第十六話・破壊の号令

 手榴弾は教室内にいた三人にかなりのダメージを与えた。その証拠に銃の乱射がピタリと止んでいる。怪我の具合や生死については分からない。投げ込むと同時に逃げ、内部を確認していないからだ。


 校庭にいた安賀田あがた達からは砕けた窓ガラスが外へ飛び散る様が見えたが、教室内がどうなっているかまでは見えない。


 爆発音の後から銃声が聞こえなくなり、多奈辺たなべはようやく顔を上げた。ずっと下を向いていたせいで眩暈めまいがする。こめかみを押さえながら、ゆっくりと車内を見回した。

 フロントガラスはひび割れだらけで酷い有り様だが、自分は車体やドアに守られていたおかげで無傷だった。

 敵の落とした小銃ライフルは銃弾を何発か受けて破損しており、渋々諦めた。シートの上に散らばるガラス片を払ってから運転席に座り直す。

 校舎から戻った二人に安賀田が声を掛けた。


三ノ瀬みのせさん、さとる君、よくやってくれた。おかげで多奈辺さんが助かったよ」

「私はついてっただけで〜す! さとる君が華麗にキメてくれたのよ〜!」

「いや、俺はそんな……」


 ねぎらわれ、さとるは照れ臭そうに笑って頭を下げた。


 大人に褒められることは珍しくなかった。学校の先生からは小言しか言われなかったが、バイト先の人たちはみな親切で優しかった。でも、本当に褒めてもらいたい相手からは何も言われなかった。


 あやこはバイトで稼いだ金を手渡す瞬間だけ機嫌良く笑顔を見せた。さとるが唯一好きな母親の表情。それが見たくて勉強もせずに働いた。学生は時給も低く、夜遅くまでは働けない。大した金額は稼げなかったが、それでも母親を喜ばせたい一心で頑張った。あやこが金にしか関心がないと理解した時は愕然としたけれど、それでも辞められなかった。


 車に乗り込む直前、ゆきえと目が合った。

 怪我のせいか顔色は悪かったが、さとるの視線に気付くと目を細めて笑い、軽く手を振ってくれた。

 その笑顔は今まで見てきた中で一番優しく思えて、さとるも笑い返した。満たされなかった過去の自分がほんの少しだけ報われた気がした。


 この場にいた見張りを全員無力化することに成功した。邪魔が入らないうちに地対艦ミサイルを破壊し、港に戻れば生きて帰れる。


「アレを破壊すれば仕事は終わりです。あと少し、頑張りましょう」


 安賀田が声を掛けると、全員が力強く頷いた。

 まず、車を校庭の中央に向けて止めねばならない。

 多奈辺の車は集中攻撃を受けた際に前輪がパンクしていたが、短い距離ならば走れる。ひび割れたフロントガラスのせいで前が見づらくなっている。そろそろと動かし、車の向きを変えた。

 近ければ近いほど当たる可能性が高くなるが、命中した後のことを考えれば離れた方がいい。標的のトラックから五十メートルほどの位置で向きを微調整しながら車を止め直す。


「さとる君、どうかな」

「もうちょいです」


 さとるは車の後部座席で、預かった手榴弾すべてに細工を施していた。三ノ瀬の応急処置セットからテーピング用テープを貰い、手榴弾のレバーをグッと押さえ込んだ状態でぐるぐる巻きにして固定した。全部巻き終えてから安全ピンを引き抜く。

 手榴弾はピンを抜くと数秒後に爆発するが、それは本体に取り付けられたレバーが外れて内部にある撃鉄が信管にぶつかり、起爆装置が作動するからだ。つまり、ピンが抜けてもレバーさえ外れなければ爆発しない。


 手持ちの手榴弾全ての細工を終え、さとるは自分の車を地対艦ミサイルのトラックのすぐ側に止めた。もちろん車体前方はトラックに向けている。全てのドアを開け放ち、給油口のキャップを外しておく。手榴弾を軽自動車の車内とトラックの荷台に置き、走ってみんなの元へと戻る。そして、事前の打ち合わせ通り右江田の車の後部座席に乗り込んだ。


