第八話・もう一人の同行者
高速道路から降り、しばらく下道を走る。徐々に民家が疎らになり、代わりに大きな建物が建ち並ぶ地域に差し掛かった。道路は広く、車線も増えている。行き違う車はみな大型トラックばかり。この大きな建物はみな工場だ。よく見れば、ゲート付近に有名なメーカー名が書かれた看板が立っている。
マイクロバスは、そんな工場を幾つも通り過ぎ、工場地帯の中を突き進んでいく。この辺りは工場の関係者や運送会社の車以外は通らない。だが、マイクロバス自体はそんなに目立つ存在ではなかった。派遣社員の送迎でよく使われているからだ。
工場の建物群を通り越し、マイクロバスはついに突き当たりの柵に道を阻まれて止まった。高さ三メートルはある金網の上には有刺鉄線。小さな扉があるが、何重にも鍵が掛けられている。
「ここから先は歩いていきます。荷物を忘れずに降りて下さい」
一緒に降りた運転手が無線でどこかに連絡した後、懐から取り出した鍵束で金網の扉の鍵を一つずつ解錠していった。
ギイ、と軋んだ音を立てて扉が開く。
金網を抜けると、目の前には海が広がっていた。
「さあ、こちらからお乗りください」
「え、これに?」
さとるが不安げな声を上げた。しかし、真栄島が促すと素直に従った。マイクロバスの運転手は岸に待機し、見守っている。
細いタラップが岸壁と船を繋いでいる。打ち寄せる波に揺れる道を通り、全員が船へと乗り込んだ。機械油と鉄錆の匂いが充満する薄暗い船内は、外観から受ける印象より新しく見えた。
真っ先に目に入ったのは、内部の広い空間に積まれた自動車。軽自動車から普通自動車まで車種はバラバラだ。その数、七台。
「なに、ここ……」
「車……?」
ゆきえとさとるは眼前の光景に怖気付いた。
真栄島達の先導で車の間を縫って進むと、つなぎの作業着姿の青年が奥で待ち構えていた。彼は抱えていたバインダーを近くの車のボンネットに放り投げ、訪れた七人に向かってバッと両手を広げた。
「らっしゃーい! どーもどーも。あ、この船はねーわざとボロく見えるよーに外装に細工してあるだけだから。最新式とはいかないけど、それなりの性能あるから安心してねー」
細い目を更に細め、胡散臭い笑みを浮かべている。アジア系の顔立ちで、肌の色はやや浅黒い。頬から首、胸元まで目立つ場所にトライバル調の入れ墨が入っており、ひと目でカタギではないと分かる風貌をしていた。
確かに、外から見た船体は廃棄寸前にしか見えなかったが、内部の配管や壁はひとつも錆びていない。手入れが行き届いている。
「アリ君ありがとう。予定通り行けるかな」
「はいはーい、すぐ出港できるよー」
アリと呼ばれた青年は、ひらひらと手を振って奥へと引っ込んだ。しばらくして、エンジン音と共に船体が細かく振動し始めた。
人が休むための部屋はないようだ。車を積んでいる場所が一番広く、あとは操舵室や機関室しかないような船である。小型フェリーというよりは貨物船や離島の連絡船みたいなものだろう。
「あの、この船、どこへ行くんでしょうか」
「それも含めて説明しますね」
協力者四人と勧誘員三人は船内の片隅に作られた畳スペースに荷物を降ろし、円陣を組むように座った。中央には勧誘時に見せた衛星写真や地図が置かれている。写っているのは、本州の太平洋側に浮かぶ小島。
その地図を手に取り、真栄島が口を開いた。
「これからこの無人島に向かいます。ここには前に説明した『敵対国が持ち込んだ兵器』があります。これを破壊してもらいます」
改めて説明され、四人は首を傾げた。
「私達だけで、ですか。他には?」
「我々も一緒に行きますよ」
真栄島が両脇に座る
「いや、それでも七人しかいないじゃないですか。軍事施設を壊すなら、やっぱり警察……いや、自衛隊の方が」
「我が国が敵国の軍事施設を把握しているように、あちらも自衛隊基地や警察の施設と人員を全て把握しています。大きな動きを見せればすぐに戦争が始まる、今はそれくらい切羽詰まった状況なんです」
「そっ……そうなんですか……」
近隣の国々とは領土問題やら過去のいざこざで長年揉めていたはずなのに、ここ数年は何も報じられていない。全ては政府の情報統制に依るもので、テレビやラジオ、新聞には戦争関連のニュースは一切出ていない。だから、日本は平和なのだと国民は信じきっている。
ゴウンと音を立てて揺れながら、船は岸壁から徐々に離れていった。
これから何をやらされるのか、協力者達はまだ詳しく聞かされていない。命懸けであること、生きては帰れないかもしれないとだけは知っている。
「貴方がたは、何故自分が選ばれたのか分かりますか」
真栄島の問い掛けに協力者達は顔を見合わせた。そして、ぽつぽつと思い付いた理由を口に出した。
「えっと、なんだろ」
「シェルター代が払えないから?」
「守りたい家族がいるから?」
「これくらいじゃないかな」
