第49話 人間
「ル、ルビス様!エルスを……元の世界に戻してしまわれるのですか!?」
ヴィクターさんがルビス様に詰め寄る。
「はい、そうする必要があると判断しました。」
「な、なぜですか!?エルスはもう……」
「……ルビス様。」
ヴィクターさんの言葉を遮ってルビス様に告げる。
「……私はこの世界に残りたいのですが、それでも、私は元の世界に戻らなければいけない存在なのでしょうか。」
「……あなたがこの世界にいることの影響を鑑みますと、あまり好ましい状況とは言えません。あなたをこの世界に呼び寄せた立場で申し上げるのは心苦しいのですが、わたしとしては出来るだけ世界の均衡を保ちたいのです。」
「私がこの世界にいることによって、具体的にはどのような悪影響があると考えられていらっしゃるのですか。」
「……具体的にはわかりません。ただ、どうやらあなたはこの世界のことを知りすぎているようです。そのことが必ずしも良い結果をもたらすとは限りません。」
――― あまりにもふざけている。
救うとか言って勝手に拉致っておきながら、救われたと思ったらまた元の世界に戻すだなんて、人をバカにしているとしか思えない。
「……私が知っているのはあくまでもゲームの知識だけです。そのゲームではゾーマを倒したところで終わりました。ゾーマを倒した今、この世界に影響を与えることなんてないと思いますが。」
怒鳴り散らしたいのをグッと堪えつつ、何とか冷静になって反論してみる。
「……エルス、あなたは御存知なのですよね。これから先、勇者達は上の世界に戻れず、ここアレフガルトで生きていくという事実を。」
「そ、そうなのですか、ルビス様!?エルスさん!?」
アルスがその事実に驚いている。
……アルスにはそのことを伝えていなかった。
「ルビス様のお力で僕達を上の世界……アリアハンに戻してくれるのではないのですか?」
「……申し訳ありません。私にはそのような力すらないのです。」
「そ、そんな……」
アルスが、膝をついて項垂れる。
「……ゾーマが死の間際に言ったことが事実であるならば、このアレフガルトの世界に再び何者かが闇から現れるとのことです。それは、アルスが寿命により亡くなった後の話だと言っていました。……そして、エルスはきっとそのことも御存知なのですよね。」
「……はい……」
……このゲームはシリーズものの3部作目だが、1作目では3部作目の勇者の子孫がアレフガルトに現れる竜王を倒し、2作目ではそのまた子孫が破壊神シドーを倒すという流れになっている。
「……その事実を知っているエルスがこの世界にとどまることにより、後々出てくる闇の者を打ち倒す人間が現れなくなってしまうことを、わたしは何よりも怖れています。」
そんなの、わずかなリスクでしかないだろうに、その程度すら怖れているのか。
――― つまり、ルビスは人間を信用なんかしていないってことだ。
「……少しずつ本性を表してきたじゃねぇか、ルビス様よぉ。」
――― ボスが、ルビスに喧嘩を吹っかけてきた。
「つまりアレだ、テメェは人間を駒としか見ちゃいねぇってことだよなぁ。」
「……どういう意味でしょうか。」
「そもそも、アルス達を上の世界に戻す力がないってところからして怪しい話だ。エルスを元の世界に戻す力はあるくせにな。」
言われてみれば確かにそうだ。
戻すにしても上の世界より異世界の方がよっぽど大変な気がする。
「結局のところ、テメェは勇者の血をこの世界に残したいがためにアルスを上の世界に戻さないってだけだろうが。後々出てくる闇の者とかいうのを勇者の血を引いた人間に倒させるためにな。そうだろ、エルス?」
……あれだけの会話でそこまで読み取るとは、相変わらず凄い人だ。
「流石ですねボス。おっしゃるとおり、勇者の子孫が闇の者を倒すことになってます。」
「そんなトコだろうな。ルビスよ、テメェは人間を愛してるとか言っておきながら、結局はテメェが管理する世界を都合良くしてぇだけなんだよ。わざわざ他の世界の人間を呼び寄せてでもな。……さらに、その呼び寄せたエルスを救いたいって言っておきながら、都合が悪くなったらあっさりと見捨てちまう、薄情でワガママな女ってことさ。」
自分が言いたかったことをボスがビシッと言ってくれている。
薄情でワガママとか、なんて的を得た表現なんだ。
「……それが何だと言うのですか。世界の均衡を保つということは、人間が人間らしく平和に暮らせるということに繋がるのですよ。」
「そのためには多少の犠牲が出るのもやむを得ないってか。テメェが無力なのを人間に押しつけてるだけじゃねぇか。」
「……それも勇者に課せられし使命なのです。」
「……テメェが勝手に使命を押しつけてるだけだろうが!」
ボスが怒鳴り声を上げた。
……これ、キングヒドラの時以上に怒ってるんじゃないか?
