エピローグ

「――― 久しぶりに陽の下に出たが、こうも眩しいものだったとはなぁ。」

 ゾーマを倒したことにより、アレフガルトを包んでいた闇も消え去っていた。

「ラダトームの街も賑やかですね。僕達に対する歓声も凄いです。」

 悪が消え去り平和が訪れた喜びが、街中に溢れかえっている。

「……城にはアルス達だけで行って欲しいんだがな。オレ様はこういった歓迎ムードは苦手なんだよ。」

「ダメですよカンダタさん。ゾーマを倒した殊勲は僕達だけで受け取るべきものではありませんからね。」

「……まぁいい。せっかくだ、久しぶりにうまい酒や食い物を頂くことにしよう。」

 なんともまぁボスらしい意見だ。

 ――― エンディングが、すぐそこまでやってきていた。


「――― アルスよ!よくぞ大魔王を倒した!心から礼を言うぞ!この国に朝が来たのも全てそなたの働きのお陰じゃ!」

 ラダトームの王様からアルスに感謝の言葉が告げられる。

「ありがとうございます、王様。ただ、ゾーマを倒せたのは僕だけの力ではありません。ここにいる全員の力によるものです。」

「うむ。そちらに居る皆も、本当によくやってくれた。この国を代表して御礼申し上げる!」

 ボスが何かツッコむかなぁと思って様子を伺ったが、黙ったまま畏まっている。

 ボスのこんな姿も中々お目に掛かれない。

「アルスよ!そなたこそ真の勇者!そなたにこの国に伝わる真の勇者の証ロトの称号を与えよう!……そなたのことは、ロトの伝説として語り継がれてゆくであろう!」

 そう、このロトという称号が後の作品に継承されていくのだ。

「――― では皆の者、歓迎の宴じゃ!存分に楽しまれてくれ!」

 王様の口上も終わった、これにてエンディングだ。

 これからは……少なくとも次の闇の者とやらが出てくるまでは、ゲームにはないストーリーが始まる。


「……うーん、この国にもめぼしい男は居ないわねぇ。」

 壮大な宴が繰り広げられている中でドネアさんが1人嘆いている。

「貴族っぽい方々に結構声をかけられていたようですけど、ドネアさんのお眼鏡に適う方がいなかったってことですか?」

 世界の窮状を救っただけあって、皆それぞれこの国のとても偉いであろう方々から話しかけられている。

 男性が女性に、女性が男性にっていう感じだ。

 特にアルスは勇者である上にイケメンだからか、若い女性達がこぞってお声がけ、もといアタックをかけまくっている状況だ。

「勇者様ー、是非ともお話をお聞かせくださーい。」

「勇者様には恋人とかいらっしゃるのですかぁ。」

「ちょっと!今わたしがお話ししているところなのよ!」

 ……もはや戦場と化している。

 サラキア達仲間3人もそれぞれ貴族の男性達に捕まっているためか、アルスをガードできてない。

 それでも、苦笑いを浮かべつつ真摯に受け答えてるあたり、アルスは大した男だ。

「まぁ彼らも見た目は悪くないんだけどさぁ。何て言うか、もっとこう男らしい人がいいのよねぇ。」

 ドネアさん、貴族に男らしさまで求めるのは少し酷な気もしますけど。

「……てめぇも我が儘なヤツだな。そんなんじゃ行き遅れるぞ。」

 ボスはずっと1人で酒を飲みながら食い漁っている。

 ボスの放つそのオーラに、この国の貴族達は誰も近寄れないようだ。

 そしてボスの側には、アリサさんが付きっきりで色々と世話をしている。

 ……その結果、アリサさんにも男性陣が近寄れないという状況が生まれていた。

「……おい、アリサ。てめぇもオレ様の事は放っといて、イイ男でも探してみたらどうだ?」

「私はそんなのに興味ありません。……ボスの側に居たいのです。」

「……はぁ、いい加減、親離れしてほしいもんだがな。」

 ボスの言葉にアリサさんがムスッとしている。

 ……子供扱いなどせず、1人の女性として見て貰いたいのだろう。

 もっとも、ボスもアリサさんの気持ちをわかった上で言っているんだろうけど。

 ……ボスが逃げ切れるか、アリサさんが捕まえるか、今後が楽しみな2人だ。


