第7話 冴えてるユウナさん

次の日、祐奈と登校中に昨日の出来事を相談してみた。

祐奈はしばし考えた後に、人目もはばからずに地面に座り込むとそのまま地面へとうつ伏せになってしまう。



「ねぇ、ケンちゃん?今の私、どう見える?」


「道路で急にうつ伏せになる変人……かな?」


「んーもうっ!そうじゃないでしょ!?真剣に私は聞いてるの!考えてあげてるの!その〈 男の人 〉と同じ格好をすれば何か掴めると思ってやってるんでしょ!?」


「いや、恥ずかしいから立ってもらえないかな?ここ、通学路だから。しかも、通勤通学の学生が沢山いるから。人の目が痛すぎる」


「んー…。いい案だと思ったのに…〈 女の子 〉の件で学んだじゃん?格好も大きなヒントになり得ると思うんだよ。ケンちゃんには〈 男性 〉が苦しみで道路に倒れているように視えたけど、他の人が見たら違う見方もできるかもしれないじゃん」


「たしかにそうだけど……」


「だから、ほらやってみて!ケンちゃん!〈 男性 〉の気持ちになって!」


「だから、通学路だっていってんでしょーが!!」


「あ、こら!試してみないで分かるわけないでしょう!?」


「試した瞬間、奇異の目に晒されるのは目にみえてるわ!」



僕を地面に座らせようと抑え込むおバカな幼なじみの手を掻い潜ると、一目散に駆け出す。

そうは言いつつも、祐奈の言うことも一理あると思う自分もいた。



ー 昼休み ー



「大林、昨日のことなんだけど。昼飯食いがてら、話さないか?」


「うん。僕もちょっと気になることがあって」


「それじゃー、中庭行こうか。ベンチあるし」


「おうっ!野郎三人で寂しく食べようじゃん!」



我が学年トップイケメン二人と、陰キャ・オブ・陰キャの僕。



『 …… 』



そして、今話題の《 透明感のある女子 》がゾロゾロと連れ立って中庭へと向かう。



「ふふ…!いってらっしゃい!」


「ん…あれ?着いてこないの?」


「男子だけで積もる話もあるじゃない?女の子がいたら話せないような“ハレンチな話”とか」


「イケメンズに失礼極まりないぞー…。彼らがそんなことに興味あるわけないじゃん」


「あはは…生きてる人間、誰しも避けては通れない話題だよ」


「だとしても、デリケートな話だよ。大っぴらに真昼間からする話じゃないね」


「ふふ!大丈夫。男子の話なんて可愛いもんだよ。涼しい顔して女子同士の会話の方が、もっとえげつない話してるもんだよ。さーて、私も聞いてこよー!」



教室を出る時に、ちらりと振り返ると祐奈が手をヒラヒラと振って僕たちを見送っていた。


てっきり着いてくると思ったが、祐奈は自分の席を立つと教室の女子たちの輪へ向かう。


女子たちのえげつない話ってなんだ?

すごく気になるんだけど…。



「大林、どうした?行くぞ!」


「え?あ、すぐ行くよ」



えげつない話が繰り広げられるという女子たちの園に気を取られていると、遠くから声をかけられる。

振り返れば、廊下の突き当たりで僕を待つ錦野くんと美咲野くんが手招きしていた。



『…… 』



お婆さんも軽く会釈をして僕を待ってくれていた。

やっぱり、錦野くんの守護霊で間違いないようだ。



「行こうか」


『ーー…』



僕は隣に立つ《 女の子 》に目を向けると、応えるようにコクリと頷き返す。

なんだか、この状況にも慣れてきた自分がいて少しだけ笑ってしまいそうになる。

そんな僕の気持ちに気付いてか、後から憑いてくる《 女の子 》の顔にはどこか嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


中庭に到着するや否や、自然と僕は視線を地面に落とし俯く。



ー ギィ…ギィ…ギィ…



木の軋むような音を遠くに聞きながら、先を歩く二人の後に続いて歩いた。



「ここら辺でいいだろう」


「いいね!ちょうど木陰で涼しいし。大林くんもおいでよ!」



二人は中庭の真ん中に生えた大きな木の根元に腰を下ろし、僕を手招く。



「…………マジでさぁ、もう」



僕は内心舌打ちすると、二人の示す場所へと腰を下ろした。



ー ギィ…ギィ…ギィ…



「どうした?さっきと打って変わって顔色悪いぞ?」


「まさか、また、“見えたり”してる?」


「…………はぁ。まぁ、あとで話すよ。今はそれより、昨日の話でしょ?」


「あぁ、そうだった。帰って早速、母さんに聞いてみたんだ。そしたら、確かに父さんが発見されたのは雨の日だったらしい。夕立が来て、慌てて走ろうとしたところで心臓に負担がかかって倒れたんだろうって、警察は言ってたみたいだ」


