第1話 友達ごっこ

「きゃはははは!最っ高!」

「それな!やっちゃえ!」

「きゃはははははは」


「お願い!もうやめて!いやあああああ!」

空に悲鳴が響き渡り、黒い糸の束が宙を舞う。

「はい終了。いい感じに仕上がったし、こいつにもう用はない。行こう」

「うん!」

「あー、面白かった!」

「あの悲鳴とか最高だったわ」

みんな口々にものを言いながら去っていった。


誰もいなくなった屋上に私はただ1人、倒れたまま空を見つめる。

「また…か」

痛くて重たい体を起こして周りを見回すと、無数の黒い糸が散らばっている。首元に手を持っていくも、そこにあったはずのものの感触はなくなり、空気を仰ぐだけ。

「私の…切られちゃった…」

さっき止まったはずの線が一気に解放されたように、どばどばと涙が溢れ出す。辛い、苦しい、もうこんな所にいたくない。その言の葉は喉の奥底にしまわれて、出てくることはなかった。なんでこうなったのだろう…。



始まりは些細な出来事からだった。

「沖縄から引っ越してきました…佐藤千聖さとうちさとです。よろしくお願いします」

私は、この学校の生徒ではなかった。しかし、父の転勤により家族全員で東京に引っ越すことになって、この学校に編入した。

先生に言われた席に座り、授業の準備をする。

「千聖ちゃん、あたし松田莉嘉まつだりか。千聖ちゃんの隣の席だから、グループも同じだよ。よろしくね!」

ある女子生徒がそう言って握手を求めてきた。

「あ…」

しかし、その手を握り返すことは出来なかった。私は人と話すのが苦手で、いつもこうして固まってしまう。

「なにあれ。感じ悪いよね…」

「莉嘉がせっかく挨拶したのに返事もしないなんて」

周りの席の子達がざわつき始めた。怖かった私は、耳を塞いで机に突っ伏した。


「ねえ、やめなよ。千聖ちゃん編入してきたばっかなんだし、緊張してたりするかもしれないじゃん。友達もいないんだし、焦っててもおかしくないでしょう」

そう言って莉嘉は、私の顔を見て優しく笑った。大丈夫だよと言われているようで、すごく安心できたのを覚えている。その日から莉嘉は私に話しかけてくることが多くなった。ある時は移動教室を共にしたり、ある時はペアを組んだり、ある時は放課後デートなんて言って制服で夜遅くまで遊んだりもした。莉嘉はすごく楽しそうだった。一方で私はというと、口数少なくノリも悪かった。人に対してどう心を開けばいいのか分からず、いつも空気を凍らせてしまう。莉嘉には迷惑だったかもしれないが、それでも私は、莉嘉が楽しそうにしていたから楽しかった。


そんなある日。

「え…放課後一緒に帰れない…!?」

「ごめん!今日部活のことでやんなきゃいけないことがあってさ。先帰っといてくんない?ほんとごめん!」

莉嘉は手を合わせて私に謝った。

「わかった。頑張って終わらせてね。ファイト」

「ありがとう千聖!今度一緒に帰ろうね!」

そう話しながら二人で移動した。


その日の放課後。授業終了のチャイムが鳴って、帰ろうと廊下に出た。莉嘉はいないから、歩くスピードが早まる。いつもなら莉嘉が話すことを必死に聞いているから体内時計もおかしくなるのだが、この時に限ってはそうではなかった気がする。

学校から出ようとしたその時、校門の横の庭からよく知った声が聞こえた。

「だから嘘だってば」

「本当に?」

話の内容はそこまで気にならなかったから、スルーして帰るつもりだった。何気なく横を通って帰ろうとしたその時だった。


「え…莉嘉…?」


部活に行くと言っていた莉嘉は、運動部なのに体操着も着ないで、莉嘉の取り巻きのような人達と庭でお喋りをしているようだった。嘘をつかれたなどと問い詰めたりする気はなかったので、とりあえずこのままコソコソと端っこで覗き見しようと考えた。


「莉嘉、最近あの編入生と仲良くしてるけど、何か変なことされてない?」

「私が?別にないよ。何かあったらとっくにこんなごっこやめてるって」

「放課後2人で遊んでたみたいだけど、楽しかったって言ってたじゃん」

「もちろん!超面白かった!」

莉嘉…。そこまで聞いて私は少し安心した。やっぱいい人なんだなと思いかけた。


「だってあいつ、ノリ悪すぎんだもん」


え…。一瞬で空気が変わった。ノリ…悪い…?

