第32話

 額田部皇女は悶々とした気持ちのままで新年を迎えた。

 新年の拝礼を、今年も額田部皇女と厩戸皇子は並んで受けた。厩戸皇子の横で節会の舞を眺めながらも、額田部皇女の気持ちは晴れなかった。

 厩戸皇子は充実しているらしく、引き締まった顔になった。自分ばかりが歳を取っていくみたいだと、額田部皇女は思った。

 額田部皇女はふと、一段下に並ぶ皇子たちを眺めた。

 尾張皇子を筆頭に、皇子皇女たちが勢揃いしていた。その中には、厩戸皇子の長男、山背皇子の姿もある。

 久しぶりに見る山背皇子は、すっかり若者らしくなった。

「山背皇子は今年いくつになったのかしら」

 誰に言うでもなしに額田部皇女は呟いた

「はい、十一歳になりました」

 横に座る厩戸皇子が聞きつけて答える。

「ほお、十一。子供の成長は早いもの。もう直に成人ではないか」

「ええ、早いものです」

 こうして改めて見ると、山背皇子は厩戸皇子と全然似ていない。馬子は、母親似だと言うが、厩戸皇子の優美さや聡明さ気品を、山背皇子は全く備えていない。厩戸皇子が山背皇子くらいの年頃には、大勢の中にいても際立って美しく光り輝いていた。かたや山背皇子はどうだろう。その姿は群臣の中に埋もれてしまい、知らぬ者が見たら、厩戸皇子の子だと気づかないだろう。

 前々から額田部皇女は、山背皇子が厩戸皇子の実の子ではないと思っていた。

 自分が大王に嫁いだ時は、懐妊するまで一年近くかかったものだが、刀自古郎女は、厩戸皇子と婚姻してすぐ懐妊し、八ヶ月も経たぬうちに山背皇子を産んだ。早産であったはずなのに山背皇子は充分な身体で生まれてきた。馬子は、自分の娘が男子を産んだことに有頂天で何の疑問も抱かなかったようだが、何人も子を産んだ額田部皇女にはわかる。あの赤子は厩戸皇子と契る前から郎女の腹の中にいた、と。刀自古郎女は、厩戸皇子と婚姻する以前から東漢直駒と男女の仲だったという噂もあった。他の厩戸皇子の子とされる子も、果たして本当に厩戸皇子の子かどうかも疑われる。そのことに気づいた馬子に、駒もろとも殺されたのだとも囁かれている。

 山背皇子には厩戸皇子の血が流れていない。

 額田部皇女は再び山背皇子を眺めながら、そう確信した。

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