第47話

 秋になって、軍隊が飛鳥に戻ってきたのを機に早々に冠位と律を発表すべきだと、厩戸皇子と馬子は意見が一致した。一刻も早い国の安定を望んでいたのは、厩戸皇子も馬子も同様である。翌年の元旦に冠位の授与式を、その後、春に律を発表することを決めた。

 厩戸皇子と馬子が額田部皇女の宮を訪ね、その旨を告げると、額田部皇女は嬉々として言った。

「ならば、私はその前に王位を太子に譲ろう。そして厩戸皇子、そなたが大王の名で律や冠位を詔するがよい」

 額田部皇女の言葉に、厩戸皇子も馬子もなぜか良い顔をしなかった。

 言葉を探している馬子を尻目に、厩戸皇子は言った。

「時機が早いと存じます。まだ斑鳩の宮も完成していませんし、もし今、私が大王になって急に律や冠位を制定しようとしても、新しく大王になったばかりの、若年の私の言うことを群臣がおとなしく聞くでしょうか。世の人々は急激な変化を嫌います。おそらくは群臣の反発を招きましょう。ここは、大王として威厳のある皇女から詔していただくほうが、よろしいかと存じます」

 馬子は、厩戸皇子が辞退したことを意外に思いつつも、ほっと胸をなで下ろした。馬子も、大王となった厩戸皇子が律や冠位を制定することに反対だったのである。

 時が来ればいずれは厩戸皇子が大王となろう。そして冠位や律だけでなく、さまざまな改革を行うのは目に見えている。できるだけ厩戸皇子の功績を少なくしたい、力をつけさせたくない、それが馬子の本音である。だから、今回の律や官位の制定も、額田部皇女の名で詔して欲しかったのだ。厩戸皇子が辞退した真の理由はわからなかったが、馬子にはありがたかった。

「畏れながら、私も太子の意見に賛成です。今、大王は、譲位という過去に例のないことをなさろうとされている。それだけでも群臣がどう反応するかわからないのに、もちろん我ら臣は皆、太子のことはよく存じておりますし、偉大な大王となると疑う者はおりません、ですが、地方の者、京から遠い豪族らは京の事情に疎いのです、ここは慎重になされたほうがよろしいかと存じます」

 弁の立つ馬子と厩戸皇子のふたりから言われては、額田部皇女はそれ以上意見を通せなかった。馬子だけでなく、厩戸皇子からも反対されたことに、額田部皇女はあからさまに口をへの字に曲げた。

「ならば、そなたらの思う通りにするがよい」

「はは」

 厩戸皇子と馬子は拝礼した。

「大臣、くれぐれも、太子の即位の儀、早くに考えてくだされ」

 額田部皇女は念を押した。

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