第40話 師の好奇心
「もういい加減にしろよお前たち!」
師が何もいない空間に指を突き付けて叫んでいる。
「師匠、そっちに星の人はいません」
星の人たちが師の尻の後ろで笑っている。
「もう、許さん! 明日から砂糖菓子は無しだ!」
すると「ええー」と星の人たちが文句を言う。
「砂糖菓子は置いてほしいそうです」
「じゃあ、いい子にするんだ。ボクのコレクションを壊すんじゃないよ」
いっているそばで精霊の木彫りの人形が倒れる。
「ああ、もう!」
深刻な話を出来る雰囲気ではなかったがいずれ聞かねばならぬこと。セラは「師匠」と呼びかけて話を始めた。
今日歩いてかき集めた情報を伝えると師は難しい顔をした。
「ウィンディというのはこの近くに住む町医者の娘だよ。結婚に際して色々と決めごとをするために近頃占い師を屋敷に招いていたという」
「占い」
「これは極秘裏の話しだが、彼女は先週ベッドの上で一晩中苦しみながら死んだ。そして彼女の体には大蛇のような遺恨が這いずっていたという」
「やはり精霊が関わっていることなのでしょうか」
そうとしか考えられない。けれど師は深刻ぶった様子を見せず声を明るくした。
「かもしれないね。でも、キミの関わるべきことじゃないよ。キミは君自身の身を一番に気遣うべきだ」
師はそういうとセラの肩をとんとんと叩いて奥の部屋へと入っていった。
師のいう通りなのかもしれない。
だが、遺恨という言葉がどうしてもセラを引きつけた。関わるのは危ないこと、存えるはずの命を脅かすということ。でもそれ以上に自分にとって意味のあることなのかもしれない。
セラは危殆な思考を心の奥底に沈殿させて、本を開くとそっと一人考えた。
次の日、占い師がまた死んだ。セラはそれを中区で仲間の占い師から聞いた。
「また、遺恨があったらしい。町長は困っているそうだ。もうじき明るみに出るかもな。オレたちも身の振りを考えないと」
遺体に遺恨がまたあった。それはすなわち精霊の関与を示唆する。
やはりディノは精霊に関わったのか。害を為したのか。
この町でそんな精霊がいるとすればそこは下区だ。もしかすると下区の人間の間にそのうち遺恨が流行病のように蔓延するかもしれない。それを収めるには邪霊の関わる場所を払い清めて、封鎖して。木蔭でそんなことを考え込んでいると小さな女の子が声をかけてきた。
「お兄ちゃん絶対当たる占いって信じる?」
まだ、十歳くらいのあどけなさの残る少女だった。
「絶対当たる占い?」
セラはハッとした。占いが当たらないディノが占いを当てた。それはおそらく。
「そんなものがあるの?」
「あるよ。精霊様の力を借りるの」
「精霊……」
「知りたいなら内緒で教えてあげる。下区に入る公園の入り口で待ってる。必ず占いたい人を一緒に連れて来てね」
そういうと駆けて行ってしまった。
「絶対嫌だ!」
師が青絨毯の上で激しく喚いている。説得を試みているのだが、取りつく島もない。
「少し様子を見に行くだけですよ」
「嘘だ! 絶対嘘だ!」
「師匠のことはボクが守ります」
氏がジト目を向ける。
「キミが遺恨が出来た理由が分かったよ」
「そういわずに」
「いいかい、ボクもキミも普通の人間なんだ。キミは少し精霊に魅入られたから気が大きくなっているんだ。そんなおそろしい精霊に関われば命を落とす」
「まだ、邪精って決まっていませんよ」
「決まっている」
師はくるりと背を向けた。
「とにかくボクは行かない」
腕組をして憤慨する師の背中へそっと言葉を投げかける。
「残念だな、世界を股に掛けた精霊学者のスタックリドリーがこんな面白い案件を怖がるなんて」
「知的好奇心はある。でも、その恐ろしい事案に自分が実際関わることに興味はない。人は生きてこそ己の道を探求し、研究をし続けられるんだ」
セラは一拍考えた。天井を見て呟く。
「本が一冊書けるのに」
「……本」
師の背中がピクリと動く。
「『精霊の遺恨と呪い』何てどうです? とても面白いと思うんですけどね」
「遺恨と呪い……」
「オレは行きますね。自身の遺恨に関しても何か分かるかも知れないし」
そういって立ち上がると部屋を後にする。
ドアが閉じようとした時、師が飛び出してきた。
「やっぱり行くよ。研究者たる者、いつでも学びの精神は大事だ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます