第8話 探し物をする男
「父さんが何か探してる?」
「うん、だと思うんだ」
放課後、部活を終えた二人が教室に戻ってきたので昼間の続きを話し始めた。
ー パタパタ……!
日も暮れて、薄暗くなった廊下を足音を響かせて子供が走り抜ける。
最近思うのだが、霊の声は聞こえないのに霊が起点となる音が聞こえるのはどういうことだろう?
思い返せば、隣に立つ《 女の子 》のハイタッチの時の音や《 兵隊さん 》の笛の音。《 着物の女性 》の布の擦れる音や《 女性 》の飛び降りた音。そして、《 男性 》の木を揺らす音。《 子供 》の走る音。
今見た子供の顔は満面の笑顔だったので、恐らくは笑い声も聞こえてよかったはずだ。
だけど、聞こえるのは《 霊の発する音 》だけ。
昔はラップ音くらいで、とても驚いていたが今ではその気持ちも何処へやら。
足音くらいでは、驚きもしなくなってしまった。
何が怖いって……慣れてしまっている自分が一番怖い。
何か此方と《 彼処 》の境が曖昧になってきているようで、気が付けばいつの間にかアチラに引き込まれていそうで……それがとても怖い。
「大林、大丈夫か?顔色が悪いぞ?」
「え?あぁ、ごめん。ちょっと、考え事してた。探してるモノの話だけど、見当はついてるんだ」
「やっぱり、昨日話に出てた“ビニール袋と小さい箱”?」
「そう。それを探してるんだと思う」
手を合わせ、心を寄せた時に視えてきたのは“ビニール袋と小さい箱”だった。
そして、そのモノに掛けられた強い〈 念 〉。
何にしても、何かしらの関係性を疑わざるを得ない状況だ。
「それを見つけたら、父さんは浮かばれるのかな?」
「うん。そうじゃなくても、探し物が見つかれば、男性の〈 未練 〉は少しは晴らせると思うよ」
「でも、当時から無かった物だよね。今更、見つかるの?」
「んー……そうだな。急病で倒れて、そのまま亡くなったのなら当然その場にあるはずだし、警察も見逃すとは思えないよな」
「うん、見つかると思う」
〈 それを知る人 〉を僕は知ってる。
僕は頷くと、二人を連れて日の暮れた町へと足を踏み入れた。
正直、ここからは戦場だ。
「僕は目的のヒトがいるところまで、しばらく大人しくしてるから。ずっと俯いてることになると思うけど、気にしないで」
「ん?あ、あぁ。“夜”……だしな。わかった」
「なんか、“霊が見える”って大変だね。」
「大変なんだよー…色々。本当、毎日疲れるんだ」
「やっぱり、見えない方が良かった?」
「んー…うん。昔はそう思ってた。でも、ようやく最近は“視えて”よかったと思えるようになったかな」
『 ーー…… 』
『ね?』と背後に振り返ると、《 女の子 》が前髪で隠れた目元を隠してコクリと小さく頷く。
その見えた口元は嬉しそうな笑みで少し綻んでいた。
「そういえば、大林くんにも憑いてるんだよね?確か、《 彼女 》って言ってたけど女の子なの?」
「成り行きで最近、出会ったんだ。ほら、こっち方面から商業施設に向かう途中にある交差点で出会ったんだよ」
「あー、あそこ事故多いよな。確か、五年前だったな。あそこで女の子が死んだよ。当時は新聞にもなったはずだ」
「五年前か……」
『 ーー…… 』
記憶にあるかと《 女の子の霊 》に目を向けると、コクリと頷いてみせた。
どうやら、ご本人のことらしい。
「その子の名前って…いや、なんでもない。今のは気にしないで」
『 ーー…… 』
興味本位で人のことを根掘り葉掘り聞くのは良くないよな。
例え亡くなった人であろうと、プライバシーはあってしかるべきだ。
むしろ、そこは強く守られるべきだろう。
「……?」
錦野くんと美咲野くんは首を傾げると、気を取り直して歩き出す。
前を二人が、僕は二人の足に集中して後を着いていく感じだ。
「うわー……」
「ん?どうした?」
学校を出て数分……。
僕はたまらず、呻き声を漏らしてしまった……。
『『 ーーーーーー……!!!!! 』』
《 暗闇に蠢く気配、徘徊する異形たちの阿鼻叫喚の大合唱… 》
