第193話 大団円
ふいに、ラフラが勢いよく顔を上げた。その顔に、大きな驚愕が浮かんでいるのがわかる。
彼女は呟く。震えるような声で。
「そ、それは……ラフラに、今後も……マリウス様と一緒にいろと、そういう意味ですか? リリア王女殿下」
その言葉を聞いた瞬間、さすがに俺も意味を理解した。
なるほど、そういうことかと。
「こういう時だけは察しがいいんですね、ラフラさんは。ええ。そういうことになりますね」
「な、なんで!? ラフラはもうマリウス様に話しかけることはおろか、近付くことすらできないはずなのに!」
「接見禁止の言いつけを悉く破っておいてどの口が……と言いたいところですが、気持ちはわかります。罪悪感のせいで顔を合わせるのがお辛いのでしょう? ゆえに、私からの罰です。あなたのその気持ちが、私たちや自分の中から消えるまで尽くしなさい。馬車馬のごとく働きなさい。そうしたら……少しくらいは、マリウス様に気に入られるかもしれませんよ?」
「……リリア、王女殿下……」
もはやラフラは言葉を失った。
リリアの言ったことを口の中で反芻し、ぐったりとうな垂れる。
しかし、彼女の瞳にかすかな希望が宿るのを俺は見た。
やれやれ……叶わないな、リリアには。俺では決して出せない、俺では決して救えない方法でラフラの心を癒した。
本人は、もっと殴り捨ててラフラを罵倒したいはずなのに。
それらの感情すべてを抑え込み、彼女を自分に照らし合わせて救おうと決めたのだ。
かつて、ラフラは自分によく似ていると言っていたからこそ。
器が大きいなんてものじゃない。聖女……いやさ女神とすら言える。
改めて俺はリリアという最高の女に惚れ直すのだった。
「——まあ、それはそれとして」
スッ、とリリアの視線が俺の頭上に落ちる。
先ほどの聖母みたいな笑みから一転し、悪魔のごとき笑みが張り付いた
その異様な変化に、ゾクリと嫌な感覚が背筋を撫でる。
ひり付くようななにかを感じた。無意識に正座したくなるほどの悪寒を察知する。
「マリウス様には、個人的にいろいろと言いたいことがあるので、後ほど説教をします」
「……え? え?」
「ワケがわからない、という顔をしていますね。私があなたを怒らないとでも? これでも結構我慢していたほうなんですよ? マリウス様がずっとラフラさんを甘やかすからこんな目に遭うんです。今一度、あなたに尋ねましょう。マリウス様の婚約者はだれですか? マリウス様の妻はだれですか? マリウス様の最愛はだれですか? 今すぐ答えてください」
「り、リリア王女殿下でございます」
ここで「リリアはまだ妻じゃないよね?」と言ったら刺されるかと思ったので、無駄な思考は頭の片隅に追いやった。
「やれやれ……それが解っていながら他の女に浮気をするとは……相変わらずマリウス様は節操がありませんね。久しぶりに、お仕置きします☆」
「許してください」
「ダメです」
にこりと笑って拒否されてしまった。
こ、こんな最後はあんまりだ! なんで最後の最後で俺に回ってくる!?
——はい。わかってます。全部俺が悪いことくらいは。
ちょっとラフラの味方をしすぎたよね。リリアが嫉妬……もとい暴力を振るっても仕方のない状況だった。
彼女が久しぶりにどんな罰を下すのか。また泣きだしたラフラの隣ですっかり俺は怯えるハメになった。
おーい……聖母リリアさん。早く戻ってきてください。俺が先に殺されかねないので。
内心でそんな虚しい声だけが響いた。
▼
日常は過ぎ去る。
時間はあっという間に流れた。
俺がラフラを庇って大怪我を負ったその日、リリアに呼ばれて駆けつけてくれたティアラの手によって、骨折した俺の腕は治療される。
そこで初めて彼女の魔力を体感したが、さすが主人公の代わり。とんでもない効果でバッチリ治ってしまった。
……そう、治ってしまったのだ。
万全になれば当然、リリアからのお仕置きが待ってる。詳しい経緯をみんなに伝えたあと、今後はラフラと仲良くしよう——と言って、半ば無理やり鎖で縛られた俺。
抵抗も虚しく王城へ拉致監禁されました。
その間のことを話すのは憚られる。
なぜかって? 久しぶりにリリアの闇を見たからだ。ヤンデレって怖いね。四六時中あのどす黒い目で見つめられて、肉体より先に精神がすり減った。
けど、まあ……さらにリリアとは仲良くなれた気がする。普通に適応できている自分にも一種の恐怖を感じた。
俺は一体、どこへ向かっているのだろうか……。
そんなこんなで数日間は慌しい日々を過ごし、完全復活した俺は学生生活に戻る。
教室に入った俺は、そこで席の周りを囲む女の子たちに挨拶した。
その中には……もちろん彼女もいる。
「おはよう、ラフラ。元気にしてたか?」
「マリウス様……。お、おはようございます! ラフラは、とても幸せですよ」
そう言って彼女は笑う。隣にいたフローラがラフラを抱きしめ、リリアとセシリアがそれを見て呆れる。
俺は席に着き、そっと密着してくるアナスタシアに最近の売れ行きなどを尋ねながら笑顔を浮かべた。
今日も今日とて、俺の日常は鮮やかだ。眩しいくらいに、輝いていた。
一件落着、ってね。
———————————————————————
あとがき。
これにて本作は完結となります。
これまで長らく追い続けてくれた読者さま。
本当にありがとうございました!
皆様のおかげて作者は200話まで投稿し続けられました。感謝しかありません。
どうかこれからも、作者の他作品を見ていただければ幸いです!
転生した悪役貴族はそれでも頑張らない 反面教師@6シリーズ書籍化予定! @hanmenkyousi
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