「安全装置は解除したっすかー? あとは真ん中のボタン押すだけなんで、気負わずいきましょー!」

右江田うえだ君、これで撃てる?」

「そーそー! カンペキっす!!」


 右江田が車を降りて確認をして回る。彼の呑気な話し方に、全員苦笑いを浮かべた。緊迫した空気が霧散していく。


「……よし、やろう!」


 力強い安賀田の声が校庭に響いた。


 五台の車が校庭の真ん中に鎮座するトラックに向けて止められている。それぞれ自分の車の運転席に座り、シフトレバー横のボタンに手を掛けていた。


 ボタンを押せば、助手席からエンジンルームに突き抜けて設置されている無反動砲ロケットランチャーが発射される。この無反動砲は助手席に固定されているので、あとから照準を合わせることは不可能。車高の高さは車によって違う。操作自体は簡単だが、狙いたい場所に角度を調整出来ない、という欠点がある。

 そこで欠点を補うための案が出された。


 


「よし、撃て!」


 安賀田の合図で五人はボタンを押した。

 カチッとボタンの沈み込む音がした後、助手席に設置された金属の箱が震えた。次の瞬間、車体が揺れるほどの衝撃と共にフロントグリルを突き破って何かが射出された。車内に火薬と金属の焼けたようなにおいが充満する。

 それぞれの車から飛び出した無反動砲の砲弾は、軌道上に煙を残しながら前方の軍用トラックと軽自動車に全弾命中した。


 安賀田と右江田の砲弾は狙い通り地対艦ミサイルが積まれた軍用トラックの荷台部分に、車高の低い三ノ瀬、ゆきえ、多奈辺の砲弾は手前に置かれた軽自動車に。幾ら鉄板で強化していても無反動砲は防げない。砲弾は車体にめり込み、そこでぜた。

 燃料タンクから気化したガソリンに引火して小規模な爆発が起き、次に車体の下から火の手が上がった。炎が車内に置かれた手榴弾を焼く。テーピング用テープが焼き切れ、レバーを固定するものが無くなっていく。

 ドン、ドンと破裂音が響き、時間差で手榴弾が爆発した。開け放たれた車のドアから無数の金属片が飛び出て荷台を襲う。それでもまだミサイル本体の破壊には至らない。射出用の筒が頑丈過ぎるのだ。

 ミサイル本体が破壊出来なくても、発射装置が機能しなくなればいい。そのためには、可能な限りダメージを与えなくてはならない。


「まだ足りないか……!」


 無反動砲は撃ち尽くした。手持ちの手榴弾もほぼ使い果たした。考え得る限りの手段を講じたが、これで任務完了と判断するには早い。

 安賀田は燃え盛る軽自動車と、多少表面に傷がついただけの軍用トラックを見つめ、眉間に皺を寄せた。


 彼には実行部隊を任された責任がある。

 なんとしても結果を出さねばならない。


 ふと視線を落とし、自分の乗っているSUV車を見た。ここにある車の中で右江田のオフロード車の次に頑丈な作りをしている。


「……、……そうだな、それしかないか」


 ぐるりと周りを見れば、不安そうにトラックを見つめる仲間の顔が目に入った。彼らに新たな指示を出し、活路を見出すことこそが自分の役割だと安賀田は強く思った。




 『安賀田さんには、戦争で先陣を切って戦っていただきたいと考えております』




 勧誘に来た際、真栄島まえじまはそう言った。まだその期待に応えられていない。


「右江田君。済まないが、みんなを連れて先に山を降りてくれないか」


 安賀田は車の窓を開け、隣の右江田に声を掛けた。


「安賀田さんは?」

「私はもう少しあのトラックを壊してから追い掛けるよ。多奈辺さんの車はもう走れないだろうから、君の車に乗せてほしい」

「それは、全然構わないっすけど」

「のんびりしてたらここの責任者が戻ってくるかもしれない。下に着いたら真栄島さんの指示に従って」

「あ、そか。わかりましたッ!」


 そのやり取りを後部座席にいたさとるも聞いていた。安賀田がやろうとしていることを察したが、何も言えなかった。

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