僕の容量を軽く凌駕するほどの大量で暴力的な〈 念 〉が夜の気配に活発さを取り戻し、我らが天下といわんばかりに動き回っている。
耳に届く〈 声 〉はない。
しかし、〈 声から生まれる振動 〉が身体中に響いてくるのだ。
『ーーー……?』
「う、うぅ……気持ち悪い……」
「だ、大丈夫か?どんどん顔色が悪くなっていくぞ?」
「《 姿を忘れたモノ 》がめっちゃくちゃ覗き込んでくる……」
「《 姿を忘れたモノ 》ってなに?幽霊とは違うの?」
「霊ではあるよ。でも、永くこの世に留まり過ぎて、生まれながらの姿を忘れちゃったモノのことをそう呼んでるんだ。〈 念 〉に縛られ続けて、自身の形すらも忘れてしまって……姿形が崩れて……とても〈 人 〉とは呼べない存在になってしまったモノたち。〈 自分 〉という境界線が曖昧で、簡単に混じりあってしまう不確かな存在…。まさに《 異形 》と呼ばれる存在だよ」
「ソイツらが覗き込んでくるのか?そんなことして、何になるんだ?」
「目を合わせて、視えるか確認してるんだと思うよ……。もしも視えると分かれば、絶対に取り憑いてくる」
『ーー……!!ーー……?ー……』
「……な、なんか想像すると恐ろしいな」
「大丈夫。想像を遥かに凌ぐ壮絶な見た目してるから」
「へぇ……?今度、絵に描いてみせてくれない?」
「ハハ……物好きだねー。悪いけど、僕は絵心がないから別の人に頼んで。まぁ、絵心があったとしても、被写体を直視できる自信がないよ。目が合ったら、色々ただじゃすまない…というか…」
『 ーーー……!!! 』
「終わるね……」
ー カラン…カラカラ……
空き缶が風に運ばれ何処かで転がったのか、はたまた、ゴミ箱から零れたのか……。
闇の深い道で、空き缶の弾む音が響く。
「「 …っ!? 」」
二人は急な音に驚き、静かに息を呑むと僕を引きづるようにその場を離れた。
「つ、着いたぞ!」
「あー……どうしよう。もう夜怖くて一人で歩けなくなりそう」
「そうだな……。俺もしばらくトラウマになりそうだ」
震える錦野くんに肩を貸して、美咲野くんも同意するように頷く。
知らない方が幸せなこともあるってことだね、などと僕も苦笑を浮かべると二人から『元はと言えばお前が変なことを言うからだ』とお叱りを受けてしまった。
なるほどたしかに。
“知らないで済んだ話を知らしめてしまった”のは他でもない僕の方だった。
もしかすると、これを機に二人も何か〈霊感〉のようなものに目覚めてしまったら申し訳ない。
二人のこれからの人生を思いながら歩道橋を見上げた。
ここに来て、初めて顔を上げた気がする。
「うっ……」
ようやく上げた顔。僕は後悔と共に思わず絶句し、固まる。
歩道橋の階段にたくさんの〈 念 〉が集まっていたのだ。
《 ーーー…… 》
「すごい数だ……」
「たしかに、昼とは打って変わって空気が違うな……」
「近くにお墓があるせいかな?そこから集まってきてるとか?」
錦野くんは墓地があるという方向を青ざめた顔で指さす。
見れば、古い街灯に照らされた茂みの中に墓石群がある。
しかし、日頃から供養がされているためか目立った霊の姿は視えない。
怖いのはその近くにある砂利のひかれた駐車場とトイレだろう。
墓の近くにある場所という〈 人のイメージ 〉に引き寄せられて、そこに集まってきているようだ。
昼間もチラリと見たがそこには、墓地とは無縁の何体かの〈 霊 〉の姿を確認していた。
恐らくはどこからか浮遊してきた霊だろう。
《 ーーー…… 》
「でもその割に……」
しかし、よくよく観察してみると不思議なことに、こちらに興味を示す様子はない。
彼らは皆、首を揃えて歩道橋の上に注目していた。
「なんだ?歩道橋の上に何かあるのか……?」
見上げてみると、そこには《 女の霊 》が静かに道路を見下ろしていた……
「《 異形 》が寄り集まって、歩道橋の《 女性 》を見上げてる」
もう一度辺りを見回し、様子を確認すると近くの霊たちは皆、歩道橋の女性を見上げている。
間違いはないが、どうにも様子がおかしい。
霊が他の霊に興味を示すなんてことあるのか?