「何がいいかとか聞いても、莉嘉に合わせるって言うし、どこ行きたいのって聞いたら、莉嘉が行きたいところに行きたいとか言ってくんの。いや、全部私かよって。心配症だしグズだし臆病でさ、重すぎてやってらんないっていうか、場が白けすぎて逆におもろしろかった」

「言うねえ」

莉嘉達は大爆笑していた。本当にこれは、私のことを言っているのだろうかと疑うほど驚いた。

「で、いつまでそのごっこ続けるわけ?」

「いや、バレるまででしょ。なんなら卒業までやってもいいよ」

みんな口々に言う。

信じられなかった。今まで優しく接してくれていたはずの莉嘉に、実は裏があっただなんて。

「自業自得だよ。こっちが知るわけないじゃん」

きゃっきゃと楽しそうに笑っていた。


「莉嘉…」

私はついに痺れを切らして、あろうことか莉嘉達の前に出てしまった。

「さっきの私の話…本当?」

「千聖!いたの!?…」

莉嘉は振り返って私を見る。一見するといつも通りの莉嘉なのだが、さっき話していた時とは恐ろしいほどに態度が一変している。1分ほどの沈黙が続いた。

「放課後一緒に遊んだよね。クレープ食べに行ったり遊園地行ったりもした。何より私の事、友達って言ってたよね?全部…嘘だったの…?」

取り巻き達はクスクスと笑い始めた。莉嘉もクスッと鼻で笑う。

「じゃあ逆に聞くけど、クレープ食べに行ったり遊園地行ったりしただけの仲で友達なの?」

「それはだって、莉嘉が友達って言ってくれたから…!」

さらにみんながクスクスと笑い始める。

「何が…おかしいの?」

「え?全部。いつもそうだよね。莉嘉が莉嘉がって言う割に、自分の意見まともに言ってきたことなんかない。これじゃあまるで友達じゃなくて、ペットと飼い主じゃん」

「それはちゃんと莉嘉のことを考えて…」

「相手のこと考えてるならもっとましな事しなよ」

「…」

莉嘉に言い返されて何も言えなかった。確かに私はいつもそうだった。莉嘉が怒るのもわかる気がする。

「気づかなかった?仲良しだなんて思ってたの、千聖だけだったんだよ」

「そんな…」

莉嘉に失望した。私が期待しすぎていたのだろうか。


「でも私達、友達でしょ…?これくらい許してあげるから…こんなの、どうとも思わないから、だから…」

「悪いけど、一緒に帰ったりはもうしないから」

「え…でも」

「しつこい」

そう言うと莉嘉は私を睨みつけて肩を強く押し、その場を去って行こうとした。

「莉嘉…!」

「うるさい」

「莉嘉待っ…」

いくら呼んでも莉嘉はもう振り向いてはくれなかった。

「残念でしたあ!」

「おつかれさま千聖ちゃん」

取り巻きも口々に言い放って莉嘉の後ろを歩いて行った。私は莉嘉達の姿が見えなくなるまで、その場に立ち尽くした。



そして、今に至る。あの日から私は、莉嘉達の目の敵にされているようだ。そしてついに、髪の毛も…。何をされても耐えてきた。どんなに嫌でも言い返すこともなく、ただその場で静かに涙を流し続けた。仕打ちが怖くて、仕返しなんかしようとすら思えなかった。でも、もう限界なのかもしれない。


家に帰って私は、自室に籠った。"仕返し"、"しっぺ返し来ない"、"恨み"などと、気がついた頃にはGoogleの検索エンジンは不穏な履歴でいっぱいになっていた。

「なんで何も出てこないの…」

数年前、地獄通信に繋がる世界線のアニメを見た。それの記憶を頼りに、それらしきキーワードを検索にかけていく。あれがフィクションだということはわかっていても、探さずにはいられなかった。フィクションにすらすがらなければ、この先私に希望はない。


探していくうちに、ある記事に辿り着いた。

「"花魁の怨恨えんこん参り"…?」

その記事は、第三者の誰かに書かれたブログようなもので、公式サイトではないようだった。ページを開いた最初に出てくる画面には、華やかな着物やら簪やらで着飾った一人の女性が立っており、こちらを向いている。その女性の白い肌には赤黒い何かが散っていた。まるで、返り血を浴びたかのように見える。その女性はタイトル通り、花魁のようだ。