「下手な男に捕まるくらいなら1人のままでいた方がマシってなもんよぉ。……あらぁ、そういえば、ここにイイ男が1人いたわねぇ。」

 ……不敵な笑いを浮かべつつ、こちらに近づいてくるドネアさん。

「……ねぇエルスぅ。金髪美人もいいけどさぁ、ここにいる南国育ちのグラマラスボディな美女ってのも捨てがたいと思わなぁい?」

 ……いや、あの、確かに素敵なスタイルをお持ちだと思いますし、男として心惹かれるものがあるのは事実ですが……

「……ドネア。それは私に対して喧嘩を売っているという理解でよいかしら。」

「あらぁ、ヴィクターさん。いつの間にそこに居たのかしらぁ?」

「さっきからずっとエルスの側に居るでしょ!」

 ヴィクターさんはずっと自分の壁になってくれている。

 ボスがあんな感じなため、勇者以外にめぼしい男が自分しかいないと見てこちらにも貴婦人達が集ってきたのだが……

「この人は私のフィアンセよ。だから他を当たって頂戴。」

 嫉妬深いヴィクターさんがそれらをことごとくはね除けているのだ。

 そしてそのセリフを聞いた男性陣もヴィクターさんには声をかけることができなくなっている。

 ……こんなセリフ、ちょっと前までは絶対に言えないような人だったのに、随分と逞しくなったものだ。

「……そういえばさぁ。エルスとヴィクターの間で何があったのか、まだちゃんと聞いてなかったわねぇ。じっくりと教えて貰えないかしらぁ?」

 あぁ、リムルダールでの告白もどきのことか。

「……そうね、じっくりと、詳細に、教えてあげるわ。……二度とエルスに粉かける気をなくすためにもね。」

「おお、怖い怖い。じゃあさ、サラキアを呼んでくるから、あの日の夜の出来事をたっぷりと聞かせてねぇ。」

 ドネアさんがサラキアの元へと向かっていった。

 ……チャンスがやってきた。

「……ヴィクターさん。少し席を外しませんか。」

「どうしたのエルス?気分でも悪くなった?」

「……ヴィクターさんと2人きりでお話ししたくて。ダメですか?」

「う、うん、いいわよ。」

 少し照れながらも付いてきてくれた。

――― ここが最後の、男の見せ所だ。


 宴会場を抜け出し、お城のテラスに出ていた。

 辺りは既に暗くなっているものの、ゾーマによる暗闇のような重苦しさはない。

「――― 風が気持ちいいわね。」

「平和を知らせる風ってところでしょうか。」

 思い返せば、ヴィクターさんと2人きりで居るときは、よくこういった暖かくて優しい風が吹いていた気がする。

「……本当に、世界は平和になったのね。感慨深いわ。」

「ええ、もうモンスターに悩まされるような生活ともおさらばですね。」

 これからどうやって生きていくことになるのだろうか。

 ここラダトームに住み着くのもいいし、色々と世界を渡り歩いてみるのもいいかもしれない。

 ……後でいいか、それを考えるのは。

 ……1人で決めることではないから。

「私は……父のような立派な騎士になれたのかしら……」

「……天国に居るサイモンさんも鼻高々じゃないですかね。自慢の娘に育ってくれたってオルテガさんあたりに自慢してそうです。」

「ふふっ、流石にオルテガさんの息子には負けるわよ。」

「……1人の騎士としてだけじゃなく、1人の女性として、娘は幸せになってくれたって自慢してますよ、きっと。」

「あっ……そ、そうなのかしら……?」

 いつ見ても、照れているヴィクターさんは可愛い。

 ……もっと、その顔を見せて貰おう。


「……ねぇヴィクターさん。ルビス様の言っていたこと、覚えてますか?」

「え、えぇ、覚えてるけど……どれのこと?」

「……私がこの世界に来た理由の1つ……私を救うってヤツです。」

「……エルスを救うためって、ルビス様はおっしゃってたわね。」

「はい、私はルビス様にそう思わせるほど弱い人間だったということですね。」

「で、でも、あなたは救われたのよね……?」

「そうですね、私はこの世界に来て確かに救われたと思っております。それは、ボスやアルス達に出会えたこともありますが……何よりも、貴女に出会えたことが一番だと思ってます。」

