庭園にて

 日の傾き始めた頃、庭園のガゼボでクリュッセルがその時を待っていると、ラスティーク・ナリュータが一人で此方へと向かってきた



 彼女がガゼボへと足を踏み入れると同時に頭を下げるが、ラスティークはクリュッセルが挨拶を済ませる前に『頭をあげなさい。此処には私と貴女のみです。無礼講としましょう』と告げる

 緊迫した空気が少しばかり軽くなる中、クリュッセルは

 (は?マジかよ?しんどい、尊い!!!!!推しが、推しがぁぁぁぁぁぁ!!)

 と、予想外の推しの対応に暴走していると、クリュッセルの瞳から(推しの神対応に対しての感動の)涙が溢れた

 その光景を目にした途端

 「えっ!?ちょっ、ちょっと!!なんで泣いているんですの!?私、まだ何もしてませんわよね!?」

 と、涙を流すクリュッセルに対してどう対応すれば良いのかわからずあたふたするラスティークであったが、思いついたように自身のハンカチを差し出した


 彼女の差し出したハンカチは白いレースのハンカチでナリュータ家の紋章が刺繍されていた


 「こ、このハンカチをつかいなさい。な、なにがあったのかはわからないけれど取り敢えず此処で泣かれると私が困るんですの!」


 目の前に差し出された推しのハンカチをおずおずと受け取り、涙を拭う

 (なんて幸せなの……?推しの持ち物(ハンカチ)に触れる事ができる上にほのかな薔薇の香り(推しの匂い)に包まれることができるなんて……!!)

 「そのハンカチは運動着と同じく貴女がそのまま持ってなさい」

 『貴女の使った物なんて使いたくないから』と私に告げる

 泣き止むと少し赤くなった目でラスティークに向き合い、自分の本心を告げる


 「本日は、先日のお詫びと私の本心をラスティーク様に伝えたくお呼びした次第です」

 真剣な眼差しでラスティークと向かい合う

 「先日のお詫びとはなんの事かしら?…そして、貴女の本心とはどういう事かしら?」

 「先日のお詫びとは魔法実技での件でございます」

 そう告げると、ラスティークの目は冷たくなり、威圧をしてきた

 「えぇ、そういえばありましたわね。それで?何か?まさか、お詫びと言っておきながら私に謝れとでも?」

 「いいえ、先日の件のお詫びとしましては殿下の件でございます」

 私がシャラナーダ殿下の名を出すとキュッと目を少し細めた

 「あら?どうしてそこで殿下の名前が出てくるのかしら?」

 明らかな敵意。威圧。言葉としてはおくびにも出さずともそれがひしひしと伝わってくる

 (…っ!推しのご尊顔とあっても威圧は怖いわね…これは『受けてしまい、ごめんなさい』は正しい選択とは言えないわ…それなら───)


 「殿下のペアになり、少々浮かれておりました。その事に対して注意をして下さったのに関わらず被害者のような態度をとってしまい、申し訳ありませんでした」

 そう言い、頭を下げる。すると、ラスティークは驚いたものの威圧を止め、微笑んだ

 「あら、ちゃんと分かってくださったなら嬉しいわ。……けれど、また同じようなことがあればどうなるか分かって下さるわよね?」

 微笑みながら告げるがこれ以上関わらないで欲しいと抑止をしていた

 「えぇ、分かりました」

 そう返事をすると、ラスティークは話を切り替える

 「それで、貴女のお詫びとやらは聞いたけれど、貴女の本心とはなんなのか教えて下さる?」

 凛とした眼差しがクリュッセルを射貫く

 二人のいる庭園に先程まで響いていた小鳥の囀りと虫の織り成す演奏は終わりを告げたのか、風の流れだけが静かな音色を奏でている

 「…………」

 (ヤバい!!推しに告白って緊張するんだけど!!あ、当たり前か!…え、待って待って!告白ってどうすればいいんだっけ!?)