生者ばかりに興味が向くと思っていた。
「そ、それって、もしかして……その女の霊に集ってきてるんじゃないの~?」
「なら、近付かない方がいいんじゃないか?もしかしたら、さっき言ってたみたいに混ざりあって、もっと危ない存在になるかもしれないぞ?」
「引き込むために集まったにしては何だか様子がおかしいんだよね……。むしろ、みんな怖がって近付けないような感じだ。いや、〈 畏れ 〉ているようにも……。とりあえず、行ってみるか」
異形たちの姿を横目に見ながら、階段を慎重に上がっていく。
慌てて二人も後を追ってくるが気持ちが乗らないのか、僕ほど足取りは軽くなかった。
「お、おい!《 混ざりモノ 》が怖がるような存在がいるんだろ!さすがに近付いたら、やばいんじゃないのか?」
「まさか、大林くん呼ばれてるんじゃないの?」
「そ、それはやばいぞ!待て、大林!意識はあるか!?」
「大丈夫。むしろ、頭はすっきりしてるよ。下と比べて、上の方が空気が澄んでるし悪いモノの感じは受けない」
僕を引き戻そうと二人は慌てるが、僕は苦笑を浮かべると首を振って先へと進む。
やがて、歩道橋の上通路へと辿り着くと、《 道路を見下ろす女性 》を発見した。
「あっ。いたいた」
「えー……やっぱりいるの?」
「や、やっぱり、姿は見えないな…」
「こんばんは。ちょっと、いいですか?」
《 女性の霊 》へと歩み寄ると、徐ろに声をかけながらその肩を叩いてみる。
ー ポンポン!
「「 っ!? 」」
何も見えない空間から、何かに触れたような音がしたことに二人は飛び上がるように驚くと、大きく下がって顔を見合わせ押し黙る。
悲鳴すらも発することが怖くて仕方ないのだろう。
『 ーー……? 』
さて、正体不明の現象に怯える二人は放っておいて。
《 女性の霊 》に目を向ければ、女性は疲れた顔で僕と自身の肩を見比べ小首を傾げる。
「少しお話いいですか?」
『 ーー……(フイ…)』
「あ、あれ?」
しばらく見合っていたが、ふいに《 女性 》は視線を外すと再び道路へと目を向けてしまった。
興味がまるでない感じだ。
「もしかして、《 僕たちとは関わりたくないヒト 》だった?」
『 ーー…… 』
視線だけをチラリと向けると欄干に手をかけ顎を乗せて、ぼーっと夜のライトが照らす町を眺めていた。
その物鬱げな表情と共に煩わしさと少しの怒りが見え隠れしていた。
「ねぇ。一つ聞きたいんだけどいいかな?終わったら、早々にこの場から立ち去るから」
『 ーー…… 』
フゥ……と小さく息を吐くと、《 女性 》は億劫そうに振り返る。
見ている……。バッチリと目が合っている。
この世界に僕と彼女しかないかと思うほどに、その憂いを帯びた瞳には僕しか映っていなかった。
「(こんなにハッキリと視えるなんて。すごい〈 念 〉の強さだ。まるで、〈 人 〉と変わりない)」
『 ーー……? 』
少し見合っていると、眉に皺を寄せ訝しげに睨みつける。もしかしなくても、嫌われてるなこれ。
「あ、ごめん。あまりに綺麗な目をしていたから見惚れてたよ」
『ーー……』
少し驚いた様子で目を丸めると、口元に手を当てクスクスと笑い始める。なんだ……すごくいい笑顔もできるじゃないか、などと少しばかり胸を撫で下ろすと《 女性 》は笑うことをやめて、目を閉じ話を聞くように耳を傾けてみせた。
僕に霊の声が聞こえないことを理解しているのだろうか?
