第5話 護る女の子

……ピッピー!……ピッピー……!



「ん……んん……もう朝か…」



何やらホイッスルのような音が聞こえ、ゆっくりと意識が夢から覚醒する。


うっすらと目を開けると、窓の外から差し込む朝日が眠る僕を照らしていた。


まだ寝足りない感覚に億劫さを感じながら、昨日の夜を思い出す。



「ん…眩し……。(あれ?カーテン閉めてなかったっけ?)」



のっそりと起き上がると、しょぼくれた目を擦りながら窓の外を見る。

どうやら、昨日はユウと家の前で別れてからそのまま、部屋へと入ってから寝てしまったようだ。



「(疲れてたからなー。アラームなんていつの間にかけたのかすら覚えてないや。ていうか、随分と変なアラーム音を設定してたな。)」



スマホの画面を確認すると、時間は六時を表示していた。



「……いや、それにしたって早すぎるだろ。間違えたのかな?」



スマホのアラームを確認すると、アラームの時間は七時に設定されていた。

アラームも鳴ったような形跡はない。

ということは、アラームの音で起きたわけでないということになる。



「おかしいな……確かに、音が聞こえた気がしたけど…。あー……もしかして、外の音をアラームと勘違いしたかな。まったく、はた迷惑な。」



ーザッ!ザッ!ザッ!


窓の外を睨むように見ると、窓の外では《 たくさんの兵隊さん 》が一列に並び行進をしていた。



「…………。」



《 ーーー!! 》



一糸乱れぬ動きで行進を続ける兵隊さんたちは、窓を横切るとそのまま何処かへ歩いていく……。

姿が小さくなったところで、僕はようやく息を止めていたことに気付き大きく息を吐いた……。



「……あ、朝からどぎついもの視たな。」



霊は思念の塊だと聞く。令和の時代となった現代でも、戦時中の無念はまだ晴れていないということなのだろうか。



「皆さんが身を盾にして弱き人々を護ってくださったお陰で、今の僕達は平穏無事な日々を送っています。ありがとうございます……。」



去りゆく兵隊さんたちに手を合わせ、深々と頭を下げるとカーテンを閉めて布団に潜る。



「(でもまぁ、日も登り始めた早朝から訓練するのは頂けませんがね!)」



二度寝しようと布団潜った時だった……



「ん?何か背中に柔らかい感触が……?」



横になると、背中に違和感を感じて振り返る。

そこには……



『 (やぁ!) 』


「ぎゃッ!?」



背中に張り付くように、《 手を挙げた女の子 》が横たわっていた……ーー


「ってことがあったんだよ……」


「あはは……。朝からすごい体験してるね」


「いつも言うけど、誰にも言わないでくれよ?」



迎えに来た瀬田祐奈(せたゆうな)と共に通学路を歩く。

朝から体験した話を報告すると、苦笑を浮かべてユウは肩を叩いた。

霊が見えることは、僕の家族を含め喫茶店のマスターとユウしか知らない。


最近は挙動がおかしい僕を見て学校の中でも薄々分かっている人もいるようだけど、露骨に聞いてくるような人はいない。



「私が言わなくても、もう学校でも気付いてる人がいるみたいだよ?中には真相を確かめようとしている人もいるって。女子の会話でそんな話が出ることがあるよ」


「マジか……。まぁ、突然立ち上がったり、嫌な気配を避けるために変に遠まわりしたりしてたから、怪しまれない方が不思議か。気を付けないと……」



オカ研には要注意だな。最近、僕の噂を聞いてか、部員が僕の動向を探りに来ているみたいだし。


何とか噂程度で留めておかないと。


昔、“そういう人たち”と関わったことで痛い目を見た事があるから尚更だ。



「それで?部屋に出たってことは、その《 女の子 》は結局のところ除霊に失敗したってこと?」


「失敗とは違うかな?そもそも、除霊なんてのは端からできないからね。修行してるわけじゃないし、爺ちゃんみたいに強い力があるわけでもないし。僕は何もできないから。ほんと、姿が視えるくらいだよ。」


「今回みたいに《 引っ付いてくるヒト 》は珍しいの?」


「そうだね。ほぼなかった。みんな、気がつけば居なくなってたから。」


『 ーーー…… 』



背中を振り返ると、僕の肩に手をかけて女の子が立っていた……というより、おぶさっているような感じだ。

それでも、《 手を挙げているスタイル 》を崩さないのは最早、彼女のアイデンティティということだろうか。


それにしても、妙に懐かれている感じがする。



「たぶん、この子も満足すればいなくなると思うよ。僕に何もできないと分かれば、自然と離れると思う」


「うーん……。どうかな?もしかしたら、死ぬまで一緒にいるかもよ?」


「はは、まさか……」


『 ーーーーー 』



脅かすようにオバケの真似をして、手をだらりと下げたユウ。思わず僕は苦笑すると、ずしり背中に重みが増した。


まるで、『ずっと、憑いて逝きます……』と訴えてきているようだった。


ま、まさか、ね……?



