第34話

 彦人皇子の死は、額田部皇女を感傷的にさせた。自分も病気になったらあっけなく死んでしまうのだろうかと思うと、気分が優れなかった。

 このまま時が過ぎたら、やがて自分は死に、厩戸皇子が即位する。今、自分以外に皇子の妻は膳氏の娘ただひとりである。皇子のことだ、膳氏の娘を后に立てるかもしれぬ。その時に反対できる人間がいるだろうか。ただひとり皇子に意見を言える馬子だって、いつまでも健在とは限らない。馬子の跡継ぎの、温和なだけが取り柄の毛人は、皇子に押し切られ言われるがままに了承してしまうに違いない。皇族出身でなく身分の低い膳氏の娘が后になるなど、許されることではないのに。

 もうひとつ、山背皇子のことも気がかりである。

 厩戸皇子が即位したら山背皇子を太子とするだろう。蘇我氏も後押しする。

 しかし、それはこの国にとって大きな問題なのだ。

 額田部皇女が疑っているように、もし山背皇子が厩戸皇子の実子でないのなら、山背皇子には大王家の血が全く入っていないということになる。人一倍皇女としての強い矜持を持つ額田部皇女は、大王家の血が全く入っていない人間が大王位に就くなどあってはならないと考えていた。

 厩戸皇子が大王となり自分が后となったなら、山背皇子ではなく、自分の息子尾張皇子を太子にしようと思っている。当初は厩戸皇子との間に生まれる皇子を太子にするつもりだったが、この先、それは望み薄である。だから自分が厩戸皇子との息子を産めなくても、尾張皇子が大王になれば大王家の血は途絶えない、そう考えていたのだ。

 だがもし、たった今、自分が病気になったら……。

 額田部皇女は、全身の血が引いていく気がした。

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