第53話

 年が明け、厩戸皇子は斑鳩宮で新年を迎えた。

 一連の年初の行事は大王額田部皇女のいる小墾田宮で行われる為、元旦の夜明け前、厩戸皇子は菩岐々美郎女に見送られ飛鳥へ向かった。

 今年は新年の儀式に加え、厩戸皇子を摂政に任命する式を執り行った。額田部皇女は譲位を取りやめたが、馬子の説得により、摂政という新たな役職の創設を了承したのだ。額田部皇女が大王であり今まで通り神祇を行うのには変わりないが、政と律法に関する最高責任者は太子であり摂政である厩戸皇子となった。これにより、政に関する詔は太子厩戸皇子の名で出すことが可能となった。

 また同時に、全国の仏教寺院の頂上に立つ法王の地位も、厩戸皇子が兼任することになった。今後、寺院を建てたり僧侶を名乗るには、法王である厩戸皇子の許可が必要になる。

 厩戸皇子は着実に国の最高権力者へと近づいていった。

 

 額田部皇女は相変らず斑鳩への移住を拒んでいた。皇子が膝をついて頼めばと思っていたが、それもない。

 このまま何もなくいけば、自分が死んだ後には太子である厩戸皇子が大王になる。元々自分が厩戸皇子との子供を産む前提で立てた太子、それが不可能となった今、厩戸皇子を次期大王にする必要はない。ならば、太子の座から廃してしまおうか。

 そう思うのは、女性としての浅薄な心から来ていると額田部皇女自身もわかっていた。

 摂政となった厩戸皇子を、何の理由もなく太子の座から降ろすなど、群臣の同意を得られまい。私情でそのようなことをするほど愚かではない。額田部皇女は賢帝として、このまま厩戸皇子が即位するのを甘んじて受け入れなければならないのだ。

 また額田部皇女には、女性としての意地と、厩戸皇子に対する未練もあった。

 いくら正妃になれなくとも、そのようなことをする了見の狭い女だと、厩戸皇子に思われたくなかった。いつか彼が自分の気持ちを理解し心から感謝する日を待ち望んでいた。厩戸皇子が大王になったその時、額田部皇女の偉大なる愛に気づくだろう。そしてその愛に充分に報わなかったことを後悔するのだ。

 しかし、そうなった時に、あの膳菩岐々美郎女が皇后となるのだけは絶対に阻止しなければならぬ。自分が死んでからでは遅すぎる。今から手を打っておかなければ。

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