僕は背中に感じる重みと僅かな膨らみを感じて、思わず身を固くする。


幽霊とはいえ女の子。


共同生活なんて気恥ずかしさしかない。


さすがに、それは困る。

毎日、布団に入り込まれるのは本当に困るからやめて欲しい。



「あ、あのさ。一緒にいるのは構わないけど……一つお願いがあるんだ……」


『 ーーー……? 』



背中におぶさる《 手を挙げた女の子 》に恐る恐るといった感じで振り返る。


《 女の子 》は何か?と僕の顔を覗き込んでくる。


前髪がサラリと揺れて開いた隙間から、前とは違った光ある目が僕を見つめ返していた。


よく見れば、年相応に可愛い感じの子だ。

生前なら結構モテたのではないだろうか。


死の真相は分からないが、中学生なら本当に早すぎる死だと思う。


まぁ、それは置いておいて……



「あのさ……プライベート空間に入ってくるのはやめて欲しい。トイレとか寝室とか、あと風呂とか」


『 ーー……!? 』


「えぇ!?布団の中どころか、トイレやお風呂まで入ってきてるの!?」


「い、いや、さすがにそこまで来てないけど、幽霊だから分からないじゃん?一応、念だけは押しておこうと思って」


「ていうか良く考えれば、男の子の布団に朝っぱらから潜り込む《 女子 》って、すごいね!もうハレンチさんだ!」


「ま、まぁ、添い寝してたってことだもんね。そんなことしてたら色情霊と変わんないな」


『 ~~~……!? 』



スーッ……!



確かに言われてみれば、とんでもないことだ。

うら若い乙女が男の部屋どころが布団に潜り込むなど由々しき事態。何としても、今後はないようにしないと。

俺もうんうんと祐奈に頷くと、背中の重みがスーッと消えた。


消える間際、何かバタバタと暴れていたので、恐らくは自分の行動を思い返し余程恥ずかしく感じたのだろう。


霊にも恥ずかしいって感覚あるんだなぁ。


まぁ、お陰で肩が少し楽になったから、《 女の子 》には悪いけど助かった。


一日、くっつかれてたらさすがに生活に支障が出かねない。


僕は肩を回して、残った感覚を払うと学校への道を急ぐのだった……。


ーーー

ーー



「ちょっと、ごめんね?大林くん、今大丈夫?」


「ん……んん?」


「実は美咲野くんが話があるらしくて。ちょっと、いいかな?」



昼食後、朝も早かったせいか眠気に襲われていた僕は、うつらうつらと机の上で船を漕いでいた。


隣の席でもある錦野くんが、ぼーっと教室を眺めていた視界を遮るように手を振ると顔を覗き込んでくる。


二重瞼に長いまつ毛。はにかむと思わず女子から悲鳴が上がるほどの可愛い系男子代表である錦野くん。


そして、その隣には友人の美咲野くん。高身長・スポーツ万能・成績優秀な上にモデル雑誌に登場しそうなイケメンが苦笑を浮かべて立っていた。


んー……我がクラスのイケメン二人が、陰キャ代表を自負する僕になんの用だろうか?