「綺麗…」

不意にも、思っていたことがこぼれる。



その記事にはこんなことが書いてあった。

『みなさんは、最近話題になっている花魁の怨恨参りというものをご存知だろうか。その名の通り、人間の恨み等の邪神を祓うために花魁の少女が花魁道中を歩くというもの。嫌な人、消したい人がいる人間が花魁に依頼をして、手助けをしてもらう、所謂地獄通信のようなもの。しかし、地獄通信はアニメの中だけの話であるはず。一方で花魁の怨恨参りは、最近になって目撃者が多数発生している。つまり、ノンフィクションの出来事なのである。証拠として、その公式サイトリンクを下記の内容に貼り付けておくから、気になっている人はリンクを踏むといい。そのサイトを偽物だと疑ってならない人に言っておく。アレは本物だ。なぜわかるのか。私は確かにこの目で見ちゃいないが、確証づいた大きな出来事があったのだ。それは今後の調査内容が明らかになるにつれて、記事の中に織り込んで紹介するつもりだ』

読み終わって、1番下のリンクがある行までスクロールする。するとそこには、リンクとともに、ある名前が書いてあった。


「宇多、沙織?」

このブログの作成者だろうか。珍しい苗字だ。私はとりあえず、そこに貼ってあったURLをクリックして、サイトにとんだ。


「“いらっしゃいませ。ご注文を“…?なんで注文?」

サイトのホーム画面の最初は、奇妙だった。しかし、スクロールしていくうちに、あるものを見つけた。そこには、恨む相手や事、報償、これらの書き込み口があった。

「ここに書き込むのかな」

私は書き込み口にカーソルを持っていき、名前を入れた。『松田莉嘉』

「報償ってなんだろう。代償みたいな事なのかな?」

わからなかったから、結局その欄だけ空白で送信することにした。


「本当に効くのかな…、まさかね」

苦笑いしながらパソコンを閉じた。こんなアニメみたいな美味しい話があったなら、今頃私のように苦しんでいる人なんかいない。どうせデタラメだろうと、特に気に留めず、この日は眠りについた。




次の日。


朝起きていつも通り、学校に出る支度をしながらニュース番組を見ていた。

「昨日午後、東京都世田谷区の行方不明になっていた女子高校生が、何者かに暴行を加えられた状態で亡くなっていたことがわかりました。女子生徒は、学校から帰る道中、カフェに立ち寄り一服し、その後行方不明になっていました。発見時の女子生徒の髪の毛は乱雑に切られており、身体中ナイフで刺されたような傷跡が多数残っており、警察は事件と事故の両方で調査を進めています」


「あら。この辺じゃない?危ないわねえ。千聖も気をつけなさい?」

洗い物をしながらテレビを見ていた母が言う。

「うっ、うん…」

不意に莉嘉のことが頭をよぎった。まさかね…。


そうして私はいつも通り、学校に登校した。少し緊張気味に、ゆっくりと教室の扉を開ける。

「ああ、佐藤」

名前を呼ばれる。いつもはまだ教室に来ていないはずの先生が、教卓に立っていた。

「来たばっかりで悪いが、早く席に着いてくれ」

朝なのに先生は挨拶もせず、慌てながら私に指示した。私はそれに従って、着席する。教室を見渡すと、ほとんどの生徒はもう既に着席していたようだった。しかし、教室の隅っこの席だけ、不自然に机と椅子がなくなっていた。確かあそこは…。嫌な予感がした。


「みんな、忙しい中集まってもらって申し訳ないが、1つ残念な報告がある。朝から言うには、少し…なんというか、ほら…」

先生は何かをもったいぶっていた。大きく動揺しているのが目に見えてわかる。あまりにも先生が言わないものだから、教室がざわつき始めた。

「こら、隣のクラスに聞こえるから静かに聞いてくれ」

そう言って先生は、生徒を黙らせた。

「今朝のニュース、見た人はどのくらいいるんだ。手を挙げて欲しい」

クラスの半分以上の人間が挙手した。先生の喋り方は少し暗かった。

「そうか…。みんなが知っての通り、なんとも惨い事件だった。いや、まだ捜査されている途中だから事故の可能性もあるが。髪の毛…女の命だと少し前まではよく言われていたものだ。それに身体中に刺し傷だなんて…苦しかっただろう。悲しかっただろう」

