第九話・戦争が始まる理由

 次に、実際に車の内部を見て説明を聞く。

 案内役は強面こわもての職員、右江田うえだだ。この中では最も背が高く体格が良い。彼は手前にある軽自動車の運転席のドアを全開にし、協力者達によく見えるようにしながら解説を始めた。親しみを感じてもらえるよう心掛けているが、元々の顔立ちがいかついせいで笑顔も怖い。


「運転自体は普通の車と変わらないんで、覚えるのは爆弾の発射方法だけっすね。操作方法は簡単で、真ん中、左手側のシフトレバーのすぐ横に設置されてる赤いボタンを押すだけっす」


 説明通り、シフトレバーのすぐ横には赤いボタンが取り付けられていた。誤操作防止のため、スライド式のプラスチックカバーが付いている。何本かの配線が助手席にある鋼鉄製のボックスに繋がっている。


「いま押しても弾は出ないんで試しに押してみます?」

「え、いや、いいです」

「だーいじょーぶですって! まだ安全装置解除してないんで! いざって時に押せないとヤバいから」


 遠慮するさとるに対し、右江田は執拗にボタンを押すように迫った。興味の方が勝ったか、右江田の迫力に圧されたのか。何度か断った後で、さとるは意を決して運転席に座って赤いボタンに手を掛けた。

 全員の視線が集まる中プラスチックカバーをずらし、さとるはグッと指に力をこめた。カチッとボタンが沈み込む音がしたが、発射されることはなかった。


「ね、意外と簡単っしょ?」

「……はあ、確かに」

「ちなみに照準は固定なんで。フロントガラスの印のある辺りに飛んでくと思って。射程距離は三百メートルくらいだけど、確実なのは百以内かな。より近くから放てば外れる確率減るんで、出来るだけ標的に接近してからボタン押してください」


 右江田が指差した場所には透明シートにプリントされた的のようなものが貼り付けられていた。要は車の前方百メートル以内ということだ。的は大きくはないらしいので、確実に当てるためにはかなり接近しなくてはならない。


「あとコレ、手榴弾は知ってます?」


 次に、三ノ瀬みのせが何処からか段ボールを引きずってきた。中には数個の手榴弾が入っている。その中の一つを取り出し、全員に見えるように差し出し、ピンに指を引っ掛けて抜く真似をした。


「使い方は簡単です。このレバーを押しながら安全ピンを引き抜いて投げる、これだけ!」


 笑顔でレクチャーするには物騒な内容だ、と四人の協力者は思った。三ノ瀬は構わず使い方の説明を続ける。


「みなさん、ボール投げって最近やりました?」

「いや、大人になってからは全く」

「私も」

「学生の時にやったきりですね」

「あ、俺はたまに投げてるけど」

井和屋いわやさん以外はブランクありますね〜。出撃前に肩を回しておいた方がいいかも」


 言いながら、三ノ瀬はその辺にあったゴムボールを投げた。ボールは目の前に落下。その数メートル先にある壁にすら到達しなかった。


「……とまあ、私は全然飛ばせないんで手榴弾コレは使わないです! もし実戦でこの距離で落ちたら投げた方が死にますからね!」


 清々しいほどの開き直りっぷりだが、自分の身体能力を正しく把握していないと命を無駄にしてしまう。本来ならば、ロケットランチャーも手榴弾も訓練された兵士が使うべき兵器なのだから。


 協力者達もゴムボールを投げ、自分がどれくらい投げられるのかを確認した。結果、五十九才の多奈辺たなべは思うように肩が動かず手榴弾の使用は中止。代わりに拳銃が支給されることとなった。こちらは警察官が使う回転式拳銃で弾数は五発。建物を破壊するには向かないが、ガラスを割ったり鍵を壊すくらいは出来る。


「実際の手榴弾はペットボトル一本ぶんの重さがあります。安全ピンを引き抜いてから約四秒後に爆発するので、必ず体を隠せる場所を確保してから投げてくださいね〜!」


 四秒は意外と短い。もし誤ってすぐ側に落下した場合を考えても、遮蔽物がある場所から投げるのが望ましい。

 二人から手取り足取り教わり、四人は戸惑いながらも順調に使い方を習得していった。





 ひと通り武器の扱い方を教わった後、再び畳スペースへと戻る。緊張がほぐれたからか、四人は徐々に打ち解けていった。


 しかし、さとるは船に乗ること自体が初めてで、しばらくして船酔いの症状を訴えてきた。三ノ瀬から酔い止めを貰って飲み、吐き気やめまいがおさまると共に眠りにつく。その様子を見て、安賀田や多奈辺はフッと笑った。

