第十五話・奇襲
しかし、こちらの目的は合流ではない。
要は対面側に味方がいなければそれでいいのだ。各自の車に積まれた
走行中の車を狙うのは難しいと気付いたか、今度は正門側に停まる
突然発進したセダンに驚き、四人は散り散りになって逃げた。統制は全く取れていない。こちらに背を向け、銃口を下に下ろして逃げ惑う様は完全に素人の動きで、それが妙に現実味があった。
車を停めて窓を開け、逃げる一人の背を拳銃で狙う。
ガァン!!
銃声が車内に響き、腕が衝撃で痺れた。だが、窓枠に凭れかかっていたおかげで予想より楽に撃てた。
多奈辺の弾丸は一人の右肩に命中した。
断末魔のような絶叫と共にその場に崩れ、小銃を取り落す。他の三人が振り返るが、助けに戻ることもなく我先にと校舎内へ逃げ込んでいった。
一人残されたのはアジア系の三十代くらいの男性で、肩の傷を押さえながら地面をのたうち回っている。苦痛に顔を歪ませ、口走っているのは撃った多奈辺に対する恨みか、見捨てた仲間への呪いの言葉か。
唯一言葉が理解できる安賀田だけが、聞こえてくる男の叫びに顔をしかめた。
多奈辺はこれまでの五十九年の人生で他人を傷つけたことはなかった。争いを好まず、競うことも苦手で、すぐに相手に譲ってしまう。損をすることも多かったが、それで丸く収まるのならば良いと考えていた。不当な評価を受けても、理不尽に罵られても、自分が耐えて済むならばそうしてきた。
穏やかな人間なのだと多奈辺自身も思っていた。
だが、実際はどうだ。
初めて持った拳銃の手に吸い付くような金属の重みと質感に魅せられて、渡された瞬間からずっと手離せずにいた。命を奪う武器だと分かっていながら、撃つ瞬間のことばかり夢想した。
そして今、初めて
銃弾が放たれた瞬間の衝撃。
鼓膜が破れそうな程の轟音。
反動で引き攣り痺れる両腕。
これこそが求めていたものだと確信した。
穏やかで争いを好まない性格なのではない。
今までそういったものと関わりが無かったから気付いていなかっただけ。
多奈辺は車をゆっくり進ませ、倒れた男の側まで移動した。男は怯えた目を向け、傷口を庇いながら、みっともなく尻餅を付き、ずりずりと後ずさるようにして距離を取ろうとしている。トドメを刺されると思っているのだろう。意味の分からない言葉で喚きながら涙を流している。戦意を喪失し、武器を持たない彼にこれ以上危害を加える気はない。本来ならば、若くて体格の良い彼に敵うわけがなかった。自分より強いであろう人間を打ち負かした事実が気持ちを昂らせた。
多奈辺はドアを開けて身を屈め、地面に落ちている小銃に手を伸ばした。弾が残っているのなら撃ってみたいと思ったからだ。
その瞬間、校舎側から甲高い発砲音が幾つも鳴り響き、セダンのフロントガラスを貫いた。
廃校舎に逃げ込んだ敵方の三人は多奈辺のセダンを狙って
たまたま地面に落ちている小銃を拾おうとして身を屈めていた多奈辺は無傷だった。しかし、弾は伸ばした指先の僅か数センチ先を掠っていった。少しでも身を屈めるタイミングが違えば撃ち抜かれて死んでいた。身に迫る死の恐怖に、多奈辺は身体を起こすことが出来なくなった。開いたままの運転席のドアに身体を隠すようにしてじっとする他ない。
現在、校舎から一番近いのは多奈辺のセダン。
そこから十数メートル後方、山道から校庭に入る側の位置に
そして、校庭の中央には地対艦ミサイルが積まれている大型の軍用トラックがある。今回の最大の目的はこの兵器の破壊。
まだ発射準備はされていない。
見張りは四人、うち一人は無力化した。
敵方の統制は取れていない。
間違いなく今が好機。
校舎に逃げ込んだ三人は一番近くにあるセダンを狙い撃ちにしている。そのせいで多奈辺は身動きひとつ出来ないが、攻撃が一箇所に集中しているため他への注意が散漫になっていた。
五台の車が固まって止まり、小さな軽自動車は
さとると
校舎の端にある非常扉は蝶つがい部分が外れて半開きになっていた。そこから内部に侵入し、音を立てぬよう細心の注意を払って廊下を進む。歩く度に木造校舎の廊下がギシリと音を立てるが、鳴り止まない銃声がさとる達の気配を消し、更にあちらの居場所を教えてくれた。
一階にある教室のひとつ。
入口の引き戸の隙間から内部を覗けば、窓枠に銃身を置いて撃ちまくる三人の男女の後ろ姿が見えた。この部屋が拠点のようだ。机や椅子は後ろに全て寄せられ、床には段ボール箱やカバンなどが無造作に置かれていた。食料や弾薬が入っているのだろう。予備の武器も見えた。
周辺を警戒していた三ノ瀬から目配せをされ、さとるは小さく頷いた。
上着のポケットから手榴弾を取り出し、右掌で本体とレバーをしっかり握り込んだ。そして安全ピンの輪っかに指を掛けて思い切り引き抜く。予想より力を込めねば抜けず戸惑ったが、ピンは無事本体から外れた。
あとはこれを教室内に放り込むだけ。
手榴弾を人に向かって投げればどうなるか。さとるは船にいる間に説明を受け、正しく認識していた。
いざその時になったら躊躇するかもしれないと思っていたが、相手はこちらに敵意を向けており、現在も多奈辺の車に向かって発砲し続けている。言葉は通じず、何を言っているのかも分からない。
それに、彼らの仲間は
さとるは手榴弾を教室内に投げ込み、三ノ瀬と共に廊下を走って戻った。非常扉に辿り着く前に後方で爆発が起きる。何かが飛び散る音と悲鳴、ガラスが割れる音が響く。背後から迫る衝撃波を無視して、二人は振り向かずに校舎から転がり出た。
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