花魁の怨恨参り
梦葉
プロローグ
「花魁…?」
「ああ。最近この辺で噂になってるよ。花魁の妖怪が出るって」
俺は、コーヒーを飲みかけた手を止めて、目の前の相手の顔を伺う。
「なんでも、人間に呼ばれて出てくるみたいで、その真相は定かじゃない。目的は人喰いか、それとも生前の復讐か…いずれにしても、今まで聞いたことのない話だ。人間に依頼されて出るなんてさ」
こいつが何を言っているのかさっぱりだった。
「ああ、悪い。お前この手の話嫌いだったよな。いや僕も、聞いた時はおかしな話だなと思って興味なかったんだけどさ、お前のこともあるしなあと…、だってほら、記者だろ?ネタに困った時にでもどうかなあ…と」
俺が喋らないから焦ったのだろうか。話すスピードが早まった。こいつの言う通り、俺はオカルト関係の話は得意ではない。妖怪がどうだとか言われてもさっぱり分からず、言われることに口を開けて聞いていることしかできない。
「怒った…か?」
「なんでだよ」
「怒ってないか!?お前目つきだけじゃなく言葉遣いも悪いからさ」
「黙れ。それに俺の仕事、記者じゃない。アナウンサーだ」
いつも通りのくだらない会話をする。そんな俺達はもう20年以上の付き合いだ。もちろんお互いのことをよくわかっているつもりではいるが、実際どうなのか。俺はこいつに固執しないし、こいつも俺に固執しないから、お互いのテリトリーには入れない。
少し懐かしい話をしよう。こいつと出会ったのは、5歳くらいの時。
「きっ、近所に引っ越してきた、谷口もっ、
「そんな挨拶じゃダメでしょ桃星。ちゃんと相手の顔を見て言うのよ?」
涙でメガネをビショビショにしながら一生懸命喋ろうとするこいつの目は、まっすぐだった。母親に注意されながらも挨拶をするこいつは、きっとオリコウなんだろうと思った。
「
谷口親子は俺を見て、呆気に取られるように口をあんぐり開けていた。俺としたことが、この時仲良くなる方法を間違えたと、今でも後悔する。
「雪菜!お黙りなさい!なんて口を聞くの!桃星くんは一生懸命自己紹介してただけでしょう!」
母親がボカッと俺の頭をしばく。
「すみません。うちの子口が悪くて。気をつけろって叱ってるのに聞かなくて。本当に誰に似ちゃったのかしら」
「どっかの元ヤン女が一条のじじいとシて産んだせいでしょ」
すかさず俺も突っ込んだ。
「うるっさい!」
母親がまた、バチンと俺の頭をシバく。
「シてって、そんな言葉どこで覚えたの!母親を元ヤン扱いするんじゃありません。それと、自分の父親をじじい言わない!」
母親は谷口親子にペコペコして、桃星の母親と話し始めた。
「あの…ぼっ、僕…」
「何」
桃星は、俺に何か言いたげだった。この先こいつが口にする言葉はどうせ、褒めたり自画自賛したりする面倒なものなのだろうと思っていた。今までがそうだったから。
くるくるパーマの同い年の女が引っ越してきた時の第一声目は『
もちろん、その親達も同じようなことを言っていた。家柄でものを言われることほど、面倒なものはない。しかし、桃星は違った。
「僕…初めてお友達できた!」
「は?」
桃星は目を輝かせて俺を見つめた。さっきまで泣いていたにも関わらず、その涙はもうどこにもない。
「お友達!僕の初めてのお友達だよ!」
桃星は、俺を真っ直ぐ見て、友達だと言った。桃星だけは、俺を友達にしてくれた。
あれから20年以上も共に過ごしているなんて、信じられない。
「やっぱこういう話はしない方が良かったよな。もちろんこんなのただの噂だし、いつものお前通りいてくれたらいいよ」
そう言って桃星は席を立とうとした。
「おい、どうした」
