第二幕 招集
第六話・シェルター
土曜日の朝を迎えた。協力者と保護対象者を迎えに行く日である。
まず一軒目、
マイクロバス出発前に到着予定時刻を伝えていた為、彼女は娘とともに団地の前で並んで待っていた。事前に伝えてあった通り、動きやすい普段着である。娘のみゆきは背中にリュックを背負い、目の前に停まったマイクロバスを見て目を輝かせている。遠足のバスだと思っているようだ。
「おはようございます、堂山さん」
「おはようございます。よろしくお願いします」
服装は動きやすさを重視したトレーニングウェア。荷物はボストンバッグと手提げ鞄のみ。随分と身軽だ。中身はほぼ娘の着替えなのだという。
ゆきえは娘を抱えてバスに乗り込み、運転手や奥に座る右江田達に頭を下げた。そして、みゆきが選んだ席に並んで座った。
二軒目は
こちらは到着してから携帯電話に連絡を入れた。妻のちえこは難病を患っており、原因不明の激痛が全身を襲う。薬で痛みを抑えてはいるが、それでもずっと立ったり歩いたりは難しい。右江田と三ノ瀬が降り、トランク部分から折り畳みの車椅子を用意して玄関先まで迎えに行った。
「あなた、これは?」
「言っただろう。新しい病院の送迎サービスだよ。やあ真栄島さん、お世話になります」
「こちらこそ、安賀田さん。奥様も、今日はよろしくお願い致します」
「はあ、どうも……」
最初ちえこは訝しんでいたが、真栄島の朗らかな雰囲気に飲まれてそれ以上追及してくることはなかった。マイクロバスの後部には彼女専用にリクライニング可能な座席が備え付けられている。そのうち薬が効いてきたのか、ちえこは小さな寝息を立て始めた。
三軒目は
こちらは建物の前で並んで待っていた。孫のひなたは大きなリュックを背負っている。最初は笑顔だったが、マイクロバスに乗っているのがほとんど大人である事に気付いて表情を曇らせた。しかし、乗り込んでから小さな女の子、みゆきの姿を見つけて再び笑顔になった。
四軒目は
実家の方ではなく、さとるのアパートの方である。少し前に電話連絡を入れたところ、母親のあやこが家で寝ているという事で急遽こちらに変更した。他の家と違って残していく家族がいる。出発前に引き止められたりしたら厄介だからだ。
警察上層部もこの話は通っている。万が一協力者や保護対象者に対して捜索願いが出された場合でも、一旦受理して
アパートの前では、さとると弟のみつるが並んで待っていた。マイクロバスが通るのがやっとの狭い路地だ。みつるは緊張した面持ちで乗り込んできた。
トラブルはその出発時に起きた。さとるとみつるの母親がアパートに向かってきたのだ。
後部座席で周辺を警戒していた三ノ瀬が気付き、すぐに知らせた。さとるは咄嗟にみつるの頭を手で押さえて下げさせ、自分も身体を伏せた。おかげであやこに見つかることはなかった。
しかし。
「さとる、ちょっと! いるんでしょ!?」
ドンドン、とアパートの扉を叩く音と母親の怒声が響く。それを聞いて、みつるはサッと青褪めた。
「……出発してください、早く」
さとるの言葉に、運転手はマイクロバスを発進させた。細い路地はスピードが出せない。大通りに出るまでの間、兄弟は遠くから聞こえてくる母親の喚き声に怯えていた。
マイクロバスは高速道路を通り、協力者達を乗せた町から二時間ほど移動した所で下道に降りた。そのまま、山奥へと入っていく。
最初ははしゃいでいた二歳のみゆきは途中で疲れて寝入ってしまった。それにつられ、八歳のひなたも座席の手すりに凭れかかって小さな寝息を立てている。ちえこも薬の副作用で眠ったままだ。起きている保護対象者はさとるの弟、みつるだけ。
「にいちゃん。この車、どこ行くの?」
「安全なところだよ」
「えっ、でも……」
みつるは不安げに車内を見回した。年齢も性別もバラバラの同乗者達。とても共通点があるように思えない。
「さとる君、みつる君は賢い子だ。本当のことを教えてもいいだろうか」
「……」
真栄島が尋ねると、さとるは数秒考えた後、小さく頷いた。
「本当のこと……?」
「そう。この車は今、シェルターに向かっているんだよ。そこで君は保護される」
シェルターと聞いて、みつるは首を傾げた。いまいちピンときていないようだ。
「シェルターは地下深くに造られた施設で、外部からのあらゆる攻撃に耐えられる構造をしている。内部には生活に必要なあらゆるものが備え付けられている。もちろん勉強する場所も病院もあるよ」
その説明を協力者の四人も聞いていた。実際に内部を見たわけではない。これまで口頭で断片的な情報を聞いただけ。どのような施設かはみな興味を持っている。
学校の先生のように簡単な言葉で優しく教えてくれる真栄島に対し、みつるは良い印象を抱いていた。しかし、その説明の中に不穏な単語が混ざっていることにも気付いていた。
隣に座る兄の手をぎゅうと握り、みつるはそれ以上何も聞くことが出来なくなった。
マイクロバスは山と山の間の道を走り続けた。徐々に道幅は狭くなっていったが、すれ違う車はいない。
そのうち、金網と有刺鉄線で作られた柵に道が分断されている場所に着いた。柵の一部が開くようになっている。運転手が無線でどこかに連絡すると、その柵が左右に開いた。柵を抜けた先は、一般車両が入ることの出来ない場所だ。
「ここから先は国有地です。辺り一帯の山もそうですが、この柵の内部は部外者は入れません」
マイクロバスは舗装された道を進んでいく。鬱蒼と生い茂る木々が日光を遮り、昼間であるにも関わらず薄暗い。その中をしばらく行くと、ついに目的の場所へ到着した。
やや拓けた場所に出た。削られた山の斜面の一部がコンクリートや金属製の壁で覆われている。そこに大きな扉らしきものがあった。
「着きました。ここです」
真栄島の言葉に、車内の起きている者は全員外を見た。とはいえ、まだ壁面しか見えない。
「傍目には崖崩れ対策の
この山の地下深くに巨大な施設がある。そう聞いて、全員無意識に下を見た。傍目には全く分からない。
目の前の扉が轟音を立ててゆっくりと開いた。
向こうから現れたのは、もう一台のマイクロバスだった。中に数人乗っているのが見えた。あちらが出て、こちらが代わりに扉の内部に入っていく。すれ違う際に、中に乗っていた背広姿の女性が軽く手を振ってきた。真栄島達も手を振り返す。
「ああ、
真栄島と同じ勧誘員である杜井の担当する者達も今日招集されたのだ。
「さて、協力者の皆さんが入れるのはここまでです。保護対象者……ご家族とはここでお別れとなります」
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