「……あまり見くびってくれるなよ、ルビス。テメェが思ってる以上に人間ってのはしぶてぇぞ。オルテガを見てもわかるだろうが。」
「……オルテガも結局は闇の者にまで手が届きませんでした。」
「アイツの意思がアルス達をここまで連れてきたんだよ。……そしてそれは、テメェの加護とは一切関係ねぇぞ。これが人間の力だ。……テメェはこれまで人間の、一体何を観察して来やがったんだぁ?」
「…………」
おいおい、ルビスを黙らせちゃったよ。
ていうか、もう言ってることが主人公だろ、これ。
「……ルビス様。」
気がつけばアルスが立ち上がってボスの隣に来ていた。
「……僕が上の世界に戻れないことについては構いません。アリアハンに残されている母のことが心配ではありますが、この世界で生きることが勇者としての使命であるというのならば、僕はそれを受け入れます。」
アルスは、この世界で生きていく覚悟を決めたようだ。
「……それでいいのかよ、アルス。」
「僕は大丈夫ですよ、カンダタさん。仲間達も側に居ますから。」
「……当然よ、アルスを一人になんかしておけないわ。」
「ずっと一緒に居るって約束しましたからね。」
「私は絶対にアルスから離れません。」
……絶対に逃がさんぞって感じにも聞こえるのは気のせいだろうか。
「……その代わり、エルスさんもこの世界に居させてくれませんか。」
「アルス……しかしそれは……」
ルビスにも迷いが見え始めている。
「必要なのは僕の血筋であってエルスさんは全く関係ないですよね。……それに、大事な大事なエルス兄さんと生き別れになったりでもしたら、僕は絶望して思わず自ら命を絶ってしまうかもしれません。それだと僕の血を後世に残せなくなっちゃいますね。」
「ア、アルス……?」
ルビスが戸惑っている。
そりゃそうだ、アルスとエルスが兄弟だなんて何言ってるんだコイツって思ってるに違いない。
……しかし、アルスがルビスを脅すだなんて思わなかったな、兄もビックリだ。
「……ね、ねぇ、どういうことよアルス?」
「そうですよ、エルスさんがお兄さんだなんて、私聞いていませんよ?」
「そもそもエルスさんは異世界人なのに、兄弟ってどういう意味なの?」
……仲間達の方がもっと混乱していた。
この子達はもう少し冗談というか、臨機応変っていう言葉を覚えた方が良いと思う。
「……そうだなぁ、オレ様も可愛い可愛い息子がいなくなっちまったら、気が狂って闇の者ってヤツになっちまうかもしれんなぁ。」
笑いながらボスが悪ノリしてきた。
……こうなったら自分も乗るしかない、このビッグウェーブに。
「ルビス様。私も親愛なる父と弟から切り離されちゃいますと、元の世界に居た時以上にルビス様に救いを求めてしまいますよ。」
「し、しかし……」
「それに私には……他の何よりも手放したくない女性がこの世界に居るんです。愛する者同士を引き離すだなんて、人間を愛するルビス様がなさる仕打ちとは思えませんよ。」
……波に乗りすぎて言ってしまった。
公開処刑というか、もはや自爆テロじゃないか。
……ヤバイ、滅茶苦茶恥ずかしい。
「……素敵じゃなぁい。こんな格好良いシーン、滅多にお目に掛かることなんでできないわぁ。ねぇサラキア?」
「ほんとよねぇ、私も皆の前でこういう風に言われたいものだわぁ。ヘタレだと思ってたのに、この大事な場面で決めるなんてねぇ。」
なんかドネアさんとサラキアが感動している。
「ねぇヴィクター、顔がすっごい赤くなってるよー。大丈夫ー?」
「あら、ダメですよキャシーさん。今は余韻に浸らせてあげないと♪」
キャシーちゃんとアリサさんはヴィクターさんをからかっている。
……ヤバイ、ヴィクターさんの顔をマトモに見ることができない。
そう思ってたら、当のヴィクターさんが自分の隣にやってきた。
「……お願いです、ルビス様。私からエルスを……大切な人を奪わないでください。私は……彼なしでは生きていけないのです!」
ヴィクターさんが、もの凄く恥ずかしそうに、しかし力強く言ってのけた。
……自分なんかよりもよっぽど男らしく。
「……エルスもアルスと同様にこのアレフガルトに残ること、それが条件です。何かあった場合にはアルスに対応して頂く必要がありますから。」
……この世界に残してくれるのはとても嬉しいんだけど、それって何かやらかしたらアルスに討伐されるってことですよね。
「ル、ルビス様!ありがとうございます!!」
ヴィクターさんが凄い喜んでくれている。
……そうだな、この人と一緒に居られるなら、何だっていい。
「わたしは……まだ人間というのを理解していなかったみたいですね。そこにいるカンダタという者の言うとおりだったようです。」
「……ふん、コレを機に改めれば何の問題もねぇさ。」
……なんでボスはルビスに対してもこんなに偉そうなんだろう。
「エルス、わたしはあなたを……人間をもっと信じてみることにします。ですから、どうかその期待を裏切らないでください。」
「はい、誓ってルビス様の御期待に背くことは致しません。ルビス様は私をこの世界に連れてきてくれた、いわば恩人のような御方ですから。」
ボスや勇者達、なによりヴィクターさんと引き合わせてくれたんだ。
これについては感謝してもしきれない。
「……それでは、皆さんをラダトームまでお運びします。アルス、この世界のことを、これからもよろしくお願いします。」
「はい、ルビス様!」
「――― あ、その前にすみません!!」
とても大事な事を忘れていた。
この土壇場でそれを思い出した自分を褒めてやりたい。
「――― お願いします、ルビス様!私が覚えたモシャス、レムオル、アバカムの3つの呪文を封印してください!」
「……は、はい。わかりました……。」
――― 土下座姿に全員が引いてるけど、そんなの知ったことか。
空気が読めてないことくらいわかってるけど、自分にとっては一大事なんだ。
――― 人間らしい生活を送りたいってのは、決して高望みなんかじゃないだろう?
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