第20話 星空に思う

 正午が近づき日差しが強くなってきたので、セラは本を抱え船室へと戻った。

 自身のハンモックに身を持たすと本を再び開く。このハンモック、始めはバランスを取り寝転がるのにさえ苦労したが、長旅で体に沿う感覚にも慣れてしまった。涼しい船室にはバランスなど気にせず一日中寝ているものもいる。


 集中して文字を追っていると隣のハンモックでオミールの息子のマーティスが身じろぎした。


「はあ、良く寝た」


 マーティスは夜勤で今朝方戻ってきたところだった。


「セラ、今度は違う本読んでるのか。あのエロ本はどうだった」


 セラは思わず笑う。何ともあけすけの無いいい方だ。


「すっごく良かったよ」

「ホントか」


 マーティスがいきなり食いつくので思わず可笑しくなる。


「下手くそ過ぎるよ。あんまりおすすめしない」

「なんだ、期待して損したじゃんか」


 二人でケラケラと笑う。


「昼飯一緒に食べようぜ」

「いいよ」


 セラは読み始めたばかりの本をハンモックに残すとマーティスと一緒に船室を出た。




「お前、本当に体は何とも無いのか」


 昼食は甲板の日陰で取った。マーティスが小声で心配してくる。この船でセラの抱える事情を知っているのはマーティスと船長、副船長だけだ。


「平気」


 セラは豆を口に運ぶと少しお道化たような表情をした。遺恨の詳細は何となく伝えているけれど、日常的に精霊が見えるということは明かしていない。いえば受け入れてくれるかもしれないが、過去がセラを押し留まらせた。


 普通の人間には精霊がほとんど見えない。それが常識だ。でも、精霊が見えないことに安心しきっている副船長の隣にだって精霊はいるし、波間で戯れている精霊もたくさんいる。真夜中、起きだして甲板に出ると精霊がたくさんいてセラの顔を見るなり近寄ってきた。


 夜に浮かぶ彼らの透ける姿は美しく、そうしていると森を思い出した。一人だった過去。人恋しいと思ったことは無かったけれど、今ある物を失うと辛いかもしれない。

 だから、秘密は秘密のままでいい。


「今夜、またひと儲けしようぜ」

「好きだね」


 マーティスがいたずらに笑うので、セラも苦笑する。

 船旅に飽きた乗船客たちは毎夜カードゲームに興じていた。マーティスの仕事が休みの時、二人でよくそれに加わってひと稼ぎした。セラの勝率はまさかの八割、始めはインチキを疑う者もいたけれどその証は無く、無謀な勝負と知りながら勝負を挑んでくる者たちは後を絶えなかった。


 その理由はセラの賭け金の高さにある。


 ほとんど全財産ではないか、と思われるようなギャンブル的な賭け方をするのでそれを奪いたいと思う者たちが船には大勢いたのだ。

 ではセラはインチキをしていないのか。実際のところセラはインチキをしていた。


「セラ、勝てるよ」


 いたずら小僧の精霊が指を差して相手のカードの札を教えてくれる。持っている手札はセラの方が大きい。そしてセラは何事も無かったように降りずに勝負を挑む。結果、勝利を収め大金をせしめる。インチキばかりでは疑われるので、時々わざと負けて人々の疑義を逸らした。


「ああ、負けたあ、仕事だ」


 マーティスが伸びをする。マーティスはやはりセラほどに強くない。

 何せインチキをしていないのだから。セラは儲けた金の一部をマーティスへと分けた。


「持つべき者はカードゲームの強い友人だな」


 自身への呆れ交じりの声を上げながらもマーティスは嬉しそうに金を束ねる。


「お前に出資してこれからはオレは高みの見物でもしようかな」

「お前がやらないならオレもやらないよ」


 マーティスが冗談いうなと背を叩く。

 マーティスはセラとこぶしを合わせ「じゃあな」といって立ち去った。


 セラは勝負を止めて船頭へと歩き、風を一身に受けた。船は墨を垂れたような黒い海を割って勢いよく進んでいく。潮を含んだ重たい向かい風が肌を撫でて去る。昼間の太陽の位置はだいぶ低くなった。昼間は未だに暑いけれど夜はもう涼しい。


「星が綺麗だな」


 イルカに乗り海を渡る精霊に話しかける。彼らも星を見上げているのだろうか。遠く幼い笑い声が聞こえた気がした。

 澄んだ波間に去りゆく季節を偲んだ。セラは夏の終わりを感じた。

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