第6話 過去の真実

「ロアよ、今年の供物はお前に決まった」


 長老の声がする。見据えているのはセラの父、ロアだ。周囲には数人の森の大人たちが立っている。長老の姿が見えないことから察するにどうやら、彼女視点での記憶らしい。


「この間のことをまだ怒っておいでなのですか」

「何のことだ」


 父の怒りが含まれた質問に長老が白々しい声で答える。


「エルダーの木を切るよう進言したのは森の住民たちの為です」


 木を切る、セラは父のその発言を耳に焼きつけるように聞いた。


「お前は千年前の約束を分かっていない」

「千年前が何です? もう千年たっているのですよ。エルダーに心を支配され、これからも生きて行くのですか」


 父の表情は見たことの無いほど険しいものだった。


「お前はわが祖先のことを馬鹿にしているのか」


 父が即座に反論する。


「わたしは未来の話をしているのです。森の脅威を未来を生きる子たちにも背負わせるおつもりですか」

「我々はこれまでずっとエルダーの木の加護により無事生きてこられた。森に住まわせてもらう代わりにその身を奉げるのは当然のこと」

「ではあなた様が奉げればよい」


 長老が父の怒りに間髪いれず答えた。


「今年はお前に決まったのだ」


 父は俯き口を悔しそうに引き結んで、握り締めたこぶしを震わせた。


「いやか。解せぬならばシーナでも良いぞ。あれは生産的でない嫁だ」

「あなたさまは卑怯だ」


 父は苛立ちをあらわに吐き捨てた。


「わたしとて辛いのだ」

「……森の決定には従います」

「森の計らいで一週間やろう。その間に心を決めるが良い」


 水が再びマーブル模様を描き、今度現れたのは大樹の幹だった。




「エルダーマザーよ、供物を連れてきた」


 長老の声だ。そばには後ろ手に縛られて俯いた父と取り囲むように立つ数人の大人たちがいる。話しかけた大樹の上から格の高そうな、薄緑の植物のベールをかぶった妖艶な精霊が降りてきてゆっくり微笑んだ。

 彼女がエルダーマザーなのだろうか。


「覚悟は出来ていますね」


 そういって父の頬に触れる。父はエルダーマザーをにらみつけて、化け物がとつぶやいた。


「無礼をよさぬか」


 長老が咎めるようにいう。


「皮肉なものですね。毎年住民を送ってきたあなたが今度はその命を奉げるというのですから」


 そういってエルダーマザーが柔らかな手を広げた。衣が花霞のように蕩揺う。


「いらっしゃい」


 父は恐怖に硬直していた。その耳元へ長老が言葉を囁く。


「ロアよ、セラを連れてくるか」


 父は目を見開いて悔しく歪ませると歩み出た。

 エルダーマザーの眼前にひざまずくと一心に祈り始める、


「ああ、神よどうか。わたしの愛する家族に永遠の恵みをお授けください。わたしがどうか安らかに天国に旅立てますように。安らかな祈りを。安らかな沈黙を」


 大樹から蔓が鞭のように伸びて、父の肢体をぐんぐん縛っていく。父はそれでも祈ることを止めない。

 やがて全身を樹皮に包まれて、あとは頭だけという時に父が声を震わせ、ううっと唸ったあと爆発したように大声で泣き叫び始めた。


「いやだ、死にたくない、死にたくない、死にたくない」


 耳をつんざくような聞くに耐えがたい叫びだった。セラはそれ以上見ていることが出来ず、視線を泉から逸らした。


「ね、あなたのお父さんはこの森にいるでしょう」


 声に目を向けると泉の精霊が姿を現していた。セラは疲れ切った返事をした。


「これをオレに教えてどうするつもりだ」

「どうもしないわ。あなたが真実を知りたがったのでしょう」

「父には会えない。そのことは分かった」

「会いに行けばいいわ」


 泉の精霊は泡沫のように微笑んだ。


「どうしてそんなことをいうんだ。人を惑わして喜んでいるのか」

「別に」

「エルダーマザーとはいったい何だ。なぜ事実を教えた」


 すると泉の精霊は透き通るような声でいった。


「もうこの森には飽きたの」


 わずかばかりの微笑みを残して泉の中へと姿を消した。


 セラは父の残酷な死の真実を知り、長老以上に大樹を憎んだ。この森の全てを支配するエルダーの木。これまで幾人の森人たちがその尊い命を奉げたのだろう。セラが生まれてすでに十五人の命が失われている。何も知らなかった。何も疑わなかった。

大人たちがひた隠しにしてきた森の秘密。この森でみんなずっと生きていく。ずっとずっと生きていく。セラはそれを思うと吐き気がして、ほとりでうずくまった。

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