「…もぐもぐ」



購買で購入してきたのだろう。焼きそばパンを頬張りながら、美咲野くんは木の先に浮かぶ雲を見上げる。


そんな彼を横目に見ながら、お母さんの作ってくれた弁当を膝の上に広げた僕は一心不乱に弁当を掻き込む。



ー ギィ…ギィ…ギィ…



味なんて分かりゃしない。


味わう暇もないほどに、次から次にご飯とおかずを口の中に押し込んでいく。



「よっぽどお腹すいてたんだねー…。俺のも食べる?」



まだ手のついてない自身の弁当をみせて、錦野くんが苦笑を浮かべる。なんていい子なんだ。本当にいい子に育ちましたね、お婆さん。



『 (にこー…) 』



錦野くんの向こうから、お婆さんが笑顔を浮かべて何度も頷く。よほど、自慢のお孫さんらしい。

下手したらご両親よりも溺愛してそうだ。


たまに悪戯するのも、そんな可愛さ余ってのことなのか。



『 (てれてれ…///) 』


「 (いや、本人からすれば普通に迷惑なんで、やめてあげてください) 」


『 (がーん…) 』



明らかに落ち込んだ様子でお婆さんは小さくなると、そのままスーッと姿を消してしまった。


どうやら、意外とダメージは深かったようだ。

これを機に、消しゴムが飛ぶことが無くなるといいけど。



「いや、大丈夫だよ。お腹は空いてないから気にしないで。むしろ、食欲は減退してるから」


「え?でも、凄い勢いで食べてたよ?」


「まぁ、食べ方は人それぞれだろ。そこは触れないでおこう。それより、あれから何か分かった?」


「うーん。今は《 男性 》の姿に注目して考えてるんだ」


「姿って?」



ー ギィ…ギィ…ギィ…



「そう。僕の相棒(祐奈さん)がいうには、〈 念 〉が籠った存在である彼らはその存在全てがヒントになり得るって話だよ。〈 声や音 〉〈 姿や姿勢 〉〈 香りや臭い 〉〈 感触 〉。そして、〈 味 〉すらもね」


「〈 味 〉?幽霊に味なんてあるの?」


「爺ちゃんが体験した話だけど、憑かれると味覚の好みが変わったりするらしい。ベジタリアンが急に肉好きになったり。逆に何を食べても味を感じなくなったりね。稀に、本当に稀に霊障としてそんなことが起こることもあるってさ」


「そうなんだ…」



拒食症で亡くなった人に憑かれた場合、何を食べても不快な味に感じて吐いてしまい、最悪、亡くなってしまうなんてこともあるらしい。


まぁ、ここでは伏せておくけど。


ー ギィ…ギィ…ギィ…



「それで、大林はその〈 男性の霊 〉……いや、父さんの姿はどう見えてるんだ?」


「地面にうずくまってるように見えたんだ。最初は体調が悪いことを表しているのかと思ったけど、相棒はもっと視野を広げて見方を変えろってさ」


「へぇ…。どんな姿か見せてもらえる?」


「あぁ……いいよ。(結局、やる羽目になるのか)」



祐奈が含み笑う姿が頭を過ぎり、小さくため息を吐くと二人の前で〈 男性 〉を真似て地面に手を着いた。


ー ギィ…ギィ…ギィ…



「んー……体調が悪いことを示してるわけじゃないんだよね?」


「そう思って聞いたら、昨日は反応が返ってこなかったから、たぶん違うと思う」


「……お馬さんみたいな格好にも見えるよな」



顎に手を当て考え込んでいた美咲野くんがボソリと、そんな突拍子のないことを言い始める。



「……道路の真ん中で?お馬さんごっこ?美咲野くん…それはちょっと…」


「キミのお父さん像、そんなんでいいの?お父さん、きっと泣いてるよ?」


「た、たとえばの話だろ!?人の父親を変態みたいにいうなよな!」


「自分で言ったんじゃんか…」



美咲野くんに哀れむような視線を僕たちが送ると、真っ赤になって怒りだす。

まぁ、自分の親を悪く言われたら誰だって嫌なので、軽く謝って話を戻すことにした。



ー ギィ…ギィ…ギィ…



結局のところ答えが出ることはなく、昼休みが終わってしまう。


また、放課後に話をしようということで散会することになった。


教室に戻り席に座ると、ふと何かを思い出したのか、錦野くんが僕を覗き込んでくる。



「それでそれで?結局、中庭で何が見えたの?」


「聞かない方がいいと思うよ?」


「気になるじゃん。教えてよー、お願い!大林先生!」


「はぁ……」



その好奇心に満ちた瞳の前では、適当にはぐらかしても無駄だろう。

僕は小さくため息を吐くと、隠すのをやめて正直に話すことにした。



「 《 首吊り自殺した男の人 》 」


「え……?」


「僕たちが座ってた木にぶら下がって、ずっと僕たちを見下ろしてたよ」


「え……?」


「ずっと上から聞こえてなかった?《 変に木が軋むような音 》。あれは、男の人が気づいて欲しくて、ずっと身体を揺さぶってる音だよ。だから、僕は気付いてからは一度も……ただの一度も顔を上げなかったんだ」


