第十九話・合流地点
三台の車は港を通り過ぎた先にある交差点を左折し、なおも走り続けた。
ここが島のメインストリートだろうか。やや広い道路の左右には等間隔に街路樹が植えられ、小さな店らしき建物が幾つか並んでいた。しかし、どの店もシャッターが下されている。この島は現在誰も住んでいないのだから当然だ。
この道の突き当たりが役場跡地。別行動を取っていた
もうすぐ見える、といったところで
「やっべぇ、まだ狙われてる!」
何者かが車でオフロード車の後ろを追い掛けてきているわけではない。恐らく交差点付近から狙撃しているのだろう。走行中、しかもバックミラー越しでは狙撃手の姿は確認出来ない。
ガラスに命中すれば弾が貫通してしまう。右江田は少し迷った後、ハンドルを切って狭い路地に入った。
さとると
引き返して真正面から敵に突っ込むか。
しかし、フロントガラスを撃ち抜かれたら命に関わる。多奈辺を乗せている以上、運転手である自分が先に斃れるわけにはいかない。
「ああ〜……どーしよっかなぁ……」
路地を進み、角の度に何度か同じ方向に曲がり、再びメインストリートに出る直前、建物の陰に車体を隠したまま、右江田は弱音を吐いた。
多奈辺には右江田の気持ちが何となく分かった。
次の指示がない状況が彼を追い詰めている、と。早く真栄島と合流して明確な指示を出してもらいたい。そうすれば、それに従って動くだけで済む。
「私はここで降ります。右江田さんは皆さんの後を追って合流を」
「は? なに言ってんすか多奈辺さん」
「その代わり、この銃は借りていきます」
振り向くと、多奈辺はいつの間にかトランクから後部座席に戻っていた。手にした
敵がいる中での単独行動は危険だ。それに、これまでは車に乗っていたからこそ銃弾から守られていた。車は謂わば鋼鉄の鎧。身を守る術も無いまま外に出ようとするほうがおかしい。
「いやいやいや、早まらないでくださいよ。外は危ないんすよ! そもそも、ソレの使い方分かるんすか?」
「やったことはないけど、多分コレが安全装置ですよね? まあ、なんとかなると思いますよ」
そう言って多奈辺は小銃の右側面、
「……絶っっ対無茶しないでくださいね!」
「分かってますよ。私も死にたくないので」
多奈辺は車を降りると、身を隠すように民家と民家の間に入り込んでいった。それを呆然と見送った後、右江田は車を後退させ、違う道から目的地を目指すことにした。
「……車に乗ったままじゃ撃てないもんなあ」
オフロード車のエンジン音が遠ざかるのを聞きながら、多奈辺は手にした小銃の銃身をそっと撫でた。ひんやりとした金属の質感と重みが彼の心を支配していく。
車から降りたのは
「やれるだけのことをやろう。私は一番弱いんだから」
多奈辺は目星をつけた空き家の朽ちた雨戸を外し、屋内へと潜り込んだ。
多奈辺が右江田のオフロード車から降りて別行動を開始した頃、先頭を走っていたさとるは目的の役場跡地を発見した。
この島は数年前に過疎化と高齢化により無人となったが、最盛期には千人を越す住民がいた。役場もそれなりに立派な作りをしている。しかし、言われなければこれが役場だとは思わない、その程度の規模の建物だった。
二階建て、鉄筋コンクリート製。
駐車スペースは五台分しかない。
一階の窓は何箇所か割れている。
とにかく、真栄島から指定された場所はここで間違いない。さとるは迷わず駐車場に車を止めようとした。
「待って、一度通り過ぎて!」
「へ? あっ、はい」
突然ゆきえがそれを止めた。
言われるがまま、さとるは突き当たりの交差点を右に曲がって役場跡地から離れた。後ろを走る三ノ瀬もそれについていく。
「あの、なんで止めたですか」
百メートルほど先にある民家の広い庭に車を止めてから、さとるは後ろを振り返って尋ねた。
「真栄島さんは軽トラックに乗ってたはずなのに、あそこにはなかった。だからよ」
「あっ……」
確かに駐車スペースに車はなかった。今まで通ってきた道沿いにも軽トラックは見当たらなかった。
ゆきえは単なる道案内だけではなく、後部座席から周囲を注意深く観察していた。
「多分状況が変わったんだわ。あのまま役場跡地に行くのは危ないと思う」
その言葉を裏付けるように、後から来た三ノ瀬が車を横付けしてきた。衛星電話は右頬と肩で挟み、両手はハンドルを握っている。