下を向いていた先生は、ゆっくりと顔を上げて生徒全員の顔を一人一人見た。


「松田莉嘉が、亡くなった」


またクラスがざわつく。

「松田が、今朝のニュースの被害者になってしまった…。僕は教師として、一人の人間として、何もしてやれなかったことが悔しい…」

私の持っていた本が手から滑り落ちて大きな音を立てて、教室中に響き渡った。先生もクラスメイトもこちらを見る。

「佐藤…悲しいよな」

先生は同情するかのような顔をした。

「先生もみんなも、同じ気持ちだよ」

先生は少しずつ涙ぐんでいた。莉嘉の取り巻き達は、涙を滝のように流しながらおいおい泣いている。

「そう…ですね」

私は何も言えなかった。冷たい何かが私の背をつたい、寒気が走った。



その日の放課後。みんなが莉嘉のお通夜はどうするなどの話をして莉嘉の死を悲しんでいる中、私は急いで家に帰ってまた自室に籠った。

「莉嘉が…死んだ…?」

訳が分からなかった。

「もしかして、花魁の怨恨参り…?」

昨日検索していたワードを片っ端からパソコンで調べて、サイトを探した。私のせい?そんなことがふと頭をよぎる。しかし、いくら検索しても一向に出てくる気配がない。

「嘘…なんで。なんで出てこないのよ!昨日は結構調べたら出てきたのに!」

必死になって画面に食いつくも、全く出てこない。それどころか、昨日の検索履歴の中から花魁の怨恨参りに関する検索ワードや画像、宇多沙織のブログだけでなく公式サイトすら、どこにも見当たらなかった。

「消してないのに…どうして!」

警察!?、裁判所!?、賠償金!?。良からぬことが頭の中を駆け巡る。もしも本当に私の依頼のせいでこうなったのなら、今度は私が加害者になってしまう。今のうちにバレないようにしなければいけない。どのサイトにもたいてい、管理人がいるはず。だから、昨日依頼した公式サイトが見つかれば、そこの管理人に問い合わせて、事が大きくなる前に隠蔽でもなんでもしてもらえる。

「だって、悪いのは私じゃないもん」

ぼそっとつぶやく。依頼をしたら相手の命がなくなるなんてこと、私は知らなかった。相手が始末されるなんて情報は、あのサイトのどこにも載ってすらいなかった。だから、私は悪くない。


その時、どこからか冷気が私の体をサーっと吹き抜けていった。時刻は夜の7時半。こんな時間に窓なんか開けていただろうかと、不思議に思って窓を確認した。しかし開いていない。おかしいなと思いながら、またパソコンに目をやる。すると、一件のメールの通知が入っていた。またセールスかなんかのメールだろう。削除するつもりで、その通知をクリックした。


「え…!?」


そのメールに驚いて、つい前のめりになった。

『佐藤千聖様。ご注文、承りました。よって午後8時より、怨恨参りを開始いたしますので、お迎えにあがります。残りわずかな時間ですが、最後まで悔いのないよう、どうかお元気で』

メールを読み終わって血の気が引いた。差出人の名前は書かれていなかったから、誰が送ってきたのかは不明だが、1つわかった。

「花魁の怨恨参りだ…」

私が昨日書いた内容は、確かに公式サイトに届いていたのだ。となると、莉嘉が死んでしまったのは確実に私のせいである。これから私は何をされるのか。何を問い詰められるのか。段々と不安と恐怖でいっぱいになっていく。



チリリン


突如、背後から鈴の音がした。

「え…」

この部屋には私以外誰もいないはず。しかも鈴の音なんて気味が悪い。何か棚から落ちたのだろうかと、後ろを振り返ろうとする。しかし恐怖のせいなのか、体は動かなかった。振り返ってはいけないのだと、体が拒否をしているのだろうか。



「こっちを見なんし、佐藤千聖」

背後から優しい声がした。再び冷たいものが身体中を流れていく。振り返りたくない。誰がいるのかは見当がつく。とても怖かった。

「こっちを見なんし」

その言葉とともに、煙たい香りが部屋の中に充満した。タバコだろうか。その匂いはかなりきつく、頭がくらくらするほどだった。振り返るつもりはなかったが、体がいう事を聞かず、勝手に振り向いてしまった。