不思議に思い、首を傾げていると美咲野くんが僕の机に手を置いて顔を寄せてきた。



「大林。ちょっと話があるんだ。放課後、残ってくれないか?」


「え、あ、分かった」


「そうか。ありがとう、助かるよ」



そのまま二人はクラスの外へと出ていってしまう。

小声でしかも、神妙な面持ちで話しかけて来た。


クラスの皆の注意を引かないようにあえて、今は短時間での接触にしたように見えた。



「何か怒らせるようなことしちゃったかな?もしかして、誰もいない教室でボコられたりして……」


「んー?どうかな?」



思わず浮かんだ怖い想像に頭を抱えると、背中にずしりと重みがかかる。


また、《 女の子の霊 》かと思ったが、かかる声は馴染み深い声だったためにすぐに警戒を解いた。


というか、ユウといい《 彼女 》といい、男の背中に乗っかるのはどうだろう。

そんなに僕の背中は乗りやすいのだろうか…



「そんな感じじゃなかったけどね?ていうか、二人がそんなことするように見える?」


「まぁ、それはないか。ユウならまだしも」


「ちょっと!それどういう意味かなー!?」



肩に手を置いてユウが頬を膨らませる。



『 ーーーーー 』



その後ろでは《 手を挙げた女の子 》が二人の消えた先を見ていた……。


ー 放課後……


夕焼けに染まる教室で、自身の机に座り呆然と誰も居なくなった教室を眺めていた。


放課後に残れといわれて残っているが、未だに誰も現れる様子はない。すっぽかされたか?と考えながらも、入れ違いになると悪いからと今もここに残っている。


教室に一人、僕と『手を挙げた女の子』だけが残されるほど、時間にして終礼から三十分以上が経過していた。


祐奈は遅くなると悪いからと先に帰している。

明日、報告をするように念押しはされたけどね。



『ーーーー…』



手を挙げた女の子は本当に俺の事を気に入ってくれているのか、一向に離れる様子はなかった。


ただ、朝の件を覚えているのか付かず離れずの距離でそっと見守っているようにみえる。



「そういえば、君はハイタッチがしたくてその“カタチ”をしてるんだよね。今もハイタッチしたいの?」



『 ーーー… 』



口が動く様子はない。答えるつもりはないようだ。



「その姿勢、疲れない?たまには姿勢を替えてもいいと思うよ?腕下ろして楽にしたら?」


『 ーーー… 』



やはり、その口が動く様子はない。そもそも、僕は霊の姿は見えても“声を聞く”ことができないんだ。

喋りかけられても、困るかもしれない。

喫茶店のマスターなら、彼女の言いたいことが伝わるのかもしれないなー…などと思い、ふとある事を思い出す。



「ふむー…。あ、そういえば、僕とキミってハイタッチしたんだよね?てことは、触れるようになったんじゃない?」



席を一つ離して立っている女の子を眺めていると、《 やぁ! 》という姿勢を維持したままこちらを見つめていた。


何も答える様子はない。小さく息を吐き女の子から視線を外すと、教室の外に目を向ける。

数人の生徒が廊下を突っ切って賑やかに帰っていた。


その後ろを《 ーーー… …》 姿が正座をしたまま何度も頭を下げて着いて行っていた……。

あぁ、着いていっているんだ。


正座をしたまま、床を滑るようにスーッと移動して、何度も何度も頭を下げていた。


まるで、頭を下げることで前に進んでいるようにすら見えた。

その異様な光景に思わず息を呑む…。



「……… 」



あの中の誰かに憑いているのだろうなーと、すぐに視線を外してこれ以上関わらないように意識を外した。

相手に気付かれたら、僕の所まで来そうだ。


ここだけ切り取れば完全にホラー映画のワンシーンだね。



「……何も見なかった。僕は何も見なかった」



目を閉じて静かに息を吐くと、先程まで意識を向けていた《 女の子 》へ視線を戻す。



《 (やぁ!) 》


「うわあぁっ!?」


『 ーーーっ!? 』



視線を戻すと、先程まで付かず離れずの位置に居たはずの《 女の子 》がすぐ目の前に立っていた。


あんな、異様な光景を見たあとに目の前に《 女の子 》が居たのだ。心臓が飛び出るかと思うほどに驚いた。


あまりに驚き、仰け反るように椅子から転げ落ちそうになる。



「あ!?やっばっ!?」



予想外の反応だったのか相手も驚いたように目を見開いているのが髪の隙間から見えた。


スローモーションのように感じた。

勢いを殺せず椅子から転げ落ちる際に、女の子の顔がハッキリと見えた。



「うぅっ!?」


『 あぶ……い! 』



せめてもの抵抗に、落ちた衝撃から頭を守るように両手で庇う。


腰に強い衝撃。次に来るのは背中か頭かと、身を固くしているとゆっくりと地面に横たえられた…。


そっと、まるで地面に舞い落ちる羽のようにフワリとした感覚が身を包む。



「あっ……?あれ?」


腰に鈍い痛みはあったが、背中や頭には痛みはない。

むしろ、頭に柔らかいクッションのような感覚があった。


不思議に思い目を開けると、そこには心配そうな顔の《 女の子 》の顔がある。


《 やぁ! 》という姿勢ではない。普通に心配するような顔で、女の子が僕の頭に手を置いていた。



「これは……」


『 (ほっ…) 』



僕に意識があることに安堵したのか、《 女の子 》はホッと胸を撫で下ろすと静かに頭を支えて地面に横たえる。


彼女の姿勢、僕の体勢から想像するに、どうやら頭を守るように庇ってくれたようだ。偶然にも、膝枕をしてくれたような姿勢になったらしい。



「あ、ありがとう。庇ってくれたのか…。」


『 (にこり…) 』



前髪で隠れた先で女の子は口元を綻ばせると、静かに姿を消す。


ゆっくりと起き上がり倒れた椅子を起こすと、再び机の前に何事もなかったように《 女の子 》が立っていた。



『 ーーー… 』


「ありがとう。おかげで怪我せずに済んだ。《 キミ 》は怪我してない?」


『 (にこり…) 』


微笑みだけを返して、女の子は立ち尽くす。

怪我はないようだ。まぁ、霊なのだか当然といえば当然だが、心配してしまうのは人の性といえよう。


しかし、庇ってもらってなんだけど、これだけは言わせてもらいたい。



「ありがとう、助かったよ。ただ、気配なくいきなり目の前に立つのはやめよう。驚いて大きな事故に繋がりかねないから。それで周りの人を巻き込みたくないし。キミに嫌な想いもして欲しくない。悪いけど、それだけはやめてほしい」


『 ーーー… 』


「はは…。でも、今回は助けられたことは間違いない。ありがとうね」



少し落ち込んだ様子で俯いた女の子を気遣い、頭を撫でると再び椅子に腰を下ろす。



『 ーーー…/// 』


「あ、あれ?」



ゆっくりと女の子は挙げていた手を頭に乗せると、スーッと霞のように消えてしまった。

近くにいるだろうが、姿は見えない。


慰めとお礼の意味も込めて、自分にできる最大限の意思表示で頭を撫でてみたけど、もしかして嫌だったかな?


そうだよね。よくも知らない人間から触られるのは嫌だよね。



「ご、ごめん、嫌だったね。本当にごめん。」


ー さわさわ……


「え?」



深々と頭を下げると、お返しとばかりに頭を撫でられる感触がした。

顔をあげるとそこには《 ーーー…/// 》ほんのりと頬を桜色に染めた女の子が立っていた。


女の子の霊の微笑みを見て、心を許されていることに思わず安堵の笑みを零した時だった……


教室の外から視線を感じて目を向けると、扉の前で男子二人がこちらの様子を覗いていた。



「二人ともそんなところで何してるの?」


「や、やぁ……大林くん。遅くなってごめんね。部活のミーティングが長引いちゃって」


「すぐに終わって来るはずだったんだけど、待たせちゃったな。ごめん、大林」



ところで、と美咲野くんが僕の座っている机に近付き、顔を顰める。


もしかしなくても、今の見られてた?

参ったな。一人で喋って、一人でコケて、オマケに微笑んでるなんて変な奴確定じゃないか。


この高校では、チカラを隠して大人しくしてるつもりだったのに……。



「大丈夫か…?コケた時に頭打った?」


「え?あ、あー……えーっと…」



なるほど、椅子から転けたところから見られてたのか。


転けて、頭を打って幻覚が見ていたと…。


なるほど、そうしておけば上手く丸め込めるかもしれない。


ピンチはチャンス!これを機会に、まともな人間に扱ってくれるかもしれない!

この二人はウチのクラスでもカースト上位のイケメンだ。発言の影響力も強い。


この二人が、アイツは〈 何も視えない奴 〉と一言言ってくれれば、あわよくば、変な噂も消えてくれるかもしれない!と期待を抱いた時だった。



『 ーーー… 』



視界の隅で《 女の子 》が、僕たちの会話を見守りながら微笑んでいた。

僕がここで〈 視えること 〉を否定することは簡単だ。

だけどそれって、目の前の《 女の子 》の存在を否定することに繋がるんじゃないのか?

“彼女が僕を頼ってくれた想い”すらも無かったことにしてしまうのでは?

今、僕を救ってくれたその優しさも…すべて…。



「いや、頭は打ってないよ。《 彼女 》が護ってくれたから。」


『 ーー… 』


「そ、そっか……」



気が付けば、僕は《 女の子 》の目を見てそう呟いていた…。


その目は驚きと共に嬉しそうなそれでいて困ったような複雑な色が浮かんでいた。


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