照準を覗く魔法使い

 すっかり隔月更新になりつつある日記。

 まあ説明文にも回顧録とあるし、生存報告にはちょうどいいので、あえて消さずに思い出した時に書くようにする。

 さて時節はすっかり秋もたけなわな10月末だが、この季節になると毎年脳裏を掠める思い出がある。


 この日記をご覧の方の中には拙作『スコーピオンに左手を添えて』をお読みいただいた方もいらっしゃると思う。

 読んだことない方向けに内容をお伝えすると、職場の上司にサバゲーに連れて行かれてボコボコに撃ち抜かれる話だ。名前以外は実話。

 https://kakuyomu.jp/works/16817330650345683234


 というわけで、その後再び上司の網野あみのさんとサバゲーに行った話を書こうと思う。

 とはいえ普通のサバゲーではない。

 今回思い起こすのは、年に一度のビッグイベント――コスプレサバゲーに行った時の話である。


「サバゲーって何?」状態だった私がその愉快なイベントに誘われたのは、初参戦から半年ほど経った頃だった。仕事が立て込んでいるだの出張だのとのらりくらりと誘いを躱し続け、いよいよ断れなくなり――数年前の10月末、私は観念して再び戦場の地を踏むことになった。


 当日の朝、相変わらず目出し帽に迷彩服というテロリストコーデで戦場サバゲー場に集合した網野さんの目は、少年のように輝いていた。

「そろそろ人を撃ちたくてうずうずしてたんじゃない?」

 生憎私はトリガーハッピーな人種ではないので特に日常生活に支障は出ていなかったのだが、そうした思いは置いといて曖昧に笑って済ませた。社会人たるもの、この程度の齟齬は呑みこまねばなるまい。

 そこまで考えて、リュックの中身の重みをずしりと背に感じる。総重量の半分以上を占めるそれを取り出すと、網野さんは歓声を上げた。

「文川さん、君も……とうとう」

「その……毎回お借りするのは申し訳なくて」

 彼に差し出して見せたのは、いつか共に野を駆けた黒鉄の小銃と同型の得物――スコーピオンvz-61だった。

 そう、この日のために購入したのだ。

 勘違いして欲しくないのは、この日を待ち侘びてどうしても人を撃ちたくて仕方がなく購入した訳ではないということだ。何度も言うが私はトリガーハッピーな人種とは程遠い、ただの地味なOLである。

 ただ今回網野さんの熱烈オファーに折れて再戦することになったことを踏まえ、今後どうせ断り切れずに何度も来ることになるのだろうから、と思い切って買ってしまった。実家の両親は引いていたけれど。


 参加を後押ししたもうひとつの理由がある。前回も赴いたこちらのサバゲー場はこの日に限り、特別な条件に該当する場合に限り参加料が安くなるのだ。

 ハロウィンにちなんだその条件とは――コスプレして戦場に臨むこと。

「文川さん、コスプレまでキメて来て気合充分じゃないか。それ私物?」

 テロリストスタイルの網野さんに言われ、私は苦笑しながら纏っていた外套の裾を広げた。

 いい年の社会人がコスプレせよと命じられ、羞恥とモラルと社会人としての矜持を色々天秤にかけて選んだ最適な格好――某魔法学校の黒いローブだ。大阪土産がここで役に立つと思わなかった。

「こんな感じで良かったでしょうか」

「うん、良い良い! 良かった、何も持ってないだろうと思ってたから、俺も色々持ってきてたんだけど……そうだ、これなんか合うんじゃない? ちゃんと防弾仕様だよ」

 そう言って網野さんは大きなボストンバッグからマスクを取り出した。顔全体を防護する仕様になっている面と目が合う。ムンクの『叫び』のように目口が嘆く白いホラーマスクだった。彼の言う通り、開いている穴という穴に防弾のアクリル板が嵌め込まれている。見た目は愉快だが抜かりはない。