不思議と女性から気遣いのようなものを感じた。
悪い霊ではない。ここではっきりとわかった。
「ありがとう。話を聞いてくれるんだね」
『 ーー…… 』
感謝を込めて頭を下げると、僕は欄干に手をかけ少し身を乗り出すと歩道を指さした。
「あそこで亡くなった男性がいるでしょ?その人が持っていたビニール袋がどこに行ったか知らないかい?」
『 ーー…… 』
僕に並び、歩道を見下ろした《 女性 》は少し考える仕草をみせるとハタと何かに思い至ったのか、スーッ…と指を指した。
「あの建物は……〈 町民集会所 〉?あの中にあるの?あ、誰かが拾って届けたのか」
『 ーー…… 』
コクリと頷くと《 女性 》はそのまま欄干へと腕をかけると顎を乗せてぼーっと光のついた町を眺める。
「ここの景色、綺麗だね。車もよく通る。生きている人の営みが感じられる場所だよね」
『 ーー……(ニコリ…) 』
《 女性 》は視線だけ向けると、口元に笑みを浮かべて首だけで頷いてみせる。
そこから、彼女からのアクションはなかった。
ぼーっとしたまま動かない。
きっと、彼女はこの景色が好きでここにいるんだ。
なら、ヘタに邪魔するのも悪いな。
「ありがとう。無事に探し物が見つかったら、お礼にまた来るよ」
『 ーー…… 』
明らかに嫌な顔をされて、スーッと女性は消えてしまう。どうやら、歓迎はしてくれないらしい。
それでも、お礼の気持ちは伝えておきたいと、僕は一度深く頭を下げると怯えたままの二人を連れて〈 目的のモノがあるとされる場所 〉へと足を向けるのだった。
「夜分遅くにすみません!」
閉館時間ギリギリになって悪いとは思ったが、目的の物がここにあるとヒントをもらったからには確認しないわけにはいかなかった。
僕たちは〈 町民集会所 〉の重いガラス扉を開けると中の事務所へと駆け込んだ。
中では事務員さんが帰り支度を始めているとこだった。
「はい、どうしました?」
初老の温厚そう雰囲気の事務員さんだ。胸から下げた名札には〈 文化ホールスタッフ 〉と名前が書かれていた。引水さんというらしい。
「すみません。あの大分前になるんですが、ここに落し物が届いてませんか?これくらいのビニール袋に入った小さな箱なんですが」
「ビニール袋と小さな箱……。大分前と言ったかな?どれくらい前かな?一ヶ月前?」
「えっと、十四、五年前の夏頃になると思います」
「随分昔の話だけど……冗談を言っているようには見えないね?」
「冗談ではないので」
「……ふむ」
少し顔を顰めると、引水さんは僕らの顔を観察する。
そのまま考える仕草をみせると、何かを思い出したように奥へと姿を消す。
戻ってきた手にはかなり古びてくすんだ色のビニール袋があった。
「これは、私がここに来たばかりの頃に歩道橋脇に落ちていた物を拾ったものだ」
「あ、あの!これを拾った前の日に、歩道橋のところで父…男の人が亡くなっていませんか!?」
「男の人か……。そういえば、警察と救急車が来ていたな。当時は移動したばかりで、日々の忙しさに忘れていた……」
『ただ……』と引水さんは手元に置いたビニール袋を見つめて小さく笑う。その顔には、何か納得ができたように晴れやかだった。
「保管期間を過ぎても、“コレ”を破棄する気にならなかったのは、そういうことだったのか。男性の忘れ形見がコレだと。それを幾年も経った後に、その子供さんが取りに来たということか。〈 縁 〉とは実に不思議なものだね」
ビニール袋を僕に差し出すと、『あとはお任せしますよ』と告げて自身の机へと戻る。
帰り支度を再開し始めた。
「長い間、大事にしていてくれてありがとうございました」
「……最後に一つ聞かせてくれないか?なぜ、ここに〈 遺失物 〉があると思ったんだい?そんな小さな物、誰かが破棄していてもおかしくないと考えるのが自然だろう。しかも、十年以上も前の物で私個人が拾った物だ。勿論、今の今まで私も忘れて、ロッカーの奥にしまっていた物だから誰にも話していない。そんな物の在り処をなぜ、キミは知っていたのか?誰に聞いて、ここを訪れたんだい?」
「……《 歩道橋のいる女性 》から教えて頂きました」
「《 歩道橋の女性 》か……なるほどな。〈 あの人 〉と同じことを言うんだね、キミも。本当に…縁とは不思議なものだ…。さぁ、夜も深まり始める。皆も早く帰りなさい。ここは“でる”からね?」
「「ひっ!?」」
引水さんは小さく笑うと、首からかけた名札を鞄にしまい込んだ。冗談めかして言うが、後ろの二人はここまででお腹いっぱいなのだろう。
小さく悲鳴をあげて辺りを見渡した。
「ふふ…。さて、私も帰って晩酌しないとね」
話は終わりということだろう。鞄を持って、引水さんは電気スイッチの並ぶ場所まで歩き始めた。
「ありがとうございました、引水さん」
「あぁ。治さんに宜しく言っておいてくれ」
「はい」
軽く手を挙げると、引水さんは電気を消す。
僕たちはガラスドアから覗く月明かりを頼りに外に出ると再び振り返る。
ー ガチャッ……
【 閉館 ⠀】と書かれたプレートを下げ、鍵の掛けられた扉の向こうで引水さんが踵を返して帰宅する姿が見えた。
その後には小さな子供が三人ほど憑いて歩き、引水さんを中心に楽しそうに笑っている。
子供の霊が憑いているのは、心根が優しい人だと爺ちゃんが言ってたな…と思い出しふと笑みが零れた。
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