 しかし、その笑顔もすぐに消える。


「こんな若い子が危ない所に行くなんてなあ」

「ですね。事情はあるようだけど」


 ここにいる協力者四人、そして勧誘員の三人は、これから命を懸けて戦わねばならない。生きて帰れる保証はないと最初から言われている。この船には覚悟を決めた者しか乗れない。


「バスで迎えに行った時、母親らしき人が外で喚いてましたよね。あの時、この子も弟さんもすごく怯えていて……なんだか気の毒で」


 ゆきえは眠るさとるの顔を覗き込みながら呟いた。体格は大人と変わらないが、顔立ちはまだ幼さが残っている。自然と手が伸び、髪を数度撫でる。娘の柔らかな髪とは違う感触に、彼女の表情は暗くなった。


「彼に関しては完全にイレギュラーでしたからね。本来は母親に協力要請するつもりだったんですが色々ありまして、急遽さとる君にお願いする事になったんです。そうでなければ、二十歳はたちの子にこんな事は頼みたくなかったのですが」

「……二十歳かぁ、若いなあ」

「未成年かと思った」

「いや、流石に未成年にこんな話出来ませんよ」


 真栄島の弁明に他の三人は溜め息をついた。妻や子、孫を守るために自分を犠牲にすると決断したことに後悔はない。だが、さとるのような若い青年がこんな危険なことに関わっている事実は受け入れ難かった。


「それにしても、戦争かあ。まさかそんなものに自分が首を突っ込むことになるとはねぇ」


 一番年配の多奈辺がため息混じりに呟くと、ゆきえと安賀田も同意した。


「私もまだ実感ないです。この目で改造された車とか手榴弾を見ても、なんだか悪い夢みたいで」

「ですね。戦争なんて教科書でしか知らないし」


 日本は平和な国だった。少なくとも、第二次世界大戦以降から最近に至るまでは。核によって甚大な被害を受けた日本は戦争の悲惨さを訴え続け、防衛に必要な戦力以外を持たずにきた。

 それが裏目になるとも知らずに。


「そもそも、なんで戦争が起きるんですか。理由くらい教えてもらってもいいですよね?」

「原因はひとつではありません。領土問題、海底資源、人種差別、宗教の違い、先の大戦の遺恨。それらが複雑に絡み合い、今になって爆発しそうになっているのです」


 日本は四方を海に囲まれた島国である。国土は狭いが、排他的経済水域の広さは世界でも上位に入る。その基線となる島の領土権を巡り、昔から近隣国との諍いが絶えなかった。その海域での新たな資源の発見。これが争いに拍車をかけた。

 それだけではない。

 個人が情報や意見を発信出来るSNSの普及により、偏った政治思想の持ち主の偏った意見が全世界に拡散された。人種差別、宗教否定。友好的だった国との関係にまで亀裂が入った。

 国の代表者が表立って対立しているうちはまだ良かった。徐々に報道はなりを潜め、一見収まったかのように思われた。


 だが、そうではなかった。

 水面下で戦争の準備は始まっていたのだ。


「危機を察知した政府は、周辺の国々を刺激しないよう秘密裏に動き始めました。冷戦時代に造られたシェルターを改装して使えるようにし、自衛隊や警察組織を一切動かさずに敵の動きを封じる策を講じたのです」

「……それが、私達……?」

「そうです。我々が向かう島以外にも、敵対国が拠点を形成した場所が十数ヶ所判明しています。貴方がたの他に、全国で百名以上の民間人の方に協力していただいております」


 シェルターでは他のマイクロバスとすれ違った。あの中にも協力者達が乗っていた。その全員が家族の保護と引き換えに戦場に向かっている。


「生きて帰れないと言いましたが、この奇襲作戦がうまくいけば帰れます。私たちもまだ死ぬつもりはありません」

「真栄島さん……」


 働き次第では生きて帰れるかもしれない。その為には、不慣れな武器を使って作戦を成功させなくてはならない。


 眠るさとるを見守りながら、せめて彼だけでも、と安賀田は思う。ちえことの間にもし子どもがいたら、ちょうどさとるくらいではないかと夢想したからだ。

 彼の母親はどうやら子どもたちを大事にしてこなかったらしい。どんなに望んでも授からなかった側からしてみれば酷い話だが、これが現実である。子は親を選べない。


 必ず任務を成功させて、全員で生きて帰る。

 安賀田は決意を固めた。

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