「…!」

振り向いた途端、私は唖然とした。

「佐藤千聖、お迎えに来んした。わっちと共に行きんしょう」

振り返ると、昨日書き込んだサイトの最初のページに映っていた綺麗な花魁の少女が、キセルを片手に微笑んでいた。タバコのような香りはこれだったのだろう。

「あなたが、花魁の少女…?」

「ええ。そうでありんす」

サイトの画像から出ていた不穏なオーラとは違い、彼女はとても華やかで優しそうだった。

「私のせいで、莉嘉は死んだの…?」

「あれが彼女の定めでありんす」

「でも、私があなたに依頼したから…」

「当然の報いでありんす。誰でも悪さをすればしっぺ返しがくる、そういうものでありんしょう」

花魁は、私を否定しなかった。

「彼女がしたこと相応のことが降りかかっただけ。あなたが罪悪感を持つ必要はありんせん」

「じゃあ、莉嘉が死んだのは私のせいじゃないのね!?」

思わず声が大きくなる。


「いえ、それはあなたのせいでありんす」


花魁はニコリと笑った。

「あなたがわっちに依頼して莉嘉とやらは亡くなった。これはあなたに酷いことをした彼女の宿命でもあり、その彼女の命を奪ったあなたにも非がありんす。だから、怨恨参り。亡くなった加害者側も、依頼をした元被害者側も、どちらも浄化させるために、花魁道中の怨恨参りで邪悪なものを取り除くでありんす」

結局はどっちもどっちだと花魁は言う。

「怨恨参りしたら、私はどうなるの?」

「まず、人間でなくなりんす。ただ、死ぬわけでもない」

「死なないの…?」

幽霊なのか、人間なのかよくわからない生き物になるらしい。

「ええ。亡くなった加害者の怨念を祓い切って、この世からもあの世からも消し去ると同時に、依頼者側も祓いんす。酷いことをされたからと言って、相手の命を奪ってしまっては同じこと。両者に悪の心があるには変わりない。だから、祓って人間で無くしてしまうでありんす」

人間でなくなる…。

「不安な顔はやめなんし。それがあなたがしてしまったことへの“報償“でありんしょう?」

「…“報償“」

依頼する前、公式サイトで見た言葉。よくわからなくて空白で送信してしまった。しかし今になって考えてみればよくわかる。“報償“とは、その名の通り代償のようなものであり、その“報償“は、今ここにいる花魁に対して献上しなければいけない。

「ほら、“人を呪わば穴2つ“て言いんしょう。何年前のアニメだったかな。あなたもようわかっているはずでありんす。自分がしてしまったことに対して償いが発生するのだと」

花魁の笑顔は急に黒くなった。

「さあ、わっちと一緒について来なんし」

そう言って花魁が私の腕を掴んだ。

「離して!私は行きたくない!」

めいいっぱい抵抗した。このままついて行ったら私は人間でなくなってしまう。

「無駄な抵抗はやめなんし。わっちについて来れば、警察に捕まることも、事情聴取されることも、莉嘉とやらの周囲の友人に蔑まれることも確実に避けることができんす」

「嫌!私は悪くない!私じゃない!莉嘉を殺したのはあなたでしょう!」

必死にもがいたが、花魁の手の力が思った以上に強く、振り解くことができない。

「依頼したのはあなたでありんす。あなたが悪い。あなたが仕返しだなんて気を起こさなければ、平和のままでありんしたのに。それにこれは報償でありんす。依頼してしまった以上、避けようがない」

「嫌!だって私じゃないもん!私が悪いんじゃないもん!」


そうこうしているうちに、気がつくと籠に乗せられて、簾を下ろされていた。移動手段まで古風だ。

「あなたが選んだ道ゆえ、あなた自身で歩みなんし」

花魁がそういうと、籠がガタガタと動き始めて、移動が始まった。


「嫌!どこに連れていくの!帰してください!」

「眠りなんし」


花魁はそう言って、籠の中にふうっと息を吹きかけた。また、煙が充満していく。

「ケホッ!…」

頭がくらくらする。キセルの煙だから、かなり強いのだろう。徐々に瞼が重くなっていく。薄れゆく意識の中、花魁が優しく微笑みながら私の頭を撫でていたような姿を見た。その顔はどこか、悲しげだった。



私が間違っていたのだろうか。嫌がらせをされたからといって仕返しをするなんて、野暮なことをしたから。これじゃあ、飛んで火に入る夏の虫。莉嘉に仕返しした意味がないじゃないか。ああ、もう一度生まれ変われるのだとしたら、もう一度人生をやり直せるのだとしたら、私はどう生きて行ったらいいのだろう…。

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花魁の怨恨参り 梦葉 @lanxiense_0000

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