第192話 二度目の罰

「話はわかりました。いま、マリウス様が怪我をしてる原因を作ったのが、そこにいるラフラさんであるということは」


 リリアの雰囲気が変わる。心配するような瞳から、突き刺すような鋭いものへと。


 俺はそれを見て、リリアがラフラに強い怒りを抱いているのだと思った。無理もない。


 リリアからしたら、最愛の婚約者である俺を殺しかけたようなもの。逆の立場だったなら、俺はそれを許すことができるのか。


 ほんの一瞬だけ立場と状況を変えてみる。ハッキリとした答えは出なかった。たらればの結果など、想像したところで無意味だ。


 その痛みは、当人しか理解できないものだと俺は思う。


 かぶりを振って脳裏の映像をかき消す。一歩、また一歩とこちらへ歩みを進めたリリアを見上げる。


 彼女は俺とラフラの前にやってくると、ジッと冷たい眼差しでラフラを視界に捉えた。ラフラもまた、逃げないでリリアを見上げる。


「まず、ラフラさんがどうして屋上から飛び降りようとしたのか。それはこれまでの行動とあなたの性格を省みれば簡単に察しはつきます。どうせ、自分が死ぬことでしか許されないとでも思ったのでしょう? それに気付いたマリウス様が、必死に止めようとした。……けど、落ちたのね」


「はい……。ラフラは、自分勝手な理由で死のうとしました。マリウス様はそれを止めようとして、落ちた私を追いかけてくれました。わざわざ怪我を負って……!」


 グッと、ラフラの拳が強く握りしめられる。赤みを帯びた肌が、徐々に白く染まった。


 俺は彼女の罪が少しでも軽くなるように、一応の擁護をしておく。


「ただ……ラフラは最後の最後で自殺をやめようとしていた。死ぬんじゃなくて、別の解決方法を模索しようとした。たまたま風が吹いて落ちちゃっただけなんだ」


「なるほど……。ですが、そもそもラフラさんが屋上へ行かなければ……死のうとさえしなければマリウス様が怪我をすることはなかった。最終的に迷惑をかけたのであれば、過程など些末な話。ねぇ、ラフラさん?」


「リリア王女殿下の言うとおりです。結果的にマリウス様を傷つけ、自分だけのうのうと生きてる状況に変わりはありません。どうか、リリア王女殿下に罰していただきたい。我が身は、如何様な罰でもうけます」


「……そう、ですか」


 祈るように両手を合わせ、頭を垂れる。ラフラはこれまでの態度を一変させて自らの罪を認めた。むしろ裁いてほしいくらいだとその姿は物語っている。


 哀しいかな。俺にはラフラを裁けない。同情し、憐れんでしまった俺には口を挟めない。本人がそれを望んだというのなら、もはや被害者側である俺になにか言えることもなかった。


 ジッとラフラを見つめるリリアを見上げることしかできない。


「解りました。ラフラ・バレンタイン。あなたの罪を私が裁きましょう。この場で、あなたを」


「……なんなりと」


 一歩、リリアが前に出た。


 ラフラとの距離がほとんどゼロになる。


「顔を上げなさい、ラフラ・バレンタイン」


「はい」


 言われたとおりラフラが顔を上げる。すると、リリアはそれを確認した瞬間に右手を振り上げた。


 なにをするのかはすぐにわかった。俺の目が見開かれ、ラフラがそれを視界に捉えた直後。


 パシ————ン、という音が鳴った。


 ラフラの左頬が赤く染まる。衝撃で首が右側に逸れ、ジンジンと小さな痛みが走っている。


 強烈なビンタを繰り出したリリアは、わずかに自分の手も痛めたのか、左手でさすりながら告げた。


「これが私、リリア・トワイライトからの罰です。あなたは私やマリウス様、そして友人を傷つけました。到底許されないことです。でも……実害自体はなかったので、まあ、こんなものかと。三度目はありませんよ」


「リリア……」


 思わず彼女の顔を見つめる。リリアは笑った。


「本来はもっと厳正に裁く必要がありますが、幸いなことに私たちのあいだで黙認できる程度の罪。マリウス様の男気に免じて、すべてをなかったことにしましょう。——ただし! 今後あなたは、マリウス様や私たちのために尽力すること! 言われたとおりにいろいろ協力してくださいね。拒否する権利はありません。言わば、ラフラさんは伯爵令嬢でありながら我々の奴隷のようなものです!」


「ど、奴隷……?」


「それくらい認めてくださいね、マリウス様。これは、最低限の罪滅ぼしの機会を与えているのです。彼女は、それくらいさせるべき問題児なんです」


「ら、ラフラが……奴隷」


 ビンタだけで済ませるなんて本当にいい奴だな、リリアは。


 ——そう思った直後に、奴隷宣言を聞くとなんとも言えない表情になる。


 ま、まああれだけ暴走してほとんど無罪なんだから、十分すぎるほどに寛大なんだが。


 けど、ラフラを奴隷にしたところでなにか意味はあるのか?


 そんな疑問が脳裏に浮かび、首を傾げたとき。


 ふいに、ラフラが勢いよく顔を上げた。その顔に、大きな驚愕が浮かんでいるのがわかった。


 彼女は呟く。震えるような声で。




「そ、それは……ラフラに、今後も……マリウス様と一緒にいろと、そういう意味ですか? リリア王女殿下」

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