「えー……?」


「しかも、めちゃくちゃ口角上げて笑ってた。たぶん、死の間際の苦しさを楽しんでるよ、アレ。あの手の霊は救いようがない。もしも気付いたと思われたら、引き込まれてたよ。錦野くんも気を付けなよ?〈 興味は猫をも殺す 〉って、本当にあることなんだ」


「えー……」



『話はおしまい』と、弁当箱を鞄に片付けて次の授業の準備を始める。


隣の席に座っていた錦野くんは授業開始の予鈴がなるまで唖然とした表情で固まっていたのだった……。



ー ギィ…ギィ…ギィ…



木の軋む音…。それは今もあの木から響いている……。



ー 午後の授業中 ー


突然、背中を指先でつつかれるような感覚がした。

肩越しに振り返ると、祐奈が小声で話しかけてくる。



「(ねぇねぇ、ケンちゃん。お昼はどうだった?何かわかった?)」


「(いや?特に進展はなかったかな。あるとしたら、雨の日に亡くなってた事が事実だったことくらい)」


「(そっか……。そういえば、教室のベランダから中庭に居るケンちゃんたちのこと見てたけど、何か失くしたの?放課後、一緒に探そうか?)」


「(……ん?何の話?)」


「(え?だって、ケンちゃんたち地面に手をついてキョロキョロしてたじゃん。何かを落として探してるように見えたよ?)」


「(…………あ、あぁ、そういうことか)」



祐奈のいうことが最初は理解できずに首を傾げていたが、“探しているように見えた”という言葉が妙に引っかかって考えていると、はたと思い至る。



「(さすがユウ。冴えてるね。本当、キミの気付きには昔から驚かされるよ)」


「(ふふーん!そうでしょ?さすが私!えっへん!それでーえっと……何の話?)」


「あはは…」


「(むぅー、何笑ってるのー?)」



急に褒められ、小さく胸を張る祐奈さん。

しかし、何故褒められたのか分からなかったのか、すぐに小首を傾げる。

その姿が少し頼もしくも可笑しく感じて思わず苦笑すると、ぷっくりと頬を膨らませて怒り始めた。



「(ごめん、ごめん。でも、お手柄だよ。 ありがとう、ユウ。助かった)」


「(おぉ?てことは、“デラックスなお礼”が来るかな?)」


「(はは……それは無理。高いし絶対に残すから)」


「(ぶー!ぶー!即答やめろー!)」



喫茶店の〈 殺人パフェ 〉を期待するユウに透かさず首を振ると抗議の声を聞き流しながら、思考の淵に没頭する。


しばらくすると、トントン……と肩に軽く触れる感触がした。



「ん?」


『 ーー…… 』



横を見ると《 やぁ! 》と手を挙げた《 女の子 》が珍しく引き攣った笑顔でコチラを見ていた。


さらに珍しいことに挙げた手とは逆の方の手がそっと黒板の方を指さしている。


ほー、珍しい〈 カタチ 〉だなー?と思って、何となしに指さす方に目を向けるとその意味を理解した……。



「大林くん…聞こえてるかなー?教科書の九十九ページ二行目を読んでくれるかしらー?って、さっきから何回も聞いてるんだけど?」



これまた引き攣った笑みを浮かべて、先生が教科書を握り締めていた。


皺になるほどに握り込まれた教科書が先生の怒り度合いを示しているようだった……。



「は、はい!すみません!」



慌てて立ち上がると、指定された場所を読み進める。



「(学生の本分は勉強です。授業中は勉強に集中しないとね)」


『 (コックリコックリ…) 』


「(どの口がいうか……。キミも頷かんでよろし)」



後ろと真横と後ろで、女の子たちがウンウンと頷く。

散々、邪魔していた二人が自身を棚に上げて何か言っている。


これ以上ツッコミなんてしてたら、またもや先生から雷が落とされることは目に見えたので黙って授業に集中することにした。



《 ーー……!! 》


ドシャッ!



外は雷とは無縁の晴天。窓の外では、今日も女性の霊が飛び降りる……。



「はぁ……。頼むから授業に集中させてくれ」



僕は誰に聞かせるでもなく小さくボヤきつつ、授業に集中すべく気合いを入れ直すと、丸っこい字で書かれた板書をノートへと写し始めた。


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