第二十一話・突き動かすもの
上着の内ポケットには拳銃、手には先ほど手に入れた古びた
だから頭を使わねばならない。
「──お、あったあった。やっぱり海が近いとこだから探せばあるもんだなあ」
目当ての物を見つけ、多奈辺はフッと笑った。
これは彼に馴染みの深いもの。取り扱いにも慣れているが、今回は
建物と生垣の間。
細い路地。
建物と建物の間。
車が通れないほど狭い場所は人が身を隠して進むには適している。それ故に、追っ手もそういう場所を好んで通るだろうと予想出来た。
ざく、ざく、と砂利を踏みしめる音に耳を傾け、多奈辺はじっとその時を待った。
徐々に近付いてくる足音は二人分。
恐らく港付近の交差点から走行中のオフロード車を狙撃した者達が追って来たのだろう。つまり、銃を所持している。まともにやり合えば多奈辺に勝ち目はない。
だから罠を仕掛けた。
追っ手の一人が何かに足を取られ、たたらを踏んだ。地面から十センチくらいの低い位置にピンと張られていたのは釣り糸。糸に引っ掛かって
次の瞬間、目の前に大きな何かが通り過ぎ、彼らは咄嗟に銃を構えて何発も撃った──が、手応えがない。困惑する二人が『何か』に気を取られている隙をつき、待ち構えていた多奈辺が
何発かの銃声の後、二人は倒れた。
一人は腹に、もう一人は脚と腰に銃弾を受けた。大きな悲鳴をあげることもなく、浅く早い呼吸を繰り返し、びくびくと痙攣を起こしている。
血を流して横たわる軍服姿の二人を確認してから、多奈辺は空き家のベランダの柵に凭れて安堵の溜め息をついた。
仕掛けた罠は二つ。
釣り糸を使った足止め。
古着を用いた
娯楽も何もなさそうなこの小さな島で出来るのは釣りくらいなもの。だから、どの家にも釣り具があるだろうと踏んで家捜しをした。読み通り、何軒目かで目的のものを入手することが出来た。
釣り糸は運良く未開封。最低でも数年は放置されていたものだが保存状態は良く、劣化も気にならない程度。
透明な糸は低い位置、しかも陽の当たらない場所に張れば目立たない。狭い路地は仕掛けるのにうってつけだった。
何ヶ所かに分けて仕掛け、近付く足音を頼りに狙撃ポイントへ移動。足止め出来た時を見計らって上からハンガーに掛けたままの古着を投げ落とす。
最大限に警戒していた追っ手の二人は目の前に現れたソレに過剰に反応し、結果として隙だらけとなった。
あとは離れた場所から狙い撃つだけ。
ぶっつけ本番で使用した古びた
その次に、倒れた二人の足元に転がる狙撃銃に目が行った。現役の兵士が使う銃はどんな使い心地だろう。好奇心が警戒心に僅かに勝った。
空き家から出て現場に向かう。
ほぼ虫の息の二人を横目に、多奈辺は落ちている銃に手を伸ばした。一つは銃身にべったりと血が付いていたため、綺麗なほうを拾い上げる。ずっしりとした重量感に思わず表情を綻ばせ、多奈辺はそれを大事そうに胸に抱えた。
その場から離れるために歩き始めた多奈辺は、ふと背中に熱いものを感じて立ち止まった。
「あ、あれ……?」
ぼたぼたと口の端から溢れ落ちる液体を手の甲で拭い、目の前に掲げてみる。赤い。これは何だろう、と考えているうちに、がくりと膝が折れた。地面に倒れ込んだ拍子に頬に砂利がめり込むが、多奈辺は痛みを感じなかった。
倒したと思っていた二人の追っ手のうち、一人はかろうじて意識があった。死んだフリをして多奈辺が背を向けるのを待ち、残された血塗れの銃を用いて撃ち抜いたのだ。
「ひ、ひな……、……」
絶命するその瞬間まで、多奈辺は銃から手を離さなかった。
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