少し肌寒い風が、僕のため息を持ち去っていった……。


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