 ……あの日の約束を、ここで果たさせて貰おう。

 ヴィクターさんの正面に立つと、ヴィクターさんもその空気を察してくれたのか、顔を赤らめながらもこちらを見つめ返してくる。


「ヴィクターさん……」

「……セシリアって呼んで……お願い……」

「……セシリアさん……」

「……敬語も……今だけは……」

 そ、そうか、サマンオサの習わしではそうなのか。

「……僕は……セシリアの笑顔を初めて見たその瞬間、一目で恋に落ちた。……その時の衝撃は、これまで経験したことがないものだった。……そして、おこがましくも、その笑顔をずっと守ってあげたいって思っていた。」

「うん……」

「……そして、欲深い僕は、それだけでは飽き足らず……セシリアのその素敵な笑顔を自分だけのものにしたい……独占したいとまで思っていたんだ。」

「……うん……」

 だんだんとセシリアが涙ぐんできている。

「……ねぇセシリア。知っての通り僕は弱い人間だ。君を守るだなんて偉そうに言えるような人間じゃないってことくらい、自分でもわかっている。」

「……そんなことないわ。あなたは、いつだって私を……」

「……でもね、セシリア。そんな弱い僕でも……君の支えになりたいって思ってるんだ。ずっと君の側に寄り添っていたいって思ってるんだ。」

「……エルス……!」

 セシリアの涙が止まらない。

 その涙をそっと拭い、そのままセシリアの頬に手を当てる。

「だからセシリアには……僕の側で、その笑顔をいつまでも僕に……僕だけに向けていて欲しい。そしたら……僕はもっと強くなれる。……君の笑顔を、ずっと、いつまでも、守ってあげたいって思えるから。」

「うん……うん……!」

 涙を流しながらも笑顔を向けてくれるその健気さが、たまらなく愛おしい。

「セシリア……これが、僕の想いの全てだ。……返事を貰えないか。」

「……ごめんね。」

「えっ……!?」

 ……突然、唇を塞がれてしまった。

 ……ファーストキスまで女性主導だなんて。

「……私の拙い言葉では……この想いを、貴方に伝えきることができないから……」

「……これだと男としての立場がないよ。……だから、僕からもう一度、いいかな。」

「う、うん……」

 セシリアを抱き寄せる。

「セシリア……僕は、君を……絶対に手放したりしない。君は……僕のものだ。だから……僕だけを、愛してくれ。」

「エルス……!」

 セシリアをしっかりと抱きしめ……でもできるだけ優しく、口吻を交わす。

 ――― 風が、いつもよりも優しく、暖かく、僕達を包み込む。


「……わぁ、素敵ぃ……」

「……ちょ、ちょっとぉ。静かにぃ……」

 ――― 一瞬で現実世界に引き戻されてしまった。

 お互い、慌てて密着状態から離れる。

「……もう、バレちゃったじゃないのよぉ、サラキアぁ。」

「……ご、ごめんね。2人の邪魔をするつもりはなかったんだけど……」

「……あなた達、どうやらここで死にたいのね。」

 例の、もの凄く冷たい目で出歯亀2匹を睨み付けるセシリア。

「ドネア、逃げるわよ!」

「了解よぉ!……また後で詳しく教えてねぇ!」

 2人とも脱兎のごとく逃げ去っていった。

 ……ピオリムをかけた覚えなんてないのに、とんでもない速さだ。

「……ヴィクターさん、私達も戻りましょうか。」

「……セシリアよ。あと敬語になってるわ。」

「すみません、ずっとこの口調が染みついてましたからね。」

「言った側から敬語になってるじゃない。……まぁこれからゆっくりと、ね?」

 そうだな、僕達には、これからもたくさん時間がある。

「……ねぇ。一つだけ、私のお願いを聞いてくれる?」

「なんでしょ……なにかな、セシリア?」

「あなたの……本当の名前を教えて?……2人きりの時は、その名前で呼びたいの……」

 何ともいじらしいお願いだ。

 ……そういえば、この世界に来てから誰にも教えてなかったな。


「……セシリアにだけ教えるね。僕の、本当の名前は ――― 」


 ――― 暖かい風が、ひときわ強く、吹き荒れた。

 ――― 僕の声を、名前を、セシリアにだけ、届けるかのように。

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