 面をつけ、ローブのフードを被るとあら不思議、善良なグリフィンドールの生徒があっという間に吸魂鬼ディメンターに変身した。夜子供が見たら泣かれるやつ。

 こうなったら襲い来る者共を狩り尽くす気概でやるしかない。全力でハロウィンの賑わいの一助となろう。

 そういえば網野さんは、と振り向くと、白い猫耳カチューシャを装着したテロリストの姿があった。彼の目には何の迷いも躊躇いもなかった。

「準備OK! 行こうか!」

 果たしてそれは本当にOKなのだろうか。

 溌溂と前を歩く上司に続き、私はスコーピオンの重みをずしりと感じながら戦場前の休憩地・セーフティエリアに足を運んだ。



 セーフティエリアは混沌としていた。

 そこには普段筋骨隆々とした戦士たちが詰めているはずなのだろうが、彼らの頭にはもれなくあるべきでないものが乗っていた。

 猫耳、犬耳、メイドカチューシャ……首から下は傭兵スタイルなだけに、頭部の違和感が突き抜けている。

 半年前にも遭遇したサバゲーガチ勢・『月刊ムー』Tシャツのお姉様もいらっしゃった。お姉様の頭にもピンクのウサ耳が乗っていた。網野さんもそうだが、何かもっといろいろあったろうに何故そう皆可愛い系に走るのだろう。

 一部の参加者には全身某忍者漫画の姿の者もいた。なるほど、隠密行動という意味では方向性は間違っていない。遠隔射撃を「火遁の術」と言い張るタイプのコスプレだ。


 ホラーマスクにローブ姿の私は面食らいつつも、珍妙な博覧会を観覧している気分で会場を見回していた。前回の殺伐とした空気とは一転、そこには和やかな空気が流れている。今回の戦場はぬくぬくと生き延びられるかもしれない。

 ほっとしたのも束の間、場内に設置されたスピーカーから運営のアナウンスが流れだした。

「本日のご参加ありがとうございます。えー、本日はハロウィンサバゲーと題しまして、フラッグ戦で見事敵陣の旗を獲得されました1名様にはなんと、毎回特別仕様の缶バッジをプレゼントします」

 セーフティエリアの空気が張りつめた。

 こちらのサバゲー場ではいつも、試合で最後まで生き残った者などへの褒章に缶バッジが授与される。通い詰める戦士たちはその数を競い、身に付けることで周囲に威を示すのだ。

 歴戦の猛者ほどその数は多いということになり、戦場では畏敬の対象となる。まして年に一度しか手に入らない限定バッジなど――言うまでもなく垂涎の品だろう。分かりやすく参加者の目の色が変わっている。こちらは安穏と参加しようとしていたのに、なんてことをしてくれたのだろう。

「限定バッジか。俺は遠隔狙撃が多いから旗を取る機会がそうなくて、これくらいしか持ってないんだけど……狙ってみたくなっちゃうね」

 そう柔和に微笑む猫耳の網野さんは鞄を取り出したが、そこには丸いバッジがずらりと並んでいた。流石は名狙撃手、踏み抜いてきた死体の量が違う。

 改めて周囲を見回すと先程の浮ついた空気はどこへやら、鋭い目つきの戦士達が入念に己の武器の手入れを行っていた。アニマルカチューシャをつけたまま。

 限定缶バッジを巡り――血で血を洗う争いが始まろうとしていた。



 試合はフラッグ戦から始まることになった。

 知らない方向けに説明すると、2チームに分かれてお互いの旗を取り合うのがフラッグ戦、相手のチームを全員撃ち抜くまで終わらないのが殲滅戦だ。

 残りひとりになるまで殺し合う殲滅戦に比べ、フラッグ戦は誰かが旗を取りさえすれば終了するため、私のような小心者にはありがたい――のだが、今回のように限定バッジを賭けているような状況では参加者の血の気が多く、どの道敵を殲滅するまで終わらないだろう。

 鬱蒼とした木々を潜り抜け、低木の陰に位置取りした私は深呼吸して開始の時を待つ。見据えた枯れた森は静かに襲撃者達を匿っていた。きっとそうして同チームの網野さんも潜んでいるのだろう。もうその姿を見つけることはできないけれど。

 正直褒章バッジはどうでも良い。キル数を競うのも。

 私が望むのはただひとつ――ただ生きていたい痛い思いをしたくないだけだ。

 そのためなら、殺られる前に殺る。目の前に現れた敵はひとり残らず。

 覚悟が決まった私は、ローブのフードを目深に被りスコーピオンの照準を覗く。

 静まり返った戦場に、試合開始のブザーが鳴り響いた。


 白いBB弾の飛び交う戦場を駆け、太い幹に隠れては照準を覗き、息を潜める敵の姿を探す。3、40m先の木陰のそこここにメイドカチューシャやウサ耳を見つけ、容赦なく引き金を引いた。

「あっれー? しっかり隠れてたんだけど……おかしいな」

 今しがた撃ち殺したばかりのウサギ――月刊ムーのお姉様はヒットの申告と共にそう言って首を傾げていた。そのウサ耳のせいですわお姉様。

 流石の歴戦の戦士たちの隠密行動も、派手なコスプレで台無しになっている。逆に黒いローブの私は木陰に紛れやすいため狙われにくいようだった。なるほど、普段キル数を稼げない初心者には良いハンデなのかもしれない。

 その後も次々に新選組とチャイナドレス男を撃ち殺し、順調に敵陣に割り込んでいった。チャイナドレスにいたってはそこらの女性より綺麗な脚だったので何となく腹が立った。


 さてそろそろ敵の本拠地も近いか。予備の弾倉を装着しながら辺りを見回すと、前方のドラム缶の陰に小さな後ろ姿を見つけた。

 それは小学生の女の子だった。10歳前後だろうか、迷彩服に犬耳のその子はひとりで照準を覗いていた。

 こんな小さな子供も戦場に駆り出されるとは。思わず周囲への警戒も忘れて見てしまう。

 親に買ってもらったのか、少女は細い両腕で水色のサブマシンガンを一生懸命抱えて身を潜めていた。大人に比べて身体が小さいこともあり、遮蔽物の陰に完全に隠れ切っている。照準を覗く様が初々しい。

 ここで声をかけるとお互いの命に危険が及ぶため見守ることしかできないが、そうやって潜り抜けた戦場の数だけ人は強くなれる。ただ武運を祈るのが先人の務めだ。

 初参戦の記憶がよぎるその姿に背を向け、数メートル先の木陰に移動しようとしたその時――は姿を現した。


 いつから近付いていたのか気配もなかったが、黒いガスマスクの男がそばを通り抜け、前方へ歩き去っていった。上下迷彩の戦闘服の下にはプロレスラー顔負けの隆々とした筋肉が伺える。

 男は枯葉をザックザックと踏み抜き、まるでハイキングにでも来たかのような所作だった。端的に言えば、殺気がない。片手に軽々と抱えるマシンガンの銃口は空を向いていた。空いた手で肩に担いでいる大きな箱は何だろう。

 そこまで考えた時、彼が遠い森の奥に響き渡る声で吠えた。

「はーっはっはっは!! さあ狙え! 銃を鳴らせ!! 俺はここだ!!」

 そう叫ぶや否や、男は笑いながら敵陣に突っ込んでいった。同時に爆音でダースベイダーのテーマが鳴り響く。肩の箱はスピーカーのようだった。

 彼は数秒と待たずに望み通り敵の猛攻に遭い、蜂の巣にされ退場していった。ダースベイダーの音量は意気消沈するように絞られていく。

 清々しいまでの自爆。何だあの狂戦士バーサーカーは。

 戦場にも関わらず思わず吹き出してしまう。振り向くと先程の少女も笑っていた。

 ともあれ今ので敵のおおよその位置は掴めた。弾道の角度から距離を予測し、引き金を絞る。

 狂戦士の犠牲を糧に敵の断末魔を2つ浴びたところで、こちら側の勝利を告げるブザーが鳴った。どうやら誰かが敵の旗を取ったようだった。


 セーフティエリアに戻りフードとマスクを外すと、清涼な森の空気が肌を撫でた。ローブが少し暑いくらいに汗ばんでいる。秋も半ばとはいえ、良く動いた証拠だ。

 同じく生きて戦場から帰ってきた網野さんに狂戦士のことを話した。

「ああ、あれはここの店長だよ。盛り上げ役に、たまにああやって参加するの」

 まさかの関係者だった。身体を張るにも限度があるだろうと思ったが、当の狂戦士はガスマスクのままスタッフや常連客と談笑している。楽しい職場だ。

 その後の試合も数えきれないほど撃って撃たれて、私達は帰途に就いた。バッジこそ獲得できなかったとはいえ、多分この日網野さんと2人で稼いだキル数は30近くになったと思う。コスプレ×サバゲーという色物企画で新規参加者が多かったためもあるだろうが、上々な成果だろう。



 それから少しして網野さんは異動で県外に転勤し、私もそう経たずに異動したため一緒にサバゲーに行く機会もなくなった。

 しかしいまだに用事があって網野さんの部署に電話を掛けると

「そろそろ人を撃ちたくてうずうずしてたんじゃない?」

 と楽しそうに誘われる。そのたびにきっと定年退職しても彼は変わらないんだろうな、と微笑ましくなった。


 あの日ともに戦場を駆けたスコーピオンは、実家のクローゼットの中に仕舞われている。次に引き金を引かれる時を待ちながら、今も思い出と一緒に眠りについている。

 一体誰がその照準を覗くことになるのか――まだ誰も知らない。

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