 緊張をしすぎてどのように伝えれば良いのか分からずにクリュッセルはキッとラスティークを見つめる

 「どうしたの?私に何か伝える事があるんではなくって?」

 此方をキッと睨みつけるように見ているクリュッセルに対し、異変を感じ、問いかけるとクリュッセルは口を開いた

 「ラ、ラスティーク…様、あ、あのっ…!あのですね…!」

 口を開いたものの、中々話を切り出さないクリュッセルにしびれを切らし

 「なんですの!?いい加減にして下さらない!?私、貴女のような人が最も嫌いなんですわ!!言う事があるならばなんでも言いなさい!!」

 と、少々キツい言い方になりつつも、発言を促す

 「はっ、はいっ!」

 (あ〜!ダメだ!『ラスティーク様のことをお慕いしております!私と付き合って下さい!』だなんて推しに言えないわぁぁぁ!………………はっ!あの台詞なら言えるかも!!)

 もう、日は沈み空が紺色に染まりつつある庭園。空にはラスティーク様の髪色と同じ銀に輝く月が昇っている。季節は秋だからこそたった二十分で日が沈むようだ

 「ラ、ラスティーク様、空を見上げて下さい」

 「はぁ?なんで私がそんな事をしなければ……」

 何を言われるのか。もしも貶すようなことであれば罵倒しようかと考えていたラスティークは斜め上を行く言葉に驚きを隠せなかった

 「良いので!見て下さい!」

 クリュッセルの圧力におされ、渋々と言った感じでクリュッセルと共に空を見上げる

 「見ましたわよ。……で?そろそろ寮に向かわなければならない時間の様な空に何か?」

 『意味が分からない』という風にラスティークは顰めっ面をしながら空を見上げている

 「ラスティーク、あの空に輝く月を見て下さい。ラスティークの美しい髪と同じ様に輝く月を」

 手を伸ばし、月へと手を伸ばす。まるで、近い様で遠い月を掴むように

 「……っ!」

 クリュッセルの本心から出た言葉。それを理解したラスティークは驚きを隠せず、向き合ってクリュッセルを見つめた

 クリュッセルを月へと伸ばしていた手を下ろし、ラスティークと改めて向き合う。そして、頬を少しばかり紅色に染め、瞳を潤ませながらあの文豪の話を思い出しながら告げる

 「ラスティーク様…今宵は、月が綺麗──」

 『月が綺麗ですね』そう、彼女への気持ちを恥ずかしがり、有耶無耶に伝えることが無いようにハッキリと伝えようとしたその時、

 「そこで何をしている!!」

 二人きりの空間に響いたのは男性の声。その声が彼女との逢瀬の終幕を告げる

 声のした方へと視線をうつすとそこに居たのは、シャラナーダだった

 「いえ、特に何も。ただ話をしていただけですわ」

 ラスティークがそうシャラナーダへと簡単に説明すると『それでは私はこれで』と一言告げ、庭園を去っていった



 その背中を終始喋らずにクリュッセルは見送った

 寂しく感じながら一人感傷に浸っているとシャラナーダから

 「大丈夫かい?泣いているようだが…何か酷いことでもあの悪女にされたのかい?」

 心配をしている声色をしつつ問いかける。此処でラスティークとの時間を邪魔されたことを告げずに泣くと勘違いをされる。そう思い

 「いいえ、大丈夫ですわ。ラスティーク様の言う通り、ただ話をしていただけですの。……それでは、私はこれで」

 と、告げてその場を後にして寮の自室へと戻った


 夕食は部屋へ食事を持ってきてもらった。そして一人、静かに食事を摂ると入浴と歯磨きを済ませた

 ベットへ入ると庭園で伝えることが出来なかったこと、邪魔されてしまったことを思い出してしまい、一人啜り泣きながら夢へと沈んでいった

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

乙女ゲームの主人公?そんなの関係ありません!私は悪役令嬢と付き合いたい!! 花弁阿奈羽/嬌雪詠説 @Kyousetu_Hanabira

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