最終話

 雪紐の家がゴウゴウと燃えている。


 雪紐は両親、祖母と一緒に暮らしていた。

 建物は木造で、古かったので、火がつけば全体まで行き渡る。

 原因はプロパンガスの引火。

 新しい家に引っ越しする直前の悲劇だった。


 家は全焼、一家は全員焼死。


 深夜で家族全員寝てたから逃げ遅れた。

 雪紐は『頭だけ』焼けずに、きれいに残っていたらしい。

 小学生だった俺は、両親と一緒に、雪紐の家が燃えていくのをながめていた。

 焦げた臭い。熱風。踊る火の粉。遠くで聞こえる消防車のサイレン。

 何もできなかった無力な俺。

 真っ赤な火が何もかも飲み込んでいく。


 だけど記憶がなかった。


 だって、次の日には、雪紐はウサギマフラーをつけて、毎日俺と登校していたから。

 小学校、中学校、高校と、一緒に成長していきながら。



『ウサギマフラーをつけた子? そんな子、高校にいなかったと思うよ?』



 遊園地で春風に教えられ、俺は確信した。


 雪紐は死んでたんだ。


 トラウマを抱えた俺を癒やすために、毎日一緒に登校してくれていたのか。

 いや、俺のことを好きになってくれた女の子の首を、ウサギマフラーで絞めるぐらいだ。

 愛する者を取られるかもしれないという強い嫉妬心。

 生き霊どころか、幽霊なんだから、他人の家に侵入できるわな。


 俺も、彼女も、おたがいの恋心を忘れられなかったんだ。


 俺は学校に登校する道で、雪紐を待っている。

 彼女はすっとあらわれた。『見える』ようになった。

 俺たちの関係が元に戻ったから。

 通りすぎようとする雪紐の前に、俺は立ち、


「ウサギってさ。寂しいと死んじゃうって言うだろ? 君が空に浮かぶ月に行くのなら――俺は満月になって居場所を作るよ」


 持っていた、満月が描かれたマフラーを見せる。

 雪紐は目を丸くして立ち止まった。

 もう『首絞め女』にならなくていいように、俺の好意を彼女に示しておかないとな。

 俺はマフラーを首に巻きつけ、

「ありがとな。いつも俺の幻覚の『火』を消してくれてたんだろう? 俺の精神が壊れないように。もう火に飛び込まなくていいよ。俺は大丈夫だ」

 ほほ笑んでみせる。

 彼女は照れたのか、マフラーを口元まで引き寄せた。


「さっ、一緒に学校に行こう」


 俺がそう言うと、雪紐はそっとほほ笑んだあと、両手を差し出してきた。

 俺は彼女の両手をにぎってみせる。透けてるけど。

 俺たちは手をつなぎながら、高校へと進んでいく。これからもずっと一緒に。

「あっ、授業中は、マフラー外すからな。恥ずかしいし」

 俺がそれだけ言っておくと、雪紐は「ダンッ!」と片足を鳴らす。


 高校の花壇の花に水をやっていた、おかっぱの女子が逃げ出す理由がわかるな。

 誰もいない空間からラップ音がすれば、そりゃ怖い。

 霊だから、人に見えないからって、自己主張が激しすぎだ。

 俺に存在をアピールしたいのかな?


 朝日がまぶしくても、影は雪紐にできない。ずっとそうだ。

「怒るなよ。それぐらい勘弁してくれ。ははっ」



『――ふふっ』



 おたがい手をつなぎ、笑い合いながら――俺たちは誰もいない静かな道を歩んでいった。

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ウサギマフラーの彼女 因幡雄介 @inode

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