第15話
春になると、厩戸皇子は政治の場での発言を控え、自室に籠もる時間が多くなった。馬子に対する信頼が揺らいだ今、自分の周りの人間全てを信用できなくなっていた。
誰とも会いたくなかった。何もしたくなかった。朝参や会議にも出たくなかった。だからといって公の場から姿を消すと、噂に負けたことになる。
厩戸皇子は、皆の前では以前と何も変わらぬよう平静を装った。以前と違うのは、自分の気配を消してただそこにいるだけ、という風になったことだ。嘗ては、いるだけで光を放っていたような厩戸皇子がである。
厩戸皇子は、彦人皇子のことを思いだした。
先王の大兄皇子であり、次期大王は確実と見られていながら、馬子に疎まれ、結局政から身を引かずにはいかなかった人物である。父である大王が薨去し、後見の三輪君逆が殺されると、病気を理由に自分の宮へ引き籠もって暮らすようになった。現在に至るまで、ずっと政には関わらない。
当時の厩戸皇子は彦人皇子を哀れに思いはしたが、それだけの人物だったのだと思った。だが、今なら彦人皇子がそうなったのもわかる気がした。正に今の自分の状況は、彦人皇子と同じなのだ。
もしかしたら、と厩戸皇子は考えた。
額田部皇女が自分を太子に指名したのは、実はこうしたことを見越しての罠だったのかもしれない。自分が政治的に無力であることを世間に知らしめ、息子の尾張皇子を大王にする計画だったのかも知れない。結局は自分も、先王と同じように亡き者とされてしまう運命なのだろうか。
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