第一話 ペトリコールとゲオスミンの匂い
「学園祭お疲れ様!演奏すごかったよ!
それにソロはめっちゃかっこよかったよ!
これから部活引退してすぐに受験勉強に切り替えなきゃで大変だと思うけどがんばってね!」
一件のLINE。
僕の返信は次の日の昼過ぎ、たった一言。
「ありがとうございます。」
気の利いた言葉なんて何一つ思いつかなかった。1秒でも早くあなたという人を忘れ去りたかったんだ。だけど、今もずっと忘れることができない。
もしもあの時もっとあなたを理解して、
もしもあの時ちゃんと言葉を絞り出して、
返信していれば、なんて考えてしまう。
寒い冬。辛いのは冷えた指先。
触れるキンキンになったフルート。
吹くのは骨が折れる。指の動きは鈍くなるし、
全て金属でできているせいで下唇からもどんどん冷えていく。
ハァっと息をかけたり、カイロで手全体を
温めたりしてなんとか演奏できるようになる。
そう、僕は吹奏楽部に所属している中学二生。
一年間この部活にいて分かったことといえば、
集団生活の窮屈さ、それは精神的にも肉体的にも。
男女比率がアンバランスで女子部員の方が人数は多く、男子部員は全学年合わせても十人ほど。
「あぁ寒い!今日もほんとに寒いなぁ。」
楽器庫と呼ばれる四畳ほどの部屋の中。トランペットパートの男友達に僕は話しかけた。
「やる気ないのを寒さで言い訳するなよ」
とその友人、ユウトは笑いながらいった。
「ん、まぁ。いやそうじゃなくて。」
自然と頬が緩む。特に中身の無い会話。
僕らは同じクラスということもあり、教室へ向かっていった。
閉じられた教科書。真っ白のノート。
無造作に置かれたシャーペン。
ぼやけた先生と黒板。
窓際の僕はずっと空を見上げている。
窓の中隙間からは冷たく細い風が針のように
僕の頬を突き刺す。
「寒くて寝れないなぁ。」
我ながら的外れなもいいところ。
偏見。よく思われる吹奏楽部員イコール真面目で賢いなんてものはまるっきり嘘。
僕は丸バツで判断される学校の授業は嫌いだし、成績も下から数えた方が早い。毎日のように先生と衝突して別室。そんな日常が当たり前。部活なんかやめて自由になりたい。
その考えが僕の頭の中を毎日いっぱいにしていた。
けど今の僕にはやめられない理由が一つだけある。
或いはやめたくない理由だろうか。
僕は一月前、彼女ができた。同じ部活の一つ上の先輩。
その人はクラリネットパート。
南波瑠乃。
その漢字からも音韻からも美しさを体現した綺麗な人だった。どうして彼女は僕を選んだんだろう。なんで僕は彼女に惹かれてしまったのだろう。
それはちょうど一ヶ月前、十一月のことだった。
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