第11話

 以後、額田部皇女は厩戸皇子に頻繁に誘いの文を送った。珍しい食べ物が届いた、貴重な経文が手に入った、などと言っては、滅多に通ってこない皇子の足を、何とかして自分の宮へ向けさせようとした。

 その度に皇子は、断る理由に頭を悩ませねばならなかった。「明日は満月。月の光の下で逢瀬を」という意味の歌が送られてきた時には「離れた場所でふたりが同じ月を見ているとは、なんと風流なことか」と返し、やんわりと断った。


 過去にも政略結婚を経験している厩戸皇子だったが、額田部皇女になかなか妻としての愛情を抱けなかった。皇女との夜は半ば強制された義務、仕事のような気持ちを持って挑んだ。厄介な仕事、時間と労力の無駄遣いにしか思えなかった。額田部皇女の誘いを断る理由を考えることも、それでも彼女のご機嫌伺いをせねばならないことも、額田部皇女に関わる全てが、皇子にとっては面倒臭く感じた。そうはいっても約束をした以上、今後ずっと彼女と関わらずにに済むわけがないのはわかっていた。

 そんな厩戸皇子に対して額田部皇女は、いっそ自分たちの関係を公表してしまおうと提案したが、厩戸皇子は「今はまだ早すぎます。私は先王のようになりたくはありませぬ」と優しく諭した。


 この先何度逢瀬を重ねたところで、ふたりの間に例の密約がある限り、彼女を心の底から妻として愛せないだろう。だが女帝はそんなに甘くない。自分にその気がないことを知ったら、馬子と結託して自分を潰しにかかるだろう。

「これは自分に与えられた試練なのだろうか」

 厩戸皇子は苦笑いした。

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