「また真栄島さんから電話きた〜! 役場跡地の辺りは危ないから移動するって」
「うわ、
港の手前で通話した時からまだ七、八分ほどしか経っていない。短時間に状況が変わったということか。
電話の向こうの真栄島から新たに指示を受け、この道の更に奥にある空き地で合流することに決まった。
しかし。
『右江田君は一緒かい?』
「まだ来てないです〜! てゆーか、途中で後ろから居なくなったんですけど。右江田君の車には多奈辺さんも乗ってるのに」
三ノ瀬の言う通り、役場跡地に向かう道の途中で右江田の車は細い路地に曲がって消えた。背後から狙撃されていたからだ。そこで多奈辺が車を降り、単独行動を始めたことを他のメンバーはまだ知らない。
『途中で襲撃に遭ったのかもしれない』
右江田も衛星電話を所持している。
彼は不器用だから運転しながら電話を受けるような真似は出来ない。だから真栄島は
当初の予定では役場跡地で合流するはずだった。しかし危険を感じたため、そこから少し離れた住宅街の空き地へと落ち合う場所が変更となった。
「堂山さん、さとる君、ご無事で何よりです!」
三人の顔を見るなり、真栄島は笑顔で出迎えてくれた。
この空き地には廃材が高く積み上げられており、道路側からは奥が見え辛い。周辺の家の窓は全て雨戸が閉められ、何者かが潜んだり狙撃してくる可能性は非常に低い。
元からそうだったのではない。ここを安全地帯のひとつにすべく、真栄島が事前に家々に侵入して雨戸を閉めて回ったのだ。
「……そうですか、
三ノ瀬から報告を受けて見上げると、山頂からはまだ黒煙が立ち上っていた。
先ほどの爆発には気付いていた。今回の作戦の目的である地対艦ミサイルの破壊が成されたと分かり、あとは全員が戻ってくるのを待つばかりと思っていた。協力者の中から犠牲者を出してしまったことに責任を感じ、真栄島は唇を噛んで辛い気持ちを堪えた。
「彼のおかげで我々のチームは無事任務を完了することが出来ました。後は帰るだけなんですが、そうもいかなくなってしまって……」
「港に船が増えてたんですけど、あれってやっぱ敵が乗ってたやつですか」
「ああ、間違いない。あの船が着いた後、武装した兵士が何人か島に上陸した……私は早めに気付いたから身を隠せたんですよ」
さとるの問いに、真栄島は険しい表情で頷いた。
「右江田君や多奈辺さんとも合流したいが、迂闊に動くと危ない。連絡を入れて、ここまで来てもらう方がいいでしょう」
「でもぉ、さっきからずーっと掛けてるのに全然出ないんですけど〜」
三ノ瀬は真栄島と話しながら、衛星電話で右江田に連絡を試みていた。呼び出し音は鳴るから電話機が故障しているわけではない。運転中か、それとも。
ゆきえとさとるの不安そうな様子を見て、真栄島はニコッと笑ってみせた。
「疲れたでしょう。水と携帯食くらいしかありませんが、少し食べて休んでください。見張りは私がやりますから」
そう言って、ペットボトルと小さな包みを手渡す。
二人はそれを受け取ると、僅かに表情を緩めた。ずっと緊張状態が続いていて気が休まる時がなかった。今も決して安全とは言えないが、任務は完了している。少なくとも義務や責任感からは解放された。
真栄島は空き地の出入り口付近の物陰に隠れ、見張りを始めた。
三ノ瀬は右江田に連絡を試みながら非常食のショートブレッドをかじり、空いた手で手持ちの銃に弾を補充している。
「あ、そうだ、武器」
自分が丸腰であることに気付き、さとるは焦ったように声を上げた。三ノ瀬がニッと笑う。
「あるわよ〜武器。真栄島さんが持ってきてくれたからね〜」
「えっ」
「真栄島さんは私達と別行動してる間に敵の拠点から物資を回収してくれてたのよ〜。もちろん武器もねっ」
軽トラックの荷台には幾つかの銃火器と弾薬入れが積まれていた。
三ノ瀬達が見張りを撃退して山道を登った後、真栄島は見張りの潜んでいた場所を見つけ、運び出せないものは壊し、使えそうな物資を奪った。武器や予備の弾薬さえ押さえておけば敵はそれほど脅威ではない。
その後、出来るだけ分かりやすい場所で落ち合おうと役場跡地を指定したが別の見張りの拠点だったため、慌てて合流地点を変更した、ということらしい。
「さあ、どれがいい〜?」
まるで露店の売り子のように、三ノ瀬は二人に銃を勧めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます