第41話 階段
少女は中区の公園の片隅にある下区へと下りる階段の入り口で、一人で待っていた。改めて陽の光の下で見ると気色が無い。まるで亡者のように薄白く、何故だか精霊のもつ独特の気配も感じられた。人でないのかと勘繰ったがそれを師にいうことはできない。
少女はセラと師の姿を認めると小さな頬をわずかに上下させて「ついてきて」と静かにいった。
足音の響く暗闇にはカビと汚物の臭いが充満している。陰鬱な気配に師が顔を歪ませた。
「やっぱりついてこなければよかった」
師がそう感じるのも当然だろう。精霊の気配に慣れたセラですら気持ち悪い。大量のインプの姿も目に入っているが、それだけではない。息を圧迫する大蛇のような感覚が体中でのたうっている。あの日、あの時森の回廊で感じたのと近いものだった。
精霊の気配が分からないのでは師の恐れがどのくらいか悟れないが、それでも人は感覚的に身に及ぶ恐怖を感じるものだ。
怯える師の後悔を心に留めて、セラは少女の後ろを静かに歩いた。
少女の歩調でゆっくり眺め歩いていると下区には様々な文化があることを知る。
何しろ、先日訪れた時はディノのことを調べるだけで頭がいっぱいだった。ろくに映る景色など見ていない。
薄闇の奥へ進むと闇市のような所がずっと続いていて、左右に布敷きの露店がある。明らかに薬を売っていそうな香の漂う如何わしい店。どこかで見たことがあるような絵画のおそらく模造品。ゴミをリサイクルしたと思われる安価なインテリア。照明やイスが多いだろうか。
歩いているとそばから声がかかった。
「お兄さんたち寄って行かないかい」
陰鬱な老婆の笑いと静かに燃える松明の光が余計に恐怖を掻き立てた。
「ちょっと師匠、引っ張らないで下さい」
先ほどからずっと師がセラの服の裾を掴んでいる。指摘すまいと思ったが、明らかに掴み過ぎだ。
「守ってくれるんだろ!」
師が泣きそうな声で訴えた。
「いざって時はね」
セラは半ばあきれた。いったい自分を何だと思っているというのだろう。
「世界各地回ったけれど、こういう所だけは苦手なんだ。犯罪が起こりそうな場所にわざわざ立ち入るなんて」
セラはそのいい分に吐息した。スタックリドリーという人物はよほど環境のいいところで育ったと見える。彼の世界各地への旅は実に晴れやかな心躍る旅路だったに違いない。
「ここから降りるの」
少女の差し示す目前には先の見えぬ深い階段があった。下区の下にまだ層がある。そのことに驚きが隠せなかった。これはほとんどこの区域に住む人間しか知らない事実だろう。
セラがついて降りようとすると、師が「も、もう駄目だ」と怖気づいてへたり込んだ。セラはしゃがんで心配そうに肩を抱いた後、そっと声をかける。
「本の為です、行きましょう」
師は震え泣きながらついてきた。
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