第61話 世界の理
セラは懐疑を抱き精霊王を見た。今にも枯れるとのたまう男は泰然としている。とても信じられない気持ちだった。
「精霊王を継げというのか」
「そうだ」
「王位など欲しくはない」
「ならば故郷の森へ帰るか。お前が帰った時に森はもうない」
セラはその言葉に目を見開く。二の句を継げなかった。
「わたしの力が衰えた今、世界に新たな精霊が育つことは難しいのだ。今あるものたちもいずれ静かに老いていくだろう」
精霊王は自らの衰退により大地の力が枯渇しているのだと言に含めた。
「オレはこれまで世界を旅して、数多の精霊を見てきた。その精霊が枯れるなど俄かには信じがたい」
「極地から静かに影響は出始めているのだ。すでに半数以上が老いてこの世から去った」
セラは深刻な口ぶりに言葉を失った。
「継げといっても受け入れられない感情もあるだろう。世界の理について何も知らないのだから。お前にはこれから知るべき世界の行く末を教えよう」
精霊王が空気を薙ぐように払うと二人の足元の滝壺が消えて、大きな幻影が映し出された。足元に広がったのは氷で覆われた純白の極地だった。
「これは」
「柔らかな想像をしながら聞いてほしい。世界の行く末を語るにはまずこの世界の成り立ちとわたしの与えられた使命について語らなければならない」
祈るように目を瞑るとセラと精霊王を中心にして十二の神の輪が出現した。
「遥か昔、十二のクルタスの神々が互いの力を合わせてこの星を創造した。『知恵、力、勇気、慈愛、恐怖、恩恵、太陽、死、悠久、豊穣、活力、月』。それぞれの神の力が拮抗して肥沃な大地が築き上げられた。
大地には無垢の生命が誕生し、その後の永い時をかけて人という生き物が生まれ、世界に高度な文明を築き上げた。高度な文明の出現は世界の急発展へと繋がった。ことのすべてが上手くいっているように思えたが、実際はそうではなかった。この星を形成するそれぞれの神の主張が強すぎたのだ。
力の拮抗は争いの火種となり、この星を度重なる天変地異が襲った。ようやく芽生えた文明はそれによって押し流され、この星は幾度もの栄枯と盛衰を繰り返し、折角芽生えた命はその度に脆く消えさった。
このままでは星が永遠に育たぬと腹を割って話し合った神々は長い議論の末、皆合わせて手を引き、慈愛の神『ラーフ』ただ一人にこの星の一運を委ねた。ラーフは争いを好まぬ穏やかな神で、任された彼は星の未来を英知を絞り考えた。大地の力を安定させるもっとも適切な方法を。思索の末、彼は大地に精霊の血を播き、精霊に星を託すことを決めた」
精霊王がかざした手を下ろすと一滴の血が極地の真中にポツリと舞い落ちた。純白の雪を染める赤い血が大陸に沈みこんでいく。
「血は氷の中で耐えるようにじっと身を潜め、長い時を経てようやく発芽した。それが数年を駆けて巨大な心臓へと成長し、この星で最初の精霊となった。すなわち、わたしだ。ラーフは最初の精霊であるわたしに『王』という立場を与えた。
この世界を統治する精霊の王になりなさい。ここを血の巡る温かな星にしなさい。命が育まれる大地にしなさい。愛ある世界にしなさい。わたしは課せられた運命を全うしようと氷の下で何百年も何千年も祈り続け、何億という鼓動をひたすら刻み続けた」
精霊王がそっと祈るように胸の前で手を組み合わせた。
「やがて極地で満ちた祈りはあふれ出す。祈りは星の中枢を這い、この星に巨大な血の筋を描いた」
世界に伸びてゆくのは命の筋。人体を這う血管のように細く力強い、精霊王の血脈が世界を網目状に覆っていく。
「やがて血液の根が世界に張り切ると血管の端々からわたしの血が滲み出た。血は大地の力と交わり、そこから多くの精霊が誕生した」
精霊王が手を掲げると世界の空に数多の精霊が出現した。セラがこれまで旅で出会った精霊もたくさんいた。
「セイレーン、ウンディーネ、エルダー、ニンフ、グレムリン……皆血を分けたわたしの大切な子供たちだ。世界各地で誕生した彼らはそれぞれの森を育んだ。生命という名の森だ。海、山、川、砂漠、堆積地、空気、風。大地を覆うありとあらゆる物と結びつき、精霊はやがてこの星の活力となった。星は富み、生命が豊かに茂る命の星へと成長した。もはや、精霊とこの星は切っても切れぬ程の力強い魂と願いで結びついている」
精霊王は左右の手の指先をぎゅっと絡めると二つの間の強い絆を示唆した。
「さて、これらのことを前提にして、ここからがお前の知るべき問題だ。わたしが死ねばこの星がどうなるか」
世界が精霊王の言葉と共に赤黒く染まっていく。
「まず、血筋が枯れて生き血が途絶える。血が途絶えると力の弱い精霊から順に消えていく。弱い精霊の次はそれを統治する精霊、その次は大地の生命を担うほどの偉大な力を持った精霊。月日をかけてすべての精霊が消える。一人残らず、すべてだ。
精霊が消えるとせっかく安定した大地は恵みを失う。恵みを失った大地から精霊の作り上げた森が消えて、星は活力を失う。お前の享受している水、木、風、土、すべてに関わることだ。力の消失は即ち活力の消失。あらゆる生命の死を意味する」
世界各地に浮いていた精霊に赤黒い闇が駆け上げり、その体を浸食してやがて消滅した。
「力の消えた星の末路は決まっている。世界から温もりが消えて大地を無情の氷が覆い、この星は再び心を閉ざす。こうして世界からお前の愛した物、愛した人、愛したすべてが消えていく」
「すべて……」
セラは精霊王の言葉の重みを噛みしめた。
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