第二部 日暈(ひがさ)

突然同い年のサックスパートのタツキから、

メールが届いた。

「南先輩に連絡先教えてもいい?」

特に何も考えずに僕は、「別にいいよ」と返信した。

三十分程経ってメールが届いた。

「突然ごめんね。前々から話してみたくて連絡先聞いちゃった」

「お疲れ様です。全然いいですよ。」

相手が先輩だってのもあったし、なんせ僕は人見知りだ。心を開こうとは思えなかった。

「ごめん、嫌な思いさせちゃった?

 嫌なら無理に返信しなくていいよ」

まずい、そうじゃないんだよ。ただ人と関わるのが怖いだけで、嫌とかじゃないんだ。

僕はすぐに、

「ごめんなさい。嫌とかじゃないですよ!

 ただ急だったし先輩なんで気遣っちゃって

 お話しましょ!」

八方美人は僕の一番の特技。


それから僕たちは連絡を取り合うことになった。

「おはよう」から始まり

「おやすみ」で終わる。

そしてまた朝がくれば「おはよう」からはじまる。少しずつ僕の心は南先輩に魅せられた。

もしかしたら僕は。この人はどんな人なんだろう。もっとメールしていたい。会って話がしたい。

南先輩。南波瑠乃。波瑠乃。

なんて綺麗な名前なんだろ。

名前を口にだして呼んでみたい。

僕はひたすら先輩の名前を脳内で反復していた。だけど全く逆の考えもあった。怖い。

これ以上近づきたくない。近づいてほしくない。あなたには嫌われたくない。

僕を一人にしておいてくれ。

他人との干渉が、満たされることが、

とても怖かった。自分を失いそうで。


連絡をし始めて三週間経った頃だった。

「会ってお話してみませんか?」

たった一文を打つのにこんなに疲れたのは

初めてだった。

返信が怖くて、携帯の電源を切って見ないようにした。

鼓動が雷のように鳴っている気がした。

携帯が気になって仕方がない。落ち着かない。

緊張からか吐き気が込み上げてくる。


一時間程経過しただろうか。僕は震える指で

携帯の電源を入れた。

一件の受信。送り主は南先輩。

「私も思ってた!会お!」

思わず声が出そうになるほど僕は嬉しかった。

一つの緊張が解け、また新しい緊張がやってきた。

「ありがとうございます!土日は練習ありますし今度の木曜日、部活が休みの日の放課後とかどうです?」

高鳴る鼓動と早まる指を必死に制御し僕はそう返信した。

「いいよ!そうしよ!じゃあ十六時に高山公園で!」

高山公園は同じ校区内の学生なら誰もが知ってる公園だ。

「わかりました!楽しみにしています!」

僕は予定というのは大嫌いだ。先の自由を奪われ、自分の物理的、精神的時間をも圧迫する。

それは今もずっと変わらない。

だけどこの時は早くその日が来ることを祈った。

テレビでは来週の天気予報が流れていた。

「来週の木曜日から南部全域で雨の予報です。」





 



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虹の輪の下で ツカモト @suke6tsuka

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