第60話 対話

 男は相手を畏怖させるほどの威厳を纏い、すべてを見下すような口調でその言葉を口にした。セラは真っ直ぐな決意で問いかけた。


「アレはあんたの夢か」

「わたしの願いを知ってほしかった」


 勝手なことを、押し付けがましさに反発を覚えて声を荒げた。


「あんたは精霊か、オレの父か」


 男はふっと口元を釣り上げるとそうだ、と再び答えた。


「お前は王に向かって尊大な口を聞くな」

「王?」

「精霊王だ」


 背中が気持ち悪さでいっぱいになった。胸の中で感情が騒ぎ出す。


 精霊王とはすべての始まりの存在だ、とムルティカで老婆に聞いた伝説の一端を思い出した。極地に播かれた種より生まれたこの世の初源といえる高貴なる存在。


 その彼が己の父を名乗る。

 抗いようのない大きな真実に心が締め付けられる思いがした。


「あんたはどうしてこんなところにいる。母は遠くの地で亡くなったのだぞ」

「レティスか」


 精霊王は蝋燭の火を吹き消すような吐息をした。


「愛してなかったとはいわない。だが、彼女のためにこの地を捨てることは出来なかったとそう理解してもらえないだろうか」

「ふざけるな!」


 感情が走り、怒りを手で薙ぎ払った。


「あんたが精霊王ならば何だというのだ。父ならば失われた母の人生やオレの人生に責任を持てるのか。どれほど孤独だったか、どれほど寂しかったか、どれほど虚無であったか。王ならば何でも許されるというのか」


 掴みかかろうと手を伸ばしたが、その手は精霊王をすり抜ける。セラは水面にたたらを踏んだ。振り向くと背後で精霊王が寂しそうに笑っていた。


「今は虚像でしか会うことが出来ない。本体は北の地で眠りについている」

「眠りに?」


 信じられない思いがした。遠隔の地から意識を飛ばして、自在に会話することが可能だというのだろうか。でも、目前の男は実際それをやりのけている。


「死期が迫ってるのだ。神より与えられし、永遠の命をわたしは過ちにより枯らした。生きながらえることは最早叶わぬ。そこでセラ、お前に今生の頼みがある。どうか、わたしに会いに来てほしい」

「物ごとを頼める立場か」


 拳を握り糾弾した。


「愛していると、そういえば納得してもらえるか」

「馬鹿にするな!」


 怒りを水流に放った。これほどに虚しい愛があるだろうか。人生で放った中で一番の猛りだったように思う。精霊王は恫喝を受け止めた後、歩み寄りセラの頬に触れた。実際には触れ合うことも叶わぬが、それでも奇妙な自身への執着を感じていた。


「お前にしか出来ぬことを頼んでいるのだ。王を継げ。わたしはもう長くはない」

「王を継ぐ……」


 目を見開き、小さく唱えた。到底信じることの出来ぬ言葉だった。

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