第50話 セラの正体

 小さい頃、寂しい夜を過ごしたことがあった。自身が両親の本当の子でないと知った日のことだ。直接両親に聞いたのではない、心無き人々によって知らされたのだ。

セラはまだ五歳だった。食事を残してベッドにもぐりこむと枕を濡らして一人落ち込んだ。少しすると両親が揃って心配そうに様子を見に来た。母が優しく撫でて「何があったの」と問いかけた。


 小さなセラは打ち明けるべきか迷ったが結局両親にすべてを明かした。昼間、森の住民が自身のことを噂していたことを。セラは拾われた子なのだ、と楽しそうに蔑んでいたのだと。


 その出来事を聞いた母は憤りもせず優しい手でセラを抱きしめた。父は手を握ってくれた。「本当の子じゃないの?」とあどけない様子で聞くセラに両親は真摯に向き合って真実を語ってくれた。


 セラは森で行き倒れていた女性が抱えていた赤子だった。


 女性はとても美しく、黄金色の髪や明るい肌がセラと良く似ていたという。森では赤子の処遇についての様々な議論が交わされたが、当時、子の無かった両親が申し出て引き取ることになった。何日も何日も懸命に名前を考えて、『セラ』と名付け二人で立派な子に育てようと誓った。


 父はセラを賢い子に育てたかった。母はセラを優しい子に育てたかった。

 セラは二人の願いを両方叶えてくれたんだよ、と両親は嬉しそうに語った。


 その話をした上で父は「ここは皆の森なんだ、堂々と振る舞えばいい」と真っ直ぐ目を見て誇らしげに肯定してくれた。自信の無かったセラの背中を押すような言葉だった。


 セラは父の言葉を噛み締めてこくりと頷いた。


 また、父は実母に会いたければ森の奥地で眠っているけれど会いたいか、と問うた。セラは小さな頭で考えて「会いたくない」と首を振るとベッドに潜りこんだ。


 次の日、セラは一人で実母に会いに行った。


 場所は精霊が教えてくれた。誰も通わぬ回廊の奥の寂しい場所にそっと佇んでいた。

 木の十字架を前に立ちつくす。切なさがあふれだし、どうしても会いたい気持ちが押し寄せた。孤独に心が締め付けられる。セラはそれほどに寂しさを感じていた。育ての親の愛が分からない訳じゃない。幸せを理解出来ない訳じゃない。でもどんなに優しい言葉をかけられようと、どんなに愛されようと、心の奥底に満たされない何かがあった。


 どうしてボクを産んだの。どうして死んでしまったの。ホロホロと小さな涙がこぼれて止まらない。答える者はなく、森に呟きが解けてゆく。それから気の済むまで墓標に縋りついて泣いた。


 以降、セラはその場所を訪れていない。


「この聖痕を消すことは出来ないのでしょうか」


 セラの問いかけにイーリスがくすりと笑った。


「考えたこともありませんでした」


 そういって、王女の袖を降ろす。


「あなたは自身の生まれを後悔しているのですか」

「楽しいこと以上に辛いことがありました」

「生命は皆生まれながらにどこか変わっているものです。人より背が高い、利発、鈍感、美しい。この世に同じ生命などいません。自身の運命を抱えてお生きなさい。わたしが精霊を止めることが出来ぬように、あなたもまたあなたを止めることは出来ないのですから」


 セラは口を噤んだ。自分を抱えて生きる、辛いことばかりの人生でそれをこれからもやってのけるのは酷な気がしたからだ。


「聖痕は怖いものではありません。むしろあなたを助けてくれるものです。何度かそれに助けられたこともあるでしょう」


 即座にエルダーに飲まれた時のことが過った。その後、海上でセイレーンを死滅させたこと、ステラの町で星の力を使いアミトを焼き払ったこと。


 それらの出来事をすべてイーリスに伝えると彼女は受け止めるように目で頷いた。


「確かに自身でも理解が及ばない不思議な力で邪精を退けてきました。危機に晒されると体から光が迸り、それに抗うのです。ですが、使おうと思って念じてもそれを上手く使うことは出来ません。星呼び、という呪術を使ったそうですが、わたしにはどうしてその言葉が浮かんだのかすらも分からないのです」

「星呼び」


 イーリスが深く呟く。記憶を探るような仕草をした。


「それに関しての詳しい知識はわたしに無いのですが、混血児の中にはそう言った不思議な呪術を操る者たちがいると聞いたことがあります」


 セラはハッとする。


「やはり他にもたくさん混血児がいるのですか」


 言葉を荒げ、答えを急くセラをイーリスが手で制した。無礼であったか、と逡巡したが彼女は特段気にした様子は無かった。


「これより北の極地にヴーアという民族がいます。彼らの中には混血児が多数存在していると聞きます。彼らに問えばあなたの力の秘密についても、もしかしたら分かるかも知れません」

「ヴーア……」


 セラは口ごもる。きっとスタックリドリーのいっていた少数民族のことに違いない。


「ただ、閉鎖的な民族です。他方から訪れたあなたを受け入れてくれるかどうかは分かりません。助力になるかどうかは不明ですが、望むのであれば書状も書きましょう」


 まるで暗室に光が差したような導きだ。行く先が見つかった。極めて重要な手がかりだ。


 だが、セラは同時に戸惑いも抱えていた。分かったことがあまりに多すぎた。自身が精霊の混血児で、同じような種族がいて、しかも住んでいるのは北の極地で……


 たくさんの混乱が頭をかき混ぜる。到底抱えきれるような事実ではなかった。

 セラは考える時間が欲しいと伝えて王宮を後にした。

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