第13話 セラの真実

 トニヤはベッドに仰向けになって天井を見つめながら、母の言葉をずっと繰り返し繰り返し思い出していた。母の明かした真実が再度脳裏に浮かぶ。



――セラは血のつながった息子じゃないの。



 頭の中が真っ白になるくらい驚いたけれど、なんだかこれまでの疑問がスッと腑に落ちた気がした。兄弟なのに自分には無理でセラにだけ精霊が見えた理由。


 セラは十七年前、森の入り口で行き倒れになった女性が抱えていた赤ん坊だった。


 森の住民同士の話し合いで、当時子供に恵まれなかった両親が希望して引き取ることになり大切に大切に育ててきた。赤ん坊の頃、誰もいない空間を見てきゃっきゃと笑う仕草には、両親も不思議がり、セラには精霊が見えるのかもしれないねと冗談めかして話していたという。

 セラは言葉を覚えるくらい成長すると不思議なことをいいだした。森で精霊と友達になったという。


 始めは両親も半信半疑だったが、特に嘘を吐いているという風ではなかったので信じることにした。やがてセラには精霊が見えるという噂は森中に広まり、あいつは頭がおかしいんじゃないかと誰もが嘲るようになった。


 結果、精霊はセラを孤独にした。孤独が本人にとってどうだったかは正直分からない。辛さを表現するような子ではなかったし、本人自身も賑やかな方で無かったから。例え群れたところで同年代の子供たちとも会話は合わなかっただろう。それほどに利発で大人びた子だったと母は話した。


 時折、両親は精霊が見える理由についても深く考えた。


 父は仕事で外の大陸に出るとセラのような人種を探した。けれども見つけられず、代わりにその類の本を読み漁り、得られたことはその都度母に教えた。死期を迎える人間には精霊の姿が見えるだとか、精霊とは霊魂のことであるとか。いろんな情報を得て、でも結局本当のところは分からなかった。その代わりどの文献にも共通して書かれていたのは、精霊は稀に人に姿を見せるということだった。


 やはり、常日頃から精霊に接しているという時点でセラは特別であったのだろうと母は締めくくった。


 トニヤにはどうしても分からなった、セラの本当の気持ちが。


 ビョーキと陰口を叩かれていたことは知っていた。悔しさのあまりトニヤは友人たちと口論をして泣きながら帰ったこともあった。けれど当のセラはどこ吹く風、気にしていない様子だった。


「セラはビョーキなんかじゃないよ」


 泣きじゃくりながら声を絞り出すと屈んだセラが優しい目をしてトニヤの頭を撫でた。


「ありがとう」

「嫌じゃないの」


 すると少し考えるようにしてセラが言葉をまとめた。


「オレは自身がそうじゃないって知っているんだ。だからそれでいいんだよ」

「よくない」

「トニヤも分かってくれている。母さんもね。だから、それを他人が理解する必要性はないんだ」


 とても難しい言葉、トニヤに取ってはとても難しい物の考え方だった。


「いってること分かんない」

「泣かなくていいってことさ」


 セラはそういってトニヤを抱きしめた。

 本当は悔しくて落ち込んだことくらいあったかもしれない。でも、セラはトニヤに弱さは見せなかった。トニヤは友人たちと遊ぶのを止め、セラの側に何もいわず寄り添った。

 ボクたちは兄弟なんだ。そう思うだけで心が温かくなった。



 窓辺で星を見ながら考える。セラは今頃どこで何をしているのだろう。一人で気ままに世界を旅しているのだろうか。トニヤは外の世界など見たことがない。森の外にはどんな世界が広がっているのだろう。


 絵本で読んだたくさんの物語に描かれていた大国の歴史、そこに生ける人々。海を渡り、山を越えていくと広がっているのは果てしない大地。


 想像出来得るすべてのことを思い浮かべる。まだ見たことのない人が遥か彼方で物語を綴っていることの不思議。それを自分が読んだことの不思議。

 瞬く星を眺めながら、ただそんなことを考えていた。


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