6章 星降る町
第33話 星屑の町で
星が空を焼いている。
ステラの星空を初めて見上げた時そう思った。ひと際輝度の強い一等星とそれらの間を埋め尽くす無限の星の砂。空を焼くほど輝いているのは一等星、オーティクス、ベルギーナ、タクト、ヨールス。それぞれの星に色があって、一様ではない。赤、黄、白、青。生まれたばかりの星、尽きようとしている星。それらの輝きが混然一体となって大地に降り注ぐ。
この地に来るまでずっと星は儚いものと思っていた。だが、迸る煌めきを前に、もはや儚いなどという言葉は浮かんでこない。代わりに浮かぶのは強さだ。どんなに人が群れてこの大地を席巻しようとも揺るぐことのない強さがある。じっと星を眺めているといかに人は力ない存在であるか気付かされる。
セラがステラの町に来て二年が経とうとしていた。
セラは船舶での船旅を終えて、まっすぐこの町を目指した。夏の始まりだった。
初めて町に足を踏み入れた時の浮遊感は命の森で感じたものとひどく似ていた。
町にあふれた精霊を見て確信する。そう、ステラの町には精霊王の生き血である経脈がこんこんと流れていた。足元を流れる動脈のように太く力強い光の束、セラにはそれがはっきりと感じられた。ステラは精霊の加護を受けた町だった。
この入り組んだ複雑な町並みにももう慣れた。険しい坂の途中から別の通りが始まり、それが上下に分かれして、挙句どうしてここにと思うような場所に店がある。
一度訪れた店には再度出会うのにも苦労した。
くり返し迷って、すでに頭には詳細な地図がある。
帰りまでの道のりを歩いているとそこら中で星の人(占星術の精霊)が囁く。
「セラ、セラ」
この町の精霊は特に人懐っこく幼い。子供のように好奇心旺盛でセラの姿を見かけるとどこにでもついてくる。初めにうっかり話しかけたのがいけなかった。
「スタックリドリーという学者を知らないか」
人に問うべきことだったのだろうが、何しろ精霊に慣れたセラはそうしたことへの意識が希薄だった。精霊は大抵のことを知っている。そうした先入観がさせたことなのかもしれない。喜んだ星の人はセラの手を引き、裏路地へと案内した。
路地に面した石造りの小さな家。訪ねたのは夜だった。カーテンのない小窓からは明々と光が漏れているが、ノックしても出てこない。夜なので無礼なのかもしれない。日を改めて出直そう、と思ったら星の人がドアを開けた。
キイと木戸が開く。やめろよ、と静かに諌めると星の人は去っていく。残されたセラは仕方がないのでドアをノックした。
「すみません、いらっしゃいますか」
中を覗くと本が目線の高さまで山積みで、古い紙の匂いが充満していた。入り込む隙間などなく、まるで雑然とした書庫。とても人が暮らしている所には思えなかった。
「ああ、間にあってます」
中から明るい男性の声がする。何が間にあっているのだろうとセラは眉を顰めた。
「スタックリドリー先生ですか」
声をかけると暫くして積み上げた本と本の間から巻き毛の男性が顔を出した。セラよりも華奢な枝のような骨身の男だ。
「はい、ボクはスタックリドリーです。でも、本は生憎間に合ってます」
そうだろうな、とセラはため息を吐く。彼の顔をよく見ると目の周りに真っ黒な悪戯書きがあった。
「あの、目が……」
セラは指でやんわりと指摘する。彼が目元をこすると掌に真っ黒につく。
「ああ、また精霊たちめ。寝ている間に悪さをしたな」
そうヒステリックに叫ぶと家の奥へと走って行った。それが精霊学者スタックリドリーとの出会いだった。
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