第4話 手を挙げて立つ私
「いってきます!」
「車に気をつけて行くのよ!」
「はーい!」
私は最低限の荷物をまとめて、家を飛び出す。
今日は待ちに待った〈 合格発表 〉の日だ。
手応えはあった。試験の日まで、死にものぐるいで勉強したおかげだろう。
塾に行くお金は家にはなかったから、友達から参考書を借りたり学校の先生に相談して毎日毎日、勉強漬けの日々を過ごした。
それもこれも全部、“希望の高校”に受かるため。
私の夢に繋がる学科があるあの高校に受かるため。
夢に向かって私は必死に努力を続けた。
私は受験番号を握りしめ、夢へと続く道を駆け抜けた。
「おはよう!いよいよだね!」
「うん!」
学校に到着し、一緒に受験した友達だちと番号を確認する。
「あっ……あった!」
「あ、私も!」
二人で涙を流して互いの合格を喜び合う。
本当に嬉しくて涙が止まらない。
掲示板の文字が滲んで見えなくなるほど、私たちは大声で喜びあった。
「ぐす……はぁー……。安心したら、お腹減って来ちゃった。近くの喫茶店に寄らない?」
「あはは……!いいね!あそこのデラックスウルトラメガ盛りイチゴチョコバケツパフェ、気になってたんだよね~」
「何それ。その即病院送りになりそうな危険物……」
「勉強漬けの毎日で、むしろ致死量の甘味を欲してる自分がいるんだよ……。って、しまった……急いできたから、財布忘れてきちゃった。先に行ってて!」
「分かった!それじゃ、喫茶店で待ってるね!」
「うん!また後でね!」
私は校門前で友達に手を振り駆け出す。
「そうだ。あまりに嬉しくて忘れてた。お母さんに連絡しないと。」
家までの道のりを歩きながら、スマホを取り出し母親へと合格の報せを送る…
ピロン♪
『 おめでとう!やったね!ハ~イタッチ(=´∀`)人(´∀`=) 』
「お母さん…。夜遅くまで勉強してる時、いつも夜食作ってくれたっけ。あと、風邪引かないように色々気遣ってくれて。本当、お母さんには迷惑かけっぱなしだったな。」
感謝の言葉をどう綴ろうかと、画面に集中している時だった。
「 あ ぶ な い !!! 」
「……え?」
突如聞こえた男性の叫び声と車のけたたましいクラクション。急ブレーキの音を最後に……私は全身に強い衝撃を受け空を舞った……。
「あ゛あっ……」
再び、ドシャリ…!と全身を強い衝撃が襲う。
痛みと共に薄れゆく意識で見たのは、赤いランプの着いた歩行者用信号。
ながらスマホで注意が散漫になっていた私が、赤信号で道路に飛び出したことを示していた。
全身が痛い。頭が割れているように痛い。
割れた頭から血がとめどなく流れている。
寒い…これは助からない…死にたくない…。
お母さん…
まさか、こんなことで……夢が潰えるなんて。
お母さん…
私は先程までの幸福な気持ちなど嘘のように霧散し、ただただ、後悔の念に苛まれる。
チラつく母親の笑顔。
きっと、私を家で待っていて……
出迎えざまに抱きしめてくれて……
きっと……ハイタッチしてくれて……
きっと……きっと……
「ごめんなさい……お母…さん……」
そうして“私”は強い後悔の念と共にこの場所に遺された……
ーーーー
ーー
ー
それは随分と永いこと前のことだと思う。
いや、最近のこと?
分からない……
たくさんの人が泣いていた。
たくさんの人が怒っていた。
たくさんの人が呆れていた。
たくさんの、たくさんの人が無関心だった。
お母さんは嘆き悲しみ心身を病んで他界したことを、お参りに来た友達から聞いた。
友達はそれ以来、ここに立ち寄ることはなくなった。
《 ーーーーーー 》
私は何をしているんだろう。
やがて一人、ここで立ち尽くすだけの日々に変わった。
気付いた時には手を挙げている。
何故か分からない。
こうしていなきゃいけない気がした。
ただここに立ち、ただ手を挙げ続ける。
理由はもう分からない。
ただただ、虚しかった。
何かを頑張って、報われて、それが儚く散って、たくさんの人に迷惑かけて、たくさん泣かせて、たくさんたくさんたくさん……
もうたくさん……
考えることをやめて、ここから動けない私はただただ、ここに立つ。
誰にも見えない、誰からも理解されない、だれからもおぼえられていない、じぶんがだれかもわすれてしまったワタシはー……
《 ーーーーー 》
ここに立ち尽くす……手を挙げて……
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