第24話

 推古四年十一月、一年余りの長い旅を終え、厩戸皇子は飛鳥京に戻っていた。

 その日いつものように朝参した群臣は、朝庭に入ってハッとした。大王の隣に厩戸皇子の姿をみとめたのだ。今朝、鳥がやたらとうるさく啼いていた。これは厩戸皇子の帰京を知らせる声だったのか。

 久しぶりに人々の前に姿を見せた厩戸皇子は、一段と立派な大人の男の姿になっていた。病気であったことが嘘のように、生気に満ちた顔をしていた。凛とした佇まいは以前にも増して威徳を感じさせ、彼の心が成長したことは誰の目から見ても明らかであった。

「大王におかれましては、ご機嫌うるわしゅう」

「うむ。そなたの病はもう良いのか」

「はい。しばらくお休みをいただき療養したお陰で、すっかり治りました」

 顔を上げ、額田部皇女を真っ直ぐに見る厩戸皇子の目は、奥に深い輝きを秘めていた。

 額田部皇女は、皇子が帰ってきたら今までの無沙汰を責めようと思っていたが、その瞳に射すくめられ言葉を発せないでいる自分がいた。まるで、自分ではなく、目の前にいるこの若者が大王であるかのような、そんな気さえした。

 それは馬子や他の群臣にしても同じだった。病み上がりの弱り切った厩戸皇子を想像していたが、今、目の前にいる厩戸皇子はどうだ。馬子に挑みかかるような、何もかも見透かした目をした厩戸皇子。物部守屋大連との戦いで四天王を呼びだした気迫が、いやそれ以上のものが感じられる。

 馬子は、厩戸皇子が自分の最大の敵になる予感がした。


 飛鳥に戻ったその夜、厩戸皇子は額田部皇女と床を共にした。

 本当は今すぐにでも菩岐々美郎女と会いたくてたまらなかったのだが、皇子は理性でそれを制した。自分の立場を考えると、まず額田部皇女を優先しなければならない。

 額田部皇女は、厩戸皇子が菩岐々美郎女より自分に先に会いに来たことで、今までの不満も吹き飛んでしまった。一時は皇子との子をあきらめかけ、婚姻の解消も考えた額田部皇女だったが、皇子の腕に抱かれると、そんな考えは木っ端みじんに消え去った。皇子とずっと一緒にいたい。皇子の子を産みたい。皇子といるこの時間こそが全てだった。

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