それを聞きながら、真栄島達はうんうん頷く。しかし、理由はそれだけではなかった。
「それもありますが、実はもうひとつあるんですよ。それは、貴方がたが日常的に車を運転しているという点です」
「く、車……?」
「そう。今回の作戦では車を使いますので」
確かに四人は日常的に車を利用している。ゆきえも安賀田も多奈辺もさとるも同じ地方都市の住民だ。通勤に車は欠かせない。もちろん、それだけではない。
「ごくありふれた条件だと思うでしょう。でも、これがなかなか難しい。私達が担当した地域で条件に合致した人は数十名おりましたが、ちゃんと話を聞いてくれた人はその半分以下、更に承諾してくださった方は貴方がただけです」
「そ、そうだったんですか……」
荒唐無稽な話だ。まず信じない人がほとんどである。何度訪ねても見知らぬ人とは話もしないという頑なな人もいた。話の内容的に、玄関先で立ち話というわけにはいかない。受け入れてもらえなくては先の話に進めない。
車を使うと聞いて、四人は周りを見回した。薄暗い船内に見えるのは軽自動車やワンボックスカーなど、統一感のない中古車ばかり。それとは別に、隅にはカバーが掛けられた塊があった。
車の数は七台。
ここにいる人数は七人。
「普通の車ですよね?」
「ええ、見た目は。中身は少々改造してます」
右江田が立ち上がり、一番近くに停めてある車のドアを開けた。運転席は普通だが、助手席部分に金属製の大きな塊がある。
「これは爆弾です。運転席に取り付けたこのスイッチを押すと、フロントグリルを突き破って前方に発射されます。平たく言うとロケットランチャーっすね。本来は担いで使うんですが、重いので固定してあります」
「一台につき一発ずつ撃てるようにセットされてます。それと手榴弾が幾つか。使い方はこの後お教えします」
「ろ、ロケットランチャー……」
ゆきえは青褪めるばかりだったが、男性陣はやや前のめりでこの話を聞いていた。
「これらの武器は自衛隊の訓練で使用したり、老朽化や破損のため廃棄した、
助手席の下部、グローブボックスからエンジンルームに突き抜けるように鋼鉄製の筒が刺さっている。ボンネットを開けてみると、ラジエーターが本来より小型のものに替えられており、そこに出来た隙間に砲身が通されていた。旧式の無反動砲だ。次弾装填は不可能。故に、ここぞという時にのみ撃つことになる。
「安全装置が数ヶ所ありますので、いま発射されることはありません。出発前にロックを解除して、手元のスイッチひとつで済むようにします」
「これで兵器を壊すんですか」
「ええ。現地に行ってみないことにはどのような設備があるか分かりませんが、これだけあれば何とかなるでしょう」
小型ロケットランチャーには対戦車榴弾が込められている。命中すれば大抵の建造物の壁は破壊出来るだろう。
三ノ瀬が大きな紙を広げた。目的地である無人島の見取り図だ。中央部分に赤く印が付けられている。
「私達が襲撃するのはここです。日本の離島で、住民は高齢者十数人だけで、数年前に全員本土に移住して現在は無人島となってます。人の出入りは時折釣り人が船で立ち寄るくらい。島の中央にある小学校跡地が敵対国の拠点として再利用されている、という調査報告がきてます」
島民がいない、つまり他者を巻き込む恐れがないということだ。それには協力者達も安堵した。危険なものを扱うのだ。もし誤って無関係な人を傷つけてしまったら取り返しがつかない。
「じゃあ、小学校の建物を壊せばいいんですか」
「いえ、その付近に兵器が配備されていると予想しています。開けた場所、運動場あたりかと。その兵器の射程距離が百キロくらいでしたら太平洋沿岸地域が攻撃範囲に入ります。おそらく狙われるのは最寄りの自衛隊基地か、県庁所在地、市街地などでしょう」
調査というのも現地で直接調べたわけではない。衛星写真の画像解析と国籍不明の船舶の出入りなどの情報から総合的に見て判断している。本土に危険を及ぼす兵器が運び込まれているのは間違いない。
参考に見せられた写真にはトラックの荷台部分に弾頭が搭載されているタイプの地対艦ミサイルが写っていた。これは日本の自衛隊が所有しているものなので、実際に現地にあるものとは異なる。
戦争に有効な兵器なら守りが固いはずだ。
もし兵器の破壊を妨害されたら?
躊躇なく攻撃することが出来るのか。
「島はそこまで広くありません。この船で港に乗り付け、車で中央まで移動して兵器を破壊するのが目的です。数年前まで人が住んでいたので道路はあります。ただ、もしかしたら容易に通行出来ないようバリケードなどが設置されていたり、見張りがいるかもしれません」
車で敵陣に突っ込み、兵器をロケットランチャーで破壊する。シンプルな作戦ではあるが命懸けだ。四人はなんとも言えない表情で互いの顔を見合わせた。
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