「ああ、そろそろ帰ろうと思って。母さんが待ってるんだ」
「まだ母親と暮らしてんの?」
「生憎出会いがなかったもので、こんな年になってもアルバイトしながら実家暮らし。頭のキレる売れっ子イケメンアナウンサーの馴染みとは、似ても似つかない生活ぶりさ」
桃星は肩を揺らして笑った。
「さっきの話、まだ途中だろ」
「ああ。お前嫌そうな顔してたから、やめとこうと思って。けど、もしこの話について詳しく聞きたいって言うなら、紹介はする」
どう?、なんて言いながら、桃星はジャージのポケットから名刺を取り出して机の上に置いた。
「
桃星が出してきた名刺に刻まれた名前は、見た事のないものだった。
「その人は妖怪や幽霊、オカルト関係の情報を追って記事を書いてる人で、僕のお師匠さん。最近は今噂になってる花魁の妖怪を中心的に調査してるらしいから、何かしらの情報はもらえるはず」
「師匠?何言ってんのお前」
思わず本音が出てしまった。どうやったらアルバイトで実家暮らしの半分ニートが、こんな人と出会えるのだ。
「とりあえず師匠は師匠なの!僕がどんな出会い方しててもいいでしょう…その人は天皇血筋の名家の産まれの方だ。ほら、苗字が宇多だろ?ただ、色々あって皇家との繋がりが薄くなってるから、一般と変わらない暮らしをしてるらしい」
「皇家だあ!?」
思わず叫んでしまった。周りの客からの視線が痛い。
「僕から話を振っておいて悪いけど、アナウンサーがこんな話聞いてどうすんの?記者じゃないんだろ?」
桃星に言われて少し考えた。確かに俺は記者じゃないし、オカルトも好きじゃなない。でも、なぜか心のどこかに引っかかるものがあった。
「ああ…そうだな。一応情報はもらっておきたい。テレビ局の記者に提供だってできるし、番組にも出せるものになるかもしれない」
「そっか。珍しいな」
俺は一気にコーヒーを飲み干した。
「俺も帰る。あ、会計は俺がやっとくから、お前先帰っていいぞ」
そう言ってジャケットの内ポケットに手を忍ばせて財布を取りだした。
「いや、悪いって。いくらお前が根っからの男前なやつだからって、そこまでしてもらうわけにはいかないよ。今日は僕の奢りってことで。な?」
「でも…」
桃星は払う気満々だと言わんばかりに、ジャージのポケットからクシャクシャになったお札と薄汚れた小銭を取り出して握りしめていた。そんな姿を見ては、断ろうにも断れない。
「わかったよ…ありがとう」
「よっしゃ!いいってことよ、雪菜」
そう言ってノリノリで会計を済ませて、2人で店を出た。
ちょうど分かれ道に差し掛かった時、桃星は俺の方を見て何かを差し出してきた。
「シュシュ?」
それは、少し和風の花柄が所々描かれた可愛らしいシュシュだった。
「やるよ。
娘の月華はもうすぐ14歳になる。月華は、俺が高校卒業してすぐの19の時に産まれた。俺にとって唯一の子供であり、唯一の家族だ。
「お前本当に尊敬するよ。高校卒業して月華ちゃんを父親手1つで育てながら大学現役合格して、トップで卒業したらいい所に就職して。大変なはずなのにそれをずっと1人でこなしてきたんだもんな…」
今まで考えたこともなかった。独り身なのも、父子家庭なのも、大卒で就職できているのも、周りも同じようにしているから当たり前なのだと思って、深く考えたことはない。
「ありがとう」
桃星から受け取ったシュシュを、ゆっくり胸ポケットにしまう。
「じゃあ雪菜、また暇な時連絡して。じゃあ」
「ああ。またな」
そう言って桃星と別れ、俺はいつも通り帰宅して、月華にシュシュを渡した。
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