第42話

 その三日後、馬子が上宮を訪ねてきた。

 馬子は、ひと通りの挨拶を済ませると、厩戸皇子を訪ねた本来の目的を露わにした。

「それはそうと、斑鳩には膳夫人の宮も建てられるそうですな」

「ええ、そうです」

 厩戸皇子は、悪びれた様子もなく答えた。

「私は、斑鳩に家族を皆、住まわせようと思っているのです。菩岐々美郎女とその子たちだけではない。私の一族全員の宮を造るつもりです」

「では、山背皇子も」

「もちろん。山背は刀自古娘女の産んだ大切な大兄皇子ですから。斑鳩には、山背皇子の宮を作り、これを機に独立させようと思っています。宮が完成する頃には妻を娶る歳になりましょう。追々政治にも参加させますゆえ、大臣も指導の程お願いしたい」

 馬子は、ぶるっと身震いした。厩戸皇子の言っていることはまるで、山背皇子を自分の後嗣と決めているようではないか。

「我が孫、山背皇子をそれほど慈しんでくださるとは、なんとありがたいこと」

 馬子は狼狽がちに言った。

「刀自古娘女の産んだ子は、山背皇子だけでなく皆、斑鳩に一緒に住まわせたいと思っています」

「随分と大きな宮が必要になりますな」

 馬子が今日、厩戸皇子を訪問したのは他でもない、宮の建設費のことである。

 どうやら、厩戸皇子の新しい宮の建設にあたって、膳氏が助力をしているらしい。そのことを、馬子は看過するわけに行かなかった。

 厩戸皇子の宮の建設費を膳氏が助力をするということは、将来大王になる厩戸皇子に大きな恩を売るということであり、それはいずれ皇子が大王となった時に見返りがくると想像される。冠位や恩賞で優遇されないわけはない。そうなれば、膳氏は、蘇我氏を脅かす存在となるかもしれないのだ。

「太子の宮の建設の話が出た時は大王の御前、費用の話をするのは失礼と思ってしなかったのだが、是非、この馬子に助力させていただきたい。山背皇子はじめ刀自古郎女から生まれた御子たちは、私にとって実の孫。必要な費用も、人材も、何でもおっしゃってくだされ」

 馬子は、厩戸皇子の子供たちが自分の孫であると繰り返し、上宮一族と蘇我氏との強い繋がりを強調した。

 厩戸皇子は、馬子の援助を遠慮なく受けることにした。最初から、膳氏を牽制するために馬子が資金の援助を申し出ることを見越していたのである。正直なところ、父王が厩戸皇子に遺した遺産だけでは、厩戸皇子の構想とする京を斑鳩に造ることは到底できなかったのだ。

 そうなると、額田部皇女も黙っていなかった。

 何しろ、やがては自分が住む、皇子との愛の巣となる宮である。

 額田部皇女は、宮の建設には大王の部をいくらでも使うがよいと、厩戸皇子に言った。

 二月に入ると、厩戸皇子は斑鳩の宮の建設に取りかかった。

 宮の建設が始まると、以前にも増して厩戸皇子は忙しくなった。

 まず斑鳩の土地を広く整地することから始め、計画的に整った都市を造ろうとしていたからである。渡来人の智恵や技術を採り入れ、隋の国にも負けないような京を造ろうとしていた。

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