第二十話・動く囮
スーツのポケットに入れたままの衛星電話がずっとブルブルと震えている。
それは、彼が現在運転中だからだ。
「うう〜、早く出たいのにぃ〜!」
多奈辺を車から降ろした後、予定通り役場跡地を目指して進んでいたのだが、場所が分からなくなってしまったのだ。
場所はゆきえが知っている。
だから、さとるが運転する軽自動車が先頭、次に三ノ瀬、最後尾は右江田のオフロード車という順に走っていた。
しかし途中後方から狙撃され、一旦脇道にそれてやり過ごしている間に先導車を見失ってしまった。
合流地点ならみんなの車が固まって止まっているはず。そう思って辺りを探すが、さとると三ノ瀬の軽自動車も真栄島の軽トラックも見当たらず、右江田はずっと近辺を走り続けていた。突き当たりの交差点を左に曲がり、その後は狭い道をぐるぐると回っている。
運転中は電話に出られない。
これは彼が道路交通法を遵守しているからではなく、話すことに意識が向き過ぎると前方確認やハンドル操作が疎かになってしまうからだ。
新しい指示を貰いたいが、迂闊に止まったらまた狙撃されてしまう。それを恐れ、出来るだけ安全そうな場所を求めて走り回った。
そして、ようやく良さげなガレージを発見し、そこに頭から車を突っ込んだ。入り口以外の三方向はしっかりとした壁で囲まれている。車体を全部隠してしまえば見つかりにくい。
右江田はすぐさま胸ポケットから震える衛星電話を取り出し、通話ボタンを連打した。
「真栄島さんッ!?」
『ざんねーん、私でしたぁ〜!』
「み、
先ほどからの着信は三ノ瀬からだった。
『ちょっと今どこに居るの』
「えーと、住宅街のどっか」
『どっかってドコよぉ〜!』
「わかんないっすよー!!」
右江田は自分が今どこにいるのか把握していなかった。狙撃されないよう闇雲に走り回ったからだ。
ようやく仲間の声が聞けたことで気が緩んだのか、声が震えてうまく話せない。それを察して、電話の向こうで話す相手が交替した。
『──右江田君、無事かい?』
「真栄島さぁん!」
『合流したいところだけど、口頭では説明しづらい場所だし、また変更があるかもしれないからやめておこう。
「は、はいっ。でも、あの、」
『集合場所は港だからね。必ず来るんだよ』
そこで通話は切れた。
敵を倒して港を目指す。
簡単なことではない。
銃火器もない。
それに、同乗していた
だが、明確な目標が出来たことで先ほどまでの不安な気持ちが全て消し飛んだ。新たな指示を脳内で何度も反芻し、自分の頬を両手のひらでパァン!と叩いて気合いを入れ直す。
腰のホルスターにはアルミ合金製の特殊警棒。
これが右江田の持つ唯一の武器。
大きな車体は身を守る鎧。しかし、全ての攻撃を防いでくれるわけではない。側面のドアには鉄板が仕込まれているが窓は補強出来ない。フロントガラスは砕けにくいが銃弾を喰らえば貫通する。サイドの窓ガラスは緊急脱出用に割れやすく出来ている。タイヤもそう。無人島の管理されていない道路には様々なものが落ちている。鋭利ものを踏めばすぐにパンクしてしまう。
右江田のオフロード車は頑丈な作りをしているが、ここに来るまでにダメージを受け過ぎた。一時避難のつもりで突っ込んだガレージから出発しようとするが、どうも調子が悪い。エンジンから正常ではない振動を感じる。何発も衝撃や銃弾を受けたことでガタが来たのだろう。
乗り続けるには心許ないが捨て置くには勿体ない。そこで最後に一役買ってもらうことにした。
バックでガレージから出し、狭い路地から広めの道路へと戻る。そしてギアをドライブに入れ、サイドブレーキを引かずに車から降り、すぐに近くの建物の陰に身を隠した。
すると、オフロード車は無人にも関わらずゆっくりと前進していった。
動く車を
数十メートル先でガシャンと金属がぶつかる鈍い音が聞こえた。その少し後に何発かの発砲音とガラスが割れる音が響いた。敵の人間が一人、囮の車に引っ掛かったのだ。
民家のブロック塀に衝突して止まるオフロード車。その内部を調べようと近付く軍服姿の男に背後から忍び寄る。不規則なエンジン音が靴音や気配を消してくれた。男が車内を覗きこもうとした時に出来た隙を狙い、右江田は握っていた黒い棒を勢いよく振り下ろす。
ジャキッと音を立てて伸びた警棒の先が右肩を砕いた。男が慌てて振り向くと同時にもう一度思い切り叩きつける。喉奥から絞り出したような低い呻きを上げ、男はその場に蹲って動けなくなった。
地面に落ちた
「
超至近距離からの一発。
それだけで男は物言わぬ屍となった。
「あー、やっぱ銃やだ。こんな危ないもの持ち歩くのとか無理。三ノ瀬センパイは何でこんなの好きなんだろ……あーあ、他にも何人か居るよなあ。多奈辺さんも早く見つけないと。港に着いた時に一緒じゃないと怒られる……」
山を背にして進めばいずれは海に辿り着く。
直線距離でおよそ三百メートル前後。
ブツブツと独り言を呟きながら、右江田は小銃を近くの民家の庭に放り投げた。
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